451.絶対殲滅剣


 眩い光が収まれば。


 その剣は、あまりに簡素であるように見えた。


 装飾らしい装飾もなく、つばもなく。


 ただ、すらりとした銀の刃があるのみ。


 本当にただ、それだけ。


 そして――その飾り気のなさと、吐き気を催させるほどのとてつもない存在感が、あまりに歪だった。



 刃の周囲の空間がねじれている。



 ぎりぎりと世界が軋む音がする。



 ――物の理が、悲鳴を上げている。



 にもかかわらず、伝説の剣を手にした英雄は、それに負けず劣らずの威圧感を放っていた。


 まるで、嵐に荒ぶる水面みなものようだ。魔力の圧が、とめどなく、波動として押し寄せてくる。


 ――俺は、空恐ろしくなった。


 この魔王子おれに、大公級の魔族に、追いつきやがった。人族が、人の身のままで、一足飛びに!


 波のように不安定なアーサーの魔力は、それが一時的なモノに過ぎないことを如実に物語っている。だが、たとえそうであっても、魔力が急に一回りも二回りも膨れ上がるだなんて、悪魔の力を借りない限り本来はあり得ない。


 これほどまでの力を得るなんて。


 アーサーはいったい……何を犠牲にしているのだ?


 そう考えると、ぞっとした。


 ――止めなければ。


 俺なんかのために、使っていい力じゃない!!


「惰弱な人族が、小癪なァ!」


 魔族らしく傲岸に笑い飛ばしながら、俺は剣槍を振り上げて斬りかかった。どたまブン殴って気絶させるしかねえ!



 ――ゆらり、と。



 アーサーが俺を迎え撃つ。


 剣を振り上げる動きは、俺の目には、やけに緩慢に映った。まるではるか頭上を雲が流れていくみたいに――


 しかし、違う! これは!


 とてつもなく巨大な物体が、ゆったりと動いているように見えて、その実凄まじい速度を出しているのと同じ! 相手の存在が巨大過ぎるがゆえの錯覚だ!!


 大気が鳴動する。


 巨大湖アウリトスを背負うような一撃が――



 来る。



 銀色の刃が視界に大写しになった。


「ッッ!」


 こちらから斬りかかったはずなのに、いや、俺が前に進み出たからこそ、その一撃を受ける羽目になった。


 剣槍を掲げる。衝撃、轟音。俺の両足が大地にめり込む。アダマスと遺骨を握りしめる両腕が、バラバラに砕け散ってしまいそうだった。


 なん――て重さだ! まるで数百人分の斬撃を一度に受け止めたみたいに!!


 きっと仮面の下で、俺の顔は驚愕と苦痛に彩られていたに違いない。


「くゥ……ッ!」


 だが、アーサーも俺と同じくらい、苦しげに顔を歪めていた。わざわざ敵に弱みを見せるようなものだ。本来なら涼しい顔か、せめて無表情を維持するはずなのに――それすらできないほどアーサーにも負荷がかかっている。


 俺が敵なら喜ぶところだが……ッ!


「――おおおおオォッッ!」


 自らを奮い立てるように咆哮したアーサーが、再び剣を振りかぶる。


 怒涛の連撃が、俺に叩き込まれた。


 大瀑布、まさにその言葉を連想する。滝のような暴力の嵐!


 全部、真正面から受けるのはキツすぎる! 畜生ッなんて力だ、凄い、凄すぎる、けど……!! 適度にかわし、受け流しながらアーサーの隙を窺う。どうにかして頭に一撃、それで離脱したい……!


 歯を食い縛って剣を振るうアーサーが、信じられないものを見るような目を俺に向けてきたのが、やけに印象的だった。


 ああ、俺が並の魔族だったら、とっくの昔にくたばってただろうよ! 単純な腕力では押し負けてすらいるのに、俺が持ち堪えられているのは、アーサーの剣技があくまで『勇者』止まりだからだ。


 魔王城やエヴァロティ自治区で、暇さえあれば剣聖ヴィロッサと斬り合っていた経験が活きている。かろうじて、アーサーの剣圧にもついていける……!


 が。


「勇者殿に続けェ!」

「奴を討ち取るんだッ!」

「キエェェェェェエイッッ!!!」


 その上、さらに横槍まで入れられたら話は別だ! アーサーに勇気づけられた近衛騎士の剣聖たちが、



 異次元の踏み込み、



 神速の剣が俺の首を刈り取らんと迫る! クソッ転置呪があるからって、ご丁寧に一撃必殺狙い――!!


『【剣技を禁忌とす――!!】』


 アンテが叫ぶ。剣聖たちの動きがガクンと鈍る。


「【大いなる加護メガリ・プロスタシア!!】」


 だがアーサーが即座に呪いを吹き散らした。まあそうなるよなァ今のお前なら余裕だよなァ!


「死ね――ェ!!」


 アーサーが、俺の胴を叩くように、横薙ぎの一撃をブチ込んでくる。真の聖剣が俺の防護の呪文を粉々に叩き割った。そこに畳み掛けるような剣聖たちの斬撃、初撃はアダマスで受け流し、残りはどうにか防護の呪文を展開し直して防ぐ。


 だがちょっと間に合わなかった、首をかすっていく刃、皮と肉が裂けたぞ! つっと首筋を血が伝っていく感触――あと指一本分でも踏み込まれていたら動脈がやられていた……!!


「【湧き立て!!】」


 間髪入れずにアーサーの水魔法、蛇のように防護の呪文をすり抜けた水が、俺にまとわりつき――おい馬鹿やめろ――


「【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ この手に来たれスト・ヒェリ・モ!】」


 銀色の輝きが吹き込まれた。ジュワッボコボコボコッと不気味な音を立てて、俺にまとわりつく水が沸騰する――


「があああっぁぁぁッッッ!!」


 クソがァァァ痛えええんだよォォォッッ!!!


「効いてるぞ!!」


 見りゃわかるだろ!!!!! いちいち喝采すんな!!!


「【神雷ケラヴノス!】」


 しかもそこへ稲妻まで飛んできやがった。見れば、据わった目のレキサー司教が、包丁を研ぐみたいに双聖剣をギャリギャリさせながらこちらに突っ込んでくる。蹴りでアバラ粉砕したと思ったんだけどなぁ、もう復活したのか!? タフすぎる!


「畳み掛けろ――ッッ!!」


 アーサーの呼びかけに、周囲の近衛騎士が、ヴァンパイアハンターが、勇者が、雄叫びを上げて応える。


 一方で俺は全身火傷、首には切り傷、流石にこのまま戦えってのは無理だ!


「舐めるなァッッ!!」


 アーサーの剣をいなし、鋭いカウンターを叩き込む。チッ、とアーサーの右目の下あたりをかすめるアダマス、美男子の顔に傷がついちまったなァ! 目が潰されかけて思わず怯むアーサー、その隙に闇の魔力を一気に練り上げる。


 剣聖があまりに厄介だ、悪く思うなよ――



「【転置メ・タ・フェスィ】」



 俺に斬りかからんとする剣聖を、呪詛で絡め取る。



「【絶対防衛圏アーヴァロン!】」



 ――天から、光が降り注いだ。



 闇の魔力に呑み込まれかけていた剣聖の前に、光り輝く盾が立ちはだかり――呪詛を打ち払う。


「…………」


 絶句した。


「……不便だな。身代わりが必要な治癒というやつは」


 獰猛な笑みを浮かべるアーサー。


 治癒の奇跡で、自らの傷を癒やしながら――


 ……やられた。即応性がある【絶対防衛圏アーヴァロン】なら、俺が選んだ対象にピンポイントで強力な魔法耐性を付与できる……!


 そして、転置呪は必ず対象を必要とするが――


 それは常に単体で、


 アーサーは流石にそこまで知らないだろうが、結果的に、完璧に転置呪への対応ができている!


「傷を押し付けられる前に一撃で殺せばいい」なんて脳筋なことを言いながら、その実、転置呪対策も思いついていやがったな……!?


 戦慄と感嘆が、同時に襲いかかってくる……!


『流石にこれはマズい』


 アンテが、かつてなく逼迫した声で言った。


も想定して動くべきじゃ』


 ……ああ、そうだな。



 これはもう、



 手加減だなんて、



 言ってられねえわ。



「【我が名はジルバギアス】」



 ほんとにすげえよ。人類にはこんな英雄がいたんだ。



「【最強の魔王に至らんとする――】」



 もしも強襲作戦のとき、アーサーがいてくれたら。



「【――魔族の、絶望の担い手なり】」



 あの刃は、魔王にも届いたのかなぁ?



 ……俺はなるぜ。



 魔族に絶望をもたらす者に。



 だが、その前に、いやそうするために。



 ――俺は、人類に絶望をもたらさねばならない。



「【我が糧となるがいい】」



 アーサーの力の源は、【絶対防衛圏アーヴァロン】によって束ねられた、人類の敵を討たんとする意志そのもの。



 ならば。その根幹を断つ。



 人族の力の源を。すなわち――



「【団結を禁忌とす】」



 俺の呪いに、世界が、ひび割れた。

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