11.竜の特急便
どうも、魔界行きが決定した魔王子ジルバギアスです。
生まれてこの方、ずっと魔王城で暮らしていた俺だが、とうとうお出かけすることになった。
角が生えたら劇的に自由度が上がるってのは本当だったんだな。
それにしても、初の遠出先が魔界ってのはちと劇的すぎないか?
「今日はいい天気ね」
昼下がり――魔族的には早朝だな――魔王城の一角、大きく張り出したバルコニーにて、我が肉体の母プラティフィアが仁王立ちしている。
いつもはきらびやかなドレス姿のプラティだが、今日は珍しくパンツスタイルだ。乗馬服(蛮族風)を身に着けた貴婦人(族長の妻)って感じだな。仕立てはいいのに牙や毛皮飾りのせいで台無しだよ。
まあ似たような格好の俺も人のこと言えないけどな!
ちなみに、現在の俺の容姿だが――人間でいえば10歳くらいの体格で、母親譲りの銀髪に冷たい美貌、父親譲りの赤い瞳をしたイケメン少年だ。
自分で自分をイケメン呼ばわりとは噴飯ものだが、鏡を見たら「誰だお前!?」ってビビるくらい容姿が整っている。悔しいが、前世よりも遥かに男前。
プラティは、顔だけは良いからな。そして俺もそれを受け継いだ……青肌で側頭部に禍々しい角が生えていることに目を瞑れば、どこぞの貴公子と言われても納得だ。
実際、王子だけど。
……などと考えていると、バサッ、バサッと豪快な羽音が聞こえてくる。
バルコニーに赤銅色の鱗を持つ飛竜が舞い降りた。
そう、ここは竜の発着場なのだ。
「ドウゾ……」
金属が軋むような声で言葉少なに告げ、飛竜が身をかがめる。背中には乗りやすいように鞍がつけてあった。
強大な力を誇る竜種は、本来、魔族に負けず劣らずプライドが高い。
魔王城強襲作戦で協力してくれたホワイトドラゴンたちも、俺たちが振り落とされないようにロープをつけるのは許してくれたが、より乗りやすくなるような馬具じみた装備は断固として拒否した。
魔王に一矢報いるため仕方なく背中に乗せてやるが、乗り物扱いは許容できないってわけだ。竜種の中で比較的穏健なホワイトドラゴンたちでさえコレだぜ? 凶暴な他のドラゴンに鞍なんか付けようとしたら、何が起きるかわかったもんじゃない。
……はずなのだが、目の前のドラゴンは乗り物扱いに甘んじている。
初代魔王にボコボコにされて以来、ほとんどのドラゴンは魔族に恭順を誓っているのだ。
いや、逆らえないというべきか。
魔王城の地下には、ドラゴンたちの孵卵場がある。ドラゴンたちは可愛い可愛い我が子と卵を人質に取られているのだ。
この魔王城も、もともと飛竜たちの住処の岩山だったらしいからな……それを初代魔王が占拠して、「見事な大理石の山だ! 我が居城とする!」と魔法で岩をくり抜いて城にしちまったわけだ。
眼前で身をかがめているドラゴンも、ジッと床を睨んでいて目を合わせようとはしないし――まあドラゴンの表情なんてわからないんだが――現状に満足しているようにはとても見えなかった。
「久々の騎竜ね、空を飛ぶのは気持ちいいわよジルバギアス」
ひらりと鞍にまたがるプラティ。普段は魔王の奥様をやっているが、こういう何気ない動作に高い身体能力がにじみ出る。こいつもいっぱしの戦士なんだろうな。
「楽しみです、母上」
頷いて、俺もまたがろうとしたが――
「――日も高いうちにお出かけとは、ご苦労なことねプラティフィア」
ねっとりとした女の声が響く。
振り返れば、バルコニーの入り口の日陰に、魔族の女が立っていた。
青を基調としたドレスに、純白の毛皮をコーディネートしている。輝く青い髪を巻き上げ、宝石と牙の髪飾りでまとめた豪快な髪型。切れ長の瞳は金色で満月のように爛々と輝き、女王のような不遜さを漂わせる妖艶な美女。
「"ラズリエル"じゃない。わざわざお見送りに来てくれるなんて、あなたらしくもない殊勝な心がけね」
プラティが嘲るような口調で答えた。
「あなたを見に来たんじゃないわ」
ぱさ、と扇子で口元を隠しながら、"ラズリエル"と呼ばれた女は切り返す。
「あなたのご自慢の息子とやらを、ひと目見ておきたかったのよ。だってこれが最後の機会になるかもしれないじゃないの」
その視線が――俺に移った。
「ふぅん……」
値踏みするようにじろじろと眺めつつ、その体から魔力が滲み出し、薄く、ゆるく俺の周囲を取り囲む。
……状況からして、こいつが『他の王子の母』のひとりなのは間違いない。まさかここで仕掛けてくるとも思えないが、念のため、俺も同じくらいゆるく自らを魔力で包んでおく。
そしてジッと見つめ返した。ガンを飛ばされたら、受けて立つのが魔族だからな。
「……可愛げのない子」
つまらなさそうに鼻を鳴らし、ぱちんと扇子をたたむラズリエル。
「こんなに小さいのに、魔界入りだなんて酷なことをするわね、プラティフィア」
「わたしの子よ。何の問題もないわ。ま、他の子だったらどうなるか知らないけど」
「ふん」
今一度、こちらに視線を戻したラズリエルは、俺の顔を覗き込んだ。
「生きて帰れるといいわね、坊や。それではさようなら」
踵を返し、ラズリエルはゆったりとした足取りで去っていく。
「……何ですか、アレ」
「ふん。第1王子アイオギアスの母、ラズリエルね」
プラティフィアは吐き捨てるように答えた。
「自分が何でも1番じゃないと、気が済まない鬱陶しい女よ」
……それはお前も同じでは? 俺は訝しんだ。
「俺の魔界入りを妨害するつもりだったんでしょうか」
「そうね。まあ表立って邪魔はできないから、せいぜいあなたを怖がらせようとでもしたんじゃない? ジルバギアスを――わたしの子を、そこらの惰弱者と一緒にされちゃ困るわ。あの女らしい浅知恵ね」
はっ、と嘲るような笑みをこぼすプラティ。
「覚えておきなさい、ジルバギアス。あの手の嫌がらせはね、自分の恐れの裏返しなのよ。あの女自身、かつて魔界で怖い思いでもしたんでしょう。普段威張ってるのも小心の裏返し」
プラティの黒い瞳が、どろどろとした目が俺を見た。
「あなたは、そんなことはない。あなたは強い子よ、ジルバギアス」
「はい」
ま、ソフィアからも魔界に関しては色々聞いている。物質があやふやだからこそ、精神がより濃く反映される世界。
怖がってビクビクしながら入ったら、そりゃロクなことにならないだろう。
俺が踏み込んだら何が起きるか未知数なところもあるが、正直、魔王に殴り込みをかけたことに比べりゃ、どうということはない。
泰然とした俺の態度に、プラティは満足したようだ。
「さ、時間を無駄にしたわ。行きましょう」
ちなみにこの間、ドラゴンはずっと身をかがめたまま待機している。
差し出されたプラティの手を掴んで俺も鞍に飛び乗った。そのままプラティの背中にしがみつくつもりだったが、ガシッと体を掴まれて前に座らされる。
クソッ、いっちょ前に良い香水なんてつけやがって……
互いの腰をベルトでしっかりと繋いでから、俺を抱きかかえるプラティ。そのまま鐙越しに軽くドラゴンの腹を蹴った。
「行って。ダークポータルよ」
「カシコマリマシタ……」
やっとかよ、と言わんばかりに唸るようにして答え、僅かな助走ののちドラゴンは飛び立った。
うお、揺れるな。ってかこんな細い革のベルトだけで、あとは鞍のハンドルを素手で掴んでるだけじゃん。
……大丈夫か? 振り落とされないよな?
一抹の不安とともに、空の旅は始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます