535.友情・努力・禁忌


「……う~~~~む」

「ちょっと待って! リリィが素材ってどういうことよ!?」


 諦め顔で遠い目になるオーダジュと、仔を守る母狼のように勢いよく食ってかかるヘレーナ。


「言葉通りだ」


 しかしアインツは、目を見開いたまま、小揺るぎもしない。


「倫理的にヤベェのはわかるが、それでも俺の直感が必要だと囁いてる。この真打ちには、ただの頑丈さに留まらねェ、再生力と生命力を付与したい。そのためにハイエルフの血肉は最適の素材だと判断した」


 立板に水銀を流すように滑らかに語るアインツ。


 俺は思わず二度見した。アインツが醸し出す異様な雰囲気に呑まれそうになる。


 アインツは先ほどまでとはまるで別人になりつつあった。何かに取り憑かれているように。いや、違うな、極限まで無駄が削ぎ落とされている。


 本当に、


「常に再生し続け、万全で最適の状態を保ち続ける刃。それをもって最強の頑丈さをより完璧なものとしたい。生命力は剣を活性化するだけでなく、その使い手をも強化する。手入れすることなく何時間でも何十時間でも何日でも戦い続けられる、そんな剣だ」


 歌うように紡がれた言葉は、燃え盛る炎の音にもかき消されず不思議とよく響いた。ヘレーナはアインツの変貌ぶりに圧倒されて言葉を失っている。オーダジュも反対する気はないようだった。


 それにしても、『手入れなしで休まず戦い続けられる剣』だと……!?


 最高だな!!


「――再生力の象徴として、髪を一房と、爪を何枚かもらいたい。そして生命力の象徴として、血もいくらか。こちらは多ければ多いほどありがたい。魔力ごと練り込みながら打っていくからな」

「わかったわ!」


 肝心のリリアナはというと、素材提供を厭わないようだった。


「じゃあ爪、剥いでくるわね! ペンチか何か借りていいかしら?」

「好きにしてくれ。ペンチなら隣の部屋にある、場所は――」

「大丈夫、探しものは得意なの!」


 でしょうねえ……!


「すまねェな嬢ちゃん、痛い思いをさせる」

「それも大丈夫! 慣れてるからー!」


 リリアナがピューッと工房を出ていく。


 慣れてる……か……爪を剥がれるくらい、もうどうってことないんだろうな……そう考えるとリリアナの背中を涙なしには見送れなかった。


「「グ、ギ、ギ……」」


 オーダジュとヘレーナがすごい顔になっている。素手でオーガの首でもへし折れそうな勢いだ。


 そしてリリアナは本当にあっという間にペンチを見つけたらしく、数分と経たずに戻ってきた。


「はい、どうぞ」


 爪だ……。丸ごと5枚……片手全部ってところか……


「助かる。そっちの皿にでも入れて置いといてくれ」

「髪も一緒に入れておくわね。血はどうするの?」

「新鮮な方がいいだろうから、それはまた必要になったときに頼みたい」

「わかったわ」

「リリアナ……」


 俺は口を開いて、なんと言ったものか迷った。


「……ありがとう。そしてすまない。本当に助かるよ」


 結局、ありきたりな感謝の言葉しか出てこなかった。


「気にしないで! 減るもんじゃないし、アダマスが直ったところも見たいし……」


 綺麗に爪が生え揃った手をひらひらさせながら、リリアナは屈託なく笑う。


 ……普通は『減る』もんだと思うんだけど、完璧な治癒の奇跡があると色々感覚が狂っちゃうな……


 しかも、だいぶんよろしくない方向に狂ってるなコレ……


「さて、これで素材のひとつはいいとして――」


 次に、アインツはスッとレイラの方を向いた。


 まあそりゃこっちにも来ますよね……という顔をしているレイラ。


「確か、あんたはホワイトドラゴンって話だったな」

「はい。何が必要ですか?」


 めちゃくちゃ話が早い。


 何かと俺を殴りがちなアインツに対しては好感度が低いレイラだが、俺の旧友かつアダマスの制作者ということで何とか大目に見て、ギリギリ差し引きゼロ――もしくは、やや低めくらいの友好度を保っている。


「あらゆる敵に食らいつき、噛み砕き、引き千切る獰猛さの象徴として牙を。そして最強の生物ドラゴンの強靭さの象徴たる鱗を数枚」

「牙ですね……大きいのを両方ですか?」


 大きいの――つまり人間でいうところの犬歯。


「いや、1本で充分だと思う」

「わかりました。……あの」


 そこで、もじ……と恥ずかしげに身じろぎしたレイラは、俺を見つめた。


「牙を折るのは構いませんが……できれば、アレクにやってもらいたくて……」

「……スゥーッ」


 俺は思わず深呼吸してしまった。鍛冶場の熱気で咽そうになる。


「竜の姿で自分の牙を折るのは難しいですし、というか、そもそも滅多なことじゃ牙は折れないので、誰かに手伝ってもらう必要があって……それならアレクがいいです」

「わかった。火起こしが一段落したら、しばらくアレクの手が空くと思う。そのときにでもやってもらってくれ」

「はい」


 アインツの言葉に、嬉しげにうなずくレイラ。竜の姿に戻る必要があるから、一旦郊外に出て人気のないところで……って感じになるか。


 …………どうやって折ろうかなぁ。レイラの牙。


「おほーっ!!」


 レイラの隣でなんかビクンビクンしてるが、努めて見ないようにする。


 しかし実際問題、どうしたらいいんだろう。竜の牙はかなり頑丈だ。アダマスがあったら迷わず使っていたところだが……アーヴァロンを一旦借りて、剣に変形させてやるか? 魔力の一点集中を使ったら、レイラを無駄に苦しませずにパキッとやれる気がする。


 まあ手刀で魔族の角を折るのに比べたら楽だろう、多分。


「私もついていくわ! すぐに治療できた方がいいだろうし」

「ありがとう、リリアナ」


 リリアナの申し出に、レイラが微笑む。


「あ、それと鱗なんですけど、具体的に何枚必要ですか?」

「そうだな……1枚の大きさはどれくらいになる?」


 アインツの問いに、レイラはゴソゴソと服の胸ポケットを探り、手のひらサイズの白銀の鱗を取り出した。


「これくらいです」

「ふむ……なら4,5枚もあれば上等か」

「わかりました。ところでこれ、実は父の形見の鱗なんですけど」


 レイラの手の中、白竜の鱗がキラッと輝く。


「父は、わたしよりも遥かに強くて、誇り高いドラゴンでした」


 落ち着き払った声で言ったレイラは、アインツを見つめる。



「素材の質としては申し分ないはずです、ご一緒にいかがですか?」



 ……今なら父の形見ウロコもついてくる!?



「父親ってェとアレクに殺された白竜の長か」


 そして剣を打つことだけに集中しているアインツは、平然としたまま『素材』を吟味していた。


「……アリだな。因縁があるのも実にいい。採用だ!」


 ファラヴギ――ッ!


 お前いいのかこれで――ッ!?


「あの、レイラ、本当にいいのか? それって大事な……」

「大事ですけど、大丈夫です」


 ふんすと鼻息も荒く答えるレイラ。


「このままただお守りにしておくより、魔王を倒す一助となれる方が、父も本望だと思うんです!」


 ……そうかな――!?


「そうかもしれないな! ありがとうレイラ!!」


 しかし俺にこの件でとやかく言う権利は……ねえ……ッッ!!


「おほほ――ッッ!!」


 うるせえなアイツ!!!!


「ううむ……良いな。かなり見えてきた、見えてきたぞ……! 素晴らしい魔剣が仕上がりそうだ」


 やや興奮気味にアインツがつぶやく。お前には何が見えてるんだ……!


 ってか『魔剣』って言いやがった! ドワーフも、人族に合わせて『聖剣』って呼んでるだけで、実態は『魔剣』だって前世で散々聞いてたけどよ!


 でも、打ち直されたアダマスにしっくり来すぎるっていうかさ!


 いやまあ……『魔剣』なんだけど! どう考えても『聖剣』って感じじゃないけど! それでもなんだかなぁ!!


「だが現状、魔王子ジルバギアスの剣にしては、光属性に偏り過ぎているな」


 今度は、アインツがぎゅるんと俺の方を向いた。


「アレク。……お前、いいカラダしてんなァ」


 うん。わかってたよ。


『その時が来た』ってやつだろ……


「どこが必要だ?」

「これまでの素材と調和を取ろう。髪と爪、それに歯は欲しい。加えて、血だな。ハイエルフのやつと同量くらいで。あとは――」


 スッ、とアインツの視線が横に移動した。


 俺の顔から横に。


 側頭部の角がカッと熱くなったような錯覚。


「『魔族の素材』っつったら、やっぱりは外せねェよな」


 俺もそう思うよ。


「その角、片方くれ」

「……わかった」


 正直ちょっと怖いが、俺もこれくらいの痛みは味わわないとな。


 そして角が折れる経験ってのは、いざというときに役立つかもしれない。戦闘中に角を折られても、慌てず咄嗟に相手に【転置】する心構えとして。


 あと、角が破損したらどれくらい弱体化するのかも興味あるしな。


「あー……アレク、それに関してはちょっと不安があるわ」


 と、リリアナが申し訳無さそうに手を挙げた。


「私、角を治した経験はないから……特に魔族のそれはただの角じゃなくて、複雑な魔力器官みたいだし、うまく治せるかどうかわからないの」

「……なんか、そう言われてみると魔族の角ってちょっと特殊よね。竜の角なら何とかなりそうな気がするけど」

「うぅむ、体の部位の中で、特に魔法抵抗が高そうな雰囲気があるのが、妙と言えば妙ではある」


 リリアナの言葉にヘレーナとオーダジュも同調して、改めて俺の角をじっくりと観察し始める。


「強いて言えば――この雰囲気は、そう」


 ヒゲを撫でながら、オーダジュがアンテとオディゴスに視線を転じた。


「悪魔の『在り方』……に近いものを感じますな」


 オーダジュの、どこか含みのある言い回しに、アンテがニヤリと口の端を吊り上げた。


「当たらずといえども遠からず……といったところか。なかなか良い見立てじゃな。魔族は『角が生えると魔力が劇的に強まる』という面白い生態をしておる。そこに、悪魔の契約による不自然な魔力の増大が重なって、魔力の核たる角は、我らの『在り方』――擬似的な魔力生命体に近づくんじゃろ。そして魔力が強大になればなるほど、他者の干渉を受けづらくなるのが世の理。神々の奇跡とて、その軛からは逃れられぬ。あるいは――我ら、悪魔という異物を、この世界の神々も毛嫌いしておるんじゃろうなぁ」


 何が面白いのか、アンテは喉を鳴らして笑い続けている。


「魔力の核、か。素晴らしい素材だな……やっぱ2本いっとくか」


 そんなアンテを尻目に、アインツがつぶやいた。


「……2本いるか?」

「……少し過剰かもしれない、というかバランスが悪いな。やはり1本で」


 まあ、どのみち折るのは確定してるとして……リリアナでさえうまく治せないかもしれない、というのは、確かに少し不安だ。


「角が折れて、どれだけ俺が弱体化するかにもよるけど、万が一治療がうまくいかなくても今回に限っては大丈夫だと思う」


 俺は半ば無意識に角を撫でつけながら答えた。


「角の治療に関しては、が得意とするところだからな」


 思わず苦笑する。


「前線にいけば、角の欠損を押し付ける相手まぞくには事欠かない」


 どんな木っ端魔族でも、角があれば身代わりとしては上等だ。


「じゃあ、そのときは頑張って魔族を生け捕りにしなきゃね! 私も手伝うわ!」


 リリアナがやる気をみなぎらせている。



「生け捕りしやすそうな雑魚魔族を探すのは、私に任せて!!」



 …………つくづくリリアナが敵じゃなくてよかったと思うよ!!






「ああ!!」


 そのとき、アインツが大声を上げた。


「そうだ! バランスが悪いんだ!! 光属性のハイエルフにホワイトドラゴン! それに匹敵する闇の大魔族! このままだと少しまとまりが悪い、これらの素材にひけをとらず、それでいて魔力の属性的にも釣り合いが取れる素材――ッッ!」


 ぎゅるん、と目がガンギマったアインツは。



「あんた――確か、大魔神らしいな」



 アンテを見据えた。



「あんたの角もくれ。これで完璧だ」





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※「おっほ!!!♡♡♡」

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