428.世紀の発見


「【炎熱線テルミキ・アクティナ!】」

「【火炎球バラ・フローガス!】」


 白熱する噴流と、燃え盛る炎の球。


 それぞれ怒り狂うご隠居と、お供のハンスの手から放たれた火魔法だ。


「ぐわああぁあ――ッッ!!」


 直撃を受けた山賊剣聖は、為す術もなく爆散ッ!


 焦げ臭い匂いとともに木端微塵に砕け散る……!!


 遺跡中にびちゃびちゃと撒き散らされる、かつて山賊剣聖だった肉片――



 というわけで、なんつーか、割と呆気なくカタがついたな。



 例の山賊剣聖とやらは、飯でも食ってたのか寝ていたのか、俺たちの襲撃からしばらくして悠々と登場した。


 俺はともかく、アーサーというあからさまな魔法戦士ゆうしゃがいたにもかかわらず、随分と余裕綽々な態度だなと訝しんでいたら――どうやらやっこさん、魔除けのお守りを持っていたらしい。


『お主、剣聖であるそうだな。なぜ山賊などという無法を働くのか。その剣の才を、もっと正しい道で活かそうとは思わぬのか』

『はっ! 正しさなんざクソ喰らえ! なんでオレ様がわざわざ、雑魚どものために汗水垂らさなきゃならねえんだ!』


 ご隠居の問いかけに、山賊剣聖は業物らしい片刃の剣の背で、トントンと肩を叩きながら傲慢極まりない態度で答えた。


『オレ様はオレ様の好きなように生きるんだよ、ジジイ! 弱肉強食ってヤツだ、物の理もそれを認めてるんだぜェ!』

『弱肉強食なぞ、獣の理よ! そのようなことでは人間社会は成り立たん!』

『社会なんざオレ様は必要としてねえ! 獣の理でけっこう!』

『……抜かしおるわ』


 この山賊剣聖の物言いに、ご隠居は激昂。


『お主がひとり、野山で世捨て人のように暮らしておったなら、その言にも一理あったやもしれぬ! だが実際は無法を働き、無辜の民を殺し、金品を奪い、社会が生み出した財を横取りして生き長らえておるだけではないか! 獣の理? お主には過ぎた言葉であった、お主は獣ではなく寄生虫よ……!』


 全身から火の魔力をほとばしらせるご隠居――


『寄生虫の分際で、宿主が要らぬなどとは片腹痛し! 我が豪炎にて焼き尽くされるといいわ――【炎熱線テルミキ・アクティナ!】』


 ジャッ、とその手から熱線を放つ。


 しかし山賊剣聖は慌てる様子もなく、どころか回避すらせず、真正面から受けた。そしてなんと、ご隠居が放った熱線が山賊剣聖の前で捻じ曲げられ、明後日の方向に逸らされてしまったではないか!


『なにッ……!?』

『ハハァ! オレ様に魔法は効かねえよ!』


 ドヤ顔をする山賊剣聖。揺らめく魔力の壁。この時点で、俺やアーサーはもちろんご隠居たちも気づいただろう。


 この山賊剣聖が、どうやら分不相応な魔除けのお守りを持っているらしいことに。商人から奪い取ったのか、先祖伝来の品でもともと持っていたのか……


『剣聖でありながら魔法が効かない……つまりオレ様は! 無敵ってことだァ!』


 ガッハッハッハ、と大笑いする山賊剣聖だったが。



 やっぱり、魔法の才能も知識もないから、わかんなかったんだろうな。



 魔除けのお守りにも、ランクがあるってことに。



 そしてお守りの効力を見せてしまったがために――



 俺たちのような魔法使いには、底が知れてしまったということに。



 大笑いする山賊剣聖をよそに、ご隠居がさらに魔力を練り上げ。


『【炎熱線テルミキ・アクティナ!】』


 勢いと熱を増した火炎放射が、捻じ曲げられつつも剣聖の魔力防壁を溶解。


『【火炎球バラ・フローガス!】』


 ほぼ同時に放たれたハンスの灼熱の球体が、防壁を突き破って直撃。


『ぐわあああああぁぁぁ――ッッ!!』



 ――冒頭に戻る、というわけだ。



「うわぁぁぁ、お頭がァ!」

「ひええ大魔法使いだ!」

「お助けぇ!!」


 ボスが一瞬でハンバーグ(ミンチ&加熱)と化して、もともと腰が引けていた山賊の下っ端たちも、一瞬で士気が崩壊した。


 ばらばらと剣を捨てて、投降してくる。


 これが湖賊だったら、下っ端だろうが何だろうが問答無用で縛り首なんだが、山賊は普通の強盗という扱いになるらしく――まあそれでも重罪なんだが――裁判もなしに死刑、とはならないようだ。


「今後の取り調べ次第だけど、鉱山の強制労働で、真面目にやれば20~30年くらいで出てこられるんじゃないかな……頑張ってね!」


 アーサーが笑顔で励ましていたが、山賊たちはどんよりしていた。気持ちはわからんでもないが、自業自得だ。



 ――ちなみに、山賊討伐隊のメンツは、俺、アーサー、ご隠居にシュケンさんとカークさん、お供のハンスに虎獣人のヒェンだ。



 俺とアーサーが睨みをきかせる中、シュケンとカークが手際よく、山賊たちを縄で拘束していく。


 いやぁ、高齢のご隠居が直々にやってくるって時点でびっくりだったが……人族としては上位クラスの魔法使いみたいだな。相当な火力だし、さらにとんでもない体術の使い手でもあるんだから、マジでこの人、人類でもトップクラスの戦士では?


 あとハンスも魔法使いだったとは、驚きだぜ。ご隠居と同じ火属性。ヒェンはともかく、ヒョロいし体術も大したことなさそうなハンスがついてきて、いったい何の役に立つんだろうと(失礼ながら)思ってた。でも、あれだけの魔法を使えるなら納得だな!


 やっぱりご隠居一行に加わってるだけあって、只者ではないらしい……!


『フッフッフ……そうじゃの』


 ……どうしたアンテ、やたらと楽しそうだが。


『むふふ。いや、なに。……呆気ない山賊の末路を笑っておっただけよ』


 ああ、なるほどね。


 実際、こいつ本当に剣聖だったんだろうか……? 剣を振る間もなく爆散しちゃったから、わかんねえな。


 あとで呼び出してみたら真偽判定できるかもしれないけど、そのためだけに死霊術を使うのもなんだし、どのみち死んでるし、聖霊化もしそうにないし……


 うん、なんかもう、どうでもいいや。



 こいつは剣聖云々の前に山賊!


 頭目だった上に、更生の余地もおそらくなかったので殲滅!


 終わり!! 解散!!!



「おぇ――ッッ!」


 それはさておき、虎獣人のヒェンが四つん這いになり、三角の両耳をペタッと伏せて盛大に嘔吐していた。


「どうしたお前」

「おえーッ! うぇっぷ、ふにゅ……」


 なんか情けない声を上げている。吐き気でいっぱいいっぱいで、俺の言葉に答える余裕もなさそうだ。


 どうやら飛び散った剣聖(?)の肉片や、俺やアーサーに斬り殺された死体で、催してしまったらしい。


 え? なんで? 嘘だろ? 確かにちょっとグロいけど、夜エルフの拷問跡とかに比べたらただの死体だろ……


『いや夜エルフのアレは流石に比較対象にならんじゃろ』


 基準が酷すぎるってのはあるかもしれない。でも、ハンスさえ険しい顔をしているだけでしっかりと立っているのに、ヒェンがここでヘバるのが予想外すぎて……


「うっ、うぅ……くそっ、くそぅ……」


 ちょっとは吐き気が収まってきたらしいヒェンは、自分の吐瀉物を情けない顔で睨みながら、悔しげに地面を殴っていた。


 なんか……あるんでしょうか。トラウマとかそういうのが……。


「……落ち着いたかの?」

「師父……すいません。おれ、また……」

「仕方があるまい」


 ご隠居が、ヒェンの背中を励ますようにポンポンと軽く叩いた。


 なんか……あるみたいですね。事情というか、そういうのが……。


 ご隠居をはじめシュケンやカーク、ハンスたちはなんか気の毒そうにしているし、ヒェン当人は、俺やアーサーに対しバツが悪そうだった。


「拘束、終わりました」

「よし。それではお主ら、他に仲間などはおらぬか?」


 と、シュケンたちが生き残りを縛り終えたらしい。後ろ手に拘束されて一列に座らされた山賊たちに、ご隠居が尋問を開始する。アーサーも【絶対防衛圏アーヴァロン】を解除し、剣を鞘に納めていた。


 これにて一件落着、かねえ。他に仲間が潜んでいないか確認したり、奪われた金品を返却したりと、やることはまだ残ってるけど……


「しかし、遺跡か……」


 俺もアダマスを鞘に納めつつ、改めて山賊たちのアジトを見回した。



 それは、山の中腹にぽっかりと口を開けた、大きな洞窟の中にある祠のような場所だった。



 成竜でも余裕で寛げそうな横穴に、石造りの祠と、なんか墓石のような風化した石碑がずらずらと並んだ空間。簡単に形容すればそんな感じだ。どれほど昔のものなのか、俺の知識ではロクに推定もできない。


 強いて言うなら、シンプルに長方形を組み合わせたような祠のデザインを見るに、鉄の時代が始まるよりずっと昔――青銅の時代のものじゃないかって気がする。神話時代のものではなさそうだな。神々の威光が遠ざかる前の遺跡は、むしろもっと凝ったデザインだったり、そもそも遺跡じゃなくて現役の街だったりするから。


『ふむ。温泉も湧いておるようじゃの』


 そうだな。至るところから湯煙が上がっている。この山賊どもが、ならず者の割に清潔感があったのは、毎日風呂に入っていたからなんだろう。


 温泉だけじゃなく、なんというか、大地の魔力も噴き出しているような雰囲気だ。地脈ってやつかな。


『そうじゃの、濃いめの魔力に満たされておる……魔王城というか、竜の洞窟に少し似た感じもするのぅ』


 パワースポットだな。居心地も悪くない……



 続いて、俺は暗視の魔法を使いながら、地面に注目して歩き回ってみた。



 山賊たちの食べかすとか、ゴミとか、汚れた服とかがそこら中に落ちていて、ろくなものはなさそうだったが……


「……おや?」


 遺跡の中心部、祠の中。


 そこはどうやら調理場として利用されていたらしく、焚き火の上に鍋がかけられていて、スープ的なものがぐつぐつ煮えていた。


 いや、だが、重要なのはそっちじゃなく。


 焚き火の周囲、石畳の床――円状に、何らかの紋様が刻まれていることに、俺は気づいた。


 紋様……という割には、規則性がないな。何だこれ? 結界を張る魔法陣にも似ているけど、この紋様は……文字?


『我らの文字じゃな。悪魔文字じゃ』


 アンテが言った。


 悪魔文字? お前ら固有の文字とかあるの?


『そりゃあるじゃろ、むしろ我らが魔族文字を使うとでも思うてか?』


 言われてみりゃそりゃそうか。


 で、何が書いてあるんだ?


『よく読めん、そのあたりのゴミをどけてみよ』


 へいへい。



 アンテに言われるがまま、床を片付ける俺だったが――



 スッと胸が冷える感じがした。



 いや、正確に言えば――俺の中にいるアンテが、驚愕する気配が。



『なんと。まさか。現存しておったのか……!』



 わなわなと震えるような――あのアンテが、にわかに冷静さを失っている。



 おいどうした? これはそんなにビビるようなものなのか?



『…………うむ。我らが魔界と現世を、つなげる術式が刻まれておる』



 一瞬、意味が理解できなかった。



 ……は? おい、それって……



 それって……!



『お主ら聖教会が言うところの、古の邪法よ……』



 アンテは告げた。



『魔界への門。いわば簡易ダークポータルじゃ』

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