333.属性の秘密
――この世界は、様々な属性の魔力で満たされている。
火、水、土、風、雷といった元素に、神々の力の真髄たる光と闇。
そしてこの世界の生きとし生けるものは、どんなに微弱でもいずれかの属性の魔力を宿している。
ドワーフであれば火と土。
森エルフならば風・水・土・光。
獣人は土や風、といったふうに。
人族や魔族はどの属性でも満遍なく持ちうるが、魔族は闇属性を持っていることが多い。人族は魔力が豊富な環境で修行すれば、後天的に新たな属性を獲得しやすいという特徴がある(もともと魔力が弱いので染まりやすいという説もあるが、同じ魔力弱者な獣人は染まらないので、やはり種族的な特徴か)。
この世界の魔力には『属性』がある。
だが、ここで気をつけなければならないのが、『聖属性』だ。
大多数の人族は聖属性のことを、光の神々が特別に人族に与えた属性魔力だと思っているが、実際は違う。俺たち人族が勝手に『属性』呼びしてるだけで、魔力の構成元素ではない。
防護の呪文や人化の魔法みたいに、どの属性魔力でも使える魔法の一種で、魔力を銀色の光に変え、『人類の味方には強化を、人類の敵には苦痛を』それぞれ与える効果を持つ。
だから、本来は【聖銀呪】とでも呼ぶのが正しいのだ。【転置呪】や【伝声呪】といった、人族の特定の個体にしか使えない血統魔法的なヤツで、属性じゃない。
単なる呪詛だ。
なのに、なんでややこしい属性呼ばわりをしているかというと――
『なるべく多くの人族に、素朴に信じさせるためじゃろうな。聖属性は神々から与えられた特権である、と』
アンテの言葉を思い出す。
俺自身、アンテに聖属性の正体を教わるまで、特殊な属性魔力のひとつだと思い込んでいたからな。
『【確信】は、【願い】や【祈り】よりも強い。当たり前に存在する、あって当然という認識が、聖属性を成り立たせる。さらに聖属性が人々の前で効果を発揮し、その認識が深まることで、概念は強化されていく。魔力が弱い人族でも、その意志が数十万、数百万と束ねられれば、莫大な力の源となる……』
団結すると強い、という
『そして、その集合意識から生み出された『力の源』を、相応しい個体――聖属性の担い手に振り分け、発現させる。個々は弱くとも、団結が力を生み、ごく稀に実力が突出した特異個体も生まれるという、お主ら人族の特性をこれ以上なく体現しておる魔法じゃ』
そして、人族の集合意識に働きかけて『力』を生み出すためにあるのが、光の神々の恩寵を説く聖教会の教義であり、まるで特殊な属性であるかのように誤認させる、ややこしい『聖属性』呼ばわりってワケだ。
で、コレの何が問題かっつーと。
聖属性――いや、【聖銀呪】はあくまで魔法の一種でしかないので。
勇者も神官も、属性魔力とは無縁でいられないってことだ。
絶対に、何かしらの属性魔力を持っている。
聖属性だけしか持ってません、などという勇者は、存在しない!!
「――アレックスは、何属性持ちなんだ?」
だからエドガーに尋ねられたとき、俺は返答に窮した。
背後でレイラが「あっ……」と息を呑み、アンテも『あーあやっちまったのぅ』とつぶやく。
前世は純火属性だったが、今の俺は純闇属性だ。
そして、人族では闇属性持ちが生まれづらい。たぶん光属性を持って生まれる魔族くらいレアな存在だ。勇者として長年活動していた俺でさえ、純闇属性持ちの人族にはお目にかかったことがない。闇の神々を信奉し、後天的に闇の魔力を身につけた、カスみてえな邪法使いと一度交戦したことがあるくらいだ。
そんな、ただでさえ珍しい闇属性持ちの
どれだけ、珍しいか。
いや――もはや『珍しい』を通り越して、『ありえない』としか――
「……アレックス?」
黙り込んだままの俺に、怪訝な顔をするエドガー。
殺したくはねえ。これだけ優秀な、才能ある神官を。
『優秀かのぅ……?』
そこは疑うとこじゃねえだろ! 俺との相性が死ぬほど悪いってだけで!
……どうしよう。この場を凌ぐためだけに、ウソをつくことはできる。火属性持ちだよ、とか。でもバレるんだよな、さっきのオフィシアの現場を見られたら。
火属性持ちなら、魔力を流し込んだ時点で部屋の内部が焼け焦げてないとおかしいし、なんなら火事になる可能性が高い。
雷でも木材が焦げているだろう。風なら書類や家具が吹っ飛んでるはずだ。水なら室内はびしょ濡れ。土の魔力は気体に浸透しづらいので、空間を丸ごと制圧するのは苦手。
家財や書類にさえダメージを与えないことを考慮すると、純粋に聖属性を流し込んで室内を制圧できる魔力は、光か闇ぐらいしかないわけで。
だが、俺が「光属性使えるよ」と申告したら、いざというとき治癒などの基本的な光系統の奇跡が使えず、バレる。
というか、エドガーなら、俺が光の魔力を持っていないことを前提にすると、現場を見た時点で
『処すか?』
………………。
「すまない、エドガー」
俺は、パンと手を叩いた。
無詠唱の結界の呪文。エドガーが眉をひそめて、俺に向き直る。
『ううむ、良い奴じゃった……』
いや、殺さねえよ? 話そう。本当のことを。
『なんじゃと!? 正体を明かすのか!?』
正体は語らない。あくまで魔力についてだけだ。
こうなったら、一か八かで、どうにかそれらしいことを語って誤魔化してやる!
それでダメっぽかったら……そんときゃそんときだ!
『処すわけじゃな』
最悪の場合は、な……!
「アレックス? なぜ結界を……」
「俺の秘密を明かそうと思う」
困惑するエドガーに、俺は手を突き出した。
魔力が――
どろりとした闇が、溢れ出す。
「なァ……ッ!?」
目玉が飛び出んばかりに驚くエドガー、その手が咄嗟に腰の剣に伸ばされる。
「安心しろ。夜エルフがなりすましてるワケじゃない」
俺は、もう片方の手に聖なる輝きを宿して見せた。
そう――
夜エルフでは、ない。嘘はついていない。
「これは……馬鹿な! ありえない! きみは……!!」
「世にも珍しい、闇属性持ちの勇者というわけさ」
半ば自嘲気味に笑って、俺は肩をすくめた。
エドガーは、それを目の当たりにしていながらも、信じきれない様子だったが――ある種の畏怖の眼差しで俺を見つめてきた。
「いったい……きみは、何者なんだ」
「――"第7局"」
俺は夜空を見上げながら、意味深につぶやく。
「一度くらい、聞いたことはあるだろう?」
ハッと息を呑むエドガー。
「まさか……実在するというのか!?」
慄然としながら。
「第7局――聖教会の暗部、影の組織が!!」
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