470.新たな地へ

 どうも、アーサーたちとはぐれてしまって、合流に苦労したジルバギアスです。


 ……いや、実際に翼を動かし、アーサーたちを探し回ったのはレイラであって、俺は背中に乗ってただけだからな……さも自分が苦労したかのような言い方をするのは道義にもとる。


 というわけで。


 どうも、ほとんど全てレイラに投げっぱで自分は何もしなかったヒモです。


 クラーケンごと湖の底に沈み、居場所がわからなくなってしまったアーサーたち。ヘタにこっちが動くと、アーサーたちが戻ってきた場合に入れ違いになってしまう可能性があったので、しばらく上空で旋回を続けていた。


 途中、俺は毒で体調を崩し、レイラは飛行中だったので、代わりにアンテに人化して症状を引き受けてもらった。


『おっほ! これが下等種の猛毒の苦しみ!♡ 死ぬっ♡ 死んでしまう♡』


 お楽しみいただけたようで何よりだった。


 最終的に、かなり遠く離れたところに浮上したレキサー司教が、空に向かってバリバリ雷魔法を放ったことで――そして目ざとくレイラがそれを視認したことで――なんとか合流することができた。


 レイラが水面スレスレに飛んで尻尾を垂らし、アーサーたちがワラワラとよじ登ってきた。絵面よ。物理的な障壁はすり抜けられるけど、空は飛べないんだよなぁゴースト。


 もとから翼がある種族……鳥や羽虫のゴーストは飛べるのかな? エンマの授業でもやらなかったな。魂の格的にクソ雑魚にしかならなさそうだけど……


 いやでも待てよ? 飛行用の鳥ゴーストを用意して、それに高位霊体がぶら下がれば普通に飛べるのでは……?


 何なら、ドラゴンの霊とかアンデッドなら問題なく飛べちゃうのでは……?


 …………。


 やめやめ! 考えるのやめ! 俺が利用するメリットより、エンマに利用されるデメリットの方がデカい!!


『あやつなら既に手を出していてもおかしくないがの、秘匿しておるだけで』


 あり得るのが嫌だ……考えたくねー。アイツもどうにか対策考えないとな……俺がクソ強くなって討滅する以外に。


『やぁやぁただいま』

『無事に仕留めてきたぞ、アレックス君!』


 それはそれとして、アーサーとレキサー司教は元気ハツラツだった。無駄に魔力を使わせてしまったかと心配していたんだが……


『死んどるくせに活き活きしておるのぅ!』


 はっはっは。……笑えねえよ。


 しかし見たところ、アーサーとレキサー司教は摩耗していない。他のヴァンパイアハンターたちも、概ね変わった様子はなく大丈夫そうだ。


 ただひとりふたり、明らかに存在感が……こう……弱まっている印象を受けた。


 実際ダルそうにしていたので、それとなく遺骨を依代としての休眠を勧めた。彼らが眠りについてから、レキサー司教が語っていたのは、『聖霊化を長持ちさせるコツは、いかに自然体で過ごせるか』、ではないかということだった。


 ……あり得るな、と思った。魂が変質していき、人ならざるものになってしまうのがアンデッド化の本質だから。聖銀呪はそれを無理やり、前世に限りなく近い状態に固定化しようとしているわけだ。


 もともと魔力が強く(魂の器に余裕があり)、意志も強く、素で振る舞える――と条件が重なれば、聖銀呪による固定化の負担も最小限に抑えられる……?


 にしても、やっぱこの人数の魔力強者を聖霊化すると、保有魔力が凄い。


 以前、吸血鬼被害者たちを聖霊化したときは、まとめて遺骨で眠ってもらったのだが……ヴァンパイアハンターたちは格が違う。俺の手持ちの骨じゃ全部は収まりきらないほどだ。


 実際、最強格のアーサーはどうしても入りそうになかったので、アーヴァロンに宿ってもらうことにした。ちょうどよく……ははっ……アーサーの腕もあるし、俺が骨を取り出して、アーサーがアーヴァロンを変形させて、中に取り込む。ちょうどバルバラの刺突剣みたいなノリだ。


『いや~一気に大所帯になったねぇ』


 当のバルバラが、レイラの背にゴロッと横になりながら言う。


 俺は鞍にしっかり体を固定してるけど、バルバラといいアーサーたちといい、飛行中の風が吹き荒れる中、すっごいカジュアルにくつろいでるのを見ると、感覚が狂いそうになる。


『こちらの、バルバラさんは聖霊化してないんだ?』


 アーサーが俺を見やる。


「そう。彼女は剣聖だからな」

『魔力がからっきしだから、聖霊化したらたぶん長持ちしないのよねアタシ』


 寝転がったまま肩をすくめるバルバラ。


「俺が全力で作ったボディに宿ってもらえば、アンデッド化しても剣聖の絶技は使えることがわかったんだ。だから……戦力を温存してもらってる」

『へえ! そりゃすごい』

『逆に、魔王軍にアンデッド化された武聖は絶技が使えないのかね?』

「生前から存在が変質しすぎちゃうと無理みたいッスね。特にエンマの手下は全員、死霊王リッチとして死霊術を使うようになりますから、物の理が微笑まない」

『なるほど……さもありなん』


 ふむふむとうなずくレキサー司教。


 死霊術の知識も、折を見てみんなに伝えていこうかな。勇者の基本だけ学んで実戦投入された俺と違って、真っ当な人族の上位術師だから、何か新たな発見があるかもしれないし。


『ところで……今後のことだが、どこか向かうアテはあるのだろうか』


 レキサー司教が、俺に理知的な目を向ける。


「いえ、特に具体的には。大陸の東の果てまで飛んで、魔王子追放の件が伝わる前に夜エルフを狩りまくるのもいいかな、と思ってましたが……」

『うぅむ……できれば、なのだが』


 遠慮がちに。


『北部戦線の様子を見に行ってもらえないだろうか?』

「……司教たちが招集されていた戦線ですか」

『そうだ。我々のようなヴァンパイアハンターまで呼び出されるとなると、よほど切迫しているのか、あるいは戦場に吸血鬼でも出てきたのか。……それに、本来組み込まれるはずだった我々という戦力が、抜け落ちてしまったわけだから、その……』


 ウッ……。


 他でもない俺に、その埋め合わせをしろってことね……。


『あっはっは! まあお主がぶち抜いた穴じゃからのぅ、そりゃあお主が埋めるべきじゃろうて!』


 アンテ、爆笑。


 あとで〆る。


『かーっ! 毒の症状を引き受けてやったというのに、まったく恩知らずな。ごほっごほっ、ううっ、苦しい苦しいのぅ……!』


 嘘こけ楽しんでたくせに! お前がガチで苦悩してるところなんて、泥酔して醜態晒したあとくらいのもんじゃねえか!


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!』


 あぁっおぇっぷ俺の中で暴れんな! ただでさえ吐き気がやべえんだから!!


 ……まあ八つ当たりの自覚はあるよ。ごめんな。


『ふん……!』


 こっ恥ずかしげに鼻を鳴らすアンテ。


 ――真面目な話、北部戦線に行くってのはどう思う?


『無論、最善ではない。あれだけ大立ち回りした直後に、聖教会に接近するような真似が好ましいはずがなかろう? 本来なら、誰も寄り付かぬ山奥でほとぼりが冷めるまで潜伏するのが一番じゃろうが……』


 ぶっちゃけ、俺もそれがベストだとは思うんだが。


『勇者であるうちに国をひとつふたつ守ってみせろ』、ってアーサーのご先祖様に言われちまったからなぁ……。


 まあ、守ったところで魔王子として後々攻め滅ぼす可能性があるってのが、マジでアレなんだが。


『おっほ! 我は大変気に入ったぞ、初代の勇者王とやら!!』


 はいはい……


『そういう意味では、勇者ヅラ下げてやってきた援軍が、当の魔王子とは思うまい。ヘタに大陸東端へ逃げるよりかは安全かもしれん……それにバレたらバレたで、皆殺しにして逃げればいいだけじゃしのぅ。アーサーほどの実力者は、もう同盟に残っておるまい? 勇者や神官を殺しても聖霊として仲間に組み込めばヨシ!』


 ケタケタと笑うアンテだったが――


『というわけで、我としては、北部戦線に行くならば条件がひとつ』


 不意に、氷のように冷たい声で。


『――次はためらうな。生かして帰したい、などと甘い考えは捨てよ。バレたら即座に殺せ』


 …………わかった。


 次はもう、ヘマしねえよ。


『北部か……僕がいた戦線でもあるな』


 そんな俺たちの内心など知るよしもなく、アーサーが遠い目をした。


『ドワーフたちが守りを固めてるから、他の戦線に比べると戦力の層は厚いと思うんだけど、何かあったのかな』


 大陸北部は険しい山岳地帯で、鉱物資源にも恵まれており、ドワーフたちの王国がひしめき合う地域でもある。


 ドワーフ、か……。


「……そうだな、じゃあ北部に向かおうか」


 俺は腹をくくった。


「ちょうど俺も、腕利きのドワーフ鍛冶を探してたところなんだ」

『それは、なんでまた?』

「その……アダマスが壊れちゃって……」


 俺はアーサーに、ちょびっと鞘から色褪せた刃を抜いてみせる。


『えっ、それって……っていうかアレク、もしかしてあの槍の穂先って……』

「うん……休眠させたアダマス……」

『あっ……もしかして、僕の一撃で……ごめん……』

「いやいや!! 全然謝るようなことじゃねえから!! 悪いのは俺だから……」


 気まずいムード。


 ……そんなこんなで、次の目的地は北部戦線に決まった。


 現地に着いてから具体的に何をするか、どうするかはノープランだけど、アダマスだけはどうにかしたい。


『吸血鬼の件が片付いたとはいえ、最近は水棲魔獣の被害も増加してて、気になってたんだ。アウリトスの魔王をここで仕留められてよかった。湖も少しは落ち着きを取り戻すだろう……』


 白みゆく東の空を眺めながら、アーサーは独り言のように。


『これで心残りなく……旅立てるよ』


 一瞬、言い淀んでいた。


 心残りがない、なんて――


 本当は、そんなはず、ないのに……。



 ああ、夜が明けようとしている。



「アーサー、それにレキサー司教も……」



 俺は、胸が詰まるような感覚に襲われながら、それでも言う。



「そろそろ、ので……戻った方が」



 ふたりとも、きょとんとしていた。



『ああ……そっか』



 やがて、アーサーが儚く微笑む。



『もう、太陽は見れないんだ……』



 ふわりと煙が散るようにして、アーサーとレキサー司教、それにバルバラが、それぞれの依代に吸い込まれていく。



 賑やかだったレイラの背から、一瞬で人の姿がかき消えて、俺だけに。



『――北へ向かいます!――』



 レイラが首を巡らせて、進路を変える。



 眩い朝日を浴びながら――俺たちは、アウリトス湖をあとにする。



 目指すは北部戦線。



 ドワーフたちの王国。



――――――――――――――

※魔王子世直し編、これにて閉幕。


 北部戦線編(仮)に突入する前に、魔王国視点やら聖わんこ視点やら、幕間を連打したいと思います。お楽しみに!


 そしていつも応援コメントや☆レビュー、ありがとうございます! 大変励みになっております。


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