518.血の繋がり
魔王軍の野営地の中心部には、バカでかい天幕が設営されていた。
大の大人が優に50名は収容できる大きさで、魔王国の国旗である黒一色の旗が掲げられ、その両隣には『黒地に白丸』のサウロエ族の旗と、『黒地に茶色の四角』のコルヴト族の旗もはためいている。
言うまでもなく、北部戦線の前線司令部だ。
――余談だが、魔族の部族旗は『黒地』+『何かしらの模様』というシンプル極まりないものであることが多い。
たとえばレイジュ族は黒地に爪痕にも似た3本の斜線(【転置呪】の起源となった傷)といった具合だ。
元々魔族は『旗』という文化を持たず(そもそも布が存在しなかった)、【聖域】を脱して外の文明に触れ、「あれイカしてんな!」とこぞって真似をし始めた。
しかし残念ながら当時の魔族には、凝ったデザインを考え出せるだけの文化資本がなかったため、極めてシンプルな模様ばかりとなり、今の若い世代は一族の旗の稚拙さに閉口することもあるという。
なお、黒地ベースが多いのは、人族や獣人族の国家において『白旗』が降伏の証であることを知り、「ならその反対の黒一色は勇猛な旗だ!」と解釈したことが原因とされている。
魔王国の国旗が黒一色であることもそれとは無関係ではないが、加えて『ほぼ全ての部族に共通する黒地のみを国旗として採用した』⇒『魔王国は全ての魔族のための国であり、特定の部族を贔屓することは決してない』という、初代魔王の思想を強く反映したものでもある――
スピネズィアが司令部に入ると、主だった面々はすでに集まっているようだった。
「よう、スピネズィア。腹ごしらえは充分か?」
気さくに声をかけてきたのは、赤銅色の髪が特徴的な、精悍な魔族の男だ。サウロエ族の軍団長を務めるセキハンクス侯爵。
「腹ごしらえが充分になったことなんて、幼少期以来一度もないわよ、叔父上」
スピネズィアも軽い調子で答える。セキハンクスは何を隠そうサウロエ族の族長筋であり、スピネズィアの母の弟なので気安いものだ。
「一応、会議が終わるまでもつとは思うけど」
――そう言って振り返るスピネズィアの背後に、コシギンをはじめ食料を山ほど抱えた従者がぞろぞろとついてきているのを見て、流石のセキハンクスも少し顔をひきつらせる。
「……頼むから、軍の備蓄を食い尽くさんでくれよ?」
「あたしも、そうならないことを願ってる。頼りにしてるわよ叔父上」
モシャァッ! とドデカいタルトを一口で飲み込むスピネズィアに、セキハンクスは溜息をついて額を押さえた。この腹ぺこお姫様を食わしていくのは、色々とシャレにならないのだ……
「ほっほっほ。相変わらず見ていて気持ちがいいほどの食べっぷりであるな」
そんなふたりの会話に、朗らかに笑う白髪交じりの茶髪の老魔族。
「パンモアルス殿……笑っていられるのも最初のうちだけですぞ」
「ほっほほ。まあセキハンクス殿、いざというときは親戚のよしみ、我らを頼られるがよかろう。安くしておくでな」
ニヤリと笑う老魔族の名を、パンモアルスという。コルヴト族の軍団長で、セキハンクスと同格の侯爵だ。
今回のフェレトリア王国攻略軍は主にサウロエ族とコルヴト族(と、両部族の傘下の木っ端たち)で構成されており、このふたりの侯爵が指揮官ということになる。
ただし、サウロエ族の方が参加人数が多いので、実質的にはセキハンクスがトップと言っていいだろう。
また、サウロエ族は第1魔王子アイオギアス派であり、コルヴト族は第2魔王子ルビーフィア派なので、本来ならもっとギスギスした関係になっていてもおかしくないのだが……
少なくともスピネズィア周辺に限っては、和気あいあいとしている。
「いやはや、それにしてもスピネズィアも大きくなったものであるなぁ。本当にあっという間だった。ワシもそろそろ引退か……」
ゴワゴワした立派な茶色のひげを撫でながら、しみじみとするパンモアルス。
まるで親戚のおじさんのような態度だが、事実、親戚のおじさんなのだ。スピネズィアの母方の祖母はコルヴト族出身であり、パンモアルスとは血の繋がりがあったりもする。
セキハンクスに至ってはコルヴト族の【石操呪】を受け継ぎ、サウロエ族の強力な【狩猟域】まで使いこなすスーパーエリート魔族で、若くして侯爵まで成り上がっていることからもその実力は明らかだ。
「何を弱気なことを。生涯現役と仰ってたではないですか」
「まあ、記念に公爵には上がっておきたいところだが……そろそろ後進に席を譲らねばなるまいて。ワシの代わりに軍団長になりたい者はおるか?」
パンモアルスの呼びかけに、周囲のコルヴト族の者たちが「はーい」「そりゃあ、まあ」「できるもんなら」とぱらぱらと手を挙げた。
「はっはっはっは!」
思わずセキハンクスが吹き出しているが、それは、コルヴト族がぱらぱらとしか挙手しなかったからだ。これが他の部族なら、老いも若きも我先にと、やかましく手を挙げていたことだろう。
ところがコルヴト族と来たら……「やりたいやつがやれば?」と言わんばかりの、のんびりした様子。【石操呪】による土木工事だけで十分に食っていけるということもあるだろうが、魔族らしからぬ大人しさというべきか、とにかくコルヴト族は温和な気質で、あまり戦好きではないのだ。
「まあ、魔王陛下から任された以上、勝手に譲るわけにもいかん」
肩をすくめるパンモアルスに、「なら聞くなー」と野次が飛ぶ。
「戦に出ずして爵位を上げられるなら、それが一番楽なのであるが……」
などとぼやき出すパンモアルスに、「流石にそれは……」とセキハンクスも苦笑を抑えられない。
なんとも気の抜けた様子だ。とても魔族とは思えぬ発言。
(まあ……そもそも、あの子がいる時点で……)
スピネズィアもまた、呆れたように笑う。パンモアルスの隣の席には、スヤスヤと寝息を立てる妹・第6魔王子トパーズィアの姿もあった。今回は参戦しないらしい、と聞いていたが、結局連れてこられたらしい。そして一応はコルヴト族の姫なので、会議の場にも引っ張り出されてきたのだろう。お飾り以外の何物でもなかったが。
のんびりした軍団長に、あまりやる気のない若者たち、堂々と居眠りする姫。戦場での姿とは到底思えず、ともすれば腑抜けな惰弱者の集まりと見なされかねないコルヴト族だったが――
――その実、野戦築城はお手の物、敵の足場を一瞬で崩壊させ、石の槍で雑魚をまとめて串刺しにし、岩を雨あられと降らせて障壁を叩き割る彼らは、その気になれば恐ろしいほど戦に強い。
しかもコルヴト族は、戦好きではないだけで、戦が嫌いなわけでもなく、かつ身内想いなため一族が馬鹿にされると割と簡単にキレる。
かつてはコルヴト族を馬鹿にし、コケにする者も居たが――
魔族の歴史の中で、そんな連中は淘汰されてきたのだ。
ゆえに、現代では、居ない。
「……さて、そろそろ集まったか?」
ほどよく空気が和んできたところで、セキハンクスが天幕内を見渡す。
サウロエ族、コルヴト族の主だった戦士たちに、傘下の部族の代表たちが揃い踏みだ。爵位や魔力の強さはまちまちだが、最低でも子爵級といったところだろう。
――ちなみにトパーズィアは、本人は目立った戦果を挙げたことがないことから、爵位こそ従騎士のままだが、姫であることと、魔力はそこそこ育っていることからこの場に引っ張り出されている。
スピネズィアは子爵だが、その魔力は伯爵級に迫っており、今回でよほどのヘマをしない限り陞爵するだろう。周囲からは20代にして伯爵に手が届こうという実力者として一目置かれている――のだが、魔王国では実力が全てなので、たとえ魔王の子であろうとも、サウロエ族の軍団長はこの場で最高位のセキハンクス侯爵だ。
(それに、あたしなんてね)
スピネズィア本人としても、『一桁年齢で侯爵まで駆け上がり、なぜか魔王に極秘の国家プロジェクトを任され、終いには手勢を引き連れ奇襲してきた同格の兄をほぼ単身で返り討ちにした』とかいうバケモノじみたヤツを知っているので、調子に乗る気にもなれなかった。
「コシギン、これより先は」
「あっ、畏まりました!」
黄昏るスピネズィアの背後で、副官に促されたコシギンら獣人従者たちが食料の袋を置いて退出していく。
いや、スピネズィアの従者だけでなく、壁際に控えていた他の召使いや側仕えたちも、それに続いた。
残されたのは、魔族の有力者と、ごく少数の夜エルフだけ――
「みな、よく集まってくれた」
円形に座った戦士たちを見渡し、立ち上がったセキハンクスが口火を切る。
空気が引き締まった。コルヴト族たちでさえも、だ。
これより先は誰が名誉と栄光を手にし、誰が生き、誰が死ぬかに直結する話し合いだ――それは、槍を交わさぬ戦に他ならなかった。
「それでは――パンモアルス殿」
「うむ」
椅子に腰掛けたまま、パンモアルスがトンとつま先で地面を叩いた。
――魔力が奔る。
円陣を組んだスピネズィアたちの真ん中、空いた空間の地面が盛り上がり。
起伏に飛んだ山々に、木立を縫うようにして伸びる道、そしてそびえ立つドワーフの要塞――
周囲の地形を反映したミニチュアが、一瞬にして生成された。
「これより、サウロエ族、コルヴト族、ならびに有志部族連合による、フェレトリア王国攻略作戦の合議を行う」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※当初、『魔族の名前は鉱石由来』という原則に基づいて、
サウロエ族軍団長『ベリルタクス』(レッドベリル)
コルヴト族軍団長『モリオグナス』(モリオン)
――にするつもりだったんですが、わかりにくかったので、スピネズィアに飯を食わせなきゃいけない赤髪の魔族『赤飯クス』、食料が尽きたらウチを頼ったらいいよと言ってくれる『パンもあるす』という、わかりやすさ重視の名前にしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます