108.色欲の権化

※お察しかと思いますが、下ネタ回です。ご注意ください。

――――――――――――――――


「――きみ、実は童貞じゃないか?」


 どストレートに突っ込んでくる魔族の貴公子(?)。


「どっ――」


 俺は咄嗟に、動揺を押し隠すことができなかった。


 ヤバい。俺がこれまで頑張って積み上げてきた、建前という名の防壁が――『色情が感じられない』とかいうワケわからん理屈で、突き崩されようとしている!


『女好き』で誤魔化してきた、数々の強引な言動が疑われるのはヤバい! ヤることヤッてないなら、部屋に引きこもってナニをしてたんだという話になってしまう!


 しかも、今はソフィアが真横にいる!! コイツがプラティに報告したら、今後にどんな支障をきたすか予想がつかない……!!


 どうする。


 どうする?


 いや、こうなったら……


「何のことですかぁ?」


 秘技! すっとぼけ!!


「……あれ? もしかして『抱く』ってのが、どういう意味かもわかってない?」


 まじかよ、とばかりに眉をひそめたダイアギアスは。


「知ってるかな。男女の交わりというのは、男の股間の槍を女の――」

「いやわかってますよ! 知ってますよそれくらい!!」


 ナニをイチから説明しようとしてんだよ!!


「要は交尾でしょ交尾!」

「そう。交尾だ。ジルバギアスは交尾したことある?」


 前世含めて初めて聞かれたわそんなん。


 しかし、屈辱だ……!


「あります」


 こう答えざるを得ないとは……!


「うーん、やっぱり嘘だな。色情を感じないんだもん。ねえ?」


 ダイアギアスはかたわらの清楚悪魔に同意を求める。「そうですねえ♡」と相槌を打つ悪魔っ娘――ん、コイツ、もしかして――


「あ、彼女は、僕が本契約してる色欲の悪魔リビディネだよ」

「はぁい♡ はじめまして、殿下♡ リビディネっていいます♡」


 うふ♡ と手を振りながら笑いかけてくる悪魔、リビディネ。露出も控えめなメイド服姿で清楚っぽい雰囲気なのに、色欲の悪魔……だと……


『悪魔なんて、だいたいそんなもんじゃ』


 いや、そりゃあアンテも禁忌の魔神ってガラじゃねえけどよ……


「ソフィアちゃんも、お久しぶり♡」


 愕然とする俺をよそに、「はい、ご無沙汰です」などと、ウチの知識の悪魔も和やかに会釈している――


 ……知ってたなら事前に一言教えろァァァァ――ッ!!


『ちなみに我は知らんかったぞ!!』


 お前にはハナから期待してねえよ。『なんじゃと!』


「色欲の悪魔の権能は、今さら説明するまでもないだろうけど」


 ファサァ……ッと髪をかき上げながら、ダイアギアスが流し目で俺を見る。


「僕らには、わかっちゃうんだよね……そういう匂いが、さ」

「奥深く、透き通るような、ぽかぽかとした温かい愛情♡ それでいてほのかに香る罪悪感のアクセント♡ とっても味わい深いですね♡ でも、ハイエルフを肉人形として飼っていたり、竜娘を手篭めにしている割には、あまりにもギトギトさに欠けています♡ そういうヒトなら、もっとこってりねっとりした味わいのはず……♡」


 頬に手を当てながら、何やら料理評論家のようなことを言い出す色欲の悪魔リビディネ


「だから、僕らの前で嘘は通用しない。達人の前で素人が経験者ぶるようなものさ」

「うふふ♡ ダイア、『ようなもの』というより、それそのものですよ♡」

「ああ、たしかに」


 くすくすと可笑しそうに笑う、色狂いの王子と色欲の権化。


 ……ダメだこりゃ。


 ダイアギアスも言っている通り、誤魔化しは通用しそうにない。しかし、だからといって、『嘘をついていた』と認めるわけにもいかない。


 嘘吐きってのは、魔族的にはダメな性質だ。多少の誤魔化しや見栄は許されるが、真っ赤な嘘はよくない。


 プラティが、割と俺の自由にさせているのも、俺がどういう意図を持って行動しているか、何をしているか、(プラティが納得できる形で)正直に話しているからだ。


 その上で、俺を嘘吐きだと認識したなら――プラティは失望し、俺の裁量を今より制限しようとするかもしれない。


 せっかく行動の自由度が上がってきたのに、こんなところで振り出しに戻ってたまるか!!


 どうにか――どうにか、誤魔化せないか――クソッ、なんでこんなこと考える羽目になってんだ俺は……!!


『5歳児とは思えん悩みじゃの……』


 呑気に構えてる場合かよ、割と大事だぞ――



 いや待て、それだ!!



 俺は5歳児! お子様だ! 真っ赤な嘘はダメだが、見栄なら許される……!


「……はぁ。参りました」


 俺は観念したように、がっくりと肩を落としてみせた。


「俺は……その。兄上、実はですね……」

「やっぱ童貞だった?」


 ちょっと面白がるように笑うダイアギアスだが――


「いえ。そういうわけじゃないんですが……」


 俺は、必死で恥辱を堪えるような顔をしながら、渾身の言い訳を放つ。




「……俺、実はまだ精通してないんです……」




 ダイアギアスがぴたりと動きを止めた。


「……ああ」


 納得。察し。気まずそうな顔。「正直すまんかった」と言わんばかりの。


「あらぁ……♡」


 対して、頬に手を当てたリビディネが、ぺろりと舌なめずりする。


 ……ゾクッと背筋に悪寒が走った。凶暴な肉食魔獣の前に、縛られて放り出されたような感覚。


「なるほど、そういうことか……まだ精を放てないのか……だからか……」


 しみじみ言われると、クッソ恥ずかしいなコレ。


 だが、辛うじて嘘は言っていない。俺はリリアナもレイラもいる。ふたりとも、ベッドで『ぎゅっ』としたことはある。一応のアリバイづくりとして。


 その上で、俺の肉体がまだなっていないのもおそらく事実。


 詭弁もいいとこだが、見栄で済まされる範囲内だ……!!


「ごめんね、ジルバギアス。欲求があっても、出せないのは辛いだろうね……」

「うふふ♡ 殿下、よろしければ私が一肌脱ぎますよ♡」


 申し訳無さそうなダイアギアスをよそに、両手をわきわきさせながらリビディネがにじり寄ってくる。


「だいじょうぶ♡ 怖くないですからね♡ まるで噴水みたいにいくらでも湧き出るようにして差し上げますから……!♡」


 ヒエッ。


 目は血走ってるし鼻息も荒い……誰だコイツが清楚系とか言ってた奴は!!


「それはダメだ」


 が、そんなリビディネの尻尾(よくみたら生えてた)を、ダイアギアスがギュッと引っ張った。


「ほぅん!♡」

「僕と契約したとき、約束しただろ。僕としか愛し合わないって……!」


 うお……ダイアギアスが険しい表情してるの初めて見たかも知れない。


「そんなぁ♡ こんな美味しそうな獲物を前に、おあずけだなんて!♡」


 獲物って言った! 今、獲物って言ったぞコイツ!! 『こやつは我のモノじゃあああ!』 いやアンテお前まで何言ってんの!?


「ダイアばっかりズルいです♡ 自分は好きなだけ食い散らかしてるくせに♡」

「……そのぶん、きみを満足させるよう、最大限努力しているつもりだ」


 唇を尖らせるリビディネを、キリッと見返すダイアギアス。


「それとも……不満、なのかな?」

「うふふ♡ さぁて……どうでしょう?♡」


 尻尾をくねらせながら、リビディネが不敵に笑う。


 ……なんだかふたりの間で火花が飛び散っている。


 まるで果たし合いに臨む剣豪たちのように……!


 …………俺はいったい何を見せられているんだ?


「――ジルバギアス」


 と、ダイアギアスの決意に満ちた眼差しが、スッと俺に移った。


「僕はちょっと用事ができたみたいだ」

「は、はあ……」

「だけど、僕からきみを誘っておいて、自分の都合で放り出すのも面目が立たない。というわけで、きみのお悩み解決に協力しよう」


 やめてくれ。


「これをきみにあげる」


 俺の願いをよそに、ダイアギアスの手元で強大な魔力が渦巻く。


 まるで手品みたいに。


 ピンク色の、魔力でできた一輪の薔薇が現れた。


「……それは?」

「色欲の魔法を凝縮したモノ」


 ……あからさまにやべー雰囲気がビンビン伝わってくる!!


「リビディネの超強力な魅了チャームが込められている。匂いをかげば、男も女もギンギンのグチョグチョねっとりになるシロモノさ」


 なんてシロモノだよ!? ――ってか悪魔の魔法を開示してきやがった!?


 魔族社会では普通、何の悪魔と契約しているか、どのような魔法を使うかは公言しないものだ。いや、色欲の悪魔って時点でだいたいお察しではあったが……!!


「だから、きみもこれを使えば、きっと出るものが出るようになるよ」


 はい、と飴玉くらいの軽いノリで、手渡してこようとするダイアギアス。




 ……俺はめちゃくちゃ迷った。




 第3魔王子の魔法が知れた上、呪物を解析する機会まで与えられようとしている。


 だが、これを受け取ってしまえば、俺は立場上、使わざるを得ない。


 ……リリアナやレイラを、犠牲にしてしまう。


 それはダメだ。


『いい機会じゃし、禁忌を犯したらどうじゃ~~~? 色欲の魔法に溺れ、獣のようにあやつらを貪れば……きっと大量の力を稼げるじゃろうなぁ……』


 アンテがささやく。


 ……それは確かに、そうだが。


『お主の躊躇いはよーくわかる。それがあるからこそ、禁忌は禁忌たり得ておるんじゃからのぅ。お主が躊躇いに躊躇いを重ねたおかげで、今や禁断の果実は腐り落ちんばかりに熟れておるぞ……?』


 ……ん、じゃあもうちょっと躊躇えば、さらに熟れるってことか?


『え? あ。まあ、そうじゃが』


 なら、今じゃなくていいや。死霊術で散々倫理を踏みにじったおかげで、俺の魔力もかなり育ってるはずだし……


 この感情が、さらなる力を生み出すなら。もっとのっぴきならない状況になるまで取っておく。


 現時点ではそれほど力に困ってないしな。


 ……ハッ、我ながら贅沢な物言いだ。


「お気持ちはありがたいですが、兄上」


 さて、どうやって断れば角が立たないか。


 少しばかり考えを巡らせ――


「……俺、もうちょっと頑張れば、イケそうな気がするんです!」


 グッと力強く手を握りしめながら、ダイアギアスに負けじとキリッとした顔で言い放った。


「今まではアレでしたけど、そんな感覚があるんです!! なんかこう……出そうな感じが! なので、兄上の魔法には頼らず、自力で達せたらいいな、と!」


 おれはいったい、なにをいってるんだろうな……


「そうか」


 しかし、重々しくうなずいたダイアギアスは、それで納得して手を引っ込めた。


「元々、こちらが言い出したことだ。きみの想いを尊重しよう。男なら、自力で昇りつめたい――その気持ちはよくわかるぞ弟よ。……いや、」


 フッ、と笑い。


「――同志よ」


 なんか認められた……。


「きみが一人前になる日が待ち遠しい。もし悩みがあったら、気軽に相談してくれ。いつでもから」


 ……ん? 聞き間違いかな? 僕が力になる、じゃなくて?


「他人の情事に干渉しても、力が得られるんです♡ 私たち♡」


 うふふ……♡ と笑うリビディネ。


「もちろん、あなたの力にもなりますよ♡」


 さっきからカジュアルに情報開示してくるな!? 何の意図が!?


『おそらく意識させるためじゃ。味方を巻き込んで力を得るなら、呪術的なつながりを認識させておいた方がやりやすい』


 ちゃんとした意図が!?


 もう何が何やらわからない俺をよそに、席を立ったダイアギアスが、色欲の薔薇を鼻に寄せて――





 スゥ――――ッと思い切り、匂いを吸い込んだ。





 ……えっ、自分でキメるの!?


 そしてドクンッと魔力の波動を放ったダイアギアスが、クワッと目を見開く。


「リビディネ、来い」


 有無を言わせぬ口調。


「はぁい♡」


 ぎらぎらと目を輝かせるリビディネが、ダイアギアスにしなだれかかる。


 ある種の舞踏家のように魔法の薔薇を口に咥えたダイアギアスが、いわゆるお姫様抱っこの形で、ひょいとリビディネを抱きかかえた。


 リビディネもそれに応えるように、ダイアギアスの首に腕を回し、尻尾を足に絡みつかせ――


「じゃ」


 薔薇を咥えたまま短く告げたダイアギアスの姿が、かき消える。


 まるで稲妻のように。


 目にも留まらぬ速さで駆けていく。薄暗い魔王城の回廊に、奴の足跡をたどるように、バチバチッと紫電が弾けていた……


 は、……はええ。あれ雷属性の身体強化か……。


 アイツが実戦でほとんど負傷していない理由がわかった気がした。


 超強力な色欲の魅了チャームを撒き散らしながら、あんな速度で動かれて魔法や槍を繰り出されたら、そりゃ誰だって翻弄されるわ……


 忌々しいことに、タネが割れたところで対策らしい対策が取れねえ。息止めて匂いを嗅がないようにするくらいか? 結局地力勝負じゃんこんなの……しかも、自分は匂いでパワーアップしてるっぽいし……


「…………」


 嵐が去って、代わりに静けさがやってきた。


 俺とソフィアが取り残されたバルコニー。……この一連の流れで、ソフィアとどんな顔して話せばいいんだよ……


 意を決して、俺が顔を向けると、ソフィアはなんとも生暖かい目をしていた。


「……ジルバギアス様も、出せるようになるといいですね! 応援してます!」


 グッと手を握りしめながら、そんなこと言ってきやがった。


 そっちがその気なら、こっちにも考えがあるぞ……!


「……俺も、酒ってヤツを呑んでみたい気分だ」


 そっぽを向きながらそう言うと、ソフィアが「ぐふっ」と呻いた。


 醜態を晒した自覚、お前にもあるよなぁ……!?


「…………」


 先ほどまでとは、少し質の違う沈黙。


「……この話題はここで終わり。それでどうだ?」

「そうしましょう……」


 遠い目で、ソフィアがうなずいた。


「……帰るか」

「はい」


 そうして、俺たちもベンチから立ち上がった。


 なんかどっと疲れた……もう色欲はコリゴリだよ。

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