215.真心の贈物


 ――話は数日前に遡る。


「うーん……」


 そこは、豪華絢爛な宝石類や、派手な額縁に入れられた絵画、そして無骨な槍や鎧といった武具が所狭しと並べられた部屋。まるで火竜の住処のような空間は、第2魔王子ルビーフィアの私室だ。


 ソファに腰掛けたルビーフィアは、腕を組み、難しい顔で唸っている。


 眼前。


 ローテーブルの上。


 赤いリボンで、可愛らしく飾り付けられた包み。


 ――そう、他でもない、弟ダイアギアスからのプレゼント。


「……よし」


 意を決してリボンをほどき、中身を検める。ルビーフィアのために特注したというボン=デージ・スタイル――


「これが……、なんか細くない?」


 ルビーフィアの髪色にあわせた、燃え上がるような真紅のレザー。てらてらと光沢のある質感、スリムな……いや……というか、これ……ほぼ紐……


 冷静に考えるまでもなく、大事なところがほとんど隠れていなかった。


「……こんなもん着て出歩けるかァァァァッッ!!」


 ビタァァァンッと卑猥な革紐を床に叩きつけるルビーフィア。いくら身体を鍛えているとはいえ、そして肉体美にも自信があるとはいえ、こんな破廉恥な格好で出歩けるわけがない!!


「裸より恥ずかしいじゃない、こんなの!!」


 顔を赤くしてガーッとがなり立て、即座に火魔法で滅却しようとしたが、その拍子に、はらりと床に落ちたメッセージカードの存在に気づく。


『親愛なる姉上へ――』


 ダイアギアスの筆跡。無駄に字が綺麗なのが腹立たしい。


『――こちら【パトス】と銘打たれた最高級のボン=デージ・スタイルです。肌触りを極限まで追求した職人技もさることながら、可能な限りの付与エンチャントが施してある逸品です。耐火耐熱に特化した最上級の温度調整をはじめ、極上のフィット感を生み出すサイズ調整、戦意高揚、矢避け、毒除け――』


「うわ……」


 ずらずらと続くエンチャントの羅列に、思わずドン引きするルビーフィア。こんな高級品、自分の武具コレクションにさえない。ドワーフ職人の作であることを考えると……いったい、どれほどの対価を積んだというのか……


 恐る恐る、床の革紐を拾い上げて、そこに秘められた魔力の感触を確かめながら、メッセージカードと見比べてしまう。


『そして、最後の仕上げとして、僕の持てる力のすべてを注ぎ、雷避けの加護も付与してあります。……もちろん、最大級の僕の愛も♡』


 ――手紙の最後には、キスマークがついていた。


 ビタァァンッと無言で、革紐とメッセージカードをまとめてテーブルに叩きつけるルビーフィア。


「…………う~~~ん」


 しかし、このボン=デージ・スタイルに施されたエンチャント――文頭に書かれていた『耐火耐熱に特化した温度調整』は、明らかに火を多用するルビーフィアの戦闘スタイルを考慮してのものだった。


 自らの魔力がこもった火なら平気だが、燃え広がった普通の火の余波で火傷しそうになったり、熱波でのぼせそうになったりすることはある。それを知っての耐火機能だろう。


 加えて、矢避けや毒除けの加護も普通にありがたい。おそらく文頭の耐火ほど上等なエンチャントではないだろうが、わずかな差が命運を分かつことはある。


 そして何より――雷除けのエンチャント。


 ルビーフィア派閥のダイアギアスが、自分たち一族の得意属性たる、雷を防ぐエンチャントつきで贈ってきたのは、この上ない忠誠心の証でもある。


「ぐぬぬ……!」


 悔しげな顔で唸るルビーフィア。


 この、とんでもなく卑猥な革紐は……無下にはできない。


 ああ、まったくもって、無下にはできない代物しろものだった。


「…………はぁ」


 しばらくテーブル上の革紐とにらめっこしていたルビーフィアだったが、やがて肩を落とし、短く溜息をついた。


 ……認めるしかない。これだけでは、とてもじゃないが出歩けない下着未満の革紐だが、裏を返せば、下着ほどにも邪魔にはならないため、鎧の下に魔法の防具として着込む価値があるものだった。


「しまっとくか……」


 嫌そうな顔で革紐をつまみ上げたルビーフィアは、クローゼットを開けて、ポイと放り込む。


 弟がウキウキで届けに来たプレゼントだったので、ある程度、事前に予想はついていたのだが……


「頭痛くなってきた」


 ダイアギアス=ギガムント。戦力としてはこの上なく頼りになる弟だが、大真面目に、ルビーフィアの貞操を狙い続けている点でまったく安心ならない配下だった。


 一応、ルビーフィアを派閥のボスとして敬ってはいるが、それでも、ストイックに己を鍛え続け、飽くなき向上心で自らの魔力を高め、ルビーフィアに追いつき、あわよくば追い抜こうとしている。


 ……その、魔力を高める方法がよりによって色事なのがまたアレなのだが……


 しかし奴は大真面目だ。本当に真面目にルビーフィアを追い抜かし、ルビーフィアをモノにしようと考えている。ついでに、魔王にもなろうとしている。魔王の座がついでなのだ。本当に意味がわからない。


「絶対に負けない……!!」


 あんなヤツに。


 ルビーフィアは魔王を目指している。なぜならば、自分が1番でなければ気が済まないからだ。


 そして魔王とは究極の武威の体現者であり、ルビーフィアが次期魔王を目指さない理由がなかった。


 今でも、単純な魔力では第1魔王子アイオギアスとほぼ拮抗し、戦場における殲滅力と突破力は(魔王を除いて)国で最強格という自負がある。


 が、こと魔法を絡めた槍勝負では、確実にアイオギアスを討ち取れる自信がない。


 まだ力が足りない……足りないのだ。次なる魔王となるには!!


「なのに、あんなヤツに追いつかれてたまるもんですか!!」


 自分に言い聞かせるように、ルビーフィア。


 タチが悪いことに、戦場で派手に戦果を挙げなければなかなか魔力が伸びなくなってきたルビーフィアとは対照的に、ダイアギアスは時と場所を選ばず、行為にさえ及べば、常に一定の魔力を育てられるのだった。


「早く戦場に出なきゃ……」


 この頃――ダイアギアスの成長ぶりが著しい。


 このまままかり間違って追いつかれたら……ヤバい!


 追われるものは苦しい、という言葉はあるが、こんな危機感を味わっている者が、自分の他にいようか!?


「あんな色情狂なんかに、絶対負けない!」


 改めて決意するルビーフィア。


 それはさておき……


「もうちょっとマトモなものを注文しないとダメね」


 クローゼットの扉を睨みながら、ひとりつぶやく。


 次の食事会は、おそらく魔王もアイオギアスもノリノリで仕立てたボン=デージ・スタイルで登場するだろう。あるいは他の弟妹たちも……


 自分だけ、旧態然としたドレス姿で参加するわけにはいかない!


 こんなことで、遅れを取るわけには……!


「よし」


 気持ちを切り替えて、ルビーフィアは私室を出ていった。



 ――ドワーフ工房、件のクセモーヌとかいう職人に、もうちょっとボン=デージ・スタイルを注文するために。

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