452.武勇の代償
「【団結を禁忌とす】」
俺が――大公級魔族が解き放った禁忌の大魔神の呪詛は、容赦なく人々の団結に楔を打ち込んだ。
「なっ――」
「護りが……!」
「力が、抜けて……!」
動揺が、どよめきとともに広がった。
……ああ。
俺を取り囲む軍勢を、強固に覆っていた魔力の防壁が。
まるで突き崩された積み木のように、あっという間にガタガタになっていく。
いくら聖銀呪による加護や魔除けのまじないがあっても、それらを束ねることで、効果を何倍にも底上げするのが人族だ。
その、『底上げ』が。
結束が失われてしまえば、悲しくなるほどに脆い。
もはやアーサーでも庇いきれないほどに。俺が闇の魔力を練り上げて、スッと剣聖を睨むと――
「【
アーサーがすかさず、剣聖を包み込むようにして防壁を展開し、転置呪を妨害してきた。
――引っかかったな、ブラフだよ。俺は練り上げた魔力を転置呪には使わず、剣槍の先に集中させる。
「【絶望せよ】」
呪詛撃。どす黒い闇をまとったアダマスを、割と本気で、剣聖ではなくアーサーにブチ込む。大振りな、だからこそ全身の力が乗りに乗った、英雄を頭から叩き潰すような一撃を……!
「……ッッ!」
銀の聖剣でそれを受け止めたアーサーが、その重さに顔を引きつらせた。聖銀呪の塊みてえな魔力の剣に、呪詛そのものは一瞬で相殺されたが、物理的な威力までは殺しきれないようだな……!
そしてどうやら【
団結を禁忌とされた今、明らかにその効果も弱体化している。
さっきみたいに、力負けはしなくなった! ……まあ今のは、全身が焼けただれたまま回復より攻撃を優先してきた俺に、意表を突かれたこともあるんだろうが。
「【腕萎えよ】」
俺が爆発的に闇の呪詛を撒き散らすと、周囲の近衛騎士たちが面白いように体勢を崩した。
――【
この場の人族の頭数を減らすことが、アーサーの弱体化にもつながる。
俺はパッと身を翻して、隊列を乱した近衛騎士たちにも刃を突きこんでいく。豪快に薙ぎ払う。斬り捨てる。帝国の精鋭たちが、為す術もなく血の海に沈んでいく。
「ハッハッハッハッハ! 脆い脆い脆い!!」
剣聖の散発的な斬撃を弾き、ヴァンパイアハンターたちの魔法を防ぎ、近衛騎士を次々に討ち取りながら、俺は哄笑した。
さっき、光刃教徒どもで呪詛撃を練習しておいてよかった。魔法抵抗が弱体化した近衛騎士たちは、腕萎えの呪詛を受けて動きも鈍く、鎧の隙間を狙えば殺すに容易い相手と化していた。
アーサーも必死で、俺と相対した騎士に都度【
……というか、今気づいたけどさ。
この呪詛撃って、ただの闇の魔力じゃなく『呪い』を刃先に込めている点が、今までの魔力の一点集中と異なるわけだ。
今は【絶望せよ】という呪詛にしてるけど――
「【――
近衛騎士を、剣槍でド突く。魔力の一点集中により、あり得ないほど強度を高められた転置呪が、【
――俺の全身から、痛みがスッと消え去る。
「がぎゃっぷっァ!」
聖銀呪による火傷と首の切り傷を押し付けられた上、闇の魔力を過剰に流し込まれた近衛騎士が弾け飛んで即死した。
…………強大な魔法抵抗を誇る相手にも、転置呪を通せるかもしれない方法、見つけちゃった。人族相手では
「化け物め……!」
思わずと言った様子で毒づきながら、アーサーが魔法による支援に見切りをつけて再び斬りかかってくる。
おうよ。こちとら赤子の頃から【あなたは魔王になる】と散々言い聞かされ、2歳からは勉強しろと
体が傷つきゃ痛いは痛い、でも、それだけ。
俺は即死しない限り動き続けるぞ……!
そういう風に、できている。
この、ジルバギアスという魔王子は!
『その気質に転置呪が組み合わさる、と。敵からすれば悪夢じゃのぅ』
くふふ、とアンテは笑う。
『
嫌というほど鍛えられたからなァ……!
『しかし、とうとう禁忌の魔法を明かしてしまったのぅ』
ねっとりとした口調で、アンテ。
『こやつらを口封じせねばならん。残念、誠に残念なことじゃ……!』
白々しいにもほどがあるぜアンテさんよ。せめてもうちょっと残念そうに言えよ。ゴキゲンなところ悪いが、俺には考えがある――
――眼前、振り下ろされるアーサーの聖剣を見据える。
剣槍を横から叩きつけるようにして、剣閃を逸らす!
「なかなかやるな、勇者よ」
俺はするりと間合いを取りながら、いかにも悪者らしく笑ってみせた。
「この俺に『禁呪』まで使わせるとは……!」
「禁呪、だと……!?」
なんだそれは、とばかりに歯を食い縛るアーサー。
「ククク……人族の強みを封じた、この魔法よ」
つまり、禁忌の呪詛です。それ以上は説明せずに、俺はただ意味深で不敵な笑みを深めるに留めた。
魔族は、悪魔の権能だの血統魔法だの、とにかく手札が多い。しかも聖教会ですらその詳しい情報を持っていない。
だから、俺が今使った魔法が
『それはお主が言うように、聖教会が魔族の内情に詳しくないからじゃろ。いくら禁呪だの何だのと言い張ろうと、お主が斯様な魔法を使ったことが魔王国に伝われば、悪魔や魔族どもには、我との契約が露見しかねんぞ?』
ああ、戦場の仔細な情報が伝われば、そうかもな。
――だがそれを伝える夜エルフが、いったいどこにいる?
『…………』
諜報網はズタボロだ。これまで散々狩り回った工作員どもも言ってただろ、もはや国境を無事に突破できるかどうかすらわからない、と。
俺がこの地で暴れ回ったという情報くらいは、ひょっとすると、生き残りの工作員がどうにか持ち帰れるかもしれない。でもこれまでのように、詳細まで調べ上げるのはもう無理だよ。それをなす人手が物理的に存在しないんだから。
『……うぬぅ』
精力的に夜エルフ狩りに励んだ甲斐があるってもんだ。特にこのアウリトス湖一帯で、念入りになァ……! まあ、あんまり使いすぎると噂になりかねないから、なるべく禁忌の魔法は自重するけど!
「【
「ハハハッ、そうはさせんぞ!」
禁忌の呪詛を浄化すべく、聖魔法を使おうとするアーサーに肉薄、アダマスを振り抜く。
まともに受けたらマズいことは、アーサーも本能的に察しているのだろう。必死で防御する構えを見せている。
……いや、ただの防御じゃねえな!?
「【来たれ、
頭上に展開されていた光のドームが、一気にアーサーの左腕に収束。俺も見慣れた小ぶりな銀色の盾となった。
そして俺の渾身の一撃を、しっかりと受け止めてみせる……! 流石は伝説の武具だ、俺の呪詛でもビクともしねえ! 禁忌の魔法で団結が挫かれ、しかも俺が頭数を削りにかかったのを察して、武具としての運用に切り替えたか!
アーサーの右手には、相変わらず【
「うォォッ!」
俺は急制動をかけて、どうにかアーサーのカウンターを回避した。俺の防護の呪文をごっそり削り取りながら、眼前をかすめていく真の聖剣。一撃が当たればやべえのはお互い様ってか! しかし両手に伝説の武具を握りしめた伝説級の英雄は、流石にちょっとズルくねえか?
『お主の方がよほどズルじゃろ』
……何も言い返せねえ。
「…………」
じり、じりと間合いを測るアーサー。盾を構えた勇者は手強い、それが歴戦の猛者で、しかも盾の質が高ければなおのこと。
だが、裏を返せば! 俺をこの地に封じ込めていた結界も消え去った。
魔族としては軟弱だが、ぼちぼちズラからせてもらうぜ! 皇帝の首を獲れてないのが気がかりだが、そんなこと言ってられなくなった。それに、あんまりチンタラしていたら、レイラがしびれを切らして介入しかねない!
問題は、この場で俺が尻尾巻いて逃げ出しても、アーサーたちは地の果てまで追いかけてきそうな点だ。……どのみち、一旦戦闘不能にするしかねえか!
「【絶望、せよ!!】」
俺は全力を振り絞り、呪詛撃をアーサーにブチ込む。殺す気の一撃だ、それくらいしてもアーサーは普通にいなしてくるという信頼があるから!!
「ぐ……ぅぉおお!!」
呪詛は逸らしながらも、単純な俺の腕力に苦しげな声を漏らすアーサー、もちろんすかさず反撃が飛んでくる。
ガガガガァンッと連続する金属音、俺とアーサーの怒涛の削り合い。剣と刃が激突し、銀と漆黒の魔力が互いに互いを呑み込まんと渦を巻く。剣聖たちは俺の呪詛に気圧されて、ちょっかいをかけることさえできなくなっていた。
「うおおおおおッッ!」
「はああァァァッッ!」
アダマスとエクスカリバーがぶつかり合い、眩い火花が散る。お互い、退かない。押し通すとばかりに前へ! 鍔迫り合いの形になって――
「……何?」
俺は、違和感に気づいた。
ここまで肉薄して、気づいた。アーサー。お前……
俺の眼前にいるのは、アウリトス湖の勇者王の子孫。
二十代半ばの、若き英雄――のはずだった。
「お前……!!」
だが今は、三十代後半といった面持ちに、なっていた。
険しい表情と、眉間に深く刻まれたシワのせいで、気づくのが遅れたが。
明らかに、アーサーは。
老けて、いた。
刻一刻と。
今、この瞬間にも、凄まじい勢いで。
――その手の銀の聖剣が、ぬらりと不気味な光を放った。
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