150.街か墓場か
魔族の建造物は、その多くがコルヴト族の手によるものだ。
血統魔法【
そして魔族特有の過度な装飾を嫌う精神と、コルヴト族の真面目な気質が融合した結果、【
だからレイジュ領都は、良く言えば機能的、悪く言えばどこか単調な街並みとなっていた。
しかし旧市街は違う。
ある意味、俺にとって見慣れた光景だ――そこは人の街の姿を保っている。タイルを散らしたモザイク模様の石畳の道。切り出した石材やレンガを組み合わせて建てられた家屋。
石を手軽にこねたりくっつけたりできない、人の手による建築物だ。それもかなり古い様式の。この辺りは、王国が接収された当時の街並みが、ほとんどそのまま残されているらしい。
中にはあまり手入れされておらず、石壁が欠けたりヒビが入ったり、傾いたりした家もある。中心街の賑やかさとは打って変わって、どこか打ち沈んだ空気だ。
「…………」
表通りの喧騒も、どこか遠く。俺は、自分がひどく場違いな存在に感じた。
口に頬張った焼き菓子が、やけに甘ったるい――
「ぜんぜん、雰囲気が違いますね」
レイラが戸惑い半分、好奇心半分といった様子で辺りを見回しながら言う。
「そうだな……」
俺は相槌を打つ。
ガラが悪そう……というのとは、ちょっと違うな。『寂れている』に近いか。人気が少ないこともあるが、あまりにも活気に欠ける気がする。
『お主の気のせいではないのぅ』
と、アンテが口を開いた。
『先ほどの中心街には、お主を筆頭に、強大な魔力の持ち主がうようよひしめいておった。しかしこの辺りは違う』
……そうか。魔力のプレッシャーが――
『極めて少ない。閑散として感じるのは、付近にそれほど強い魔族がおらんからよ』
なるほど、そういうことか。俺はぺたりと、自分の角を撫でた。
魔力が生々しく知覚される身体には慣れたつもりだったが、こういうとき、まだ人の感覚を引きずっているんだな、と思う。喜ぶべきか、嘆くべきか。
それにつけても、この魔力の圧のなさよ。ここらはまだ魔族が住んでるエリアじゃなかったか? 使用人の夜エルフや獣人たちの居住区は、もうちょい街の外側にあるって話だったもんな。
「この辺りは?」
「旧市街です」
ヴィーネに話を振ったら、真面目くさって答えてきた。いや知っとるがな。
「……もうちょっとこう、詳しい情報を聞きたかったんだが」
「冗談です」
ウソつけ、ぜってー今の本気で答えてたぞ。隣の夜エルフの同僚に肘で小突かれてんじゃねえか。
「――レイジュ族の皆様方がこの土地を征服された際、現族長邸宅の周辺は手ひどく破壊されていたため、コルヴト族の方々によって新たな街並みが形成された、と聞いております」
ヴィーネは何食わぬ顔で説明し始めた。それがいわゆる新市街、中心街だな。
「当然、コンクレータ造りの家屋の方が物理的・魔法的強度に優れているため、有力者の方々はこぞって入居されました。そして、当時の人族奴隷の手により、簡易的に修復された旧市街には――残りの方々がお住いになられた、と」
ちょっと言葉を選びながら、ヴィーネ。
強いやつほどピカピカの中心部に家をゲットして、弱いやつには余り物しかなかった、ってワケだ。なるほどな。
つまりこの旧市街には、当時のレイジュ族の雑魚の子孫が住んでいる――ここまで如実に差が出るものなんだな。
それにしても『当時の人族奴隷』、か……。道中で目にした牧場を思い出し、俺は胸がムカムカしてきた。
現在の領内の種族比を考えれば、当時の使役されていた人族奴隷たちがどのような末路をたどったのか、容易に想像がつく。
さぞかし無念だっただろう――その視点に立つと、途端に、この寂れた旧市街の街並みが、人々の墓標のように見えてきた。しかも厚かましくもそこに住まうのは、人ではなく魔族だ。寄生虫どもがよォ……
「……ふぅ」
俺は意識して呼吸を整えた。俺ひとりならいくらでも憤るんだがな。
「行こうか」
気を取り直して、かたわらのレイラに微笑みかけた。せっかく出かけたのに、俺がプンスカしてちゃ彼女に悪い。
『我もおるんじゃが?』
もちろんだよ、お前はいつでもどこでも一緒だろ。
『フン、まあわかっとるなら良い……』
レイラの手を取って歩きだす。彼女は少し寂しげに微笑むだけで何も言わなかったが、そっと俺の手を握り返してきた。指先に、ほんのわずかにこめられた力は、俺を支えようとしてくれているかのようだった――
よし、さっさとこのしみったれた区画を抜け出しちまおう。そう思って、少し歩調を早める俺だったが――
「あっ、殿下!」
曲がり角で、めっちゃ見慣れた顔と鉢合わせた。
「アルバーじゃないか」
槍を担いだアルバーオーリルだった。なんでこんなとこに。
「どうもです。どうして殿下がこんなところに……?」
「それはコッチの台詞だよ」
「いや、自分はこの辺りに住んでますんで……」
何だと? この寄生虫がよォ――というのはさておき。
そうか、実力と根性の割に、『あんまりパッとしない若手』みたいな、不当に低い評価を受けていたのは家系のアレコレもあったからか……
……クソッ、なまじヴィーネに事情を聞いちまったせいで、地味に答えづらい。
「そうか……俺はちょっと街を散歩していたところだったんだ。里帰りしてからこの方、訓練漬けでろくに領都も見ていなかったからな」
早口にならないよう気をつけながら、俺は自分の事情を語った。そしてさり気なくレイラの肩を抱く。
「それと……ずっと人の姿で窮屈させているレイラに、空を飛ばせてあげたいと思ってな。このまま町外れの森にでも行こうかと」
だから失礼するぜ、というノリでそう口にしたのだが――
「おお、殿下も森に! 奇遇ですね、俺もちょっくら狩りに行こうと思ってたんですよ! 途中までお供します!」
アルバーがパッと笑顔になった。まったくイヤミが欠片もない、100%の善意と忠誠心の表れだった……
「お、おう……」
無碍にもできず、そのままアルバーも加えて歩きだす。
「コッチに行くと近道ですよ。あの道は真っ直ぐ続いてるように見えて、坂の下で右折するんで森から遠ざかるんです」
流石地元の民ということもあって、道案内は的確だった。俺ひとりだったら入らなかったであろう小道なんかも、迷うことなくスイスイ進んでいく。
ただ時折、清掃が行き届いておらず、道の端っこに落ちているゴミなんかを、俺の視界に入れまいとするように拾ったり足でどけたりしていたのが、印象的だった。
たまに住民も目にしたが、中心街とは比べ物にならないくらいみすぼらしい格好をした魔族たちで、(魔族にも貧乏人がいるのか)と俺は率直に驚かされた。この国における貴族階級じゃなかったのか……?
いや、冷静に考えれば、同盟圏にも名ばかりの貧乏貴族はいたけどさ。
「……この辺りは、貧しいヤツが多いんですよ。ホントは殿下のような御方が訪れる場所じゃないっていうか」
旧市街をほぼ抜けたあたりで、不意にアルバーがつぶやくようにして言った。
その目はまっすぐに、道の向こうを見ているが――意識は俺に向けられているような気がした。
「殿下は……どう思われますか」
どこか慎重な口調で、アルバーは問う。
「貧しくて、弱い奴らのこと」
――終始明るいアルバーらしくもなく、切実な響きだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます