450.英雄の本領


 どうも、帝国軍に血の雨を降らせた残虐非道の魔王子ジルバギアスです。


 全身! クッソ痛え! 傷は転置呪ですっ飛ばしたのに、まーだヒリヒリするぜ。服に聖銀呪水が染み付いてるせいかな?


 闇の輩にとって、歴戦の水魔法使い勇者がこんなに厄介だったとは。知識としてはわかってるつもりだったけど、文字通り身をもって痛感した。


『お主の前世は、火魔法使いという話じゃったのぅ。水魔法は搦め手が多くて性に合わんとか言っておったが』


 生意気言ってすいませんでしたという気持ちだ。同格以下なら水魔法使いの方が手強いわ。


 仮面がなかったら、めちゃくちゃ歯を食い縛って、必死に痛みを堪える顔が晒されるところだった。ドスが利かなくて困っただろうな。


『それ以前に、アーサーに顔を見られたら色々と終わるがの』


 まあな!


「ククク……驚いているようだな、勇者よ。これぞ我がレイジュ族に伝わる無敵の血統魔法、【転置呪】だ!」


 いい機会なので、アーサーにも説明しておく。かくかくしかじか。


 ……しかし、アーサーたちが現れたときはもうダメかと思ったが、意外と何とかなってるな。このまま上位魔族の風格というか、威厳を維持したまま、どうにか理由をこじつけておさらばしたいところだが……。


 絶対、素直に逃してはくれないよなぁ。


 向こうの立場で考えてみよう。気まぐれに単騎で軍団に殴り込むような狂犬。かつ今の今まで尻尾を出さない程度には、人間社会に溶け込める闇の輩。同盟圏では魔力強者である、近衛騎士団を相手取ってもコテンパンにできる実力……


 うん、絶対野放しにはできないな!


 単騎でいるうちに是が非でも仕留めておきたい!! 俺ならそうする!!!


 多大な犠牲を払うことになるかもしれないが、それでも、この場にいる戦力を犠牲にするだけで仕留められるなら、安いという考え方すらある。だって万が一、魔王国に俺が帰還して、軍勢を率いて攻め込んできたらもっと厄介なことになるからな!


 エヴァロティを陥落させたというもあるし……。


 アーサーたちは、きっと諦めないだろう。俺が逃げようとしても地の果てまで追いかけてくる構えのはず。レイラの姿を晒さずに合流するのは至難の業だ……騎馬は俺が呪詛で全部ダメにしちゃったし、徒歩で逃げ切るのは……いやー、厳しいな。


 向こうには、森エルフのヴァンパイアハンターで、風の精霊使いでもあるイェセラがいる。俺が身体強化をゴリ押しても、早駆け勝負になったら分が悪い。


『ではどうする? やはり皆殺しかのぅ? ほっほ』


 と、なればだ。アーサーたちは死なない程度に叩きのめして、起き上がれなくしてから、「次に戦場で会うのが楽しみだガハハ」みたいなノリで去るしかない。


 アーサーが戦闘不能になれば【絶対防衛圏アーヴァロン】も解除されるだろうし、一石二鳥だな!


 ……できるだろうか。


 正直、負ける気はしないんだが、命を奪わずに無力化できるかと問われると……


 俺も転置呪が使えるけど、アーサーたちも治癒の奇跡を使えるしなぁ。呪詛撃で手足を消し飛ばして、呪詛で治癒を阻害しつつ行動不能にする? 失血死しないように祈りながら?


 ……理論上は可能だろう。正直、複雑な心境だ。


 アーサーやレキサー司教たちが、剣聖や近衛騎士なんかを味方につけて襲いかかってきても……俺にはまだ手加減を検討する余裕がある。俺が魔族としてすでに最上位クラスなのは確かだが、これじゃあ、アーサーたちだけで魔王を倒すなんて……夢のまた夢だ。


『なんぞ、奇跡でも起きん限り無理じゃろうな』


 もしくは、アーサーに何かまだ切り札でもあるか。


 今考えると、俺が前世で魔王とやり合ったとき、魔王は全然本気なんて出してなかったんだろうな。前世の俺は、アーサーの足元にも及ばない魔力弱者だった。魔王がその気になれば、鼻息だけで吹っ飛んでたに違いないのに、アイツわざわざ槍で応戦してきやがったからな……クソがよ。


「……なるほど。【転置呪】か」


 そんなことをつらつら考えつつ、転置呪の情報を披露すると、アーサーがふむふむとうなずいた。


「何度聞いてもムチャクチャだ……!」

「いったいどうすれば……」

「勝てっこねえよ……」

「闇の輩でありながら、擬似的な治癒が使える、と。身代わりが必要だが、攻撃にも転用可能、か……」


 改めて絶望する周囲の近衛騎士たちに比べ――


 アーサーは、どこか泰然としていた。





 ひた、とこちらを見据える。



わけだ。治癒する暇もないくらいに」



 暗闇に、ギラギラと輝く【聖遺眼レリーケ】――


 俺は閉口し、周りの兵たちも「マジで言ってんのか」みたいな顔で黙り込む。


「レイジュ族……忘れもしない。デフテロス王国の首都、エヴァロティを陥落させた部族だな」


 アーサーの端正な顔に、抑えきれない怒りの色が滲む。


「僕の身内も……ヒルバーン家の勇者たちも、デフテロス戦線からは生きて帰らなかった。王国は滅び、同盟軍も甚大な被害を受けた。だが、少なくない数の魔族も討ち取られたと聞く。お前が言う、『無敵のレイジュ族』とやらが、だ!」


 周りの兵たちを見回すアーサー。


「【聞け、諸君! 我らの前にいるのは、絶対無敵の狂戦士でも、神話に語られる不死の怪物でもない! 我らと同じく血を流す、定命の者に過ぎないのだ!】」


 温かな奇跡の光を、その手に宿しながら。


「【治癒の奇跡なら、我らとて使う。条件は同じだ! 首を落とせばこいつは死ぬ。殺せる存在だ……!】」


 俺の周囲の空間が、ぎりぎりと軋みを上げているのがわかる。


 天上の神秘のドーム。【アーヴァロン】からも、ずしんと降り注ぐ重圧を感じた。まるで俺を新たな枠組みにはめ込もうとしているかのように。圧倒的強者の俺を、あくまで殺傷可能な存在に貶めんとするかのように……!


『原初の魔法じゃな。祈りに近い。ここにいる者たちの意志を束ね、敵としてのお主を再定義しようとしておる』


 アンテが俺の中から空を見上げている。


『普段なら微々たる影響しかなかろうが、あの結界に増幅されておる。油断すると足をすくわれかねん』


 わかってるよ。


 俺は闇の魔力をみなぎらせ、まとわりつく人々の祈りを振り払った。ばぎんっ、と制定されかけていた法則が粉砕される。


「ハッ。威勢はいいが、できるのか?」


 傲慢に、嘲笑ってみせた。


「ロクに俺の防護も突破できず、聖水を引っかけることくらいしかできなかったお前たちに……」


 首を落としたら死ぬ、正解といえば正解なんだが、それができるなら苦労しねえって話なんだよな。


 悪いが、俺も魔王国で死ぬほど鍛錬を積んできた。そう簡単に首は獲らせやしねえぞ……!


 とは、思うんだが。


 アーサーを見ていると……猛烈に、嫌な予感がしてくる。


「できるとも」


 真摯な表情で、アーサーは即答した。


ならできる」


 ゆらゆらと揺らめく魔力。何よりも、その瞳。断固たる意志の光――現役時代に、前線で幾度となく目にしてきたものだ。



 死地に飛び込む覚悟を決めた勇者の目……!



 何か、やるつもりだな。勇者としては頼もしいが、悪いけど、魔王子としては付き合いきれねえ。こんなところで、お前と殺し合うわけにはいかねえんだよ。


「ふん、随分とやる気のようだが……俺はもう飽いてきたぞ。元々『人類の希望』を自称する帝国軍とやらの力量を見極め、ついでに皇帝の首を獲れれば俺は満足だったのだ。まあ、蓋を開けてみれば帝国軍は話にならん雑魚で、この皇帝もとんだ腰抜けだったがな。随分と興ざめしたものだ……」


 あの皇帝のヤロー、俺が一瞬目を離した隙に、隠蔽の魔法でさっさと逃げ出しやがったからな。


【アーヴァロン】でこの空間が物理的にも隔離されている以上、遠くには行っていないと思うが……アイツだけはブチ殺しておきてえ。魔族の恐ろしさはこの上なく理解しただろうが、逆に帝国を強化するために、あるいは俺にコテンパンにされた事実をもみ消すために、周辺諸国の併合を推し進めるかもしれないし。


 帝国には、数年から十数年はグダグダやってもらう方がいい。皇帝が消し飛んだら後継者争いやら何やらで、外に手を出す余裕はなくなるだろう。


 皇帝がこのまま改心して、聖教会と同盟に全面協力してくれるなら話は別だが、俺はそこまで楽観的じゃないんでな。


「今日は皇帝の首を獲って、終わりにしようと思う。一度に大量の手柄を稼ぐより、何度か小分けにした方が陞爵しょうしゃくもしやすいからな。手続きの関係上」

「あァ?」


 アーサーが聞いたことないくらいガラの悪い声を出した。


「魔族は夜行性だと思っていたが、違ったらしい。まさか夜に寝言を吐くとは。お前の都合など知るものか」


 静かに、だけど、すごく怒っている……。


「これだけの血を流しておきながら、今さらのうのうと逃げ出せるとでも? 我ら聖教会が、お前のような悪鬼を見逃すと思ったか。ふざけるな」


 背後の――俺にすり潰された光刃教徒たちの血の池を手で示し、アーサーは怒りに目をギラつかせていた。


 ……気持ちはわかる。


 だが、だからこそ。


「知っているか、勇者よ。カイザーン帝とやら、聖属性を使いおったぞ。そうでありながら、俺を前にして一目散に逃げ出したのだ。帝国軍も、お前たちが救援に駆けつけてこなければ、俺に恐れをなして潰走していただろう。こんな下らない連中のために、命を賭けて戦うのは馬鹿らしくないか?」


 喰らえ!


 精神攻撃!!


 微妙にやる気が出ねえ感じにしてやる!! アーサー、お前が帝国軍をどう思っていたか、俺は知ってるんだぞ!!


「そもそも帝国軍は戦争をしに来たのだろう? 他国に踏み入り、殺戮する気でいたわけだ。ならば自分が殺されても文句はなかろう。むしろ同盟のゴタゴタが減って、聖教会としてはありがたいくらいではないか? ハッハッハ……!」

「ハッハッハ。そいつは傑作だ」


 険しい表情のまま、アーサーが白々しく笑った。



「――他国に踏み入り、殺戮している魔族が言うと説得力が違う」



 …………。


「魔力だけでなく、自我も肥大化しているらしいな。力が強ければ何をしてもいいとでも思っているのか? お前が魔族を殺して回るなら、お前の種族のことだ、こちらとて文句は言わない。存分に裁定者を気取るがいい。だがお前は、我らの同胞を手にかけたのだ。聖教会としては――それだけで、命を賭けて駆逐するに足る理由だ」


 アーサーが――不意に、聖剣を手放した。トスッ、と濡れた大地に刺さる刃。


「その気で来たならば、殺されても文句は言えない。そうだな……?」


 腰のベルトからも、鞘を外す。


 おい。


 敵前で、何を考えてる。


 それは何の儀式だ――?



「【――燃えよ、我が命】」



聖遺物レリーケ】に、銀色の火が灯った。



「【我が名はアーサー。アウリトス湖の勇者王の血を継ぐ者なり】」


 その足元から、水が溢れ出す。まるで湖面のような世界が広がっていく。


 ……まずい。何をするつもりかはわからないが、絶対にまずい! 俺にとってロクでもないことが起きようとしているのは確かだ!


「やめ――」


 ろ、と槍で打ち据えて止めようとしたが、体が動かなかった。


 いや、違う。俺の精神だけが、ここにある。初めて【転置呪】や【人化の魔法】を習得したときと同じだ。これは、アーサーの魔法から流れ込む心象風景――



 霧がかった湖面のように白く透き通った世界。



 アーサーの背後に、無数の人影が見える。



 みな、金色の髪をたなびかせた青年で、



 どことなく似通った顔立ちで――



 左目を、銀色に燃え上がらせている。



 ――歴代の、【アーサー】たち。



 星空にも似た神秘の天蓋に見守られ。



 無数に連なる英雄たちの列の果てに。



 そびえ立つ、銀色の光の柱があった。



 あれは……樹木か? それとも塔か?



 いや、あれは――



「【無辜の人々の盾にして、魔を討ち払う剣】」


 歴代の【アーサー】たちの影が、急速に収束し、『アーサー』に重なり合う。


「【ヒルバーン家の勇者、ここにあり――!】」


 その存在感が、恐ろしいほどに膨れ上がっていく。


 ――意識が現実に戻った。俺の体は駆け出している。


 左目から銀色の豪炎を噴き上げる、アーサーに向かって。



「【来たれ、破魔の刃】」



 アーサーが、【聖遺眼レリーケ】の銀色の輝きを――



「【父祖の名にかけて、我らが仇敵を、ここに討ち果たさん!】」



 ――引き抜く。



 荒れ狂う嵐のような、神々しさとおぞましさを同時に感じさせる、



 とてつもない『力』の集合体を。



 光の爆発。



「ぐぅっ……!?」



 猛烈な圧に吹き飛ばされないよう、全力で耐える。



『なんと……』



 アンテが半ば茫然としたように。



 奇しくも、その在り方は悪魔に似ていた。



 とてつもなく高密度な魔力が、実体を成している。



 それは、揺らめく銀色の刃。



 一振りの、真なる聖剣。



 ――聖銀呪の化身。



「【絶対殲滅剣エクスカリバー】」



 脈々と受け継がれし神話が、



 今、英雄の手に。

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