209.気遣いと憐憫
どうも、第7魔王子にして魔王国侯爵、および魔王国立死霊術研究所長兼、エヴァロティ暫定自治区代官ジルバギアス=レイジュ(6)です。
あれから数日、俺は侯爵に叙せられた。
エヴァロティの代官に大抜擢されたことも相まって、辞令を受け取ったプラティはそれはもう大はしゃぎだった。
「あなたは自慢の息子よっ!」
部屋の中で俺を抱え上げ、ダンスを踊るようにクルクル回る。こうやって抱きしめられるのは久々だ。なんだか、赤ん坊のころを思い出すな。俺が魔界から帰って、体が急成長してからは、こんなふうにベタベタする機会はめっきり減った……
「それにしても、自治区内の人族の身分を保護したのは、見事な判断よ」
ちょっと落ち着いてから、プラティは改めて、俺の策を褒めた。
「気軽に転置呪の身代わりとして使えない以上、レイジュ族の治療枠とも干渉しないし、我が一族の権益が侵されることもない。おかげで、レイジュ族もあなたの施策を全力で支援しやすくなったわ」
むしろ、俺の方針が通らず、自治区の人族が何にでも使い放題になったら、クッソ面倒なことになるのでなおさら俺を支援するだろう。
「……ただ、だからこそ、あなたは他部族の動向に注意を払う必要がある」
さっきの浮かれようはどこへやら、プラティは冷徹な大公妃の顔で言った。
「自治区の人族の身柄が、実質的に陛下のものとはいえ、あなたが代官になる以上、どう利用されるかわからないわ。代官と領主の違いもよく理解できないアホどもが、うまいこと乗せられて、ちょっかいをかけてくるかもしれない。下手に挑発に乗せられないよう、警戒することよ」
どんな罠が仕組まれているかわからないのだから、と真剣なプラティ。
「はい、母上」
いつぞやの、角折り損のくたびれ儲け天然記念物級アホよろしく、他の領地に家畜泥棒に入るノリで、嫌がらせを試みるバカもいるかもしれないってこった。
俺本体に手出ししてくるなら、容赦なく角をへし折ってやるんだがな。なまじ自治区が広いだけに、家畜もとい人族への干渉を防ぐのは、なかなか骨だろう。
だが、人族への理不尽な加害は、一切許容することはできない。
魔王子としても。
勇者としても。
俺は断固たる姿勢で臨む……!!
それはさておき。
旧デフテロス王国領の、自治区としての運用計画が動き始め、役人のポストが大量に生まれたことから夜エルフたちも大喜びだった。
「素晴らしい! 我が一族のさらなる躍進が……!」
特に、シダールはめっちゃ嬉しそうにしていた。俺の個人的な治療枠の采配で影響力を高めたシダールは、自分の身内を思うがまま、新たなポストにねじ込めるようになってウハウハらしい。
「ただ……残念ながら、ゴブリン臭いノロマどもも、登用されるとのことで」
少しばかり、忌々しげな気配も漂わせるシダール。
ゴブリン臭いノロマども――言うまでもない、ホブゴブリンたちのことだ。
限りある役人のポストをめぐり、醜い権力争いを続けていた夜エルフとホブゴブリンたちだが、夜エルフたちが優勢に根回しを進めていたにもかかわらず、魔王の一声で状況が一変した。
『――役人としての登用の可否は、種族ではなく、実力と実績によって公正に判断を下すものとする』
これで、ほぼ確定していたホブゴブリンの排除が、水泡に帰してしまった。
なぜ魔王が、ホブゴブリンたちを保護したのか。
言うまでもない。俺が『多種族国家としての配慮も必要』と献策したせいだ。
「あの薄汚い畜生どもが、いったいどのような手を使って自らの立場を守ったのか、お恥ずかしながら皆目見当がつきません……!」
と、嘆くシダールに、俺は「そうだな……」と何食わぬ顔で相槌を打つ。いったい誰が手を回したんだ……(棒読み)
†††
日を同じくして、バルバラの
「こちらになります」
魔王城ドワーフ工房長・フィセロが差し出したのは、これまた見事な業物だった。
「おお、これが……!」
まさに、バルバラが考えた『最強のレイピア』だ。無駄な装飾を排した質実剛健なデザインでありながら、極限にまで洗練された機能美が、何とも言えぬ『剣の色香』とでも呼ぶべき、独特な雰囲気を放っている。
『うひょひょ――ッッ! これがッ憧れの~! ドワーフ製~~~!!』
俺のカバンの中、兜モードのバルバラが喜色にあふれる思念を撒き散らす。
「素晴らしい出来栄えだな……」
受け取った俺も、思わず惚れ惚れと見とれてしまう。
「【フロディーダ】と銘打ちました。……古き言葉で、思いやり、気遣いという意味があります。護身用の剣ですし、贈り物にはぴったりかと思いまして……」
「いい名だ。さすがはフィセロ」
研ぎ澄まされたしなやかな刃は、柔性と剛性を理想的なバランスで実現していた。俺は、レイピアにはあまり馴染みがないが、素晴らしい握り心地に思わず使ってみたい衝動に駆られた。
まあ女剣聖の骨が芯に使われてるからな、魔性の魅力があるのも納得だ。
『ほわぁぁぁぁ――ッ!』
おい、バルバラ! 喜ぶのはいいけど満足して消滅するなよ!!
「ふふふ……素材になった剣聖も、これで大喜びだぞ」
が、その思念は俺とアンテにしか伝わらないので、レイラにもそう言って、遠回しにバルバラがはしゃいでいることを教えてあげた。
「良かったですね!」
レイラもレイピアを受け取りながら、自分のことのようにニッコニコだ。
(――剣聖の骨を素材としたレイピアを前に、朗らかに笑い合う魔王子とその愛妾。あまりにも冒涜的な光景に、このとき、フィセロは己の罪深さに耐えかねたように、「すまない……」とつぶやきながら目を逸らした。
魔王子に討ち取られ、記念に骨を採取され、しまいには、愛妾への贈り物として剣に加工される――あまりに無惨な末路をたどった剣聖の無念たるや、いかほどばかりか……もはや想像もつかなかったからだ。
剣の銘【フロディーダ】はドワーフの古き言葉で『思いやり』や『気遣い』を意味するが、実は、他の意味も隠されている。『哀れみ』『同情』――そう銘打つのが、囚われの身のフィセロにできる、精一杯の弔いだった……。)
「あっ……!」
と、そのとき、工房の奥から、ボン=デージ・スタイルに身を包んだ若い魔族が、ノリノリで歩いてきた。
しかし俺に気づくなり、ビクッとして足を止める。
「ご、ごきげんよう殿下……」
「おう」
俺はそいつがどこの誰なのか、欠片もわからないわけだが、向こうは俺をよく知っているようで、関わり合いになりたくないとばかりに、足早に工房を出ていった。
ボン=デージ・スタイル、流行ってんなぁ……。
遠い目をする俺をよそに、レイラがちょっと頬を赤らめて、メイド服の襟を正していた。彼女も相変わらず、あの服の下に、【キズーナ】を装着している……
「あはっ、あははっ、材料材料! 新しいの作らなきゃ!」
と、キラッキラに輝く笑顔のクセモーヌが作業部屋から飛び出して、素材倉庫へと駆けていく。
噂によると、エグいくらい注文が殺到しているらしいが、それを苦にするどころかますます楽しそうだ。
「んほぉぁぁ魔王城最高ッ!」
ぴょーんと飛び跳ねながら、倉庫に消えていくクセモーヌ。その背中を、工房中のドワーフたちが、複雑な表情で見つめていた。
……彼女がああなってしまった責任の一端は、俺にもある。
「なんだか……すまんな」
俺が声をかけると、すべてを諦めきった顔で、「いえ……」とただ力なく首を振るフィセロ。
俺たちは改めてレイピアの礼を言い、工房をあとにした。
†††
「……どうだ?」
『うまく、いった……みたいだねえ!』
自室に戻り、早速バルバラの魂を兜からレイピアへと移植する。
うん、問題なく定着したようだ。
「わぅ?」
トコトコと歩み寄ってきたリリアナが、ベッドによいしょとよじ登り、安置されていたレイピアに小首をかしげて顔を近づける。
「あっ! ペロペロはやめて!」
バルバラが浄化されちゃう! そう見えてアンデッドなの!!
「? わふん!」
なんか知らんけどわかったぜ! という顔で、ゴロンとベッドに身を横たえ、くつろぎ始めるリリアナ。
『……魔王城なだけあって、死を身近に感じるよ……』
バルバラがしみじみとつぶやく。
「いや……ウチはちょっと事情が特殊だからな……」
1ペロペロでアンデッドを消し飛ばせる存在、魔王城には
『…………』
工房でのはしゃぎっぷりが嘘のように、静になるバルバラ。
「……どうした。何か、問題でも?」
『いや、問題と言うか……その、ちょっと困惑というか……』
バルバラは戸惑いがちに。
『さっきまでは、ねんがんの、ドワーフソードを手に入れたぞ! って、はしゃいでたんだけど……冷静に考えたら、自分が剣そのものになるのは、ちょっと想定外っていうか……どう反応したらいいのか、わからなくなってきちゃって……』
「ああ……」
それは……そうだろうな……。
レイピアから、スゥッと半透明なバルバラの
当然、スカッとその半透明な指が、柄をすり抜けた。
『…………』
スカッ。
『……………………』
スカッ。
しょんぼりと、肩を落とすバルバラの霊体。背後からはその表情は見えない――
「……ボディも、必要だな! できる限り、早めに用意するからさ! 俺もちょっと色々と、勉強しなきゃだけど……!」
『あっ、いや……別に! ぜんぜん気にしなくていいんだよ!』
バルバラは、ちょっと無理のある笑顔でひらひらと手を振ってみせた。
『面食らったっていうか、まだしっくり来てないだけさ! あんただって忙しい身だし、気にしないでおくれよ! もっと他に、大切なこともあるんだからね……それにせっかく、こんなに立派な剣まで用意してくれたのに、悪かったよ。いや、ほんとにありがとう! 素晴らしい剣だよ、夢が叶った……!』
満足げな笑みを浮かべるバルバラだが、その素晴らしい剣を掲げて、ほれぼれと見惚れる自由さえ、今の彼女にはない……
アンデッド化してしまった自分に、まだ気持ちの整理がついたとは言い難いだろうに。それでも、俺のことまで気遣おうとするバルバラに、思わず涙が滲んだ。
「いや……! お前が謝ることなんて……欠片もないからさ……!」
お前が……昔みたいに、レイピアを振るえなくなってしまったのは……全部、俺のせいだからさ……
――バルバラには、せめて、最高のボディを用意しよう。
俺は固く、そう誓った。そのためには――
「……ご主人さま! ご主人さまー!!」
と、部屋の扉をガルーニャがノックしている。
「ん、どうした?」
俺の声に、今日も純白もふもふなガルーニャが、ひょいと顔を覗かせる。
「あの、『クレア』と名乗るアンデッドが訪ねてきています。死霊王エンマのメッセージを預かっている、とのことで……」
死臭を気にするように、ピクピクと鼻を動かしながらガルーニャ。
ああ……噂をすれば何とやら、だ。
俺もまだまだ、エンマには学ぶことが多いからな。
それに……自治区の件は、あいつの耳にも入っているだろう。
話すべきことがある。色々と、な。
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