216.文化的会食
俺は憂鬱な気分で、次の食事会の日を迎えた。
いつも通り貴族服を身にまとい、宮殿に赴いた俺は――部屋に入るなり、雷に打たれたように固まる羽目になる。
「やあ、ジルバギアス」
ダイアギアスは相変わらずのボン=デージ・スタイルでキメていて――前回とは、さらに違うやつ――それは想定内だったが。
「はぐ、もぐ……ごくん。1週間ぶりね」
第5魔王子スピネズィアことフードファイターまで、これまでとは全く異なる装いだったのだ!
いや……脚なっが! 人族の20歳くらいの見た目をしているスピネズィアは、普段はふんわりしたドレスで覆い隠していた肉体を、今は惜しげもなく披露していた。
めちゃくちゃスレンダーで引き締まった体型だったんだな……赤みがかった紫色の髪にあわせた、しっとりとした質感の上品な革の服に身を包んでいる。ブーツと一体化したような革のパンツをはいているが、所々が網状の革紐で接続されており、ぴったりと肌に吸い付くようなデザインでありながら、どこか涼やかだ。胸部はベスト状の革服でキュッと締め上げられているが、逆にお腹は丸出し。人族の令嬢なら、この時点で赤面不可避だが、スピネズィアは平気な顔をしている。
いや、バクバクひとりだけ食ってる時点で羞恥心もクソもないんだが……あーん、と大口を開けてカツレツを口に放り込むスピネズィア。ん? いつもみたいな前菜じゃなくて、あれ
幸せそうに咀嚼してごくんっと飲み込めば、まるで蛇が卵を丸呑みしたように、首から腹部にかけてポコンッと膨らんだが、すぐに引っ込んだ。
「いやーこの服、お腹圧迫しないからめっちゃ楽ー。おかげで食が進んじゃって……おかわり!」
その声に、使用人が料理を満載したキッチンワゴンとともに駆けつけてくる。皿の山を片付けてもらいつつ、嬉々としてメインのカツレツをむしゃむしゃと頬張るフードファイター。
なんてこった……これまではドレスに腹部を圧迫されながら、あんだけ食ってたのかよ……
半ば茫然とする俺をよそに、腕組みしたダイアギアスが(ボン=デージ・スタイルはいいぞ……)と言わんばかりにウンウンとうなずいていた。
「ちーっす……うをっ!?」
続いて緑野郎が入ってきた。一瞬、俺に対して粘着質な目を向けてきたが――なんかコイツ、先週より微妙に存在の厚みが増してねえか――すぐにスピネズィアに注目して、ぎょっとしたように仰け反った。
「あら、兄上もフツーの服なんだ」
もぐもぐしながらスピネズィア。その目は、俺と緑野郎を見比べている。
「…………」
俺と緑野郎は、顔を見合わせて、すぐに逸らした。俺もコイツも普段どおりの貴族服だ……
「やあ諸君!」
それから間もなくして、バァンッと扉が開きアイオギアスが入ってきた。
「うをっ!?」
……緑野郎の反応で、振り返るまでもなく
「兄上も注文されたんですね。お似合いですよ」
ダイアギアスが満足気にしている。コイツが男にそんなことを言うとは……!
振り返ると――
「フフフ……だろう?」
ドヤ顔でスタイリッシュなポーズをキメるアイオギアスの姿が――!
『ほほぅ! これはまた強烈じゃのぉ!』
アンテが思わず叫ぶ。
クール系の顔に似合わず筋骨隆々なアイオギアスは、その自慢の肉体をこれでもかと曝け出していた。下半身はダイアギアスと同様に皮のズボンスタイルだが、上半身は半裸で、首元や腰回りをフサフサの青い毛皮で固めている。
なんと言っても印象的なのは、左肩につけられた狼の魔物の頭部。まるで肩鎧みたいな形で、ドンッ! と剥製が取り付けられていた。個人的な感想は、『コートの袖をどこかに置き忘れた、狩猟好きの富豪』って感じだ……
「
席につきながら自慢気に髪をかきあげるアイオギアス。ダイアギアスは「大物ですね……」と感じ入っているし、フードファイターまで食べる手を一旦止め、しげしげと観察し感心していた。
「…………」
緑野郎と目が合った。ある意味「すげえな……」って顔をしていたが、明らかに、ニュアンスが俺のそれと一緒だった。感心って言うより引いていた。クソッ、よりによってコイツと意見が一致するとは……! あの肩の狼頭、絶対邪魔だろ……!!
と、再びバタンと扉が開く。
「姉上ッ!」
血相を変えてガタッと立ち上がるダイアギアスに、俺は振り返るまでもなく、悟ってしまった。ルビーフィアも、また……
『おほーっ!!』
奇声を発するアンテ。
そこには、「ふふん……」と不敵な笑みを浮かべるルビーフィアの姿があった。真っ赤な、てらてらとした光沢のある革のドレスに身を包んでいる。もちろんドレスといっても、肌の露出はかなりのもので、グラマラスな体つきがこれ以上なく強調されていた。特に脇腹から背中にかけてがエグい!
「姉上……僕が贈ったボン=デージ・スタイルは……!?」
「あんなもん着て出歩けるわけがないでしょーが!」
ガーッと怒鳴るルビーフィアに、どんなもんが贈られたのか、一瞬で察する周囲。「その姿もお似合いですけれど……ッ」とガクゥと膝から崩れ落ちるダイアギアスだったが、ふと顔を上げて、神速で紫電をまといながらルビーフィアににじり寄った。
「この魔力の芳香……僕のエンチャントを感じる! 姉上ッ! もしかして、下に着てくださって――」
「あーもう、うるさいうるさい!!」
鼻息も荒く迫るダイアギアスの頭を押しのけ――というかほとんど掌底を叩き込む形、ダイアギアスが「ほぬゥ」と妙な声を上げて吹っ飛ばされた――ルビーフィアは肩に載せていたトパーズィアを席に下ろす。
眠り姫こと第6魔王子トパーズィアは……なんだ……なんか、繭みたいな状態になっていた。黒い光沢のあるフワッフワな毛皮に覆われている。
が、ルビーフィアが席に座らせると、それらがするりと解けていった。なんというか、『妖精さん』といった風情の可愛らしい、けれどどこか妖艶な革と毛皮のドレスを身にまとっている。相変わらず、スヤスヤと安眠しているようだ――繭形態は眠りの質をさらに高める効果でもあるのだろうか。
「ふむ……揃っているようだな」
と、背後から魔王の声。
「うをっ……!?」
仰け反る緑。魔王、お前もか……!!!
振り返るまでもなく、肩で風を切って歩き、魔王が横切っていく……
「うおおっ……!」
思わず声が出た。なんと……なんとド派手な!!
魔王ゴルドギアスは、金色の毛皮を翻していた。アイオギアスやダイアギアスが長ズボンスタイルで下半身を固めているのに対し、なんと、ほとんど局部を隠しただけの姿で――しかも股間部分には、獅子の魔物の頭部剥製と思しき飾りが……! 上半身は、ベルトや革紐が筋肉を引き立てるように締め付けている他は、ほとんど露出している。
つまり、限りなく全裸に近い半裸で、マントだけ羽織っているような姿だった。
その露出を補って余りある(?)、巨大な毛皮のマント! 金色に輝く獅子の毛皮を、そのまま贅沢に使った逸品と見える……!!
「
アイオギアスが目を丸くしていた。
「フフ……若かりし頃に仕留めた思い出の品だが、死蔵していても仕方ないのでな」
いつもならさっさと席につく魔王だが、今日はマントを翻してドヤり、ポーズまでキメ始める始末。
「しかも、フフフ、これだけではないぞ。刮目せよ!」
そしていきなり、バサッとマントを羽織り直したかと思えば――
金色に輝いていたマントが……今度は、闇を染め抜いたような黒一色に!!
「
めちゃくちゃドヤる魔王。
「おおっ……」
感じ入る周囲。よく見たらいつの間にか、股間の獅子の頭の飾りが、凶悪な魔狼のそれに変わっている……! 変化のエンチャントか!? なんて無駄に高度な!
「士気高揚、そしてわずかばかりだが慰撫の魔法も込められておってな……おかげで疲労も吹き飛び、政務が捗るようになったわ……!」
そう自慢気に語る魔王は、いつもよりさらに覇気が増して見えたが……なんだろうな、魔法具の力まで借りて頑張らなきゃ仕事が捌けないと考えると、悲哀が……。
「クッ……負けた!!」
何やら、アイオギアスが敗北感に打ちのめされている。
「さすがは父上、まさに魔王の名に恥じぬ威風堂々たるお姿……ッ!」
「いいなぁ……僕も狩りに行きたいけどなぁ、時間がなぁ……」
ダイアギアスも悩ましげな様子だった。女たちと乳繰り合ってほぼ1日が潰れてるらしいからなコイツ……
「父上……素敵……」
ルビーフィアはうっとりしているし、フードファイターも食べながらめっちゃ感銘を受けた様子だ。
「…………」
……緑と目があった。なんだ? 俺たちがおかしいのか? 俺たちの価値観がズレているだけなのか……?
「ふむ……しかし、ジルバギアスとエメルギアスは、代わり映えしない姿だな」
そんな俺たちに目を向けて、ちょっとガッカリした様子の魔王。
「お前たちのボン=デージ・スタイルも楽しみにしていたのだが……それにしても、アイオギアス。お前の肩の剥製は見事なものだな!」
「ありがとうございます、父上。……しかし父上のそれには負けます、股間につけるのは盲点でした……!」
「フフフ……いや、我も最初はお前のように肩にしようかと思ったのだが――」
毛皮談義に花を咲かせ始める魔王とアイオギアス。ダイアギアスが、「なんでキミは普通の格好のままなんだい?」と、心底不思議そうな顔で俺を見てくる。
何……俺が、俺が異常なの……?
『そりゃそうじゃろ。あっちの方が断然イカしとるわ』
そうかな……? そうかも……
魔神の言葉に、俺の価値観が揺らぎ始めたところで。
「意外とふたりとも、気が合うんじゃない?」
ごくんと料理を飲み込み、また一皿片付けたスピネズィアが、不意に俺と緑野郎を交互に見ながら言ってきた。
「…………!」
俺と緑野郎の頬がひきつる。
誰が……
誰が、コイツなんか……!!!
互いに睨み合い、フンと視線を逸らす。
俺は決意した。後日、自分用の……それなりに無難なボン=デージ・スタイルを、クセモーヌに注文すると……! 他はともかく、
緑野郎も、頭痛をこらえるように額を押さえていたが、アレは青筋が浮かんだのを隠していたのかもしれない……
そんなわけで。
今日の食事会……いや……ボン=デージ・スタイル同好会は、俺と緑(と眠り姫)以外は大いに盛り上がって終わった。
もともと憂鬱だったのに、さらにドッと疲れちまったぜ……
†††
宮殿を辞して、自室に戻る。
「おかえりなさいませ……お加減が優れませんか?」
出迎えたソフィアが、俺の顔を見て首をかしげる。
「いや、大丈夫だ。ちょっと……真新しいメニューでびっくりしただけだ」
俺は何気なく答える。
体調に問題はない。体調には……
「では、予定通り」
「ああ」
俺はいそいそと着替え始めた。
――戦装束に。
「はい、あなた」
「ありがとう」
レイラが手伝ってくれる。愛おしむように、ファラヴギの鎧を着せてくれて……
手甲や脛当てもつけ、兜を被り、俺はフル武装の姿となった。
「レイラ、準備は?」
「大丈夫です」
服の下の【キズーナ】を撫でるように、胸元に手をやりながらうなずくレイラ。
「殿下、こちらを」
ヴィーネが鞄を手渡してくる。ずっしりと重い。ジャラッと金貨の音もした。
そのまま、飛竜発着場へ向かう。
レイラがメイド服を脱ぎ去り――真っ白な肌と、それを引き絞る【キズーナ】が目に眩しい――その姿を揺らめかせて、すらりとしたホワイトドラゴンに戻った。
「それでは、お気をつけて」
「ああ。明日には戻る」
ソフィアをはじめ、部下たちに見送られながら――
俺はレイラにまたがり、空へと飛び立った。
天候には問題なし。穏やかな飛行になりそうだ……
……どこへ行くのかって?
レイジュ領だよ。
予定通りならば、そろそろ向こうに到着する頃合いなんだ。
――アルバーたちの遺体を載せた馬車が。
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