485.毎週恒例

※「次にくるライトノベル大賞2022」の文庫部門にて、ジルバギアスが4位に入賞致しました! 応援して下さった皆様、改めて本当にありがとうございました~!!


【前回のあらすじ】

魔王(オディゴスがおらんくなった……どうしよ……)

スピ姉「父上、今日は一緒にランチでもいかがですか……?」

魔王「……そうだな、久々に顔を出してみるか」(ほっこり


シェフ「えっ!? 今日魔王来んの!?」(フードファイター用のドカ盛りメニューのつもりだった)

――――――――


 ――久々に顔を出した食事会は、変わらぬクオリティで魔王の舌を唸らせた。このところずっと、スピネズィアしか来ていなかったのに、突然の魔王の出席にも対応できたのは、シェフの日頃の研鑽の賜物と言えるだろう……


 前菜はクリームチーズを添えたイチジクの生ハム包みと、一口サイズのクラッカーに新鮮な魚介類や季節の野菜を乗せたもの。濃い目の味付けが小気味よく、白の大皿に少量ずつ宝石のように盛り付けられていて、食欲をそそりつつ目にも鮮やかで楽しめる一品だった。


 ……が、それは魔王の皿の話。部屋に着いた時点でスピネズィアは先に食べ始めていたのだが……山盛りのクリームチーズに生ハムの塊(スライスする前のやつ)を突っ込んで、直接ハムをかじりながら合間にイチジクを口に放り込むという、あまりにも豪快なスタイルだった。


【聖域】時代の魔族でも、ここまで野蛮な食べ方はしないだろうという有様。魔王は少し引いた。おそらくご先祖様が見てもちょっと引いたのではなかろうか。


 そして、仮にも王族であるスピネズィアに、この料理の出し方はあんまりにも手抜きでは? と不満を抱く魔王だったが。


 ガリガリと生ハムを削り取るスピネズィアに、時折魔王と同じような、上品に飾り付けられた皿が供されては一瞬で蒸発するのを見て、納得した。……単に供給が間に合っていなかったのだ。スピネズィアの食欲と食べる勢いは、この頃ますます磨きがかかっているように思える。


(魔王は把握していなかったが、食欲抑制ボン=デージの反動だった。)


 前菜の次は、スープが運ばれてきた。透き通った黄金色のコンソメスープ。こちらも少量だが、肉や野菜の出汁、その濃厚な旨味が凝縮されており、舌がしびれるような味わい深さが後を引く。メインに備えて、さらに食欲が掻き立てられる絶品だ。


 ……ちなみにスピネズィアは、バケツみたいな容器でゴクゴクゴクッと飲み干していた。「おかわり!」と聞いたときは流石の魔王も閉口したものだ。塩分を取りすぎると体に悪いと本で読んだが、スピネズィアは大丈夫なのだろうか。そして、そんなことに気を取られるようになったあたり、自分も少し老いたなと魔王は思う。


(いかんいかん、惰弱)


 鋼のような己の腹筋をさすりながら、魔王がかぶりを振っているとお待ちかねのメインが運ばれてきた。


 最上級の肉を贅沢にもひき肉にし、サクサクのパイ生地で包んで焼き上げた、特製のミートパイ。香草がたっぷり使われていて、こってりとした味わいでありながら決してくどくはなく、吸い込まれるようにして腹に収まってしまう、まるで魔法のような一皿だった。


 ……そう、魔王をして、吸い込むように食べてしまう。スピネズィアの食べっぷりについては、もはや語るに及ばない。


 それは……山だった。


 山を食べていた……。


 これほど大きな、そして大量のパイを焼けるオーブンが自らの宮殿に存在することを初めて知った魔王は、驚きつつも感心した。


 深い充足感とともにメインを終えると、デザートの果物シャーベットと、食後のキャフェーが運ばれてくる。


「うむ……」


 満足。その一言に尽きる。


「ふぅ……」


 ぽっこりと冗談のように膨れたお腹をさすりながら、ややペースダウンしてシャーベットを食べるスピネズィアも、ようやく人心地ついたようだ。


(思いの外、楽しめたな……)


 クソでかい器からジャコジャコと雪かきするようなノリでシャーベットをすくうスピネズィアを見やり、魔王は思う。


 これだけ気楽に食事を楽しめたのは、ジルバギアスが同盟圏で元気(?)にしていると知ったせいかもしれない。もちろん、毒を受けたという情報が正しければ、予断は許さないわけだが……


あれジルバギアスは我の予想の上を行く者。なるようになるだろう)


 名うての夜エルフ工作員もお供についていることだし、ちょっとやそっとの毒ではくたばりそうにない気がする。


 魔王にしては、楽観的な考え方だった。



 ――そう、楽観。



 こんな風に、肩の力を抜いて気楽に構えていられる時間が魔王には必要だった。



 そして子どもたちとの食事会こそが、その役割を担っていたのだ。政務に追われ、妻たちの確執にうんざりし、各氏族の軋轢に頭を悩ませる魔王が、政治やしがらみを忘れられる癒やしのひととき――


 たとえそれが、稚拙な家族ごっこにすぎなかったとしても。


(そう……所詮は……)


 ごっこ遊びだった。和やかな家族などという幻想は、呆気なく崩壊してしまった。エメルギアスの死、ジルバギアスの追放……


 自分でも驚くほどそれが堪えた魔王は、食事会を欠席するようになり、魔王が顔を出さないならとアイオギアスやルビーフィアたちも来なくなり、唯一、スピネズィアだけが残って毎週モリモリ食べ続けていたわけだ。



 それでも、スピネズィアがいたからこそ――



 この場は維持されていた。



「……スピネズィア」

「ふぁい?」


 突然、名前を呼ばれて、スプーンを口に咥えたまま動きを止めるスピネズィア。


「ありがとう」


 魔王のつぶやくような言葉に、目をぱちくりさせる。


「えっと、その…………光栄です?」


 いまいち、なぜ礼を言われているのかわからないまま、首を傾げながらとりあえず答えるスピネズィアに、魔王は笑った。


 少なくともスピネズィアは腹芸ができるタイプではない。ただなんとなく、魔王が塞ぎ込んでるのを感じ取って、食事に誘っただけだろう。


 その裏表のなさが――純粋な好意が、嬉しかった。


(このような軟弱者だと知れ渡れば……我は一気に求心力を失うであろうな)


 ふふ、と自嘲する魔王。


 たかが息子のひとりやふたりが死んだだけで、こんなに気が滅入ってグチグチと思い悩んでいるようでは、笑い者にされてしまう。


 魔王にとって数少ない救いと言えるのは、継承戦が勃発するのは、自分の死後だということだ。……つまり争いを直視せずに済む。そう思っていた。


 そう思っていたことを、自覚させられた。エメルギアスの死で。


 気づいたときに己の惰弱さ、軟弱さに愕然としたものだ……。


 魔王が自嘲するのも、やむないことだった。



 ただ、これがもし、同盟軍との戦いで息子が討たれていたのであれば。



 魔王も、ここまでは傷つかなかったはずだ。それは戦士としてままある結末だからだ。悲しみは敵への怒りに転嫁できる。弔い合戦ですすぐことができる。


 だが、内輪揉めでの死は……あまりに空虚に感じられた。弔い合戦? ただの果てしない同族殺しの連鎖だ……


(我は、父の薫陶を受けすぎたのだろうか)


 魔族が蛮族のままであることを、最期まで憂いていた初代魔王ラオウギアス。その思想を受け継ぐゴルドギアスは、同族間での殺し合いに、必要以上に嫌悪感を抱いているのかもしれない。


 そして、【魔王の槍】を巡る、醜い骨肉の争いを経験したことで、それに拍車がかかってしまった……


 仲のいい弟や妹を失い、戦友と呼べる親しい者たちと、氏族の違いから殺し合う羽目になり、親族も友人も次々に欠けていって、その果てに手にした血みどろの槍。


【魔王の槍】を継承した瞬間のことは、今でもありありと思い出せる。



 ――やっと終わった。



 感慨も達成感もなく、ただ、そう思った。


 誰もが傷つき、血を流した魔王位継承戦だが、唯一の勝者たるゴルドギアスもきっと例外ではなかった。


 けれども、魔王になったからには、誰よりも強くあらねばならない。弱みを見せるわけにはいかない。


 さらに、魔王国には――絶対無敵の魔王を『癒やす』ことができる者など、もはや存在しなかったのだ。


 初代魔王が、レイジュ族の必死の治療も虚しく、聖属性の傷に苦しみながら息絶えたように。



 ゴルドギアスも、また――



「……父上?」


 スピネズィアの訝しむような声、魔王はハッとした。


 いつの間にか、じっと娘の顔を見つめていたようだ。


「……うむ。相変わらずよく食べるなと思っていたのだ」

「う……すいません」


 暴飲暴食を揶揄されたと思ったのか、スプーンから口を離してしゅんと小さくなるスピネズィアに、魔王は慌てた。


「ああ、いや、決して悪い意味ではないぞ? むしろ好ましく思ったのだ。お前の食べっぷりを見ていると感心し、安心さえする。まるで戦場で、名のある戦士の槍捌きを眺めているかのようにな」

「…………ええと、光栄です……?」

「それに、食べる子は育つと言うではないか……特にお前はな。また少し、力が強まったのではないか?」

「まあ、多少は。これだけ食べてますから……」


 苦笑するスピネズィア。ふたりとも気づいていなかったが、その自嘲の笑みは、奇しくも先ほどゴルドギアスが浮かべていたものにそっくりだった。


 それはそれとして、事実、スピネズィアの魔力は成長し続けている。ゆっくりではあるし、6歳で侯爵級にまで育ち上がった例外ジルバギアスがいるので霞んで見えるが、スピネズィアはまだ20代だ。今では伯爵級の魔力を誇るので、大したものだろう。


 今は亡きエメルギアスも、30代はずっと伯爵級から伸び悩んでいたし(ようやく殻を破ったと思ったら死んだ)、伯爵級はおろか子爵級にすら手が届かないまま一生を終える魔族もごまんといる。


 口さがない者などはスピネズィアを見て、『ごちそうを食い漁るだけで力が増すんだから、いいご身分だ』などと言っているらしい。ヘタに鍛錬で汗を流すより、牛の丸焼きを食べた方が強くなれるというのだから、確かに理不尽かもしれない。


 ただ、『女と乳繰り合うだけで力が増す』とかいうさらにアレな次男ダイアギアスもいるので、スピネズィアが特段ズルいというわけではない。それにスピネズィアは暴飲暴食した上できちんと鍛錬も積んでいることを、魔王は知っている。


 サウロエ族は、魔族の中でも槍の名手揃いとして有名なのだ。


「お前はよくやっている」


 魔王は、珍しく口に出して褒めた。


 今日はスピネズィアとふたりきりなので、誰に聞かれることもない。


「お前が苦しんでいることも、努力していることも、我は知っている」


 スピネズィアは目を見開いた。咄嗟に口を開けて、何かを言おうとしたが、言葉は出なかった。


「だから――存分に強くなるといい。お前にはそれができる」


 次代の継承戦に巻き込まれても、生き残れるほどに、強くあれ。


 魔王は、密かに願いを込めて言った。


「……もし食物が足りないようなことがあれば、遠慮なく言うのだぞ。魔王として、極端な肩入れはできんが、娘の食事を用意するくらいならば異論は挟ませぬ」

「……あはは、ありがとうございます」


 そして、緊張を解すような冗談めかした魔王の言葉に、スピネズィアもフッと肩の力を抜いて笑う。


「まあ、この毎週の食事会でも、充分なくらい食べてますけど」

「うむ」


 それはそうだな……と重々しくうなずく魔王。異論はなかった。


「改めて礼を言う、スピネズィア。思いの外いい気晴らしになった」

「よかったです」


 スピネズィアも微笑む。父の顔はずいぶんとリラックスして見えた。思い切って誘った甲斐もあったというもの。


「……また、来週も一緒に食べようか」

「あ」


 しかし続く父の言葉に、もにょっと微妙な顔をするスピネズィア。



「あの……父上、あたし来週から出陣なので」



 む、と魔王は口をつぐんだ。そして、当然ながら優秀な魔王の脳は、とある報告書を引っ張り出してきた。



「そうか……サウロエ族とコルヴト族の共同戦線」



 お前も出るのか、と。



「はい」



 スピネズィアはうなずいた。



ドワーフ族は厄介ですからね」



 ――北部戦線。

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