487.国家事業

※ジルバギアスはなろう版を引き上げ、カクヨムに一本化しました。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。


 そして「カクヨム読みづらいな……」と感じている方がおられましたら、右上↗の「ぁあ」の部分をタップされてみてください。明朝体⇔ゴシック体、縦書き⇔横書きなど、自分好みの設定に変更できます。お試しあれ!

――――――――――


 魔王ゴルドギアスは、スピネズィアの言葉を咀嚼する。


 ――あたしが食い下がったら、『必要があるなら父上が教えてくださるだろう』って言ってたんですよね、あの末弟。


(仮に、ジルバギアスが死霊術という手札をどうしても隠しておきたかったならば、このような言い方はしないはずだ……)


 機密だ、の一点張りでいい。にもかかわらず、最終的な判断を魔王じぶんに任せたということは――


「本当にジルバギアスがそう言ったのか?」

「は、はい……」


 念押しする魔王に、スピネズィアはちょっと自信なさげにうなずいた。


「……一言一句、正確じゃないかもですが、そんな感じのことを」

「ふむ」


 少なくとも、スピネズィアは嘘を言っているようには見えない。ということはジルバギアスはそれに近い物言いをしたのだろう。必要とあらば死霊術を開示する意思があったとみなしてもいい。



 ――余談だが、当のジルバギアスは、『魔王に判断は任せるけど、死霊術の研究の目的はエンマ対策という極めてセンシティブな案件だから、よほどのことがない限り他言することはないだろう』と踏んでいた。


 さらに言うなら、『必要なら父上が教えてくださる』ではなく、王族という身分で機密の開示を迫ったスピネズィアに対し、『なら父上からお声がかかることもあるかもしれませんね』と返して煙に巻いている。


 スピネズィアはジルバギアスの発言を自分に都合のいい形に捻じ曲げたとも言えるのだが、スピネズィア自身はジルバギアスの言葉を本当にそう解釈していたし、一切の悪気はなかった。


 ゆえに、魔王もスピネズィアから悪意を読み取れず、素直に彼女の言葉を信じることにしたのだ――



(そもそも、ジルバギアス以外に魔族の死霊術研究者がおらぬ現状は、魔王国にとって好ましいとは言えない)


 エンマ対策。オディゴス失踪で悪魔との契約が不安定化した今は、なおさらアンデッド陣営に対しても睨みをきかせる必要があるだろう。


 ジルバギアスが、スピネズィアに対する情報開示の可能性を残していたのも、万が一を想定してのことだったのかもしれない。


(本当に、あやつは国のことを考えていてくれたのだな……)


 じーん、と胸を打たれる魔王。


 が、諸々の事情でその唯一無二の専門家(6)を国外に追放せざるを得ず、しかも魔王が知る限り、後任なども決まっていないのだった。


「…………」


 改めて考えると、色々酷すぎる。魔王は頭痛を堪えるように額に手を当てて、重い溜息をついた。そして、何か魔王の気分を害してしまったのではないかと、戦々恐々と見守るスピネズィア。


「……よし」


 顔を上げた魔王は、ぱん、と軽く手を叩いた。



 ――周囲から一切の音が消え去る。



 一瞬、聴覚を奪われたのか、とスピネズィアが錯覚するほどだった。しかし自分が息を呑む音、さらには胸の鼓動までもが響いてきて、すぐに察した。強力極まりない魔王の魔力で、防音の結界が展開されただけなのだ、と。


 魔王が行使すると、何の変哲もない呪文がまるで別物のようだ。


「ジルバギアスが何に携わっていたのか、お前に教えてもいい。ただし条件がひとつある」

「……はい」

「公平を期すために、前もってその条件を教えることはできない。条件を知らぬまま話を受けるか、何も聞かなかったことにして立ち去るか。決めるといい」


 ……無茶を言う。深さの分からない穴に飛び込むようなものだ。逡巡するスピネズィアを前に、ゆったりと椅子に背を預けて魔王は笑う。


「さあ、どうするスピネズィア。それでもなお、知りたいか?」

「…………確認したいんですけど、結果として知り得た情報は……?」

「もちろん、他言無用だ」


 魔王が表情を引き締める。


「誰に対しても。アイオギアスに対しても、だ。例外はない」



 どくん、とスピネズィアの胸が高鳴った。



 これまで、彼女は知り得た有益な情報を、全てアイオギアスに流してきた。それがアイオギアス傘下の、魔王子としての役割だったからだ。


 だけど、この情報は。


 アイオギアスにも――秘密なのだ! 魔王のお墨付きで!


 ぞく、と静かな興奮があった。指し手ですらない、ただの駒である自分が――


 そんな情報を握っていられる。どこか背徳な誘惑だった。実は、魔王がもったいぶっているだけで、大したことじゃないのかもしれない。だがスピネズィアにとって、それはどうしても抗い難いほどに、魅力的だった。


「条件を受け入れます。聞かせてください」


 ほとんど考えずに、スピネズィアは口に出していた。


「ほう。随分と思い切りがいいな」

「ええ、まあ」


 やっちまった感とやってやった感をまとめて味わうスピネズィアは、やけに清々しかった。


(はは、面白い)


 そして魔王は、そんな娘を好意的に思った。普段は思慮深く振る舞っているが、ゴルドギアスも本来は何も考えず前線で槍をぶん回していたいタイプの魔族だ。


「よかろう。ではまず条件を伝える。【今からお前に、ジルバギアスの手札をひとつ明かす。代わりに、ジルバギアスがお前の手札について尋ねてきた場合、我は無条件でお前の情報をひとつ開示する】――以上だ」


 ……ぱちぱち、とスピネズィアは目を瞬かせた。


「え、それだけですか?」

「それだけだ」

「全然大したことないような……?」


 ぶっちゃけ、スピネズィアがバレて困る手札など何もない。


 スピネズィアはサウロエ族出身であり、血統魔法は【狩猟域】と【名乗り】であることが明らかだし、【暴食の悪魔】と契約していることは秘密にしようがない。


 ルビーフィアやダイアギアスのように、スピネズィアもまた手札を知られても構わないタイプなのだ。というか、ある程度の爵位を持つ魔族は、戦場での槍働きで手札がそれなりにバレる。


 侯爵にまで昇りつめておきながら、未だに契約悪魔さえ明らかになっていないジルバギアスが異常なのだ。


「確かに大したことはないが、必要な条件だった。また、事前に明かさないことにも意味がある。もしも我が事前に『ジルバギアスが尋ねてきたら、お前の手札をひとつ開示する』と条件を出せば、此度の一件がジルバギアスの能力に関連していることが明らかになり、『少なくともジルバギアスが何らかの手札を隠していること』もまた示してしまう。そしてお前は、その情報を持ち帰ることができる」

「ああ……なるほど」


 公平を期す、とはそういう意味だったのか。


(と、いうことは、ついにジルバの契約悪魔が明らかになっちゃう?)


 思わずワクワクし始めるスピネズィア。


「では教えよう。ジルバギアスが何をしていたか、だが――」


 言いかけて、魔王は口をつぐんだ。


「……スピネズィア。結界を展開して欲しい」

「え? さらにですか?」


 父がもう、おそらく世界最強の防音の結界を張っているのに?


「うむ。防音はいいとして、視覚を始めとしたあらゆる感覚を遮断するものを」

「はぁ……わかりました」


 そこまで厳重に? と思いながら、席を立ってその場でくるりと一回転し、【狩猟域】を展開する。


 一見、何も変わらないが、ドーム状の魔力の膜がふたりを覆った。


「これで、外からは中が見えなくなりました。音も、振動も、魔力も伝わらないはずです」

「素晴らしい。では――」


 ぽっ、と魔力が手のひらに小さな火を生み出し。



 ぶわっと膨れ上がらせた。



 いや、それは火ではなかった。発火する前の、『火の魔力』。それでも、かわす間もなく全身を飲み込まれたスピネズィアは、業火の舌に全身を舐められたかのような怖気に襲われる。


「よし」


 一瞬だけ、結界の内部を火の魔力で満たし、魔王は安心したようにうなずいた。


「待たせたな。では教えよう。ジルバギアスはエンマから死霊術を学んでおり、砦はそのための研究所だ」

「……は?」


 思いもよらぬ情報に、スピネズィアは固まった。


(え…………なんで?)


 様々な意味での、「なんで?」だった。


 なんで死霊術そんなものを学んでいるのか。


 なんでそれを国家機密扱いにする必要があるのか。


 なんでここまで厳重に結界まで展開して伝える必要があるのか。



「――そしてジルバギアスは、エンマを確実に滅ぼしうる方法を模索していた」



 が、続く魔王の言葉で、一気に『厄ネタ』感が跳ね上がった。



(えっ!? まさか――!?)



 スピネズィアの顔から血の気が引く。



 まさか――エンマに反乱の兆しでもあるのか?



(そんな! あたしもう前線出られないじゃない!!)



 アンデッドの輸送力がなければ、誰が食料を運ぶというのだ――!?

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