533.受け継がれし
「なんで知らねえんだよ! 街とか大騒ぎだったろ!!」
俺だけでなく、周囲の面々も呆れ顔というか正気を疑うような顔をしていて、流石のアインツも恥じ入ったように身を縮こまらせていた。
「いや……ここんとこ、ずっと酒呑んで飯食ってクソして寝るみたいな生活で、買い物だけ業者に任せてて……。そういや業者しばらく見てねえな?」
「お前……お前なぁ……」
なんだか脱力してしまった。
いくらアダマスのせいで苦しんでいたとはいえ、自堕落になりすぎだろ……
「そりゃ嫁も出ていくじゃろな」
「ぐぅ……ッッ!」
アンテにボソッと痛恨の一撃を叩き込まれ、アインツが一声呻いて勢いよくテーブルに突っ伏した。普段なら、アンテも俺にだけ聞こえる心の声でつぶやくところ、なまじ実体化していたためにこんなことに……!!
しばし、気まずい沈黙。
「……。お前が、俺に何を求めているのかは、わかってるつもりだ」
顔を伏せたまま、アインツは唸るようにして言った。
「――アダマスを直す。もしくは新しく打つ。そんなトコだろ?」
のろのろと顔を上げたアインツは、見たことがないくらい情けない表情だった。
「……ああ。頼めるか? できれば直してもらいたいんだが」
俺が真っ直ぐに目を見つめて問いかけると――
「…………」
悔しげに表情を歪め、歯を食い縛るアインツ。テーブルの上、無惨にひび割れたアダマスに視線を落とし、色褪せた刃をそっと撫でた。
「……我ながら、見事なもんだ。こんなになっちまっても、下手な剣より頑丈だぜ、コイツ」
キンッ、と軽くアダマスの刃を指で弾いてから、適当に床に転がしていた小剣を拾い上げる。
もちろん、それもアインツ作の、アダマスを目指して打ったもの――小ぶりながらその剣先は鋭く、冷ややかな光を放っている。
おもむろに、ひび割れたアダマスの刃をテーブルの上に立てたアインツは、まるで魚の頭を落とそうとするかのように、勢いよく小剣を振り下ろした。
パキンッ、と。
軽い音。レイラがビクッと身をすくめる。
だが何のことはない。アダマスとぶつかり合い、小剣の刃が火花を散らして欠けてしまったのだ。
「見ろよ、これ。やっぱりコイツは最高の出来だったんだ。決して壊れることがないように、折れることがないように、俺が無我夢中で鍛えまくった結果が……コレだ。こうしてひび割れて色褪せちまっても、頑強さは健在らしい――」
一旦、言葉を切ってアインツは瞑目する。
「――そして、今はその頑強さが災いする」
「どういうことだ?」
「コイツを打ち直すには、特別なハンマーが必要なんだよ。それこそ真打ちか、真打ちに限りなく近い最上級のハンマーがな。でなきゃ鍛えようとした先から、逆にハンマーの方がブッ壊れちまう」
今しがた、小剣が欠けてしまったように。
「そして真打ちのハンマーなんて……この世に数えるほど存在するかどうか。俺も二百年ちょっと生きてきたが、『誰々が先祖代々受け継いでいるらしい』って噂を何回か耳にしたことがあるだけだ」
「そんなに珍しいのか? 真打ちのハンマーなんて、鍛冶戦士団が山ほど持ってそうなもんだが」
「バァカ、アレは戦闘用だよ! そうじゃなくて鍛冶用のハンマーだ!」
こういうやつだ、と腰のベルトからサッと小ぶりなハンマーを抜き取るアインツ。自堕落に暮らしているように見えても、鍛冶用のハンマーは肌身離さず持ち歩いているあたり、やはり生粋の鍛冶師だ。
「戦闘用のヤツじゃ、鍛冶は無理なのか」
「ったりめェだろお前、料理人にアダマス持たせて極上の料理ができるか?」
……ごもっとも。
「なら、なんでみんな真打ちのハンマーを作らないんだよ。一家にひとつくらいあった方が便利そうじゃないか?」
「それは一理ある。一理あるんだが……そう簡単な話じゃねェ。真打ちを打てるのは一度きりだ。どうしても俺たちドワーフは、その限られた一度で、武具を打ちたくなっちまうんだよ」
ガリガリと頭をかきむしりながら、アインツは早口で答える。
「真打ちってのは……『よし、何月何日に真打ちを打とう!』なんて計画的にやるもんじゃなくて……『その時が来たら、わかる』と言われてるんだ」
手の中で、使い込んだハンマーをくるくると回しながら。
「そして、自分が何を打つか、何が打ち上がるかは、その時が来ないとわからねェ。真打ちはドワーフの集大成と呼べるもので、何を作るかとか、いつ作るかとか、小賢しく制御できるようなモンじゃねェんだ」
「そ、そうなのか……」
真打ちって、人生経験と勢いの産物だったんだ……
「男は敵を倒すための武器を、女は子孫を守るための鎧や防具を作る傾向がある、とは言われてるがな。真打ちは、真打ちならではの強みがある。普通の魔法の武具じゃ実現できないような、複雑な加護や多種多様な力を盛り込める――」
そうしてみると、革細工にめちゃくちゃ複雑な機能を、自由自在に詰んでいたクセモーヌって、やっぱ凄かったのかもしれない。『腕前だけなら聖匠並』って評価の重みが、実感としてわかってきた気がする……
「その点、鍛冶用のハンマーは……地味だ。矢避けのまじないだの、魔除けの加護だの、呪詛への抵抗だの、そんな機能は鍛冶仕事にいらねェだろ? 真打ちを鍛冶用のハンマーにしちまうのは、やっぱり勿体ねェっていうか……」
「それは……確かにそうかも」
「だいたい、鍛冶なんざ腕前が9割だ。鍛冶用のハンマーに特別な効果なんて必要ねェんだよ。振りやすくて、充分に頑丈ならそれでいいんだ。普通はな」
アインツは、再び手元のアダマスを見やる。
「――こんなシロモノを鍛え直そうとしない限りは、な」
アダマスの刃を、仕事用ハンマーで軽くコンコン、ギンギン、と叩いたアインツは、「やっぱダメだ」と言わんばかりに首を振った。
「一応、俺のこのハンマーも聖匠に打ってもらった逸品で、並のドワーフの真打ちに迫る品質なんだが……ダメだな。アダマスは『並』じゃねェ。聖匠の真打ちクラスの道具じゃねェと、半日もしたらハンマーの方がダメになっちまう」
つまり。
「アダマスを直すのは、無理、ってことか」
「……実質的には、不可能だと言わざるを得ねェ」
苦虫を噛み潰したような顔で、アインツはうなずいた。
「真打ちのハンマーがないことには、どうにもならねェ。持ってそうな奴とのツテもねェし、探して借り受けるのにどれだけ時間がかかるか。そもそも貸してもらえるかも怪しいし、借りたところで俺に使えるか……?」
――ドワーフが生み出した魔法の武具や道具には、意志が宿る。持ち主が道具に相応しい実力や腕前の持ち主でなければ、色褪せて力を失ってしまうのだ。
真打ちのハンマーがないとアダマスを鍛え直すことができず。
真打ちのハンマーを入手するアテもない。
つまりアダマスは――直せない。
「そう、か」
改めて、その事実がずっしりとのしかかってきた。
全ては、俺が招いたことだ。俺は……かけがえのない相棒を失ってしまった。
他でもない、俺自身の選択の結果だ。受け入れるしかない。
そうは思いつつも――胸にぽっかりと穴が空いた気分だった。
「……それで、だ。アダマスを直せないなら、俺が新しく別の剣を打った方が早いってェ話になるんだが……」
たぶん、そのときのアインツは俺と同じくらい苦しげな顔をしていた。
「今度は俺の問題だ。アダマス以上の剣が打てる気がしねェ!!」
振り出しに戻る、というわけだ。
「話を聞いた限り、魔王は本物のバケモンで、その槍は世界最強で間違いねェんだろ? だったら、本調子のアダマスでさえ、魔王と戦う得物としては不足するかもしれねェ。お前が打ち合ったときは折れなかったみたいだが、そのまま互角に戦い続けてたらどうなってたと思う?」
「それは……」
俺は答えに窮した。
あのとき戦った印象からも、そして後日、俺がジルバギアスとして魔王と話した感触からしても、魔王城強襲作戦のときの魔王は気分転換くらいのノリで戦っていた。
いや……戦っていなかった。気分転換そのものだった。
確かに、他の勇者の剣や盾と違って、アダマスは折れずに俺を支えてくれたが――もしも魔王が、本気の一撃をブチ込んできたら?
アダマスは、本当に、耐えきれたか――?
「お前が……お前が、普通の勇者だったなら!」
震える声で、うつむきながらアインツが言った。
「この館にある剣で、好きなやつを持っていけ! とそう言えばよかったんだ。あと何年かしたら、またアダマス以上の剣を打てるかもしれねェから、それまで辛抱してくれって、そう言えたんだ……!!」
だが、俺は普通の勇者じゃない。
「自分が情けねェよ、アダマスが最高傑作のまま君臨していて、どうすれば超えられるのか見当もつかなくて、ただ時間だけを浪費して――そのアダマスでさえ不足かもしれねェってのに! そしてお前がわざわざ、死を乗り越えてまで訪ねてきてくれたってのに、俺は、俺は! お前に応えてやることができねェ!」
ごしごしと目元をこすりながら、アインツは――まさか泣いてるのか。
あの強情さと、喧嘩っ早さの塊みたいだった男が。
「すまねェ……アレク、すまねェ……!」
情けなく、肩を震わせて泣いていた。
「俺ぁ……いったい、どうしたらいいんだ……すまねぇ……」
かける言葉が、見つからなかった。
部屋の面々も顔を見合わせている。
「修復も新造も難しいのであれば、速やかに別の方策を考えるべきでしょうな」
オーダジュが現実的な案を出した。
「そうね、時間的猶予も……」
あんまりないし、とつぶやいたヘレーナは、(無駄骨だったわね)とでも言いたげな顔をしている。
動けない俺と咽び泣くアインツをよそに、周囲が慌ただしく『次』を考え始めた、そのとき――
「導きを!! ご所望かね!!!!」
クソデカ声が響いた。
防音の結界が割れるかと思ったくらいだ。
「導きを――ご所望かね?」
いつの間にか、紳士的な杖が俺たちのそばに立っていた。
「いや、すまない。こちらから口を挟むのは押し付けがましいかとも思ったんだが――もう我慢しきれなくてね!」
なあリリアナ! と燕尾服をはためせながらオディゴスは言う。
「そうね! 導きが、ビンビンしてるわ……!」
したり顔でうなずくリリアナ。
「そうなんだよ。もう案内したくてたまらないんだ、私は」
「あ、案内……? どこに?」
「それはまだわからない。だが遠くではない。答えとは案外、足元に転がっていたりすることもある」
ぐにょ、と腰を曲げるように杖の本体を折り曲げて、オディゴスはアインツの顔を覗き込んだ。
「『いったいどうしたらいいんだ』――あなたのその問いに、私なら答えられるかもしれない。あなたが望むのであれば」
「……望む! 俺はどうしたらいい!? この苦境を、壁を、乗り越えられるなら、悪魔にだって魂を売ってやるッッ! 教えてくれッ!」
鬼気迫る表情で、オディゴスにすがりつくアインツ――
「もちろんだとも」
が、オディゴスはその場でカランと倒れて、アインツの腕を華麗に回避。燕尾服を掴み損なったアインツは、そのまますっ転んで床を滑っていった。
「ぐぁッイテテッ剣がァ刺さったァァ!!」
「あらあらあら」
「ちゃんと片付けないからよ……」
「ふむ……」
床に放置していた剣の束に突っ込み血塗れになるアインツをよそに、オディゴスは、興味深げな声を漏らして起き上がった。
「かなり近いな……少し位置を変えて、と」
カラン。
「うぅむ……」
カラン。
「ほうほう」
何度か、部屋の中で位置を変えてオディゴスが転がった結果。
『……え、僕?』
アーサーが困惑したように自分を指差す。
どうやら、オディゴスの【案内】は、霊体でありながら律儀に椅子に腰掛けていたアーサーを示しているようだった。
「あんたは……そうか! アーサー=ヒルバーン!」
リリアナに治療してもらったアインツが、人族の英雄を前に、ハッと目を見開いた。
「あんたに聞きたいことがあったんだよ! 俺のご先祖様が、その――」
『ああ! ガインツ=ゴン=スフィリ氏ですよね!!』
ズビシッと両手の人差し指でアインツを指しながら、アーサーが先回りした。
『いかにも、僕のご先祖様、初代アーサーの盟友であられたとか! そして――』
「【アーヴァロン】! だろ?『ガインツという先祖が、人族に真打ちを遺した――それも剣でも鎧でもなく盾を作った』ってのは、一族でも語り草になってんだ」
『ありがたいことに、代々使わせてもらってます。見ますか?』
「えェッ!? あんのか!? 今!?!?」
アーサーと俺の顔を高速で交互に見るアインツ。
「あるぞ。俺とアーサーが……その、殺し合ったときに……」
『ハハ……死んでも離すものかって、鎖に変えて巻き付けたからね』
「お、おう……」
「ちなみにアダマスがブッ壊れたのもそのときなんだ」
「クッ……クキキ……ッ」
語り草の先祖の至宝が見られる喜びと、自身の最高傑作がブチ壊された屈辱を同時に味わい、脳が破壊されそうな顔をしているアインツ。
俺は、部屋の隅に置いてあった荷物の中から、銀色の小盾――【アーヴァロン】を取り出した。
「おお、……おおおお……!!」
目を輝かせて、アインツが拝むように凝視してくる。
「なんと……素晴らしい……一切の装飾を廃していながら、この機能美……なんと、強靭で奥深い魔力……底知れない力を感じる……!」
「まさに、まさに。至宝と言えましょうな」
魔法の品大好きおじいさんことオーダジュも腕組みしてうなずいていた。
「しかも、これ……ただの盾じゃなくて、色々な力があるんだろう!?」
『ありますね。まず、使い手の思い通りに変形させられます。僕は鎖状にして敵を拘束したり、鞭みたいにして雑魚を一掃したりしてました。歴代のアーサーには、【アーヴァロン】を剣に変形させて戦っていた人もいますね』
アーサーが色々と念じると、俺の手の中で【アーヴァロン】が次々に形を変える。今はこうして、俺が盾として使わせてもらっているけど、(当然ながら)真の持ち主としては認められていないので具体的な運用はアーサー任せだ。
銀色の小盾が、液状化したかのように蠢いては、鎖になったり鞭になったりシンプルな剣に変わったり――
「おおおおッ! すげェ!! そんな柔軟な運用が……!!」
アインツは興奮気味に、先祖の傑作を食い入るように観察している。
『ただ、そういう使い方より、魔力として発散させて結界を展開することの方が多かったです。周囲の人々の意志の力を束ねたり――』
どうやらゴン=スフィリ家には【アーヴァロン】の詳しい機能までは伝わっていなかったらしく、アインツは感動しながらアーサーの話を聞いていた。
「なんと……なんて素晴らしいんだ……それに対して俺は……こんな体たらくじゃ、ご先祖様に顔向けができねェ……」
あ、また凹みだした。
「…………その、俺も、触ってみていいだろうか?」
『もちろんですよ! ガインツ氏の子孫ですし、初代様も喜ぶと思います』
アーサーが爽やかな笑顔でうなずく。
ごくり、と生唾を飲み込んだアインツは、震える手を伸ばす。まるで、自分が少しでも触れたら色褪せてしまうんじゃないか、と恐れているかのように、俺が支え持つ【アーヴァロン】に――ゆっくりと触れた。
「ああ……」
安堵したように溜息をつくアインツ。
【アーヴァロン】は、変わらず白銀に輝き続けている。
まあ、アーサーの直接の仇のクソ魔族にさえ、盾として運用することを嫌々許してくれるくらいに度量がデカいんだ。ガインツ=ゴン=スフィリの子孫が拒絶されるはずがなかった。
俺から【アーヴァロン】を受け取り、アインツは恍惚とした顔で表面を撫でる。
「すごい……凄まじい……直接触れるとわかる、まるで……」
チカッ、と【アーヴァロン】が小さく瞬いた。
「まるで――ご先祖様が、『ガインツ』が、そこに――」
ぐにゃ、と。
【アーヴァロン】が、融けた。
「!?」
いや、違う。
アインツの手の中、【アーヴァロン】が白銀の液体のように蠢いている。
『僕が操作してるわけじゃないよ?』
俺の視線を受けて、アーサーが首を振った。
「……はは。こんな俺でも、子孫と……認めてくれたのか……」
アインツがくしゃっと泣きそうに顔を歪めている。
どうやら、【アーヴァロン】がアインツを仮初の主として認めたらしい。
ぐにょんぐにょんと、それはもう元気に動いて形状変化を起こしている。
「こりゃあ、すげェや。いったい何をどうやったら、こんなシロモノが――」
アインツは呆れたように首を振り、
「打てるのか――想像も――」
やがて。
「つか……ね、え……」
言葉を失った。
【アーヴァロン】が、形を変えていた。
それは眩い銀色の――
実用的で、小ぶりな――
ハンマーだった。
「…………」
皆が息を呑んでいる。
導きが――確かな『答え』が、そこにあった。
魔法のように、奇跡のように。
ハンマーが、現れたのだ。
真打ちのハンマーが。
――脈々と受け継がれし『伝説』が、今。
ひとりの鍛冶師の手に、委ねられた。
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