453.聖なる呪い
――物心がついたときには、もう木剣を振り回していた。
『いいか、剣はこうやって振るんだぞ』
『わかった! たあーっ!』
『おおっ! 上手だ、すごいぞ! 才能の塊だな!』
幼い自分とのチャンバラごっこに、いつも付き合ってくれたのは若い叔父。
今思えば、あれも訓練の一環だった。遊びの中で剣の基礎を教えてくれたのだ。
戦場や討伐に駆り出されて、留守にしがちだった父や祖父に代わって、面倒を見てくれた叔父は父親であり、兄のような存在だった。
『ぼくもおっきくなったら、おじうえみたいにかっこいい勇者になりたい!』
『はははっ、そう言ってくれると嬉しいな!』
『なれるかな、おじうえ?』
父と祖父も大好きだったけど、強くて、かっこよくて、優しい叔父もまた、憧れの人だった。
自分も彼のようになりたい――常にそう思っていた。
『もちろん、なれるともさ! 心配はいらないぞ』
叔父は微笑んで、わしゃわしゃと頭を撫でてくれた――
『【お前は立派な勇者になるんだ、アーサー】』
†††
――自分は、普通の人と違った。
自覚したのは、いつ頃だろう。同じ年頃の子と比べて、明らかに成長が早かった。どれだけ暴れ回ってもほとんど疲れなかった。力は強く、物覚えもよかった。
左目に、銀色の光を宿して生まれた。
【
自分は勇者になる。それは当たり前で、自然なことだった。
圧倒的な力を、【聖属性】の真髄のひとつを、先祖から継承したからには――人類のため貢献しなければならない。
勇者としての生を、全うしなければならない。
『【僕は、立派な勇者になるんだ】』
……そこに疑念が挟まる余地はなかった。
努力した。鍛えに鍛えた。疲れにくい体質と強い魔力は、訓練においてもその真価を十全に発揮した。憧れの父や叔父からも剣で一本取れるようになった。癒やしの術を身に着けた。様々な魔法や呪文も習得した。
成人の儀を終えて少ししてから、魔王城強襲作戦の話を聞いた。自分も、あと数年早く生まれていれば参加できたかもしれないのに、と思うと悔しくてならなかった。と同時に、故郷から遠く離れた魔王城で散っていった勇士たちに、敬意を払わずにはいられなかった。
彼らの犠牲を無駄にしないためにも――自分も、いつか、魔王を――!
体が育って精通を迎えれば、即座に嫁を取らされた。……何十人も。友人知人からは羨ましがられたが、正直、けっこう大変だった。自分に選ばれなくて、泣き崩れた候補の
嫁の多くが懐妊してからは、とうとう実戦に投入された。父や叔父、ヒルバーン家の勇者たちと、戦場を渡り歩いた。初めて闇の輩を斬り殺した初陣。怖くなんてないと自分に言い聞かせた。夜の闇を打ち払うのは、他でもない自分なのだと。幾多の城を守り、魔王軍を追い返し――
とてつもない強さの上位魔族と遭遇したときのみ、真の切り札を使った。
【
だが――今。
眼前に立ちはだかる、この魔族は。
第7魔王子ジルバギアスは、今まで自分が戦ったどの魔族よりも、強い。
(――足りない)
今の力では。ジルバギアスを、打ち倒すには足りない!
「【この身は――無辜の人々の剣】」
ご先祖様。
どうか力を、お貸しください。
「【ヒルバーン家の勇者、ここにあり!!】」
さらに引き出す、右手の聖剣から、討滅の力を。
「――おおおおおおおオォォォッッッ!!」
世界がひれ伏していく全能感。自分という存在が、その格が、膨れ上がっていく。エクスカリバーから流れ込んでくる、圧倒的な『力』――
だが同時に、体の芯が冷たくなっていくような、薄ら寒い感覚も覚えた。
「馬鹿な……やめろ!!」
魔王子が、怯えたような声を上げる。
「死ぬ……死んでしまうぞ!」
……
「ぐっ――気づいていないのか!? お前は、
エクスカリバーの一撃をどうにか逸らしながら、苦しげに漏らす魔王子。
思わず笑ってしまった。自覚? あるに決まっている。
――恐ろしい勢いで肉体が老化していることくらいは。
「そんなの、覚悟の上だ……!」
ますます輝きを強めるエクスカリバーを振るいながら、なんでもないことのようにアーサーは言い切った。
父祖の力を引き出し己を強化する、という点では【聖遺眼】にも似たような効果があり、常人の何倍もの体力を獲得できるが、老けまではしない。
単にエクスカリバーは、恩恵も反動も桁違いなのだ。何百人もの英雄の力を一度に身に宿すなんて、無茶以外の何物でもない。定命の者の肉体は耐えきれずに、使えば使うだけ、劣化していく。
これまで、何度もエクスカリバーを抜いてきた。大抵の敵は、ひと振りで殺せた。多くても2、3回しか打ち合わなかった。
1度につき、せいぜい数秒か、十秒くらいしか使わなかった。
――だから、肉体年齢は20代半ばくらいで済んでいた。
しかしジルバギアスは、恐ろしく強い。ひと振りで仕留めるどころか、こちらの首を獲られかねない。高級装備で身を固めた騎士や、レキサー司教をはじめとする聖教会の同志たち、果ては剣聖の援護まで受けた自分と、対等以上に打ち合ってくる!
化け物だ。真の化け物だ。
――ここで仕留めるしかない。
この身を、この命を、犠牲にしてでも!
「お前は! 人類の英雄だろう!!」
何やら焦った様子で、ジルバギアス。
「こんなチンケな戦場で死ぬべきではない! お前は、もっと栄えある戦場で戦い、死ぬべきだ!」
「戦場にチンケもクソもあるか!」
エクスカリバーを振り抜きながら、思わずそんな言葉が口をついて出た。
「何にせよ殺し合いだ! 僕はお前を倒す! 名誉も栄光もいらない、【人類の敵を滅ぼすことこそが我が使命!】」
「俺は第7魔王子だぞ! 俺より格上の兄姉もいる、大公級の魔族だっている、父上に至っては俺よりも遥かに強い! お前がここで倒れたら、誰が魔王国と戦うというのだ!? お前以上の英雄がどこにいる!?」
「ありがたいことだな、そこまで僕を気遣ってくれるなんて」
歯を剥き出しにして、アーサーは笑いかけた。顔のシワを深めながら――
「だったらさっさと死んでくれよ――!」
これ以上、僕が老ける前に。
ぐっと言葉に詰まり、仮面の口元で唇を引き結ぶ魔王子。支離滅裂なことを口走りやがって、どうせ大人しく死んではくれないんだろう? 笑止。
「お前は――こんなところで死ぬべきではない!」
「めでたいやつだな、いつまで上から目線なんだ!」
目にも留まらぬ連撃を叩き込むアーサーは、事実、魔王子を圧していた。父祖の力を引き出すことに、躊躇いを捨てたからだ。
「たとえ僕が、ここで果てたとしても――」
殺すべき魔族が、人類の敵が、まだ数多く残されていたとしても。
「僕の子孫が、次なる【アーサー】となって、お前たちを殺すだろう!」
何代かけてでも仕留めるのみ。
「【だから――僕は死を、恐れない!!】」
たとえ
それが、【アーサー】としてあるべき姿なのだ……!
「う――おおおおおおォォォッッ!」
ジルバギアスと斬り合いながら、徐々に、時間が加速していく感覚に襲われた。
これまでの人生が、色鮮やかに、蘇ってくる。誕生を祝われ、叔父と遊んで、魔法を学び、訓練に打ち込んで、訓練に明け暮れて、初陣を迎えて、魔王軍と戦って、魔王軍と戦って、戦って、戦って――
……ああ。楽しかったな。今回の休暇は。
これまで、休暇なんて数えるほどしかなかった。それも家族と一緒に過ごすのが大半で、移動中は船守人として勇者業をやっていて。
自分だけの時間なんて――ほとんどなかったかもしれない。
セーバイの街では、初めて裏町に潜入してみた。清廉潔白な勇者は間違いなく寄り付かないような闇賭博場。『調査のためだから』と言い訳して、興味本位で賭け事もやってみた。
あれは楽しかった。どうせなら普段遣いの聖剣も賭けてみればよかった。昼間から呑んだくれて、賭け事に興じて、ああいう風に暮らしている人たちもいるんだと、その空気感を肌で知った――
……もしも、ヒルバーン家に、【アーサー】として生まれなかったら――
どういう人生を送っていたんだろう。もしもパン屋の息子だったら? 職人の家の後継ぎだったら? 漁師だったら?
少なくとも、上位魔族と相対して、命を燃やして戦うなんてことは、絶対になかっただろう……
普通の暮らしなんて想像もつかない。勇者としての生き方しか、知らないのだ。
――勇者としての、死に方しか。
(僕は、普通じゃない)
たまに家族と喧嘩したり、賭け事で一喜一憂したり、のんびり旅行したり、漁で汗を流したり。
――そんな『普通』は、僕の人生じゃない。
他の、『普通の人たち』のもの。
自分は、彼らを守る立場にあるのだ。
【アーサー】として生を受けた。それが全て。
……悔いはない。子どもたちも育っている。ここで魔王子を討ち果たして、それで終わりになっても。自分は立派に使命を果たしたと胸を張れる。
ここで怖気づいたり、ためらったりだなんて、そんな勇者としてみっともない真似は――できない。
ご先祖様たちが、歴代の【アーサー】たちが、この剣を通して自分を見守っているのだから。
ヒルバーン家の勇者として、醜態を晒すわけにはいかない……!
無辜の人々を守るためなら……自分は……!
「【この命を――投げ出したって!】」
だんだんとしわがれていく声で叫びながら、
「【惜しくなんて……ないんだァ――!!】」
アーサーはがむしゃらに剣を振るう。
力任せの、しかし恐るべき速さの一撃を受けて――
「クッ……ソがあァァァッッ!」
苦痛の声を振り絞った魔王子が、吹き飛ばされ、ごろごろと地に転がった。
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