149.魔族街散策


 レイラとお出かけ。ついでに魔族の街も見て回ろう。


 リリアナは、連れて行くと悪目立ちするのでどうしたものか悩んだが、「たまにはふたりでゆっくりしておいで」とばかりに、俺のベッドに潜り込んでスピスピ寝始めたので、ありがたくお留守番してもらうことにした。


 護衛は特に連れていない。レイジュ領のど真ん中――ぶっちゃけ魔王城よりよほど安全だ。今のレイジュ領内で、俺より強いヤツなんてそれこそ数えるほどしかいないしな。


 形式的に、ヴィーネをはじめ、側仕えの夜エルフが何人か付き従ってるくらいだ。



 ――夜の領都。この街は200年ほど前まで、人族国家・ヴェナンディ王国の首都デルマと呼ばれていた。



 しかし王国は魔王軍に攻め滅ぼされ、王都はレイジュ族が接収。今では『レイジュ領都』という、風情もクソもない名に改められている。わかりやすいのはいいことだけどさぁ……。


 もとは石の防壁でぐるりと囲まれた堅固な要塞都市だったらしいが、通行の邪魔にしかならないので、現在は全て撤去されているようだ。族長の邸宅を中心に、魔族の手が入れられた新市街と、当時の面影を留める旧市街で構成されている。


「魔族の街、か」


 表通りを歩いていると、何だか変な気分だ。


 おぼろげに記憶に残っている、どこかの人族国家の、街の雑踏を思わせた――違いを挙げるとすれば、昼ではなく夜であることと、行き交う住民はほとんど肌が青く、角を生やしていること。


 夜食ランチの時間が過ぎたこともあって、街は魔族どもで賑わっていた。蛮族のくせに、一丁前に商店なんかも開いてやがる。店主が魔族で、従業員は夜エルフってパターンが多いようだ。


 獣人の数が少ないのは、やっぱり本来昼行性だからだろうか。昼間、夜の住人たちが寝静まっている間に、街の清掃やら農業やらに勤しんでいると聞いた。


「色んなお店がありますね」


 レイラが歩きながら、通りに面した商店の水晶ガラスのショーウィンドウに、興味深げな目を向けていた。


「そうだな……レイラは、こういう街を歩くのは?」

「初めてです! 街を歩くのも、こんなふうにお店を眺めるのも……」


 そりゃそうか。我ながらナンセンスな問いだった。自由に外を出歩く機会なんて、レイラには長らく与えられていなかったわけだし。


 どうせなら、魔族の街なんかじゃなく、人族の街を案内したかったと思ってしまうのは、俺のわがままってヤツだろうか。


 まあ、角を生やした俺たちふたりが、堂々と歩き回れる街なんて、魔王国以外にはなさそうだけどな……


 それにしても、『お店を眺めるのも初めて』、か。好奇心で目を輝かせるのも無理ないな。俺でさえ故郷の村には雑貨屋があった――気がするというのに。概念でしか知らなかった『ありふれたもの』を、初めて間近で見るってどんな気分なんだろう。


「何か買い物でもしてみようか」

「ええっ」


 そんなことができるんですか!? とばかりに目を見開くレイラ。


「うぅ……でも、お金もってきてないですぅ……!」

「ふむ」


 言われてみれば俺も財布なんて持ってねえや。チラッと付き従うヴィーネを見やると、サッと懐から革袋を出してうなずいた。ちゃんと軍資金はあるらしい。持つべきはおともだな。


「じゃあ、俺の買い物に付き合ってくれないか?」

「あっ、はい!」


 レイラが心なしかウキウキしだして、俺も嬉しい。


 とはいえ何を買ったものか。


 大通りにはいくつも商店が建ち並んでいるが、過度な装飾は惰弱とみなされるのが魔王国。レイジュ領はややとはいえ、やっぱり質実剛健なデザインの商品が好まれるようだ。


 まず目に入ったのは料理道具などの日用雑貨店。貴族服(蛮族風)を取り扱う服飾店。ほう、貸本屋なんかもあるのか。あとでソフィアに教えてやろう。……いやもう知ってるかな?


 そして大通りに面した店の中で、一番でかいのは――流石魔族というべきか、武器屋だった。


 ピカピカに磨き上げられたショーウィンドウの中、ドワーフ製の魔法の槍がランプの光に照らされて仰々しく飾られていた。通りを行き交う魔族たちも、チラッと槍に目を向けては物欲しそうな顔を見せている。やっぱドワーフ製の武具ってステータスシンボルなんだな。


「いいなぁー……」

「やっぱカッケー!」

「おれ、将来この槍で出陣するんだ!」


 そんな中、身なりのいい魔族の子どもが数人、ウィンドウにかじりつくようにしてワイワイと話し合っていた。子どもらしい無邪気さを感じる反面、連中が出陣する頃には、立派な人類の脅威となることを思えば、複雑な心境だ。


「ん? なんだアイツ」


 ――と、子どものひとりと目が合った。


「見ねえ顔だな。生意気な目をしたガキだぜ」


 ガンを飛ばしてきた。お前もガキだろうがよ。


 しかしそれ以上、面倒ごとの気配を感じる暇もなく、そいつは蒼白な顔をした全員にボコッドガッゴスッとタコ殴りにされていた。


「バカッお前、顔知らねえのかよ!」

「角折られるぞ!」

「逃げろー!」


 ぐったりしたガン飛ばし小僧を引きずって、ガキどもが逃げていく。


 その場に置いていかないだけ有情だな、などと俺は思った。


『それにしても、お主の評判よ』


 アンテが呆れたような声でいった。うん……まあ、魔族どもに何と思われようと、俺は構わないけど。


 隣のレイラを見れば、目を伏せて何やら曖昧な表情をしている。たぶん往来で魔族をバカにしたと取られたらマズいから、苦笑を噛み殺しているんだと思う。



 ――そんなこんなで、俺たちは結局、手近な食料品店に入った。



 魔族の店ってすげー変な気分だぜ……小物や雑貨と違って、食料品は惰弱とか関係ないし、氷魔法の存在で保存や輸送も楽だから、クッソ品揃えがよかった。まさか、そのへんの市井の店にアイスクリームが売ってるなんて……


 あと営業スマイルを浮かべる夜エルフの従業員って存在にも、ちょっとしたカルチャーショックを受けた。俺のお供のヴィーネたちに、従業員がちょっと萎縮してたのが印象的だ。魔族に階級があるように、夜エルフにも、似たようなエリート/非エリートの構図があるんだろうか?


「これとか美味しそうだな」

「あ、これガルーニャにおみやげに……」


 俺とレイラは、ああでもないこうでもないと、他愛なく話し合いながら、焼き菓子をいくつか買った。


 うーん。


 なんか知らんが楽しい。


 っていうか女の子と買物したの、前世も含めてコレが初めてかもしれない……


『お主……ホントにわびしい人生だったんじゃな……』


 いや、そんな暇なかったっていうか。


 従軍商人から、干し肉の最後の一切れを、なんか女の剣聖と奪い合ったような記憶はあるような気がするが、それをカウントしていいなら……


『いや……それは……違うじゃろ……』


 違うよなぁ……。


 買ったお菓子をひょいと頬張りながら、店を出る。「こ、これが食べ歩き……!」とレイラがにわかに興奮してたのが可笑しかった。


 そんなわけで、思わぬ買い物を楽しんでから、歩くことしばらく。


 俺は街の中心部を抜け、これまでとは違った雰囲気の区画に差し掛かった。



 ――旧市街だ。

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