384.察知と危機


 魔王国、エヴァロティ自治区、旧王城。


 城の最上部の、ジルバギアスの元私室にて。


 クソでかい寝台の上、絡み合って励む男女の姿があった。


「ふぅ……ちょっと休憩しようか」


 額の汗を拭いながら、サイドテーブルの水差しに手を伸ばしたのは、第3魔王子ダイアギアス=ギガムントその人だ。


「そ、そうです、ね……♡」


 寝台の上、ぐったりと脱力して息も絶え絶えに応じるのは、ダイアギアスのパートナー、黒髪色白清楚美人の雰囲気を醸し出す【色欲の悪魔】リビディネ。


 もちろん、ふたりとも生まれたままの姿で、しかも――


「人族の体って、こんなに貧弱なんですね……♡ 腰に、力が入りません……♡」

「ふふ。こんな体でよく頑張って生きてるよね」


 そう、ダイアギアスの肌は魔族特有の青ではなく、少し日焼けしたような肌色で、リビディネともども頭には角もない。



 ――ふたりとも、人化しているのだった。



「うふふ……♡」


 疲労感を滲ませながらも、どこか恍惚とした様子でお腹を撫でるリビディネ。人化すれば生殖機能も獲得できる、というジルバギアスの言は正しかったようで、リビディネが【色欲】の権能で見る限り、彼女は生殖可能になっていた。


 なので、今は絶賛子作り中だ。


【色欲】の権能を使えば避妊はもちろん懐妊もある程度コントロールできるのだが、下手に魔法でいじるとどんな悪影響が出るかわからないため、ひとまず自然な方法に頼ることにしている。


 ……まあ、それもどちらかというと建前で。


 魔法を使って早めに終わらせるより、この新たな『境地』をたっぷり楽しみたい、という両者の思惑もあったが。


 魔力よわよわな体で励むのは、それはそれで面白かったし、何よりダイアギアスに対して常に優位を保ち続けてきたリビディネが、受肉したことにより大幅弱体化してしまい、いつもの余裕を保てなくなった。


 これにはもう、ダイアギアスも大興奮で、初日はふたりして気絶するまで励んでしまったほどだ。ちなみにリビディネも気絶したのは初めてだった。


「リビディネ♡」

「ダイア♡」


 そんなわけでふたりとも、人化プレイにドはまりしている。


 ちなみに、広々とした私室には、ダイアギアスとリビディネの他は誰もいない。極めて珍しいことに、ダイアギアスの女たちをひとりも侍らせていないのだ。


 考えてみれば当然で、まず人化して大幅弱体化した姿をあまり大勢の目に晒したくないことがひとつ。リビディネ懐妊計画はトップシークレットであり、知る者は少なければ少ないほどいい、ということがひとつ。


 この『計画』を知るのは、ジルバギアスから借り受けた子飼いの精鋭夜エルフたちと、ダイアギアスの部下の中でも、特に信頼の置ける一部だけだ。


 表向きには「リビディネと新たな境地を見出す」と説明しており、ある種のパワーアップ儀式であるかのように偽装している。ただこれも嘘から出た真と言うべきか、快楽を貪るだけだったこれまでの行為とは異なり、明確な目的こづくりを持って真剣に励んだ結果、【色欲】の権能が新たなるステージへ到達。


 ダイアギアスはおろかリビディネまで、モリモリ力が成長しつつある。


 もうとにかく夢中なので、欠かさず出席していた食事会も、ここ2週間連続で欠席しているほどだ。ジルバギアスとエメルギアスが欠けてしまって、食事会の雰囲気が最悪なせいもあるが……。


「……おや?」

「あら?♡」


 水を飲みながらイチャイチャ――というには湿度と粘度が高い――していたふたりだが、ふと何かに気づいたように顔を上げる。


「これは……まさか、ジルバギアスが『男』になったのかな?」

「どうやら、そのようですね♡」


 顔を見合わせて笑うふたり。


 今は特に何もしていないのに、力がわずかに育った。


 そしてそれに、ふたりにしかわからない、独特の感触があった。


 ――間違いない。【色欲】の権能でマークしていたジルバギアスが、ナニかしらを『達成』し、彼の成長がダイアギアスたちにも力をもたらしたのだ。


【色欲】の権能は、自ら実践するだけでなく、周囲が発情したり、あるいはダイアギアスたちがけしかけた者が盛り合ったりしても力が成長する。そしてそういった手合の中でも、ジルバギアスは色々な意味で『別格』だった……


「よかった。まだ無事に生きてるんだね」


 水を飲みながら、窓から国境のある東の空を眺めるダイアギアス。


「殿下も、レイラちゃんも、人化は使えますからね♡ きっと敵地の極限状態で、盛り上がって、燃え上がって――♡ ついに殿下が達したのでしょうね♡」

「人化すれば、あっちの方も人族基準になるだろうからね。いやあ、めでたい。元気にしてるかなぁ、ジルバギアス」

「それはもう、お元気でしょう♡ あ、ほら、また……♡」

「あ……ふふふ。初々しくていいね」


 ダイアギアスもリビディネも、我がことのようにニッコニコだった。


「ようし、僕たちも負けてられないぞ!」

「きゃっ♡」


 水差しを置いて、リビディネをベッドに転がすダイアギアス。


「ダ、ダイア……♡ もうちょっと、お手柔らかに……♡」

「我慢できるかなぁ。リビディネが可愛すぎるのがいけない」

「もう……♡ あっ♡」



 エヴァロティの夜は更けていく――



 ちなみに魔族視点では、今は人族でいうところの真っ昼間であった。



          †††



 どうも……。


 勇者……アレックスです……。


 …………。


 あれから濃密な夜を過ごし、交代時間を見計らって(たぶんちょっと遅れた)フラフラと甲板に戻った俺は、渋い顔をしたアーサーに出迎えられた。


『その、言いづらいんだけど、もうちょっと声を抑えた方がよくないかな』


 苦言を呈された。



 ――俺は防音の結界を使っていなかった。



 あとは察してくれ。


 夜が明けて船も動き出したが、船員はおろか、乗客にまでめっちゃ生暖かい視線を向けられている。だって仕方ないじゃん。そんなとこまで考えが至らないよ。こんな気持ち初めて。誰か助けて。


『おほーほほっほー、んっほっほ~~~♪』


 あと誰か、ずっと上機嫌なこのデバガメ魔神どうにかしてくれ。


 ちなみにレイラは、張り切りすぎて色々とガタガタになってしまい、今は部屋で静養中だ。……防音の結界について、彼女はまだ知らない。たぶん知らないままの方がいい……。


 それから小一時間ほど船は進み、次の街に到着した。


 さあて、気持ちを切り替えていけ!! この街には夜エルフがいる可能性がある、上陸したら早速ブチ殺しにいかなきゃ……!!


 と、自らを奮い立たせていたが、どうも街の様子がおかしいというか、どこか騒然とした雰囲気が感じられる。


「なんか物騒な気配だな」

「だね。どうしたんだろう」


 接岸したニードアルン号を、まるで包囲するかのように衛兵隊が待ち構えている。俺とアーサーは顔を見合わせつつ、有事に備えて剣や盾をチェックした。


「おおい、アーサー! アーサーか!!」


 と、港から船へタラップが接続されたところで、三十代くらいの濃いめな顔立ちの勇者が、手を振りながらこちらへやってきた。


「叔父上!」


 アーサーが手を振り返し、「叔父のシーサーだ」と紹介してくれた。


「いったいどうしたんです、何やら物々しい雰囲気ですが」

「その様子だと、まだ知らないみたいだな。昨日、前線の方から驚くべき情報が届いたんだ……!」



 前線からの情報…………?



 あっ……。



「なんと、第7魔王子ジルバギアスが、魔王国を追放され――同盟圏に逃れてきているらしい!!」


 あごひげの奥で、威嚇するように歯を剥き出しにしながら、シーサーは言う。


 とうとう届き始めたか……! 同盟圏の奥の方にまで……!!


「しかもジルバギアスは【人化の魔法】なるものを使え、同じく人化できるホワイトドラゴンをお供に連れているって話だ!」


 情報が更新されている!? あ、そうかトドマールで生け捕りにした夜エルフ工作員から搾り取った追加情報……ッッ!!


「つまり、ジルバギアスは極めて巧妙に人になり済ませる上、同盟圏のどこに身を潜めているかわからないということだ……!」

「なんだって……!?」


 アーサーも髪の毛を逆立てて、目を見開いている。


「ってなわけで、昨日からウチも大騒ぎさ。聖検査を実施したら、夜エルフの工作員まで見つかったもんだから、なおさらてんやわんやでな。まだ街の検査は終わってないが、この船も臨検させてもらうぞ、いいな!?」

「ああ、もちろんですよ叔父上!」

「……そちらは?」

「僕の同志の、勇者アレックスです」

「どうも! はじめまして!! 勇者アレックスです!!!」


 俺は銀色の輝きをバッと灯しながら勢いよく挨拶した。


「そうか!! はじめましてで早々悪いが、協力してもらえるか!?」

「もちろんですよ!!!」


 魔王子ジルバギアスに、お供のホワイトドラゴンを炙り出さなきゃいけないとなると、ジッとしてるわけにはいかないぜ!!!



 おのれっ、魔王子ジルバギアス!!



 いったいどこに隠れていやがる!!!!

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