2.魔王子ジルバギアス


 どうも、勇者アレクサンドル改め、魔王子ジルバギアスです。


 生まれ変わってしばらく経った。


『俺』としての意識がしっかりしていたのは最初だけで、そのあとは急に眠くなったり、感情が制御できなくなったりで、いろいろ大変だった。


 一番恐ろしかったのは、ボーッとしてたら、そのうち自分が誰なのかわからなくなってきたことだ。


 ――あれ? 俺って誰だっけ?


 そう考えてしまったら、一気に記憶が抜け落ちて、何もかもを忘れそうになってしまう。朝起きた直後はハッキリと夢の内容を覚えていたのに、いつの間にか思い出せなくなっていた――そんなノリで。


 俺は勇者アレクサンドル。


 誰がなんと言おうと、勇者アレクサンドルなんだ……!


 そう自分に言い聞かせながら、おっぱい飲んでます。


 まあ、俺の赤ちゃんライフについては割愛するとして、魔王城で過ごすうちにわかってきたことをまとめよう。



・魔王城強襲から2年ほど経っているらしい。


 つまり、俺が魔王にブッ殺されたのも2年前というわけだ。強襲チームは全員返り討ち、魔王は――知っての通りピンピンしてる。作戦は完全に失敗だ。



・汎人類同盟は相変わらず負け続けているらしい。


 魔王がピンピンしているので魔王軍も変わらず健在だ。同盟諸国はじわじわと国境を削り取られ、俺が赤ちゃんをしている間に大陸中央部の小国が消滅したそうだ。


 畜生め。



・俺はどうやら第7王子らしい。


 魔王には、俺を含めて7人の跡継ぎがいる。一番年上の長男が70歳くらい、長女が50歳くらい。そのあとに、だいたい10歳違いの兄と姉がずらずら続く。


 そこそこ長命で300年くらい生きる魔族は、エルフほどじゃないが子供ができにくい。10年に1人は子が産まれていると考えると、魔族にしてはかなりのハイペースと言えるだろう。


 ただ、7人目ともなると、もう割とどうでもいいらしく、俺は生まれた日から魔王とは会っていない。「跡継ぎは多いに越したことはない」というセリフとあの無関心な態度は、つまりそういうことだったんだな。



 ――とまぁ、得られた情報はこんなもんだ。大した内容じゃない? 仕方ねーだろ赤ちゃんなんだから。日がな一日、食っちゃ寝してるだけだから情報収集にも限界がある。


「おぉぶばぁ……ぼんばぁ(どうした……もんか)」


 ゆりかごの中でひとり考える。


 なぜ魔族に生まれ変わってしまったのか――理由はわからないが、この状況を利用しない手はない。体は魔族になっても、心は勇者なのだから。


 ――俺に何ができる?


「…………ばぶぅ(ばぶぅ)」


 クソッ、考えるのは苦手なんだ。


 こちとら勇者だぞ。教皇様の「殺ってこい!」という号令に「ウッス!」と戦場を駆け巡り、人類の敵をブチ殺していく武闘派だ! それしかできないんじゃ!


 仕方がないので、ゆらゆらとゆりかごを揺らしてみる。ゆりかごの枠組みは骨製だ。どう見ても人型生物の頭蓋骨や大腿骨としか思えないようなパーツが多用されているが、原材料に関してはあまり考えないことにしている。


 いやね……人間だってさ……狩りの成果を剥製にして飾ったりはするよ。でもいくら魔族憎しといっても、魔族の骨で家具を作るヤツはいねーだろうからよ……ましてや赤ちゃんのゆりかごになんてさ……。


 もしくは、魔族的には、狩りの成果と変わらないノリなのか。あいつら他種族を軒並み見下してるからな。よっしゃ、強めの人間仕留めたぜ。あっ、そうだ、こいつの骨で赤ちゃんのゆりかごを作ろう! みたいな。


 そうすると、このゆりかごも元は名のある戦士だったかもしれないわけで……


 やっぱ許せねえよ魔族! 滅ぼさなきゃ。


「ぼばぁ、ぶうばばぁ(俺は、勇者だ)」


 天井に手をかざす。


 青みがかった肌の、ぷにぷにな腕。


 今はぷにぷにのもちもちだが――鍛え上げれば、鋼のような筋肉をまとった豪腕になるだろう。癪にさわるが魔族は人族よりはるかに強い。筋力体力は言わずもがな、魔力だってエルフに並ぶほどだ。


 ましてや、この肉体は魔王の血を継いでいる。


 いったいどれほどの潜在能力を秘めていることか――


「ぼっばぁ!(よっしゃ!)」


 決めたぜ。


 俺は魔王を殺る!


 武闘派勇者の脳みそでできることなんて、たかが知れてるからな。


 俺にできるのは、戦うこと。体を鍛えて武技を磨いて、魔王奇襲作戦を成功させることぐらいのものだ。


 やってみせるぜ、下剋上!


 ぷにぷにハンドを、グッと握りしめる。


「……ほぎゃ」


 決心したら、なんか気持ちが盛り上がってきた。


 というか涙が出てきた。


「……ほぎゃああん、ほぎゃあああん!」


 あー、これアレだ。


 お腹空いてきたわ!


 ごはんくれ~! ごはんくれ~!


 感情を制御できずに泣いていると、すぐに魔族の乳母が飛んでくる。


「はいはいお坊ちゃん、ミルクの時間ですねぇ」

「ばぶぅ……」


 そうして腹を満たした俺は、魔王討伐を誓いながら眠りにつくのだった……







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る