107.色情狂王子


 ――どうも、女にしか興味がないと評判の兄貴に、「ふたりでお話しよう」と声をかけられてしまった末弟ジルバギアスです。


 魔王一族に激震走る。


「ダイアギアス、いったいどうしたお前」


 魔王が唖然とし。


「おいおい、ついに男に手ぇ出すのかよ!?」


 緑野郎が素っ頓狂な声を上げ。


「嘘でしょ……」


 フードファイターが食べる手を止めた。


「ちょっと場所を変えようか」


 俺の返事も待たずに、立ち上がってさっさと部屋を出ていくダイアギアス。意見を求めるように、俺は思わず魔王を見やったが、(我にもわからん)とばかりに肩をすくめられただけで終わった。


 仕方がないので、俺もダイアギアスの後を追う。


「……来週、アイツがにされててもオレは驚かねえ」


 扉が閉まる寸前、緑野郎の声が聞こえてきた。うるせえブチ殺すぞ。




 ダイアギアスとともに、宮殿を後にして場所を移す。


 ここに来て、まさかの貞操の危機か……!? 一応、ソフィアがお付きの者として同行してくれているので心強い。


 しかしダイアギアスも、清楚美人な悪魔っ娘を連れている。さすが、お付きの悪魔まで美人だな……しかもソフィアより明らかに格上だ。


 ……いざとなったらソフィアを置いて逃げるか。


 などと考えているうちに、魔王城の一角、城下町を臨む人気ひとけのないバルコニーに辿り着いた。


 ベンチに向かい合って座る。


「話というのは、他でもない」


 ダイアギアスは前のめりに、腰を下ろすなり口火を切った。


 プラチナブロンドの魔族の貴公子が、真剣な目で俺を見つめる――


「ハイエルフとドラゴンの抱き心地ってどう?」


 …………。


 は?


「ハイエルフとドラゴンの抱き心地ってどう?」


 はっきりと質問を繰り返した。聞き間違いじゃなかったらしい。


「え……なんでまた急に」

「抱いたことないから、興味があって。森エルフならまだしも、ハイエルフは滅多に手に入るもんじゃないし……」


 ジッとこちらを見据えるダイアギアス。


 ……大人しそうな顔して肉食獣の目をしてやがる!!


「渡しませんよ」

「わかってるよ」


 思わず硬い声が出る俺に、こともなげにうなずくダイアギアス。


「僕だって自分の女に手を出されるのはゴメンだ。そんな真似したら戦争さ」


 小さく溜息をついて、ベンチの背もたれに身を預ける。


「きみはまだ立場を表明してないし、勝手に敵対したらルビー姉に怒られる」


 だから手は出さない、というダイアギアス。


 逆に、敵対してたら奪うのもアリなのかよコイツ……。


 ってかルビーフィアの指示はちゃんと守るんだな。


「ルビー姉様にはきちんと従うんですね」

「そりゃまあ派閥のボスだしね。僕としても不満はないし」

「兄上は、なぜアイオ兄様ではなくルビー姉様の傘下に入ったんですか? やっぱり美人だからですか?」

「そうだよ」


 冗談めかして尋ねたら、まさかの真顔で肯定された。


「……まあもちろん、それ以外にもあるけどね、一族のアレコレとか。だけど一番の理由はそれだ」


 めちゃくちゃ自分に正直だなコイツ……。


「ま、まあ、ルビー姉様は美人ですからね……」

「うん。いつか組み敷きたい」


 ……ん? なんか今、不穏な単語が聞こえたな?


「それは、武力で勝りたいって意味ですか?」


 こう、格闘術というか、組打ち的な意味で。


「いや、抱きたいということ」


 ベッドの上でかー。


「あの、でも、血つながってますよね」

「もちろん、腹違いの姉だからね」


 ダイアギアスは全くごく普通の様子でうなずいた。


 …………俺が間違えてるのかな? 思わず隣で控えているソフィアの顔を見たが、ソフィアも「なにかがおかしい」という顔をしていた。


「……僕の祖父母はもともと兄妹だったらしい」


 サラァッとキザな感じに髪をかき上げながら、ダイアギアスは言った。


「ちょくちょくそういうのがある家系なんだ」

「へ、へぇ……」

「ルビー姉は理想の姉だよ。凛々しくて、美しくて……我が強い」


 そのライトブラウンの瞳に、熱情が宿る――


「是が非でも僕のものにしたい……その一心で、ルビー姉の傘下に入ってるよ」

「ええ……」


 下心丸出しとかいうレベルじゃねえ……


「そんなこと、俺の前で言っていいんですか……?」


 貴女の貞操、狙われてますよ! って俺が告げ口したらどうすんだ。


「別に? 本人も知ってるし」


 ウッソだろお前。


 え? ルビーフィア、これを承知の上で受け入れてんの? どういう器だよ。


「何度かプロポーズしてるんだけど、断られているんだ」


 当たり前だろ。


「『アンタがアタシより強くなったら考えてやってもいい』と言われてるから、僕も色々と頑張ってるよ」


 ……頭が痛くなってきた。


 なに、この……何?


 これって魔族では普通のことなのか?


 思わず、かたわらのソフィアを見やると、「なに言ってんだコイツ……?」という顔をしていたので、少なくともソフィア視点では通常の魔族から逸脱した言動なのは間違いなさそうだ。


 いやはや……口さがない奴は、俺のこと「ダイアギアスの再来」とか言ってるらしいけどさ。


 レベルが違うわレベルが。


「そうですか……じゃ、まあそういうことで……」


 俺はベンチから立ち上がり、そそくさとその場を去ろうとしたが。


「待ってくれ。まだこっちの質問に答えてないじゃないか」


 雷光のごとき素早さで手を掴まれて、座り直させられた。


「それで話を戻すけど……ハイエルフとドラゴンの抱き心地ってどう?」


 話、戻っちゃったか……。仕方がねえ、ちゃちゃっと答えておさらばしよう。


「イイですけど」

「そりゃあ、そうだろうね」


 俺を心底羨ましそうに見ながら、うんうんとうなずくダイアギアス。


「ドラゴンとはどっちの姿でやってるんだい」


 5歳児相手にグイグイ来るじゃん……まあ俺の自業自得なんだが……


「もちろん人の姿です」

「さすがにか。ドラゴンだと、相手がデカすぎると思った。人化したドラゴンって、具合はどういう感じなんだい」


 具合とか言ってんじゃねーよ!


「どうもこうも、人化してるので人族と同じではないかと……まあ人族の経験ないんで知りませんけど……」

「ああ、まあそうか。人族を抱く機会なんて滅多にないしね……」


 不意に、遠い目をしたダイアギアスは。


「……戦場に出たら、そういう機会もあるかもしれないけど」


 …………。


「個人的にはオススメはしない。やっぱり愛情が大切だからね」


 ……頭がさらに痛くなってきたぞ。


 コイツは俺の情緒をどうしたいんだ?


「ただ……なんだろうな」


 ふと、俺に視線を戻して、ダイアギアスがどこか怪訝な顔をした。


「きみには愛情はあるけど、が感じられないんだよなぁ」



 ライトブラウンの瞳が。



 俺を、見透かす。



「ホントに抱いてる?」



 半ば確信に満ちた口調で。



「きみ、実は童貞じゃないか?」

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