148.浮いた時間
どうも、今日も今日とて、レイジュ領で訓練漬けなジルバギアスです。日が暮れて目覚めたら軽く組み手、食事ののち腹ごなしの運動、森で行軍および戦闘訓練、バーベキューで腹を満たしてひと風呂浴びてから戦術論の勉強……
そんな日々を送っている。
「はい、今日はここまで!」
――と思っていたら、今日に限っては、森を軽く走って終わりだった。まだ1時間くらいしかやってねーぞ。
「ゴリ姐、何かあるんですか?」
こちとら、「わーい早く終わったぞ―」と無邪気に喜ぶほど純真じゃねえ。
「ああ。明日から泊りがけで、廃墟化した街に訓練へ行くことにしたからねェ」
俺の問いに、トントンと槍で肩を叩きながらゴリラシアは答えた。
「市街戦演習をするよ。かなりキツくなるから、今日は英気を養っておきな」
思わず「うへぇ」と声が出る。ゴリラシアが言う「キツい」ってよっぽどだぞ。
いつもは涼しい顔で訓練しているクヴィルタルたちでさえ渋い顔をしているし、三馬鹿たちに至っては「ほぇ……?」と間抜け面を晒している。あ、じわじわと絶望に染まってきた。
「それじゃ解散。明日から3日泊まりだから、着替えとかも用意しときな!」
ひらひらと手を振って去っていくゴリラシア。
「うわー絶対キツいやつじゃーん!」
「ちょっと慣れてきたと思ったらこれですかぁ……」
ナイト兄弟が頭を抱えている。
「今日はバーベキューなしかぁ……」
オールバックの髪を撫でつけながら、しょんぼりしているのはアルバーオーリル。「仕方ねえ、狩りにでも行くか……」などとつぶやいていたが、どんだけ肉が食いたいんだよ。
そんなわけで、イマイチ消化不良感を抱えつつヴァルト家の邸宅に戻る。
『普通、休みとなったら、もうちょっと嬉しがるものではないかの?』
アンテがのほほんとした口調で言うが、そりゃあ他人事だからだよ。
明日から地獄が確定してるようなもんだから、休日のプレミア感が一切ない。
それに正直、レイジュ領に来てからあんまり心が休まらねえんだよな。
というのも――
「ヒィッ!」
廊下で、魔族の少女と鉢合わせるなり怯えられた。
――ルミアフィアだ。
その引き攣った顔が、見開かれた目が、「なんでこの時間にここにいるの!?」と如実に語っている。普段の俺は、
一瞬の硬直を経て、ほぼ反射的にシュバッと平伏するルミアフィア。
「で、殿下に、おかれましては、ご、ごご、ごきげんうるわしく……」
ぷるぷる震えながら挨拶する彼女に、「おう」と一言だけ返して、俺はそそくさと自室に引っ込んだ。長々話しても、お互いに良いことひとつもないからな……
族長の邸宅と言っても、居住区の広さは限られてるから、こんなふうに鉢合わせしてしまうことはままあるんだ。
『あーっはっはっは、いい気味じゃクソ生意気な小娘が!』
アンテは毎回ご機嫌で爆笑しているが、俺は自分が悪者にでもなったようでとても居心地が悪い。
というか、気まずい。
この間なんか、空き部屋から『お兄ぃやめて! 離してよぉ……!』という涙まじりに訴えるルミアフィアと、『じっとしてろ! 暴れるんじゃない!』と声を荒げるエイジヴァルト、ついにはルミアフィアの『いやぁぁ、助けてぇ!』という悲鳴まで聞こえてきて、『何をやっている』と思わずドアを開けたら――
椅子に縛り付けられたルミアフィアに、エイジヴァルトが槍を突きつけていた。
『――いや本当に何やってんだよ!?』
『ちっ、違う! これには深いわけが……!』
『ぶくぶくぶく……』
驚愕する俺、慌てて弁明するエイジヴァルト、泡を吹いて気絶するルミアフィア。
マジでカオスな現場だった――
あとでプラティから聞いたが、ルミアフィアは俺との決闘で生死をさまよったせいで、先端恐怖症だか刃物恐怖症だかになっちまったらしい。
族長家の娘が、刃物を怖がって槍も持てない、なんてお話にならないので、この頃はどうにか克服させようと族長たちも躍起になっているようだ。
ただ……どう見ても逆効果っていうか、日に日にルミアフィアが衰弱していってるような気がしてならないんだが……
まあ、俺が口出しする義理もないのでスルーしている。
そもそも俺が原因だしな。
『――あなたが責任を感じる必要はないのよ』
ちなみにプラティは、どこまでも冷淡にそう言っていた。
『悪いのは、惰弱の精神の持ち主の方だわ。むしろただの決闘で弱さが明るみに出てよかったじゃない。あなただから寸止めしたけど、戦場だったらそのまま殺されていたのよ。伯父さまは文句を言ってたけど、感謝してもらいたいくらいだわ』
フンと鼻を鳴らして、扇子をパチパチ開いたり閉じたりしながら、プラティはせせら笑っていた。
プラティ、自分が強いだけに、弱いやつにはホント容赦がねえ。まあ今回の一件はルミアフィアの身から出た錆だから、俺も気まずく感じても同情まではしねえけど。せいぜい頑張って克服してほしい。
――そんなこんなで、自室に引っ込んだがやることがない。
それこそ手癖でリリアナをナデナデすることぐらいしか。
「……どうなさいます?」
俺と同じく手持ち無沙汰な様子のレイラが、こてんと小首をかしげて尋ねてきた。彼女も、魔王城なら仕事があったんだろうけど。予期せぬ空き時間だから何していいかわかんなくなっちまったよ。
「うーん……。そうだ、レイラはしばらく空飛んでないよな?」
「そう、ですね」
魔王城では毎日のように飛行訓練をしていたレイラだが、レイジュ領に来てからはご無沙汰だ。迂闊にホワイトドラゴンの姿を晒したら住民と一悶着あるかもしれないので、自重しているらしい。
「じゃあ、
郊外で飛べば人目は少ないし、万が一誰かに見咎められても、俺の監督下と言えば文句はあるまい。
「今日は月がきれいだし、レイラも気持ちよく飛べると思うよ」
夜空に銀の鱗が映えそうだ。
「……はい」
レイラは嬉しそうにうなずいた。
そうだな、出かけるついでに、この街も軽く見て回ろうかな。
今まで邸宅と訓練場の往復ばかりだったし、何か発見でもあるかもしれない。
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