334.影の組織


『……"第7局"ってなんじゃ? お主のでまかせか?』


 いや、そうでもない。聖教会内部でまことしやかに囁かれている秘密組織だ。


 "第7局"という名称は、聖教会の総本山の組織構造に由来する。大陸の東部にある聖教国の中枢・教皇庁は、6つの局で構成されている。



1.国務局:教皇を補佐し、聖教会の意思決定を担う行政組織


2.聖戦局:人類の敵との戦いの最前線を担う実働部隊


3.医療局:治癒の奇跡はもちろん、医学薬学なども研究する医療機関


4.神秘局:より高度な奇跡や儀式、神学などの研究機関


5.修道局:教育、後進育成に携わる修道会や教導院の管理組織


6.慈善局:慈善事業や公共福祉に従事する部局



 そして各地の聖教会や修道会も、これらの構造を概ね引き継いでいる。


『ほほう……お主は聖戦局の所属か』


 最終的にはな。村が焼かれてからしばらくは聖教会の孤児院にいて、聖属性に目覚めたあとは教導院で修行してたから、厳密に言えば慈善局→修道局→聖戦局と所属が変わっていったことになる。


 組織図を見たら気づくと思うが、聖戦局は国務局の意向を受けて動くし、医療局は聖戦局の負傷者をケアする組織だし、神秘局の研究は医療局でも応用されるし、修道局の後進育成は神秘局の発展に不可欠だ。そして、慈善局で引き取られた孤児の中には、聖属性に目覚めて修道局に進む者がいる――俺のように。


『なかなかよくできた構造じゃの』


 相互に影響を及ぼし合うような関係だ。


 そして、この6つの局以外に、公にされていない局が存在するんじゃないか、とも言われている。


 たとえば、裏切り者の粛清。同盟諸国の諜報。禁忌の術の研究などを担う、聖教会の暗部が。


『それが第7局、と』


 正式名称不明。文字通り"7番目の局"ってワケだ――


「……第7局。よくある噂話だと思っていたが……まさか、本当に?」


 興奮冷めやらぬ様子で、エドガーが声を上ずらせる。


「きみは第7局の構成員なのか?」

「今の俺は、他のいかなる局にも所属していない。……そういう言い方になる」


 嘘はついてないんだなコレが。前世じゃ聖戦局だったけど、今はどこにも所属してないもんねーっ!


「それと"第7局"ってのは、別に正式名称でも何でもないことは言い添えておく」


 念のため、俺はそう付け加えておいた。だって俺も正式名称知らないし。


 これだけ「スゲーッ!」ってリアクションを取りながら、実はエドガーが第7局員でカマかけてきてるって可能性すら、俺は排除していないからな!


『確かにこやつならやりかねん……』


 アンテが唸る。


「……なる、ほど」


 そんな俺たちの懸念をよそに、考えを巡らせるエドガー。


「……色々と合点がいった。前の街でアレックスは、強大な魔力を活かして孤児院での殺虫消毒に大活躍だったと聞く。使い古したシーツや老朽化した家屋を、焼くでも傷つけるでもなく清められるのは、光か風属性持ちだろうと踏んでいたのだが……」


 小耳に挟んだ話でそこまで考えてたのかよ……


「なるほど、闇か……私たち一般の聖教会関係者を避けているフシがあったのは、そういうことだったんだな。さらにホワイトドラゴンの協力まで受けているとなると、これはよほど秘匿性の高い任務を――ああ、いや、アレックスはだったか。今のは忘れてくれ」


 何やら色々と察した(と錯覚した)らしく、手をヒラヒラさせるエドガー。「私はきみの理解者だからな……安心してくれ!」と言わんばかりの爽やかな笑顔、とてもありがたいはずなのに、なぜか地味にイラッとする。


「わかってくれたか」


 とはいえ、そんな内心はひとまず置いといて、俺も笑みを浮かべた。


 どうにか追求から逃げ切れたようだな……!


「それでアレックスは、いったいどんな魔法が使えるんだ?」


 ――しかし回り込まれてしまった!! エドガーが好奇心に爛々と目を輝かせながら尋ねてくる。


 こいつゥ!


『退くことを知らんのか!!』


 やめろ、死ぬぞ!!


「闇属性ということは、まさか死霊術とか……」


 おいおい……! ズカズカと踏み込まれて、俺は一瞬、「どこまで話すべきか」を検討してしまった。


 つまり即答できなかった。


 きらりんと目を光らせるエドガー、この男の前では、迂闊な沈黙は、何よりも雄弁な肯定……!!


「……ああ、そうだよ。俺は死霊術師だ」


 俺はヤケクソ気味に教えた。


「ほほう!」


 めっちゃ興味津々じゃん。邪法への忌避感は二の次か。神官失格だろテメー。


『同感じゃがお主には言われたくないじゃろなぁ』


 ほっとけ。


「差し支えのない範囲で教えてほしいんだが、アレックスの死霊術というのは、いったいどんなことができるんだろうか?」


 いやお前もマジでほっとけ!! エドガーが、防音の結界があるにもかかわらず、ヒソヒソと声を潜めて尋ねてきた。


「……差し支えしかないんだが」


 俺は苦しげに返す。死霊術に限った話じゃなくて、たとえ連携が前提でも、魔術の秘奥を根掘り葉掘り他人に尋ねるのはマナー違反だろうがよ……!


『もう死霊術の何たるかを、その身に教えてやればよいのではないか?』


 アンテが邪悪な声でそそのかす。やめろ……! それは最終手段……!


「あまり詳しいことは聞かないでくれ。……、死ぬことになるぞ」


 俺は真顔で、エドガーに忠告する。


「いや……、…………そうだな、すまない」


 冷水を浴びせられたような顔になるエドガー。


 口をパクパクとさせて、何を言えばいいかわからなくなってしまったようで、そのまま前に向き直る。


「……ただの、興味本位というわけではないんだ。私はアンデッドへの対処法は知っているが、冷静に考えれば、死霊術の基本はよく知らないのだ、と……ふとそういう風に感じて……」


 エドガーは、言い訳するように口ごもり、トボトボと歩みを再開する。


「死霊術ということは、きっと、死者の魂を呼び出したりできるんだろう?」


 その問いに、俺は敢えて答えなかった。沈黙で充分だと思ったからだ。


「ならば、と思ったんだ。亡くなった人と、また話せるんじゃないかって」


 俺の前を行くエドガーの、表情は見えない。


「……そう、たとえば。エヴァロティ防衛戦で亡くなったであろう、私の知り合いの神官――シャルロッテ=ヴィドワ」



 暗い路地に、やりきれぬつぶやきが響く。



「もう1回、彼女と話せるんじゃないかって、そう思っただけなんだ……」



 ――もう一度、故人と言葉をかわしたい。



 それが本来、死霊術に込められた、願いなのかもしれなかった。

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