385.相互不信


 その後、間髪入れずに乗員乗客の聖検査が始まったが、レイラ(個室で静養中)は俺が検査したということで、どうにか乗り切った。


 まあ、アーサーの仲間のさらにツレを、疑う奴なんていねえよなァ!?


『こういう、顔見知りの顔見知りみたいな、なぁなぁなノリで夜エルフたちもうまくやり過ごしてきたんじゃろうなぁ』


 耳が痛いッス……。


 聞けば、この街で炙り出された夜エルフ諜報員は2名。俺が掴んでいた情報だと1名のはずだったから、また例によってどこかから合流したのかな。


 今は聖教会で絶賛取り調べ中らしい。魔王子追放のとばっちりで随分と悲惨な目に遭っちまったなァオイ!


『お主、ウッキウキじゃの』


 ザマァ見ろだぜ!


 ……まあ、明日は我が身だから、笑ってばかりはいられないんだけどな。


 それと同盟圏後方にまで例の情報が伝わって、ホワイトドラゴンたちに風評被害があったら申し訳ないので――


「しかし奇妙な話だ。魔王子が敵対的なはずのホワイトドラゴンをお供に連れているとは……同盟圏にホワイトドラゴンたちが居づらくするための、魔王国の卑劣な策略では?」


 シーサーをはじめとした聖教会の面々には、そんな持論を展開しておいた。何人かは賛同の気配を見せていたが、肝心のシーサーは「うぅむ……どうだかな……」と、なぜか反応が芳しくない。


「そもそも、連中が本当に味方なのかさえ怪しい……魔王城強襲作戦だって、本当に失敗したのやら……」


 ……あァ?


何が仰りたいんですなに言ってんだテメェ?」


 まさかホワイトドラゴンたちが裏切っていて、俺たちがハメられたとでも言うつもりか?


 俺たちが魔王城に殴り込む間、魔王軍側のドラゴンたちの攻撃を、身を呈して押し留めてくれていた彼らが……ッ!!


「……俺の知り合いも、こっそり参加していたんだ。終わってから手紙が届いた」


 ごわごわしたあごひげを撫でながら、シーサーはつぶやくように。


「『本当にドラゴンたちが信用できるかわからないが、やれるだけやってみる』――そんなことが書いてあったよ」


 …………。


 実際、当時そういう声があったのは知っている。だが最終的に、教皇様や森エルフの女王は、ホワイトドラゴンを信用することに決めた。だから俺は疑念を挟まなかった。俺の頭でアレコレ考えても無駄だからだ。


 ――そして結果的に、それは正しかった。


 ホワイトドラゴンたちは本当に、死力を尽くして共に戦ってくれた……!


 だが、今となってはそれを知る者は……リリアナと俺くらいか。


 加えて、当時の魔王城にいた奴ら。皮肉なもんだ、魔王軍はホワイトドラゴンたちの奮闘を知っているのに、肝心の同盟圏では疑われてさえいるなんて……!


 あまりにも救いがない……!!


「流石にそれは、どうかと思いますよ叔父上」


 俺が物申す前に、アーサーが口を開いた。


「僕としては、アレックスの言が一理あると思いますね。叔父上も抱いておられるような根本的な不信を、魔族どもが利用し、煽ろうとしているのやも」


 シーサーがむっとしたように口をつぐむ。自分がいいように敵の手のひらで転がされている、と思ったらそりゃあ癪だよな。


 でも、魔族はそこまで考えてないと思うよ。というか、いちいちそんなこと細かに人族を気にしてないよ。そういう惰弱極まる手管は夜エルフの仕事だよ。


「だが……それなら、ホワイトドラゴンたちは、今でももっと聖教会に協力的でいいはずでは?」


 シーサーは不満げに言う。


 現在の同盟圏での、ホワイトドラゴンの話題! エドガー相手には聞けなかったがここで何かつかめるか!?


 というかこの口ぶりからして、やはり聖教会とは断絶してしまっているのか!?


「本国には、伝令として働くドラゴンもいるという話じゃないですか」

 

 そうなのかアーサー!


「だが、一部だ。あまりにごく少数の……」

「まあ……やっていることは、早くて確実な伝書鳩ですからね。プライドの高い竜種では思うところもあるでしょうし。それに、下手に戦力として前線に投入して、魔王軍のドラゴンたちの反撃を招いたら、手がつけられませんし。仕方がないのでは」


 手柄を取られたくないからドラゴンを運用していない魔王軍も、同盟側がホワイトドラゴンを投入し始めたら、流石に気が変わるだろうからな……。


「それに他でもない僕も、先日ホワイトドラゴンに助けられたばかりですからね」


 ファサッと髪をかき上げながら、アーサー。


「ホワイトドラゴンに? アーサーが? いったいなんで」


 きょとんとするシーサーに、アーサーが少しばかり苦い笑みを浮かべた。


「実はこの船がクラーケンに襲われましてね……それも、『アウリトスの魔王』じゃないかと言われるとびきりの大物に。どうにか踏ん張って守りましたが、こちらから手出しもできず、沈むのは時間の問題かと思われました。そんな折、突然飛来したホワイトドラゴンが、ブレスで追い払ってくれたんですよ……そのまま飛び去ってしまったので礼を言う暇すらありませんでしたが、間違いなく、あのドラゴンは僕たちの味方で、命の恩人です」


 おどけたように、軽くお手上げのポーズを取る。


「まさか、魔王子を乗せたホワイトドラゴンが、大魔獣に襲われている人族の船を助けた――なんてことはないでしょうからね」


 そして「ねえ?」となぜか俺も同意を求められた。隣にいたからだと信じたい。


「わっはっは! 残虐卑劣な魔族の王子が、そんな人助けなんて真似するわけねえよなァ!」


 真の魔王子なら、笑いながら高みの見物を決め込むか、ブレスで船ごと焼き払うかのどっちかだぜェきっと!!


「むぅ……まあ、この話は置いておこう」


 シーサーはそれでも、不信感は拭えない様子で話を切り上げた。よほど、ホワイトドラゴンに思うところがあるらしいな。強襲作戦で死んだ知り合いがそれだけ大切だったのか、それとも――個人的に何かわだかまりでもあるのか。



 というわけで、そんなこんなでホワイトドラゴンの冤罪(?)を晴らそうと試みつつ、俺はレイラを連れてちゃっかり下船。



 そのまま聖教会の近くに宿を取った。



「す、すいません、足腰が……」


 宿屋の階段を上がりながら、まだちょっと歩き方がぎこちないレイラだ。『竜の姿に戻れば、きっとすぐ治るんですけど……』と【キズーナ】経由で申し訳なさそうにしていた。


 いや、申し訳ないのはこっちだよ……俺が主体性を持った原因だもん……。竜形態で自己強化の魔法を使ったら、一瞬で回復するんだろうけどなぁ。この情勢下じゃ、なかなか元の姿には戻りづらいよなぁ。


 エドガーのときと違って、「魔王子&お供と疑われるのが嫌だったから、正体を伏せていた」というロジックが使えない。なぜなら俺たちは、魔王子追放を知らないていで今まで過ごしてきたからだ。


 もしも最初からジルバギアス追放の件を知っていたなら、なんでそれを共有しなかった? という話になる。単純に「レイラの存在が機密だから」で押し通すには、あまりにも怪しい……


 まあこれ以上、面倒なことになったら、トンズラするしかねえな。


 何はともあれ、他者の目と耳が多い船から、こうしてプライバシーを保てる宿屋に無事移ってこられたのはよかった。



 これで、思う存分、自由にやれる。




 ――死者の呼び出しを。




 前回の死霊術行使から、さらに時間が経った。吸血鬼たちが変わらず活動を続けているなら……




 次なる吸血の犠牲者が出ていても、おかしくはない。

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