519.作戦会議
【前回のあらすじ】
赤飯クス「よいこの魔族のみんな~! フェレトリア王国を、どうやって攻略しようかな? お話し合いで決めよう!」
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「さて、ここの面々に、今さら説明は必要ないと思うが――」
一同を見回すセキハンクス。
生真面目に話を聞くサウロエ族。
適度な緊張感を保ちつつゆったりと構えるコルヴト族。
そして一様に「俺は全部わかってるぜ」という顔で、自信満々な様子の木っ端部族の魔族たち。
(……見た目が全てってワケじゃないけど)
サンドイッチにかぶりつきながら、スピネズィアは思った。
(あれのうち何人が、敵国名を間違えずに言えるか疑問ね)
――スピネズィアは経験上、見た目の文明度と
木っ端の魔族の中には、そこそこ小綺麗な貴族服を着た者もいれば、【聖域】時代さながらの毛皮を身にまとっただけの者もちらほら見受けられた。
前者はともかく、後者は戦場で率いるのも一苦労だ。ヒトの話を聞かなかったり、事前に資料を渡しておいても読んでいなかったり、最悪の場合、そもそも文字が読めなかったりすることもあるので――それも一度や二度ではなく――ああいった前時代的な連中に対するスピネズィアの評価は低い。
せめて従順ならまだ使いようもあるのだが、そういう手合に限って無駄に気心だけは一丁前の戦士だし……
(ま、ドスロトス族みたいな例外もいるけど)
『古き良き』魔族スタイルを貫きつつ、有能な者たちもいることにはいる。ただし、かなり稀だ。
「……敵国についておさらいしておこう。一応、な」
セキハンクスが全てを受け入れたような顔で微笑んでいるのも、おそらくそういうことで、傘下の木っ端たちにはあまり期待していないのだろう。
服につけていた骨の装飾を変形させ、細長い指示棒にしたセキハンクスは、ビシッとミニチュア地形図を指した。
「フェレトリア王国。その名の通り、フェレトリア山脈と呼ばれる鉱山を中心としたドワーフの国だ」
斜面に張り付くようにして建てられた数々の要塞に山城、そしてそれらを有機的に接続する坑道――
「規模感としては、山脈に根付いた都市国家と考えるとわかりやすいかもしれんな」
セキハンクスの例えにふむふむとうなずくサウロエ族・コルヴト族の面々。
……ワンテンポ遅れて、なんとなくうなずいているその他大勢。そもそも都市国家という概念が伝わらないのかもしれないな、と一瞬遠い目をするセキハンクスだったが、気を取り直して言葉を続ける。
「国王はマッケン=ジーア=ナグマーン。優れた鍛冶の腕前により、百年前に王に選ばれた
おお~……と天幕内の魔族たちがどよめいた。
大将首! やはり魔族はそれを聞くと高揚する。
討ち取れれば陞爵間違いなしの『大物』だ。是が非でも仕留めたい――出世の機会に飢えた木っ端魔族たちはぎらぎらと目を輝かせ、舌なめずりしている。
「ただ、この王に伯爵級の魔族が討ち取られたとも聞く。戦鎚のひと振りで頭を叩き潰され、レイジュ族の治療も間に合わなかったそうだ。どうやらマッケンは閉所での防戦にめっぽう強いらしい。みな、要塞内で出くわしたらくれぐれも油断するなよ」
が、付け足された注意に浮ついた空気が引き締まった。
そう――ドワーフ鍛冶戦士はこれが怖い。
自作の武具のみならず、先祖代々の【真打ち】の武器防具で身を固めた恐るべき重装戦士。悪魔の契約がなく、素の状態ではせいぜい男爵級の魔力しかないドワーフたちが、魔族と対等に渡り合えるのは他ならぬ武装のおかげなのだ。
魔族もステータスシンボルとしてドワーフ製の武具をもてはやしているだけに、その脅威は充分わかっている。
まあ……もっとも……
真の意味でその恐ろしさを『理解』するのは、真打ちのハンマーが己の肉体にめり込む瞬間かもしれないが……
「あ! 一応言っておくが、ドワーフは殺すよりも生け捕りの方が望ましいからな」
じわじわと戦意と警戒心を高めつつある木っ端魔族たちを見て、セキハンクスが急いで付け加えた。
「死んだドワーフはどう足掻いても従わせられんが、生きてさえいれば働かせられるかもしれん。そんなわけで、ドワーフの首より、ドワーフの捕虜の方が戦功としても高めに評価される」
「はい! 質問!」
と、サウロエ族の若手がサッと手を挙げた。
「なんだ」
「ってことは、ドワーフと戦ったら都度気絶させて、本陣まで運んでこなきゃいけないってことッスか?」
「いや、そこまでは言わん。首の方が持ち運びもしやすいからな。ただ、降伏したり気絶したりしたドワーフに、必ずしもトドメは刺さんでもいい、ということだ。みなも部下にしっかり言っておいてほしい」
流石の木っ端魔族たちも、これには素直にうなずいていた。
大事なのはいかに手柄を稼げるかであって、いくつ首を持って帰れるかではないのだ。……少なくとも、この場合は。
「で、肝心の連中の兵力だが、ドワーフの街は閉鎖的でな。流石の夜エルフの諜報員もここには潜り込めん。よって具体的な兵数や人口はよくわかっていない」
そうだな? と目で尋ねるセキハンクスに、壁際で控えていた夜エルフ諜報員の男が「はっ」と前に進み出て答えた。
「ドワーフの街への潜入は不可能でしたが、周辺地域の人族領や獣人族領は、我々の活動範囲でもありました。商人の動き、主に食料や酒類の消費量からおおよその人口は推測できます」
「なるほど。その手があったか。それで?」
「フェレトリア王国のドワーフ人口は老若男女あわせて2~3万ではないかと。ドワーフ族は主に男が戦場に出ますので、年齢層も加味しますと、フェレトリア鍛冶戦士団の戦力は5千程度と考えられます」
5千のドワーフ鍛冶戦士。
改めて聞くと、ゾクゾクと背筋に震えが走る数だ。
スピネズィアもこれまでの戦で、ドワーフ鍛冶戦士団とは幾度となく交戦したことがある。
遭遇したのは主に追撃戦――ドワーフ側からすれば撤退戦で、連中としては本気でやり合うことよりも逃げることを優先していたはずだが。
それでもなお、手強かった。
しかもたった十数名ほどの小部隊でも、だ!
「幸か不幸か、今回の戦は攻城戦だ。野戦でもあるまいし、5千の鍛冶戦士と一度に相対することはありえんだろうが……なかなかに、歯ごたえのある戦いになりそうではないか?」
獰猛な笑みを浮かべるセキハンクスに、ははは……と魔族たちの笑い声が応える。力は強いが、足の遅いドワーフは、むしろ野戦ではあまり脅威たり得ないだろう。
(ま、実際のところはわかんないけど)
スピネズィアをはじめ、魔族は、実のところ野戦の経験がほとんどないのだ。同盟軍の大部分は惰弱な下等種であり、砦や城がなければまともに戦えないため、魔族が出撃するときは必然的に同盟軍が立てこもった城や都市を攻めることになる――
数少ない例外は森エルフの軍団と森林地帯でやり合うときくらいのものだが、まあこの場合、森もある種の要塞のようなものだ。
(夜エルフや獣人兵なんかは野戦の経験もあるんでしょうけどね……)
モシャッ……とクリームパンをかじりながら、壁際の夜エルフ諜報員を見やるスピネズィア。
あとはゴブリン兵やオーガ兵も前哨戦で同盟軍にぶつけられることが多いが、このあたりはスピネズィアも詳しくはない。醜い最下等種に興味はないからだ。
「――これまでの経験上、このあたりの規模の要塞には、だいたい50~100名の鍛冶戦士が詰めていることはわかっている」
指示棒でトントンとミニチュアの要塞をつつくセキハンクス。
そしてそんな要塞が、ミニチュアの範囲内だけでも5つはある――それらに取り囲まれたフェレトリア王国の本拠地、城塞都市はいったいどれほど堅牢なのか……!
「とはいえ、連中にも弱点がないわけではない」
視線を転じ、セキハンクスはつま先で山脈の周囲の地面を叩いた。
「属領、あるいは耕作地。山の上ではロクな作物が育たん。でありながらドワーフはそこそこ大食らいだ。そんな連中の胃袋を支えているのが、山脈の周囲に広がる人族領や獣人族領だ」
人族領・オプスガルディア、テルガリウス。
獣人族領・プルゲスタ。
「先ほど諜報員から説明があったように、属領から届けられる食料がなければドワーフの街は立ち行かん。であれば、要塞を真正面から力攻めする前に、属領を先に叩くのが対ドワーフ戦における定石と言えるだろう……」
セキハンクスが言うように、普通に考えるなら、それが賢明だ。
そう、普通に考えるなら――スピネズィアは、険しい顔で唇を引き結んだ。
すぐに空腹に襲われ、大口を開けてさくらんぼのタルトにかじりついたが。
「するってぇと、まず先に下等種どもとやり合うってぇことですかい?」
少し鼻白んだ様子で、腕組みした蛮族スタイル木っ端魔族が不満げにしている。
「うむ。とはいえ下等種だけではないがな。ドワーフどもも、飯の供給源を叩かれたら困ることはわかりきっている。つまり、鍛冶戦士団の一部は属領の防衛にも回されているはずだ。さらに言うなら、隣国からもドワーフの戦士団が援軍に送られてくることだろう。喜べ、どのみちドワーフ鍛冶戦士とは戦えるぞ」
セキハンクスは微笑んで答えた。
「へへっ、そいつぁいいや!」
「下等種どもの首を積み上げても張り合いがねえ!」
「せいぜい戦功の足しにしかなりませんからなぁ!」
顔を見合わせてガハハと笑う木っ端魔族たち。
「――となると、当然、聖教会や森エルフの戦力も配置されていますよね?」
と、コルヴト族の若手が口を挟む。
「そうだな。同盟の動きだが――どうなっている?」
うなずいたセキハンクスは、自然に夜エルフ諜報員に話を振り。
「はっ……」
口を開きかけた諜報員は、それからしばし、黙り込んだ。
「……? どうした?」
常日頃から即答、理路整然とした説明をするのが当たり前だった諜報員の、思いもよらぬ沈黙に困惑するセキハンクス。
「……誠に、申し訳ございませんが……現時点での、聖教会や
忸怩たる面持ちで、諜報員は告げた。
「諜報網が機能しなくなったため――新たな情報が入ってきておりません」
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