534.職人の意地
「くっ……くく……くくくッ……!」
銀色のハンマーを手にしたまま。
「くはァ――はっはっはっはははァ!!」
アインツが、大口を開けて笑い始めた。
「はっはっは――こいつァ傑作だ!」
今度は、笑いすぎて出てきた涙を拭いながら。
「ご先祖様に横っ面
そのまま、「あー……」と肩の力を抜いて天を仰ぐアインツ。
晴れ晴れとした、憑き物が落ちたような顔をしていた。
――いや、違う。
その瞳には、燃え盛る炎のような、強い光が宿っていた。
新たな『何か』が――アインツに取り憑きつつある。
どんな強固な合金もたちどころに溶かしてしまう。
そんな、膨大な熱量が――!
「わかったぜ、アレク」
アインツがニヤリと不敵に笑ってみせた。
「今が、『その時』だ」
――『その時が来たら、わかる』と言われていた――
「お前さんのアダマスを、『真打ち』に打ち直す」
……マジか!!
おおっ、と皆もどよめいている。「それはっ」とオーダジュが驚きの声を漏らし、しかしそれ以上は何も言わずに口をつぐんだ。
「それは……めちゃくちゃありがたい話だけど! いけんのか……!?」
アーヴァロンがハンマーに変わって、やる気が漲っているのはわかる。
が、それで全て吹っ切れるものなのか? ここ数年――いや下手したら10年近く苦しみ続けていた『最高傑作』の壁は、それで突破できるものなのか?
「できるか、できないかじゃねェ! やるんだよッッ!! せっかく一大決心したってェのに俺のやる気に水を差すんじゃねェこの野郎ッッ!!」
ガーッと顔を真っ赤にして怒鳴ったアインツは、そばにあった蒸留酒の瓶を引っ掴んで一息に飲み干し、ドゥハーッと酒臭い息を吐く。
……昔の調子に戻りつつあるのは確かだ!
「……ふぅ。とはいえ、お前の言ってることもわかる。一時の気合いだけで何でも解決できるんなら世話ねェ、そういうこったろ」
まさにその通りです。
「……『わかった』んだよ。ご先祖様に横っ面
ひび割れたアダマスを、真摯な顔で見つめながらアインツは言った。
「俺がアダマスを打ったとき――『最高傑作にしてやろう』なんて微塵も考えなかった。ただ、全力で死ぬほど頑丈な剣を打ったら、結果的に最高傑作になっただけだ」
アダマスを手に取り、刃を撫でる。
「俺は――それを勘違いしていたんだ。これまで何人もの顧客の要望に応えてきたが、俺は、やっぱり、頭のどこかで『次こそは最高傑作にしてやろう』ってずっと考えてた。鍛冶師としちゃ、そりゃ間違っちゃいねェよ。最高を目指すってのは大事なことだ。でもな、やっぱり――」
ハァ~……と細く長く息を吐くアインツ。
「――不純だ。そんな心構えで打てるわけがねェ。少なくとも俺には無理だ。打ってる間は全力で、打つことだけに集中しなきゃならねェんだよ」
無心で、ただひたすらに。
売り言葉に買い言葉で、『絶対折れない剣を打ってやる』と息巻いてたアインツは、確かに、余計なことを考える余裕なんて、これっぽっちもなさそうだったもんな。
「ああ、なんで、なんでこんな簡単なことを、俺はずっと忘れてたんだろう」
はっはっは……と肩を震わすアインツは、泣き笑いしているようだった。
「だから――アレク。もう心配いらねェ。俺はもう決めたんだ、『何があろうとアダマスを真打ちに打ち直す!』ってな。言っちゃ悪いが、もしアダマスが万全だったとしても、やっぱり全力の魔王には勝てる気がしねェ。優れた武器が必要だ。並外れて頑丈で凶悪で、魔王すら討てる武器がッ! 武器の性能差でお前が負けるなんて、俺にはッ、我慢ッならねェ……ッッ!」
言っている間に怒りがメラメラと増幅させられたようで、またもや顔が真っ赤になっていくアインツ。
ああ、なんか懐かしいなホント。
怒りっぽいんだよなコイツ。
「魔神の槍? 世界最強の武器? 俺が知る最高の武具の、100倍頑丈で100倍凶悪な武器だと――?」
ダンッとテーブルを拳で叩き、勢いでそのまま叩き割るアインツ。
「上等だァッッ!【俺が知る最高の武具の100倍頑丈で、100倍凶悪で、100倍アレクにぴったりな剣を、打ってやらァ――ッッ!!】」
額に青筋を浮かべて、アインツは叫んだ。
鼓膜が破れそうになるほどの大声だった。飛んできたつばを浴びながら、俺は思わず笑ってしまう。懐かしい。全てが懐かしい――
「……なあ、覚えてるかアインツ」
「ああ? 何をだよ。都合の悪いことは忘れるタチだぞ俺ァ」
「アダマスを打つときさ。『ちょっとでも刃が欠けたり曲がったりしたら承知しねえぞ』って俺が言ったら、お前は『てめェの頭よりよっぽど頑丈なもんを打ってやる、もしも折れたらヒゲ剃って裸踊りしてやる!』って啖呵切ってさ」
「はァ――ッッ!?」
記憶が薄れてる俺でさえ覚えてたのに、当の本人は忘れていたらしく、目を剥いてアダマスと俺の顔を交互に見やる。
「バッッッカお前! アダマスがこうなったのはお前の使い方のせいだろ!! ヒゲを剃るなんてそんなコトできるわけが――」
「そうさ、俺のせいだ。でも見てみろよ」
俺はアインツの手からそっとアダマスを取って、刃に指を這わす。
「刃は欠けてないし」
頭上に掲げて下から剣身を検める。
「曲がってもいないし」
剣身に走ったひび割れをなぞる。
「――折れてもいない」
俺の使い方がクソだったせいで、ヒビは入ってしまったが。
欠けても、曲がっても、折れてもいない。
「やっぱりお前に二言はなかった。お前はやると言ったらやる男だもんな」
そんなアインツが、キレ散らかしながら大啖呵を切ったんだ。
「おい、信じるぞアインツ。お前が打ち直してくれたアダマス引っ提げて、俺ぁ魔王の首を獲りに行く。決して欠けず、決して曲がらず、決して折れない、そんな剣だって信じてるからな! だからよ、――」
ありがとう。
その言葉を俺は飲み込んだ。
いやいや、俺たちには似合わない、そうだろ?
「――次、魔王と打ち合って、ひび割れでもしたら承知しねえからな!」
俺がそう言い放つと、アインツはポカンと呆気に取られたあと、真っ赤を通り越してどす黒い顔色になった。
「んぬぅぐぁぁぁああ上等だァッコラァァァッ!!」
ガツンッ、と瞼の裏でまた星が散った。一瞬、気が遠くなって膝をつく。
「次ヘマこいたらテメェの両角へし折ってやる――!!」
そんなアインツの怒声が、遠くに響いていて――
俺は、笑った。
†††
「早速打つ! 今すぐ打つ!!」
「いやー大変だな鍛冶師は」
「お前も打つんだよ!!」
「え?」
というわけで、俺もアダマスの打ち直しに参加することになった。
「その上位魔族の馬鹿力! 馬鹿魔力! 使わねえでどうする!! アダマスのときだって手伝わせただろうが!!」
確かにアダマスのときも、俺の魔力を注ぎまくって馴染ませた覚えがある。
あのときの俺と違って、体力も魔力も有り余ってるからな。主にリリアナのおかげなんだけど。そしてそのリリアナの補助まであるときた――
俺たちが力尽きる心配は、まずない。
アインツの屋敷の奥の工房で、俺は早速、炉に燃料を放り込む作業を手伝う。リリアナたちは桶や樽にたっぷりと水を溜め、レイラやアンテが飲み物や食べ物を用意してくれている。
「まったく、魔神を小間使いにするとはなんと不敬な!」
アンテはぶつくさ言っていたが、なんだかんだ楽しそうにしていて、レイラも微笑ましげにその様子を見ていた。かつてはアイロンがけ以外に何もできなかったレイラも、俺の配下として働くうちに、そして同盟圏に来てからの日々を経て、日常的なことならすっかり何でもこなせるようになったんだなぁ……
「そうだ、アーサー=ヒルバーン!」
『はいはい何でしょう』
「悪ィがアーヴァロンは数日間借りさせてもらうぜ!」
『どうぞどうぞ! どんな剣が打ち上がるか楽しみですよ!』
真打ちが出来上がるところを見られるとあって、アーサーは満面の笑みだった。いや、アーサーだけでなく、バルバラやヴァンパイアハンターたちも期待に目を輝かせている。強い剣、しかも真打ちが嫌いな人族なんていえねよなぁ……!?
「数日もかかるの?」
と、目を丸くして不安げな顔をするのはヘレーナだ。
いや……まあ冷静に考えたらその通り。
数日後って、下手したらこの街に魔王軍が侵攻してきてもおかしくないぞ……
「かかる! 仕方ねェ!! どうにもならん!!」
ごうっ、ごうっと炉に空気を送り込みながらアインツが断言した。オーダジュが風魔法での補助を申し出たが、微妙に熱の調整が必要らしく、アインツは自分でやると丁重に断っていた。
「まず、アダマスを加工可能な状態まで戻してやらなきゃなんねェ! これに一番時間がかかる! 鋳潰すのとはわけが違ェんだ、アレクと俺の魔力を注ぎまくって、目を覚まさせてやんなきゃなんねェ! 必要なのは、根気と、時間だァ!」
これに短くても丸1日はかかると見ているらしい。
「で、真打ちには、やっぱ特別な素材が必要なんだよなァ!!」
炉にひび割れたアダマスを突っ込んで熱しながら、ごうごうと燃え盛る炎に負けないような大声で、アインツは言う。
「特別な素材ってなんだぁ!?」
「金属類はウチに揃ってるから問題ねェが! 真打ちに方向性っつーか、個性を与えるような! そんな素材が必要なんだ! 魔物とかのな!!」
「そんなもんあるのかよー!?」
「俺の手持ちにはねェ! だがアレクたちは持ってる!!」
俺たちが!?
「ってェわけで――」
アインツが、スッとリリアナの方を向いた。
「あんた……あの『聖女』リリアナって話だったよな?」
「え、うん。そうよ。そういえば普通のエルフに擬態したままだったわね」
リリアナが中途半端に使っていた人化の魔法を解除する。
肌が褐色から、少し日焼けした程度の白に戻り、耳が少し長くなって、本来の彼女の姿を取り戻す。
うおっ、とアインツが唸った。神々しいまでの美貌。リリアナの美しさは理屈じゃない、その身に宿る神性が種族を超えて訴えかけてくる。――夜エルフを除いて。
「素晴らしいな……!」
しかしよく見ると、アインツはリリアナの美しさに見惚れたわけではないようだ。
「いいぜ、理想的だ!!」
その瞳は、リリアナという人ではなく、『リリアナ』という『物』を見ていた。
「素材のひとつはあんただッ!」
アインツが、色々とガンギマった目で叫ぶ。
……流れから薄々察していたが、そういうことらしい。
俺たちが、素材だ。
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