486.氏族と戦略

※コミカライズ連載開始! 大好評です! 野井先生ありがとうございます……!

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 北部戦線は、魔王軍が現在唯一『押し込めていない』戦線だ。


 理由は単純。


 攻めづらい上に旨味が少なく、どの部族も参戦したがらないから。


 そもそもドワーフ鍛冶戦士は、たった数十名でも手強い。全身を【真打ち】で固めた魔力強者の戦士。悪魔の契約を抜きにしても、並の魔族には引けを取らない実力を持つ。


 それが北部戦線では――特にドワーフ連合王国のテリトリーでは――戦力の大半をドワーフが占めるため、小規模な砦でも百名単位のドワーフ鍛冶戦士が詰めている。しかも、城や要塞そのものは言うに及ばず、橋や道といったインフラも魔法がかかった『ドワーフ製』というオマケつきだ。


 当然、戦となれば『道』や『橋』そのものが全力で妨害してくる。


 森エルフが潜む森に踏み込むようなものだ。それを制圧しながら、どうにか目的地にたどり着けば、守護の魔法が込められた砦や城で準備万端のドワーフ鍛冶戦士たちが待ち構えている。


 侵攻がどれだけ困難か(あるいは面倒か)、改めて論じるまでもないだろう。


 これまでも、魔王軍がドワーフたちを力でねじ伏せ突破した例は少なく、籠城戦の末に補給や水源を絶たれたドワーフ側が、防衛拠点を放棄し撤退するというパターンが多かった。


 しかも、撤退時に鉱山や坑道の類(ドワーフの拠点は鉱山と一体化していることが多い)は埋めるか崩落させるかし、生産施設も完全に破壊して去っていく。


 苦労して拠点を落としたところで、ほとんど得るものがないのだ。どころか、ドワーフたちが丹精込めて仕掛けた罠が山ほど残されている始末。


 そんなわけで、戦功を求める魔族たちの中にあっても、北部戦線は圧倒的に不人気だ。正面突破できる実力もなく、補給線を断つ手段も、包囲戦を続ける体力もない木っ端部族などは、せっかくの参戦権が回ってきても泣く泣く辞退するしかない。



 裏を返せば、北部戦線で戦えるのは、有力氏族や極端な強者のみ。



 例えば魔王が出陣すれば、ドワーフの要塞どころか王国のひとつやふたつは簡単に消し飛ぶだろう。石や金属でさえ燃やせる業火の使い手、ルビーフィアも似たようなことはできるはず。


 ただ、魔王はこれ以上戦果を上げても意味がないし、貴重なドワーフ鍛冶師を全て灰燼に帰してしまうのはあまりに勿体ない。


 またルビーフィアはルビーフィアで、ドワーフの石山を燃やすことより、東部戦線でエルフの森まで打通できるルートを攻め、聖大樹を消し炭にするのを夢見ている。



 そんなわけで今回、北部戦線担当のお鉢が回ってきたのはコルヴト族だった。



「トパーズィアは出ないのだな」

「そう聞いてます。……まあ、あの娘に戦は無理かなと」


 独り言じみた魔王の確認の言葉に、相槌を打つスピネズィア。


「未だに従騎士のままだし……」


 トパーズィアは、実はまだ一度も戦功を上げていない。眠り込んだまま戦場に担ぎ込まれて実戦デビュー(?)は果たしているのだが、本人が戦おうとしない。


 というか悪魔と契約して以来、眠っている時間の方が長く、鍛錬を積んでいるとも思えないので、槍をまともに扱えるかさえ怪しい。


 ただ、それでも魔力はモリモリ育っているし、遥か格上のアイオギアスを昏倒させた実績があるので、一目置かれている。というか……コルヴト族はそれでよしとし、これ以上トパーズィアをどうこうするのは諦めている節がある。


「しかし、共同戦線については聞いていたが、お前まで出るとはな」


 魔王が意外そうに言うと、スピネズィアはちょっと苦い顔をした。


「まあ、あたしにも一応コルヴト族の血は流れてますし……」


 実は、スピネズィアの祖母はコルヴト族出身だ。魔族は血統魔法目当てで積極的に氏族間で婚姻するため、先祖をたどれば大概の有力氏族は親戚だったりするのだが、スピネズィアのコルヴトの血は中でも比較的濃い。


 現在ルビーフィア派閥のコルヴト族と、アイオギアス派閥のサウロエ族は敵対関係にあるが、スピネズィア個人としては、コルヴト族にはむしろ親しみを覚える。


「それに、せっかくなら戦功は積んでおきたいですし」


 コルヴト族との連携が決まった時点で、スピネズィアは参戦することにした。彼女は数少ない、ドワーフ鍛冶戦士団を相手にしても戦果をあげられる側の魔族だ。


「あとは、イザニス族の尻拭いみたいなもの――」


 溜息まじりにそこまで言って、スピネズィアはハッとして口元を押さえた。


「どうした?」

「いえ、あの、これって、政治の話じゃ……」

「……ああ、なんだそんなことか」


 食事会では政治の話は禁止、破れば即座に叩き出す――と決めたのは、他でもない魔王なのだが、スピネズィアの心配をよそに当の本人が一笑に付した。


「あれは、参加者同士が無用な争いを起こさぬための決まりだ。今は我らふたりしかおらん、気にすることはない」

「……よかったです」


 ホッとするスピネズィア。そもそも魔王が振ってきた話題なので、これで叩き出されたら理不尽もいいとこだが。


「まったく……なんてことをしてくれたんですかね、イザニス族は……」


 ここぞとばかりに、遠慮なく愚痴をこぼす。



 王位継承戦を待たずして末弟に襲いかかったエメルギアス(返り討ち)、息子をやられた腹いせにビラをバラ撒いて夜エルフ諜報網を壊滅させたネフラディア。



 後者に関しては、諜報員の生き残りの救出作戦をイザニス族が後押ししたことで、多少は埋め合わせをしたものの……被害の大きさにはとても釣り合っておらず、多方面に迷惑をかけたツケはまだまだ残っている。


 北部戦線のような『あまり美味しくない』戦場での槍働きも、そんな償いの一環と言えたが――風魔法を得意とするイザニス族は、屋外戦でこそ真価を発揮し、閉所での戦闘には向いていない。


 砦や坑道に立てこもるドワーフ族なんぞ、最悪の相手だ。


 ――そこで待ったをかけたのがアイオギアスだった。


『城攻めならば、【狩猟域】を使うサウロエ族の方が適任だろう』


 アイオギアスは、サウロエ族がイザニス族の代わりに出陣することを提案した。


 実際、双方にとって悪くない提案と言えた。イザニス族は苦手な戦場で無駄な犠牲を出さずに済む。サウロエ族はイザニス族に大きな貸しができるし、城攻めは得意なので出陣もそれほど苦ではない。過去、北部戦線で目覚ましい戦果を上げてきた氏族のひとつが、サウロエ族だ。


 アイオギアスも、仲介役をすることで双方への干渉力を高められ、ただでさえ弱体化した自派閥の手駒をこれ以上失わずに済む。


「イザニス族は、多少の犠牲は覚悟の上だったみたいですけどね」


 むしろ、犠牲を嫌って『サウロエ族に代わってもらった』と周囲にみなされ、ナメられることを危惧するイザニス族も少なくなかったようだが――そこは派閥の長たるアイオギアスの命令だった、ということでケリがついた。


(……たぶん、アイオ兄はイザニス族の影響力も削ごうとしてる)


 イザニス族の苦境につけこんで、自派閥への依存度をさらに高めてしまおうという腹積もりだろうか?


(……ま、どうでもいいけど)


 正直、スピネズィアは、この辺りの思惑には興味がない。


 盤面に干渉できる指し手プレイヤーはアイオギアスとルビーフィアのふたり。


 自分は所詮、駒だ。駒が指し手のことをあれこれ考えて、何か得があろうか?



 ――それは決して、『駒が自意識を持てば指し手の邪魔になる』というような、殊勝な心がけから来るものではなかった。



 自分の力では干渉しようがない事柄を、あれこれ考えても不幸になるだけだ――という、後ろ向きな思考だった。



「…………」


 ぼんやりとした目で、空っぽになったクソでかいシャーベットの器を見つめるスピネズィア。


 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、魔王もどこか気遣うような目を向ける。


「お前たちも、何かと苦しかろうな」

「……いえ、そんなことは」


 魔王にしては珍しい、同情するような口ぶりに、スピネズィアは我に返って気丈に答える。


「そうか。魔王としては、いずれかの勢力に過剰に肩入れはできんが……愚痴くらいならば聞いてやるぞ。経験に基づいた、ちょっとした助言などもできるかもしれん」

「それは……心強いです」


 ぎこちなく笑う魔王に、スピネズィアも同じくらい、気まずげな笑みを返す。魔王の助言――物凄く役に立ちそうだが、父の継承戦での血みどろの戦いを聞きかじっている身としては、聞いてもあまり楽しくはなさそうだ、という気がした。


「切羽詰まったら、父上を頼るかもです」

「ふふふ、よかろう。もっとも――」


 何かを言いかけて、魔王は口をつぐんだ。


(――お前が切羽詰まるような状況で、まだ我が生きていればの話だが)


 縁起でもない言葉だったので、飲み込んだ。


「……? 父上?」

「いや、なんでもない」


 言葉の続きを待って小首をかしげるスピネズィアに、首を振る魔王。


「……ひとつ、聞きたいことがある、スピネズィア」

「何なりと」

「エメルギアスのことだ。あいつが……ジルバギアスに襲いかかったとき。結果的にはただの勘違いが原因だったようだが、何か異変というべきか、そこまで思い詰めるに至る、前兆のようなものはなかったか」


 魔王の問いに、スピネズィアの顔が少し強ばる。


「……ああ、誤解を招かぬよう言っておくが、決してお前を責める意図はない。異変を感じ取っていたとしても、それでなぜエメルギアスを止めなかった、対策を講じなかったなどと、お前の責を問うようなことは、決してないと約束する」

「……いえ。別に、そういうわけでは」


 スピネズィアはうつむいて、しばし考えを巡らせた。


「……正直、割と……いつも通り、だった気がします。アイオ兄には不満そうだったし、あたしに対しては無駄に偉そうだったし。ジルバギアス関連で言うなら、砦をもらったことには嫉妬してましたけど……それくらいかなぁ」


 自分で言っておいてなんだが、とても父を満足させられそうな返答ではないな、とスピネズィアは思った。


「……ふむ。そうか」


 しかし魔王は落胆するでもなく、あごひげを撫でながら、椅子に背を預けて物思いに沈んでいるようだった。



 ――今、このひとときは、【魔王】ではなく、【ゴルドギアス】といういち魔族の顔をしているようだ、とスピネズィアは感じた。



「……わかった。ありがとう」


 父が、父で居る時間を邪魔したくなくて、黙っていたスピネズィアだったが、やがて魔王は顔を上げ、几帳面に礼を言った。


「いえ。大したことでは」

「……逆に、我に何か聞きたいことでもあるか?」


 あくまでも控えめなスピネズィアに、魔王が冗談めかして尋ねてくる。 



 ――聞きたいこと。



 そこでふと、スピネズィアの脳裏をよぎったのは、先ほど話題にも出した、ジルバギアスがもらった砦――本人曰く借りただけの――アウロラ砦のこと。



 さらに、末弟から依頼された【狩猟域】を付与した魔法具に、6歳ながら『極めて機密性が高い国家事業』とやらに参加していたらしい――という言が蘇る。



「父上、ジルバギアスのことなんですけど」

「うむ」

「あたし、前にあいつから、【狩猟域】を付与した小型の魔法具を依頼されたことがあるんです」

「ほう。初耳だ」


 ――初耳? ということは、あの魔法具は父の意向を反映したものではない?


(でも、父上の意向が関係ない国家事業って何よ……?)


 ますます、疑問と好奇心が膨れ上がっていくのを感じる。


「……末弟いわく、その魔法具が自分の研究に役に立つかどうかを確かめたい、とのことで。何の研究かも聞いたんですが、教えてはくれませんでした」


 そもそも、あの砦で何かコソコソやっていたからこそ、エメルギアスが『イザニス族の優位を脅かす新たな高速通信技術ではないか』と邪推して、凶行に及んだわけだが。


「あたしが食い下がったら、『必要があるなら父上が教えてくださるだろう』って言ってたんですよね、あの末弟」


 なので、軽い気持ちで聞いてみる。


「ジルバギアスって何の研究をしてたんです?」



 ――その瞬間。



 魔王の顔が一気に引き締まり、父親ではなく、厳格な王の表情となった。



(……あ)



 まずったかな、とスピネズィアは思った。



 少なくとも、父にこんな顔をさせるような『何か』に、アイツは関わっていたことが確定してしまった。聞かない方がよかったかもしれない。



(……でもアイツ、まだ6歳よ!?)



 なんでそんな一大事業に、子どもが関係してるのよ!!



(おかしいでしょ――っ!)

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