520.魔族的結論
【前回のあらすじ】
ドワーフ王国に攻め込むにあたり、作戦会議を行うサウロエ族・コルヴト族の連合軍団。
赤飯クス「それで同盟軍の動きはどんなもん?」
夜エルフ「諜報網が壊滅したので新たな情報が入ってきません……」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「……何か、判明していることはないのか?」
セキハンクスは重ねて問うたが、どうにか角が立たないよう、言葉選びに苦慮しているようにも見えた。
つまり、あまり責めるような言い方はしたくない。夜エルフ諜報網がなぜ壊滅するに至ったかを考えれば当然のことだ。
――イザニス族の『毒母』ことネフラディアの乱心、ビラばら撒き事件。第7魔王子ジルバギアスの追放を大々的に暴露したせいで、同盟圏に潜伏していた諜報員まで闇の輩狩りの憂き目に遭ってしまった。
無事に脱出できた者は1割にも満たないという。夜エルフからすれば、とんだとばっちりだ。諜報網の壊滅もさることながら、一族の最精鋭がごっそりと欠けてしまったのがあまりに痛い。しかも、夜エルフや魔王国の存亡をかけた一大作戦に身を投じたのならばまだしも、魔族同士のいざこざの巻き添えで犬死にしたのでは……。
(ここで叱責でもしようものなら、末代まで恨まれるわね)
ドーナツにかぶりつきながら、スピネズィアは相変わらず無表情な夜エルフを見やった。あの鉄面皮の裏側に、どれほどの怨嗟が渦巻いていることか。
夜エルフは執念深い。彼らの恨みを買った一族は、遅効性の毒のようなしっぺ返しを食らうことになるだろう。
具体的には、使用人や役人を雇おうとしても、夜エルフが全く集まらなくなる。
(あたしたち魔族は、たとえ強くても、平均的な賢さじゃ夜エルフに遠く及ばない。夜エルフ抜きで領地経営やら事務処理やらこなすのは相当キツいわ……)
かくいうスピネズィアも、夜エルフの使用人を何人も雇っている。今回の出陣でもスピネズィアの生命線たる食料の手配から輸送まで、具体的な手続きを担っているのは夜エルフだ。
賢く、連携力があり、誓約の魔法により守秘義務もばっちり。夜エルフのコミュニティから流れてくる細かな噂話や情報も侮れない。
ちょっとした雑用から軍事作戦の支援に至るまで、あらゆる分野で高レベルの能力を発揮する夜エルフは、上位魔族にとってなくてはならない戦力なのだ。
それが全く使えないとなると、支障をきたすなんてもんじゃない。
(夜エルフの代わりに、ホブゴブリンとか悪魔を雇うって手もあるけど、ホブゴブはたまにアテにならないし、悪魔は協調性がないし……)
ホブゴブリンは、見た目とは裏腹にかなり頭がいい種族だ。ただし、おっちょこちょいなところもあり、仕事が早い代わりにミスも多い。
悪魔は、権能によってその性質が千差万別で、事前の評価が難しい。大悪魔になればなるほど能力は高くなるが、その代わり我も強くなっていき、他者との連携に支障をきたしたり、扱いづらくなったりする。
逆に、
いずれにせよ癖のある種族なので、夜エルフのそつのなさと比べるとどうしても見劣りしてしまう。
ま、一般魔族には縁がない話なんでしょうけど、などと思いながら、「あーん」とチェリーパイにかぶりつくスピネズィア。
(父上のステグノスは有能よね~ちょっとうらやましいわ)
魔王の執事【渇望の悪魔】ステグノスのように、有能で気が利く大悪魔は実は少数派なのだ。
それで、夜エルフの話に戻るが――
彼ら彼女らを粗略に扱ったせいで、新規に夜エルフを雇えなくなり、契約中の者も必要最低限の働きしかしなくなり、領地経営や諸々の業務が立ち行かなくなり、他種族の使用人から情報がダダ漏れになり、緩やかに没落していった(現在進行形でしていっている)アホな部族も存在する。
(何が笑えないって、イザニス族もそうなりそうなのよね……)
諜報分野での交流が盛んで、夜エルフとは良好な関係を結んでいたイザニス族も、当たり前だが、ネフラディアの一件で凄まじく関係が悪化してしまった。
まだそれまでの積み重ねがあったおかげで、夜エルフが一気に辞めていくような事態にまでは陥っていないが、イザニス派の一部の夜エルフを除いて少しずつ距離を取られつつあるとか。
これが他の部族なら「バカなことしたわね~」と半笑いでいられるが、同じ第1魔王子アイオギアス派閥なのでイザニス族の弱体化は洒落にならない。
(ただでさえバカ兄貴が死んで魔王子がひとり欠けちゃったっていうのに……)
そこに加えて、【ダークポータル】の異変だ。本当に頭が痛くなってくる。
「――諜報網が問題なく機能していた、ここ1ヶ月前後の情報なら、ございます」
と、セキハンクスの問いかけに、ややあって夜エルフが答えた。彼も諜報員だったのだろうか。無表情ながら、何とも言えない寂寥感の滲む声だった。
「まず、聖大樹連合の森エルフ弓兵が少なくとも2個大隊、ドワーフ王国連合の領域へ移動したのを確認しております。おそらく、王国内における人族・獣人族領の森林地帯に散兵として展開しているものと考えられます」
「ふむ」
大隊≒500名なので結構な数だ。しかも森エルフ弓兵は、弓に長けているだけでなく何かしらの魔法を使う。無策に周辺の森に兵を突っ込ませれば、あっという間に矢でハリネズミのようになったオブジェが量産されることになるだろう。
なので、火魔法が得意な者を集めて森を焼いてしまうなり、防御が硬い精鋭を突っ込ませて薙ぎ倒すなり、対策する必要がある。
「次に聖教会ですが、半年ほど前から、各地の戦力が徐々に集結しつつあり、勇者・神官・魔法使いなどの上級戦闘員を含む戦力が2千ほど。剣聖を多数含む"剣の修道会"の剣士が少なくとも400、流入してきたのを確認しています……が」
ここで、一旦言葉を切る夜エルフ諜報員。
「その後、例の、ジルバギアス殿下がカイザーン帝国軍と交戦したとの一報があり、おそらくは殿下の捜索のため、戦力が激しく出入りする状況になりまして……諜報網の壊滅も相まって、現時点でドワーフ連合王国に援軍として駐留している戦力がどれほどなのか、わからないというのが実情です」
あれかぁ……という空気が陣内に広まった。
追放中のジルバギアスが、単騎で人族の軍に突っ込み、手傷を負いながらも皇帝の首をかっさらっていったらしい、という噂は魔王国中に広まっている。
「自分もやってみたいなぁ!」と憧れる者もいれば、「本当にそんなことをやったのか?」と訝しむ者もいるが、『それが事実ならば』概ね好意的に捉える傾向が強い。
(ただ、夜エルフとしては複雑な心境よね……)
ジルバギアスの追放のせいで同胞が壊滅的被害を受けたのに、当の本人は人族の軍相手に大暴れときては、やっていられないだろう……
「ふむ。確かに現時点での情報は不確定だが、最低でも聖教会軍が2千に、剣聖を含む剣士団が400はいると見た方がいいわけだな」
「はっ。加えて、人族領や獣人族領の民兵が3千ほどはいてもおかしくないかと」
「まあ雑兵は何匹いようとそれほど変わらんのでよいとして……そうか。うーむ」
セキハンクスが難しい顔で砦や要塞のミニチュアを睨んでいる。
これまでの傾向からして、聖教会の援軍は、ドワーフの砦よりも人族領・獣人族領のドワーフ鍛冶戦士団の手が回らない僻地に補助戦力として入っていることが多い。
「現状、夜エルフによる破壊工作も実行できておりませんので、物資の集積は充分であると思われます」
どこか苦々しげに諜報員が付け足して、セキハンクスも「そうか」と重々しくうなずいた。
「つまり我々は、これまでと違い、十全に力を蓄えた同盟軍とぶつかり合うわけだ。なかなか面白くなってきたじゃないか、【俺は喜んで受け入れるぞ】」
ふふふ、と不敵に笑うセキハンクス。じわりとその存在感が増したようだった。
「そういえば、『夜エルフによる破壊工作』と言っておったが、現地には確か吸血種が潜入しておるのではなかったか?」
と、ここでパンモアルスがあごひげを撫でながら口を挟んだ。
「
「それなのですが……帰還率が低く、あまり情報が取れていないとのことで」
スンッと半眼になった諜報員が、平坦な声で答える。
「帰還率が低い? 撃破されているということか?」
「いえ……それが……
「…………」
パンモアルスは穏やかな魔族だが、このときばかりは「使えねぇ……」という顔をしていた。
「……吸血種の責任者を呼びましょうか? 任務に私情を挟む者は信用になりませんが、もしかしたら最新情報があるかもしれません」
「いや、構わん」
やっぱどうでもいいや、とばかりに椅子の背もたれに身を預けるパンモアルス。
スピネズィアも内心呆れていたが、やはり諜報網の壊滅は痛いな、とも思った。
これまで、こういった会議では、夜エルフの報告を聞いて同盟軍の無駄なあがきを嘲笑するのがお決まりのパターンだったが――
いや、魔王軍の戦力そのものは、充分なのだ。むしろ過剰だろう。
何が出てきたところで真正面から粉砕する自信はある。
ただ……今まで見えていたものが、見えないというのは。
何と不便に感じるものなのか……
そう、不便。
決して不安や心細さなどではない、とスピネズィアは己に言い聞かせる。
相手がドワーフなだけに、相応の損害は出る覚悟はスピネズィアもしているが、負ける気はしない。
だというのに……何なのだろう、この、胸騒ぎのようなものは――
「となると、結局のところ、どうしたものか」
椅子に頬杖をついて、パンモアルスがミニチュアの戦場を眺めている。
「吸血種は、戦力に数えん方が早かろう。たっぷりと備蓄したドワーフの要塞、周辺の山林には森エルフ弓兵、そしてドワーフ王国を支える人族領に獣人族領――これまでの対ドワーフ戦を踏襲するならば、まず人族領や獣人族領を平らげていくのが無難と考えるがの。如何か?」
パンモアルスの方針は、真っ当かつ堅実なものだった。ドワーフの要塞は非常に堅固なので、真正面から攻めるのは流石に無策がすぎる。周辺地域から制圧していき、補給を断って要塞戦に移行するのが最も無難だ。
まあ、早い話が兵糧攻めで、相手をある程度飢えさせてから攻めた方がやりやすいよね、ということ。
それを読んで、ドワーフ鍛冶戦士団も相応の戦力を配置はしているだろうが、最初から要塞に攻め込むよりは楽だ。
「まあ、そうですね……」
「それが無難ではある」
「やりやすい方から片付けちまうかぁ」
皆も異論はないらしく、そういう雰囲気になりつつあるが。
「――意見があります」
スピネズィアは、ボン=デージの腹部のファスナーを閉め、食欲を抑制しながら手を挙げた。
「あたしは、むしろ最初に、要塞をひとつ落とすべきだと考えます」
ほう? とパンモアルスが興味深げな顔をし、セキハンクスも意外そうに目をしばたかせている。こういうとき、スピネズィアが積極的に異を唱える人物ではないと、知っていたがゆえに――
――パンモアルスの方針が、戦術的には妥当であると、スピネズィアにもわかっているのだ。
だが、スピネズィアは、魔王子として異議を唱える必要があった。
「その心は?」
「父上のお言葉があります」
スピネズィアの答えに、陣内の空気がにわかに熱を帯びた。
魔王陛下のお言葉! いったい我らに何を?
「『――北部戦線に楔を打ち込むのだ。ドワーフ連合の牙城を粉砕せよ』」
スピネズィアは思い出す。魔王こと父ゴルドギアスと、食事をともにした日のことを。
正確に言えば、それはスピネズィア個人に向けられた激励の言葉ではあったが、魔族の未来を思っての発言であったことに違いはない。
「皆も、聞き及んでいるでしょう。【ダークポータル】の異変を」
椅子から立ち上がり、周囲の面々を見回しながら、スピネズィアは言った。
ざわ、と先ほどとは質の違う――「なぜ今それを」と言わんばかりの空気。
「オディゴスがいなくなり、誰もが理想の悪魔と契約できるわけではなくなってしまった」
……沈黙。そのことの意味が、重みが、わからぬ者は子爵にまで成り上がれない。
皆ができれば直視したくない問題でもあった。自分たちは、まだいい。理想の悪魔と契約できている。
だが、子どもたちは? 孫たちは? 我らが子孫は――? 理想の悪魔に出会える者とそうでない者、実力にどれだけの開きが出るのか、想像もつかない――
「魔王国内の全ての種族が、我々の一挙手一投足を見ている」
スピネズィアは、壁際に控えていた夜エルフ諜報員を見据えた。
――目を逸らされた。
「今、我らに惰弱な振る舞いは許されない。我らは、魔族は、力を示す必要がある。確固たる武力を。戦士としての実力を」
ドワーフの要塞が堅固なのは揺るぎない事実だ。
他種族であれば、どれだけの戦力を投入したところで陥落はさせられまい。
だが、魔族にはそれができる。
「――示す必要がある」
難攻不落のドワーフ要塞を、真正面から陥落させられるだけの力があることを。
「……なるほど。いいぞ」
セキハンクスが、獰猛に笑った。
「確かに、『無難が過ぎた』な。俺はその提案、【受け入れる】。それにしても我らが姫君の勇猛なことよ。まさかサウロエ族の戦士は、異議を唱えまい?」
セキハンクスが視線を送ると、サウロエ族の面々はニヤリと笑ってみせた。
「ほっほっほ。そう言われてしまうとのぅ」
パンモアルスは、朗らかに笑う。
「魔族の戦士としては――否やと言うはずもない。いや、」
ぎらり、とその表情が、魔族らしい凶暴さを帯びた。
「――乗った。面白い。我らコルヴト族の力、とくとご覧に入れよう」
他部族の者たちに。
――魔王国内の、あらゆる種族たちに。
そうして、様々な政治的思惑の結果、サウロエ族・コルヴト族連合軍団の最初の方針は、『準備が整い次第、一番手近な砦に全軍突撃』と相成った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※あけましておめでとうございます!
第7魔王子ジルバギアスの魔王傾国記 甘木智彬 @AmagiTomoaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。第7魔王子ジルバギアスの魔王傾国記の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます