532.被害者の会


 アインツは喜怒哀楽が激しいので、何かと語りがいのある聞き手だ。


「何だとゥ!? じゃあなんでェ、魔族どもは身内争いしないようにするためだけに、侵略を続けてるってェのか!? 勝手に自分たちで殺し合えってェんだ!!」


 エールのジョッキを叩き割りそうになりながら激昂したり。


「惨い……惨すぎる……なんだよレイジュ族って奴らは! 人の尊厳ってモンをちったァ考えろってんだコンチクショウめ!!」


 ワインを流し込みながら嘆いたり。


「はっはァーザマァみろってんだ! お前もようやく村の仇を討てたんだな! しかもアダマスで! やったじゃねェか!!」


 蒸留酒のグラスを掲げて快哉を叫んだり。


 ちなみにアインツの家には酒しか飲み物がなかった。俺もエールを勧められたのでご相伴にあずかっている。ドワーフにとって、勧められた酒を断るのはすごく失礼なこととされているからな……


 よほどの理由がない限り、酒が飲めない場合でも飲むフリをしてやり過ごすのがマナーだ。おかわりを勧められたら、「まだ飲み終わってないから」と空いていないグラスを見せれば、「それならば仕方ない」とスルーされるまでがセット。


 まあ、普通はドワーフも、暗い話や人の生死がかかってるときは呑まないもんだけどな……死んだと思っていた昔の顔馴染みが突然現れたと思ったら、そいつが魔族の王子に生まれ変わっていて、しかも最高傑作もブッ壊されてんだから、酒の一杯や二杯は呑まないとやってられなかったんだろう。


 一杯二杯どころじゃなく呑んでるけど。


 そんなわけでノリノリで話を聞いていたアインツだが、エンマの死霊術のくだりの『死んだら魂経由で秘密が漏れるかもしれない』件や、俺がエヴァロティ戦で部下の魂まで滅ぼしたことを聞いていたときは、流石に絶句していた。


 それから緑野郎殺害、からの追放後のあれこれで再びテンションを上げていたが、カイザーン帝国との一戦のくだりから沈黙。


「――というわけで、現在に至る」


 北部のドワーフ連合に移動してからの吸血鬼狩りまで、俺は全てを語り終えた。


「………………う~ん」


 もはやツッコミを入れる気力もなく、頭を抱えて唸るアインツ。


 ――現在、館の奥のダイニング的な部屋に場所を移しているんだが、ちと手狭だ。


 なぜかというと、アンテとオディゴスはもちろん、バルバラをはじめアーサーやレキサー司教など、霊体組も姿を現しているから。


 なんというか、こう……『みっちり』という感じだ。バルバラなんかは慣れたもので、スペース節約のために逆さ向きに天井に座っている。


 いや、むしろ天井や壁にまで人が立ったり座ったりしてるから、余計逃げ場がないというか、圧迫感があるのかも……


「さっき、エンマの話をしたときも言ったが、ここまで知られたからにはただじゃ済まされない、というか……万が一、お前が死んで魔王軍の死霊術師に魂を拾われちまったら、悪いけど火の魔力で速やかに自滅してくれ。これが、話を聞いた代償だ」

「お前……お前なァ……」


 顔を上げたアインツが、恨みがましい目で俺を見る。


「確かにそれなりに重い代償があるとは思っていたけどよォ! そんな……お前なァ! ホントお前なァ!」

「すまんすまん」


 ゲシゲシと小突かれて、俺は神妙な顔で謝った。


「もうちょっと悪びれろよこの野郎ッッ! ああッもう!!」


 グビーッとエールを飲み干したアインツがデカい溜息をつく。


「……とはいえ、正直なところあんまり気にしてねえ。お前、魔王城で死霊術はたっぷりと練習したんだろ?」

「そりゃな」

「なら――?」


 そう言われて、はたと気づいた。



 ……一度も見たことがねえ。



「その様子だと、ねェみたいだな」


 さもありなん、とばかりにジョッキにエールを継ぎ足しながら頷くアインツ。人族以外にも魂を呼び出すことはあったが、基本的に獣人族や森エルフばかりで、ドワーフを『素材』にしたことは――俺個人でも、エンマの講義でも一度もなかった。


「我らが祖、ハイドワーフは、大陸中央にかつて存在した【憤怒の太母】という火山から生まれ出た。ドワーフは炎と石の申し子だ。ハイドワーフがいなくなった今でも、火の魔力を持たないドワーフは存在しねェよ」


 ――その言葉に、【火薬】の生みの親ベルトルトの顔が俺の脳裏をよぎった。


 土属性の魔力しか持たない、ハーフドワーフ――


「ま、だから今でも風と水の申し子とは気が合わねェんだけどな」


 森エルフ組を見ながらニタリと笑うアインツ。リリアナは苦笑し、ヘレーナはむっすりと頬を膨らませ、オーダジュは愉快そうに「ほっほっほ」と笑っている。


 ちなみに森エルフ組は普通にアインツの酒の勧めを断っていた。すごく失礼だが、それを承知の上で森エルフは敢えて断り、ドワーフ側が「これだから耳長は!」と怒ってみせるのが、はるか昔から繰り返されている様式美らしい。


 俺も昔の勇者時代、初めてこの鉄板ネタを見たときは狼狽して間を取り持とうとしたもんだが、いわく、じゃれ合いみたいなものだそうだ。


 ややこしいっての!!


「話が逸れたな。多分だけどよ。俺たちドワーフはアンデッド化に向いてねェ。その……【霊界】っつったか? 暗くて深い場所なんかに放り込まれてみろ、魂もサッサと底まで沈んじまうに違いねェや。お前が言う『魂の分解』が早いんだろ、だからドワーフのアンデッドはいないんじゃねェか? よしんば呼び出されたところで火属性だしな」

「うぅむ……そうなのかもしれない」

「まあ、実際のところは知らんが。いずれにせよ男に二言はねェ、安心しろ、お前の秘密は守る。もし死霊術師に呼び出されたら、ソイツに俺を呼び出したことを後悔させてやらァ!」


 ガッハッハと笑いながら豪快に言い切るアインツに、俺は頭を下げた。


「ありがとう……」


 死ぬほど頑固な男だ。やるといったらやる。そういう奴だ。


 だから、信頼している。


「……それにしても、……なんというか」


 部屋に会した面々を見回しながら、アインツはしみじみとしていた。



 行儀悪くテーブルに腰掛け脚をプラプラさせている【禁忌の魔神】アンテンデイクシスに、壁に寄りかかって話を聞く紳士的な杖こと【案内の悪魔】オディゴス。


 お行儀よくソファに腰掛けているのは、魔王城で過酷な拷問を受け続け、長らく犬として過ごしていた『聖女』リリアナ。


 礼儀として受け取ったエールのジョッキは脇に置き、リリアナに魔法で生み出してもらった水をちびちび飲んでいるのは、俺に父親を殺され、自身も魔王子への供物とされたホワイトドラゴンのレイラ。


 天井に座って話を聞きながらも、剣の数々を興味深げにしげしげと観察しているのは、エヴァロティで俺に殺された前世からの友人にして剣聖のバルバラ。


 霊体でありながら几帳面に椅子に腰掛ける、人族最強格『不眠不休』ことアーサーに、壁や天井で思い思いの姿勢でくつろぐレキサー司教をはじめとしたヴァンパイアハンターの面々――みんな、俺に殺されている。(一部レイラにも。)



「なんというか、なァ……」


 溜息をついて、頭を抱えるアインツ。


「『アダマスに並ぶ作品が打てねェ!』なんて弱音を吐いて、ここ数年ウジウジしてた自分が恥ずかしくなってきた……! 世の中には……こんなにも大変な人がたくさんいたってェのに……!」

「……苦しみや不幸は、他の誰かと比較するようなもんじゃないさ」


 みんなそれなりに苦しんでる。


 そしてどれだけ苦しんでいるかは当事者でなければわからない。


「この剣の山を見りゃ……お前がどれだけ苦戦していたのかは、伝わってくるよ」


 鍛冶とは関係ないはずのダイニングにさえも、山ほどの剣が置かれていた。この館にいったいどれだけの剣があるのだろう? 数百ではきかないはずだ、ひょっとしたら千を超えているかもしれない。


 しかも、数打ちのなまくらなんかじゃない。


 その全てが、


 剣士であれば喉から手が出るほど欲しい、ドワーフ製の逸品ばかりだった。


「……どれもこれも、中途半端なモンばっかりだ」


 が、疲れた目で剣の数々を一瞥したアインツは、恥じ入るようにつぶやいた。


『こう言っちゃなんだけど、アタシが前世で使ってた剣よりよほど立派なモンばかりなのよねーコレ……』


 バルバラが呆れたような感心したような声で言う。やはり剣聖だっただけに、剣の良し悪しには一家言あるだろう。


『オレも、生きてたら欲しかったなーこのひと振りとか』

『この剣持ってたら、ジルバギアス相手でも一撃爆散はせずに済んだかも』

『こっちのやつとか、肋骨の隙間ブチ抜くのに理想的な刃の厚さだなぁー欲しい!』


 ヴァンパイアハンターたちもやいのやいのと剣の品評会で盛り上がっている。


『見てよ、この大剣とか! 見ただけで重心が計算され尽くしてるのがわかるよ!』

「ハハハ……そりゃアレだな、デカけりゃアダマスの頑丈さに追いつけるんじゃねェかと思って打ったやつだ。まあそこそこの出来にはなったが……結果はお察しだ。それに重すぎて、人族に扱い切れるとは思えねェな」


 アインツの言葉に、バルバラが寂しげに微笑んだ。


『ひとり……いたのよね。こういう剣でも、使えこなせそうなヤツが』

「……ヘッセルか」


 俺がつぶやくと、バルバラは小さく首肯する。


 ――『前線均し』のヘッセル。俺の前世からの戦友のひとり。バルバラとともにエヴァロティで戦い、かつての俺の部下クヴィルタルと相打ちになった剣聖。


 バルバラと同様に呼び出したけど、クヴィルタルに一矢報いてそれなりに満足していたのか、魂が擦り切れすぎてて――俺のツラ見たら笑って消えちまった。


 ヘッセルが生きていたら、そうでなくてもバルバラみたいに仲間になっていてくれたら――この大剣をブン回していたんだろうなぁ……


『いくら言っても、ドワーフの職人には慰めどころか逆効果なのはわかってるけどさ。どれもこれも凄い剣ばっかりだよ』

「……鍛冶の腕を上げた実感はあるさ、そりゃな。だが、アダマスほどじゃねェ」

『……それに関しては、まあ、否定できないかも。アダマスはアタシも初めて見たときは惚れたもんさ。不屈の聖炎っていうアレクの二つ名も、8割くらいはアダマスの影響があったんじゃない?』

「そんなにかよ」


 バルバラの忌憚ない意見に、俺も苦笑せざるを得なかった。アインツも肩を揺らして笑いながら、グイッとエールを飲み干した。


「おっと、もうなくなったか」


 エールの小樽が空になっていて、蒸留酒の瓶を手に取るアインツ。


「あ、悪い、そろそろ遠慮しておく。場合によっては俺も前線に行くかもしれん」


 俺のジョッキにも注いでこようとするので、流石に断った。


「前線に? 勇者としてか? しかし大丈夫なのか、正体とか」

「いや……まあ、あんまりよろしくはねえけど、魔王軍を迎え撃たねえとだろ」

「迎え撃つって、どこで?」

「どこってお前……この国に攻め込んできてるが」



 俺の答えに、アインツが「ブフゥ――ッッ!!」と蒸留酒を噴き出した。



「フェレトリア、今攻められてんのか?!」



 ヒゲを酒まみれにして驚愕するアインツ。



「そうだよ!? 知らなかったのかよ!!」



 ――お前が知らなかったことにこちとら驚愕だよ!!!



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※今日(火曜日)の昼12時は、カクヨムネクストで連載中の「ガンズ・ネメシス」も更新されます! タルコフとか、S.T.A.L.K.E.R.とか、Zero Sievertとか、SCPとかでピンと来た方にオススメです! 20話まで無料で読めますので、ネクスト未加入の方もぜひご覧になってください! よろしくお願い申し上げます!


https://kakuyomu.jp/works/16818023214124902821

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