12.ダークポータル


 やや不安を覚える離陸だったが、ひとたび高度を取れば飛行は安定していた。


 おひさまが眩しいぜ。上空500メトルほど――落ちたらまず助からない高さだが、ドラゴン基準では低空飛行だろう。


 風を切って飛ぶ。景色があっという間に後方へ流れていく。プラティが防護の呪文を唱えたことで、風圧も軽減されて快適だ。俺には眺めを楽しむ余裕さえあった。


 ……と違って、振り落とされないよう必死でロープにしがみつく必要もないし、呼吸も楽だし、凍えないし……


 隠蔽の魔法はその他の魔法と併用できないから、あんときはホントに気合と体力で乗り切ったんだよな……


 などと俺が遠い目をしていると。


「やっぱり空はいいわ。自由で」


 頭の上から晴れやかなプラティの声がする。首をめぐらせて見やれば、先ほどとは打って変わって、リラックスした表情を見せていた。


 魔王城では、なんだかんだ、気を張って過ごしてるんだろう。


 それにしてもドラゴンたちから自由を奪っておきながら、自分は空の自由を満喫とはいいご身分だな……。プラティの言葉を耳にして、ドラゴンが頭をピクッとさせたのを俺は見逃さなかったぞ。


 ドラゴンたちが潜在的に反抗心を抱いている、という事実はのちのち活かせるかもしれない……孵卵場を押さえられていて逆らえないってことは、裏を返せば、それさえなんとかすれば……


「ジルバギアスは落ち着いているわね。初めての飛行とは思えないわ」

「……思ったより、揺れませんね。楽しめてます」


 プラティが話しかけてきたので、俺は思考を中断する。


 それにしてもこのドラゴン、飛ぶのが上手いな。離陸のときこそ大揺れだったが、そのあとは風をうまくつかまえて高度を維持しているし、滑空を多用していて揺れが少なく乗り心地がいい。


 ……前世で世話になったホワイトドラゴンの飛行が、クッソ荒かったことがわかってしまって複雑な気分だ……いや、あれは高高度飛行だったからな。低空とは勝手が違うんだろう。きっとそうだ。


「さすがはわたしの子よ。頼もしいわ」


 俺の返答に満足したらしく、よしよしとプラティに頭を撫でられる。こういうのは珍しいな。


 今、俺はどういう顔をしているんだろう。……自分自身はもちろん、プラティにも見えないのが幸いだ。


 気持ちを切り替えるために、眼下に視線を移す。


 このあたりは、もともと獣人の国だったのだろうか。彼ら特有の円形の木造住居が点在し、畑仕事に精を出す獣人たちが見えた。


 ちょくちょく人族の姿もあったが――遠目からハッキリとわかるほどに、みすぼらしい格好をしている。多分、奴隷だな……獣人に比べると力が弱いので、細々とした雑用をやらされているようだ。


 獣人族と人族以外の種族は、ちょくちょく領主と思しき魔族がいるのみで、ほとんど見当たらなかった。侵略戦争で膨れ上がった広大な領地を、数が少ない魔族が管理しようとしたら、こういうことにもなるか。


 ただ、当の獣人たちは、それなりにいい暮らしができているらしく、困窮している様子は見られなかった。ここらは反乱の芽もない、生粋の魔王国領ってわけだ。


 ……まさか、頭上を飛んでいく魔族の王子が、国家転覆の計を練ってるなんて、誰も思いもしないだろうな。



 そんなことを考えながら30分ほど飛んでいると、だんだん風景が変わってきた。



 緑豊かだった大地が荒れ地へと変わっていく。住宅もまばらになり、とうとう建物が見えなくなった。


 そんな荒野を、石畳の街道が真っ直ぐに貫いている。


「見えてきたわ」


 プラティのつぶやきに前を見れば――




 虹色に揺らめく、蜃気楼のようなもの。




 それはプリズムのように光り輝いていた。冷静に見れば美しい光景のはずなのに、怖気が走るような不気味な印象を受ける。


 まるで、あれに近づいてはならないと、本能が警鐘を鳴らしているかのように。


 そしてその虹色の揺らめきの根本に、雑多な街が形成されていた。


「あれは……?」

「"コスモロッジ"と呼ばれる、そうね、悪魔と魔族のための街よ」


 徐々に高度を下げゆくドラゴン。


「魔界入りした親族を待ったり、現世に来たばかりの悪魔が身体を慣らすために逗留する場所ね。今回は、わたしも待たせてもらうわ」

「母上は、魔界には入られないのですか?」

「わたしはもう入れないの。魂の器に、悪魔たちを受け入れすぎたから」


 プラティは少し口惜しげに言う。


「次に入ったら、こちらに戻ってこれなくなる可能性がある、とソフィアに忠告されたわ。だから今回は、あなたを見送るに留める」

「そうですか。まあ、俺はひとりでも大丈夫なのでご心配なく」

「……ふふ」


 プラティはまた俺の頭を撫でた。なんか今日は馴れ馴れしいな……と思ったけど、冷静に考えたらコイツ母親だったわ。母と子ってコレくらいの距離感で普通だろ。


 普段はそうじゃなくて、助かってる。


 街の外縁部にドラゴンは着陸し、俺たちは中心部を目指して歩き出した。


 極めて強い――いや、異質な魔力が辺り一帯に満ちている。


 だから、物の理さえ、ここでは歪むらしい。明らかに本来は成立しないような奇抜な家屋が建ち並んでいる。小さな木の細枝に、巨大な一軒家が載っていたり。今にも倒れてしまいそうな逆三角形型の店が微動だにしなかったり。


 そして、住人たち。ラフな格好をした魔族の他は、悪魔たちで溢れている。群れて何やら騒いでいる小悪魔インプ。角を突き合わせ、にらみ合いの末、殴り合いの喧嘩を始める筋肉隆々の中位悪魔。家の屋根に寝転がり、複数の腕で半透明の綿菓子のようなものをむしり取りながら、ムシャムシャと頬張る上位悪魔。


「あれがダークポータルよ」


 しばらく歩いて、街の中心部に、それはあった。


 虹色の揺らめきの根源。見つめているだけで吸い込まれてしまいそうな、新月の夜の闇を思わせる、



 真っ黒な



 世界の穴。


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