335.禁忌と気づき


 ――シャルロッテはもういない。


 エヴァロティ攻略戦後、バルバラを仲間に引き入れたとき、シャルロッテも呼び出したけど彼女は応えなかった。


「…………」


 だけど、それをどう告げようというのか。この沈痛な面持ちの男に。


『――殺したあと、仲間にしようと思って呼び出してみたけど、もう反応がなかったよ。きっと魂は消滅しているよ!!』


 言えるわけがない……ッッ!!


「……光属性持ちの神官と、死霊術は相性が悪い」


 俺は言い訳じみて、言葉を絞り出した。


「闇の魔力で魂を包み込んで、現世に呼び出すんだ。闇と相反する光属性の魂の持ち主にとって、それは責め苦に等しいらしい……」


 ファラヴギを思い出す。レイラと一緒にいられるよう魂の保存を提案したが、死霊術で現世に留め置かれる苦痛と、竜族の誇りから拒否し、結局レイラにすべての記憶を受け継いで消滅することを選んだ……


「それに……エヴァロティ攻略戦から、もう4ヶ月以上経つ」


 エドガーがピクッと身じろぎした。


「霊界へ迎え入れられた死者の魂は、時間経過で擦り切れていき、やがて消滅する。望むなら試してみても構わないが、おそらく、彼女の魂はもう……」

「…………そうか」


 言外に諦めるよう促す俺に、エドガーはうつむいた。


「詳しいんだな」


 どこか、揶揄するような響きを感じたのは、気のせいではないはずだ。


「専門家だからな」


 俺もまた、自嘲するように答えた。これ以外に返す言葉が見つからなかった。


「! いや、すまない」


 しかし振り返ったエドガーは、今にも泣きそうな情けない顔をしていて。


 まるで、己の言動にショックを受けているようでもあった。


「皮肉を言うつもりじゃなかったんだ! 申し訳ない」


 今しがたの、揶揄するような言い方には自覚があったようで、己の言動を恥じているようでもあった。


 ……でも、仕方ないよな。行き場のない悲しみを、ついつい俺にぶつけてしまったんだろう?


「構わない。気持ちはよくわかる」


 本当に、よくわかる。謝る必要なんてない。



 なにせ俺が殺したんだ。シャルロッテを。



 エドガーには責める権利がある、当然だろ。



「……きみに選択肢なんてなかっただろうに」


 つぶやくように言うエドガー。どういう意味だ? 闇属性を持って生まれたからには、俺にはそれを鍛えることしかできなかった、という意味か? それとも――


「ひとつ、不思議に思っていたんだ。アレックスの魔力についてだ」


 まっすぐ前を見て歩きながら、エドガーは言う。


「強大な魔力を持ちながら、神官ではなく勇者と名乗ったことに、少し違和感も覚えていたんだ。仮に、勇者として聖教会に入ったとしても、アレックスの若さでそれほどの力があれば、神官の教育コースに放り込まれていてもおかしくない。……生まれついての闇属性持ちは、修行しても光属性は身につけられないのだろうか」

「……さあな。たぶん、無理だと思う」


 普通の人族ならいざしらず、そもそも俺、人族じゃねーしな。


 しかし、仮に人化した状態でずっと修行を続けたら、どうなるんだろう? 後天的に光属性に目覚めるんだろうか……?


『理論上はイケそうな気がするのぅ。試してみる価値はありそうじゃ』


 いや……俺が純闇属性じゃなくなったら、死霊術と転置呪が鈍っちまいそうだ。


 中途半端な光属性なんて、どのみち魔王には通用しない。攻撃魔法は魔王の肌を焦がすことすら難しいだろうし、治癒目当てなら、俺にはすでに転置呪がある。なまじ光属性を身に着けて転置呪が弱体化するくらいなら、闇特化の方がいいよな。


「――いや、待てよ」


 と、そこでエドガーがはたと立ち止まった。


 おいおい、何だよ。今度は何に気づきやがった。


「……闇の魔力の持ち主が、光の神々を信仰するのは……どうなんだ? というか、なぜ聖属性に目覚めたんだ? 聖属性とは、光の神々が、我々人族に与え給うた特別な力ではなかったのか……?」



 ポッ、と指先に銀色の輝きを灯しながら、エドガーは俺に意味深な目を向ける。



「それとも……、これは恩寵などではないのか?」



 あ~~~。気づいたか。



 いや。



 、か。



 聖属性の、正体について。

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