536.狂気の沙汰

Q.初めての『真打ち』ですが、見学してみて感想は?


バルバラ『思ってたのと違う』

アーサー『思ってたのと違う』

レキサー『思ってたのと違う』

他聖霊組『思ってたのと違う』

アダマス『思ってたのと違う』


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「なんと、我の角を――素材にすると申すかッ!?」


 アンテはクワッと目を見開いていた。


 どうにか魔神の威厳を保とうとしているみたいだが、頬を赤らめながら、何かを堪えるようにピクピクしてたので全然迫力がない。


「そうだ。理想的な素材だ」

「おっほ……♡ 魔神たる我がッ♡ 剣の素材にされてしまう……ッ♡」


 平然とうなずかれ、己を掻き抱いてビクンビクンと身悶えする魔神。2秒もたなかったね、魔神の威厳……


「悪魔の魔力は、厳密にはこの世界のどの属性でもないと聞いたことがあった。実際に見てみて納得だ、あんたの魔力は何物とも違うように感じられる――闇のようであって、闇ではない。全てを内包しているようで、どれでもない」


 もはや『真打ちを打つ機械』と化しているアインツは、落ち着き払ってアンテを観察していた。


「混沌……そう、まさに混沌だ。ハイエルフと白竜の光。そのふたつに匹敵する大魔族の闇。それらを包み込み、渾然一体となす混沌――完璧だ。さっきまで見えていた完成図は全部吹っ飛んだが、それでもおそらく、凄いことにはなる」


 冷静でありながら、熱に浮かされたような口調でアインツは言った。


((そりゃあ……なるでしょうよ))


 凄いことに。


 口には出さなかったが、全員の意見が一致していたように思う。


「しかしアンテ、影響はどの程度のもんだ? 悪魔は生命体じゃないから転置呪は使えないし、もちろん治癒の奇跡も受け付けないだろ?」


 アンテを心配――してるわけじゃないが、俺は思わず尋ねていた。


「人化すればどうとでも治療はできるだろうが、そしたら角が消えちゃうし」


 つまり……もしも折っちゃったら、ずっと角は欠損したままになる? それとも、いつぞやファラヴギのブレスを浴びて黒焦げになったけど元に戻ったソフィアのように、時間が立てば自然治癒するのだろうか?


「お前の存在に、影響はないのか?」


 ――ビクンビクンとしていたアンテが、静かになった。


「ふむ。影響はさほどなかろう。多少魔力は弱まるじゃろうが、放っておけばまた生えてくる」


 上体を起こしたアンテが、流し目を送ってくる。


「まあ――敢えて治さずにそのままにしておくこともできるがの?」


 その方が『素材』としての重みは出てくるかもしれん、とアンテは笑った。


 そういう意味合いか。てっきり当てつけかと思った。


「我らにとっても、角はそれなりに特別なものじゃ。は魔神の分体に過ぎんが、それでも魔神の角が折られるなど前代未聞。……ただ、それでも我の本体は存在の格が高すぎるゆえ、多少の影響では何もないも同然じゃろうな。格が下がるということもないじゃろう。つまらんのぅ……」


 つまり何の問題もないと。なんで残念そうなんだよ!


「それにしても、素材と言っても我らの体は元が魔力じゃから、切り離したら分解されて消滅するじゃろ。有効活用は難しくないかの?」

「むしろ好都合だ」


 アンテの問いに、アインツは即答した。


「アダマスを鍛え直しながら練り込むつもりだったからな。砕く手間が省ける」

「おっほ!♡ 我が魔神の象徴たる角が、無惨に砕かれる予定だったとは……!♡」


 また痙攣して倒れ込んでる……


「えと……それじゃあ……素材化に関して、両者とも問題なしということで」


 アンテが床の上でビクンビクンしまくるばかりで、なんか居た堪れない空気になってきたので、俺はまとめに入った。


「うむ。ただし」


 ムクッと再び起き上がったアンテが、とろけるような笑みを浮かべた。


「レイラと同じじゃ。我の角もお主が取ること。これでも魔神の角、滅多なことでは折れまい――アーヴァロンをノコギリにでも変えて、じっくりと丁寧に切り取るがよい。それが素材提供の条件じゃ」

「…………はい」


 皆の注目を浴び、俺は瞑目しながらうなずいた。


 なんで、いかがわしい雰囲気醸し出してるんですかね……ドワーフの長い歴史でもこんな真打ち前代未聞だろマジで。


 あのクセモーヌでさえ、素材ではここまで――


「…………」


 ――リリアナの皮で大興奮してたわ。



 ドワーフの長い歴史じゃ、意外とありふれたことなのかもしれない……



          †††



 アンテの角は、切り離したら魔力に分解されてしまうので、必要になったときに採取するという形になった。


 同様に俺の角も、俺の魔力が弱体化したら魔力供給に支障が出る可能性があったため、採取は後回しに。


 結果、爪と歯を先に済ませることになった。


 ……これがめっちゃ痛い。


 いや、プラティとの実戦形式訓練とかでをもらって、前歯が全部砕けたり、爪が剥がれたりしたことはあったよ?


 でもああいうときって、戦いで興奮して痛みをあんまり感じないからさ……改めて平常時にやるとめっちゃ痛えや。夜エルフの個人治療もなかなかエグかったけど、戦傷くらいの重傷になってくると慣れもあって意外とイケるんだがなぁ……


「うむ、うむ。いいな、これはいい素材だ……」


 そして七転八倒する俺をよそに、アインツは満足げだった。


 それからアダマスを熱して、魔力を注いで、また熱して――と作業を繰り返しているといつの間にか日が暮れていた。


 鍛冶場の熱気のせいで、近くで補助していた俺も汗びっしょりだ。森エルフ組は熱波がキツかったらしく早々に退避している(たまにリリアナが様子を見に来るくらい)。


『しかしこれが……真打ちねぇ……』

『想像していたのとは、だいぶん違うな……』

『どんな剣ができるんでしょうね……いやホントに……』


 ゴースト組も遠巻きに見守りながらヒソヒソと話し合っていた。


 炉の火はね、霊体にも致命的だからね。


 決して俺たちにドン引きしているわけじゃない、俺はそう信じたい。


「よし、一旦休憩にしよう。こっから先はしばらくぶっ通しでやるぞ」

「わかった、ならちょっと出かけてくる」


 アダマスをひとしきり熱し、充分な魔力を注ぎ終えて、休憩を入れることに。


 俺は手早く着替え、レイラとリリアナ、そして俺の中に戻ってきたアンテとともに、街の外に出ることにした。


 ……レイラの素材を、取る必要があるからな。


 夜の帳が降りたお陰で、目立たずに動ける。魔王軍の侵攻で騒がしかった街も息を潜めるかのように静まり返っていた。


 街を取り囲む城壁には、戦時体制ゆえに多数の衛兵が見張りにつき、城門も堅く閉ざされていた――が、ハイエルフに魔族にドラゴンにと、俺たちは魔力強者が勢揃いだ。この程度の壁を越えるのは造作ない。



 魔王軍に攻められても同じくらいガバガバ、と考えると気が重いが。



 そうして街の外の人気がない林で、レイラが人化を解除する。


「うう……痛……かったです……」


 レイラの牙も折らせてもらったけど、普通に悶絶してて心底申し訳なかった。


「『好きな人から与えられるなら、痛みすら愛おしい』って本には書いてあったんですけど、やっぱり限度はあるというか、痛いものは痛いですね……」

「本当にごめん……」


 神妙なドラゴン顔で言うレイラ。幸い、リリアナが即座に治療してくれたので、苦しみは一瞬で済んだみたいだけど。


『ククク……まだまだじゃな。我ならば、お主が与えた痛みであれば、たとえそれが夜エルフ並でも慈しむじゃろう……!』


 アンテが俺の中でドヤりだす。それはお前が変態だからだよ。


「むぅ。許しません。いっぱい撫でることを要求します」


 一方でレイラは、今は他のみんなの目がないとあって、遠慮なく頭を擦り付けて甘えてきた。


 霊体組もアインツの屋敷で剣を見て回ってるし、ヘレーナとオーダジュもついてきてないし。当初、アーヴァロンを借りる予定だったけど、アインツが休憩中も触れていたいとのことで、代わりに適当な剣で済ませたからな。


 俺も要望にお応えして、レイラの鱗に覆われた頭部を精一杯ナデナデする。目元の鱗をくすぐったり、喉元のブレス溜まりを撫でたり、ああ、俺の魔族の角をレイラの角にぶつけて擦るのも大好きだったよな。


「ああ~~~~」


 目を細めてうっとりとしているレイラ。ドラゴンの姿のレイラ、なんだか久々に感じるなあ。ここんとこずっと人の姿で長距離走強いられてたし……


「……ありがとうございます。これくらいで」


 しばらくして、レイラも一応満足したようだ。若干、捕食者じみた目をしているのが気になるところ……


「リリアナも痛かったろう。俺もさっき自分でやって痛感したよ」


 文字通り痛感した。俺はリリアナを見やる。


「……ごめんな。そして改めてありがとう」

「全然大丈夫よー! 慣れてるから!」


 リリアナはあっけらかんと答える――



 ……いや、違う!



 へらへらしているように見えて、リリアナの瞳には虚無があった。


 勇者時代、絶望的な戦線で兵士の目に浮かんでたやつだ。あまりに凄絶すぎる苦しみを味わったがゆえに、それ以外の全てが『大したことない』ように感じられてしまい、自分が無理をしていることにも気づけなくなる……!!


「リリアナ」


 俺はそっと、リリアナの頬に手を添えた。


 ビクッとしたリリアナは、反射的に、俺の手にさえ怯えてしまったことに、自分でも驚いたようだった。


「……無理をさせてごめん」


『慣れてる』だなんて、それで平気なわけがなかったんだ。


 でも『慣れてる』って自分に言い聞かせて、何事もなかったかのように、やってくれたに違いない……


 申し訳無さと、気が回らなかった自分への嫌悪と、居た堪れなさと……それらを踏まえた上での感謝がないまぜになって、俺は言葉が出なかった。


 リリアナも、何をどう言ったらいいのか、わからないみたいだった。


 ……そして俺たちは、傷を舐め合うみたいに、自分たちが一番慣れてる触れ合いに自然と移行する。


「おいで、リリアナ」

「……わふん」


 ぽすん、とリリアナが俺の胸に飛び込んでくる。


「きゅーんきゅーん、くぅーん」

「よしよしよし……」


 ナデナデナデ。


 ここのところ、霊体組はもちろん、ヘレーナとオーダジュも周りにいたから、やりづらかったもんな……これ。お腹を撫でたり、頭をワシャワシャしたり、ほっぺたをぐりぐりしたり……


 リリアナと別れたときのことを思い出す。


 もう二度と……会えないと覚悟していた。


 今この瞬間が奇跡なのだとしみじみ思う。


「わふ……ありがと」


 しばらくわんこ化していたリリアナだったが、やがて瞳に理性の光が戻った。


「……もう、大丈夫」


 動物療法アニマルセラピーを通して、リリアナの正気度も回復したらしい。


「……どうします、このあとは。戻りますか?」

「いや、ついでにちょっと前線の様子を見に行こう」


 竜の姿のまま、首を傾げるレイラに、俺は西の空を見上げながら答えた。アダマスの打ち直しは急ぎたいが、全く情報が入ってきていない魔王軍の動向も気になる。


 レイラの翼なら、ひとっ飛びだ。


 数十分くらい偵察に割く価値はあるだろう。


「それにレイラも、久々に飛びたいだろ?」

「……はい!」


 堪えきれず、嬉しそうにうなずくレイラ。


 長距離走で鬱憤溜まってたもんね……!


 そんなわけで俺たちは、隠蔽の魔法をかけた状態で夜空へと飛び立つのだった。



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アダマス『自分どうなるんスか?』

アインツ「わからん。わからんが、凄いことにはなる」

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