259.犬猿の仲
どうも、後日イザニス領の惨状を聞いて、「思ったより燃えたな……」と山火事の恐ろしさを実感しているジルバギアスです。
『全力でブレスを吐いたら、森を焼き払えたりする?』
という俺の問いに対し、レイラは、
『――わかりませんけど、努力します――』
と、ふんすふんすと鼻息も荒く答えた。
まあ、レイラ単体で森を全て焼き払うのは、常識的に無理だとわかっていた。それでも全力のブレスなら生木を1本、枯れ枝のように燃やすことはできる。
なので、イザニス族の街にまで火の手が伸びるよう、これまでの知識を総動員して風向きやら何やらを計算し数箇所に着火、結果を見届ける前に速やかに離脱したわけだが……
いや、マジで思ったより燃えた。
山5つとその周辺の森が灰燼に帰したらしい。街を必死で火の手から守り抜いたイザニス族は、多くが魔法の使いすぎでダウン。ボヤ騒ぎで家が焼けたり、延焼防止で打ち壊されてしまったりで、住居を失った下層民も少なくないそうだ。
いやぁ、ある程度燃え広がらせるつもりで放火したけど、想定してた10倍くらいの面積が燃えちゃったな……。
『わぅぅぅん! きゃぅんきゃぅん!』
容赦なく木々に着火していく俺たちに、リリアナはめちゃくちゃ悲痛な声を上げて猛抗議した。自意識が犬でも、森を大切に思う気持ちは変わらないようだ……
そして魔王城に戻ってから、リリアナはしばらく口を利いてくれなくなった。ガルーニャの後ろに隠れて、レイラからは一歩距離を取り、俺が好物のフルーツやお菓子を差し出しても全力でプイッ! とする。(ただし皿に置いておくとあとでこっそり食べる。)
『お主らを止めるため正気に戻るのではないかとちょっと期待したが、そうは上手くことが運ばなかったの~』
と、アンテはちょっと残念そうにしていたが……森焼きで自我を取り戻す羽目になったら、あまりにリリアナが気の毒なので、そうならなくて微妙にホッとしている俺もいる。
「リリアナ、ごめんよ」
「…………」
プイッ、と顔をそむけて無言の抗議を続けるリリアナ。こんな状態でも、訓練などで俺が負傷したら、いつものようにペロペロ治療はしてくれる。
ありがたいやら、申し訳ないやら。
何はともあれ、イザニス領デフテロス県は、街周辺の豊かな猟場と資源を失った。嫌がらせへの意趣返しとしては、かなり痛烈な一手だったと言えるだろう……自治区と違って死人は出てないみたいだがな。
俺の仕業だと確定したら魔王からのペナルティがあるので、自分から認めるわけにはいかないが、ざまあみろって感じだ。
「――というわけで、ルビーフィア派閥に接近する動きを見せたいと思います」
また、今後の方針についてもプラティと共有しておく。
自治区に多数の魔獣が流入した件は、プラティも問題視していた。ただ、自治区民に被害が出てブチギレている俺とは違い、単純に、俺がナメられていることに対して怒っているようだった。
「ふむ……まあ、いいでしょう」
パチン、と扇子を畳みながらプラティ。
「ただし、バランスは取りなさい。
せっかくの美貌をしかめ面で台無しにしているあたり、俺が擦り寄りムーヴを取ること自体、かなり嫌なんだろうな。ただ緑カスに社会的なダメージを与えるには有効な手だから、仕方なくってところか。
「それでは、ルビーフィアと会談したあとで、スピネズィアと話し合いの場を持ちましょうか」
以前、前線帰りのスピネズィアがエヴァロティを訪れたことは、すでにプラティにも話してある。
「エメルギアスには、派閥内でせいぜい気まずい思いをしてもらうとして」
本当だったら取り巻きともども顔面ボコボコにしてやりたいくらいだが、手を出して魔王に目をつけられたら面倒だしな。
「それがいいわね。……ふふ、わたし、
獰猛な笑みを、再びファサッと扇子で隠しながら、プラティ。
ネフラディアはプラティが俺を産むまで、子持ちの魔王の妻として猛烈にマウント取ってきたらしいからな……緑カスが産まれた40年くらい前から、それはもうネチネチと、顔を合わすたびに欠かすことなく。
プラティのネフラディアに対する悪感情は相当なものだ。まず間違いなく俺が魔王に即位したあとの粛清リストに載っているだろう。
ただ、マウント合戦については、ネフラディアだけが特別ってことはないので……
「……母上が大好きな魔王の妻なんて、そもそも存在しないのでは?」
「あら。これは1本取られたわね」
からからと笑うプラティ。こえーよ、目が全然笑ってねぇ……
俺が魔王位継承戦を勝ち残ったら、何だかんだ理由をつけて血の雨が降るんだろうなーと他人事のように思う。
ま、俺が魔王の槍を継承したら、魔王国に血の雨が降るのは確定してるけどな。
緑カスもその親も、イザニス族の全員も、いずれまとめて冥府に送ってやるつもりだが。
今の俺は、まだ魔王子だ。魔族の王子様らしく、
そうして次の食事会の日。ハイエルフ皮のボン=デージに身を包み、緑カスに何をどう言ってやるか考えながら宮殿に赴くと――
「――来やがったな、ジルバギアス」
部屋に入るなり、緑色の瞳が俺を睨んだ。
「おや、兄上。いつもよりお早いようで」
蛇革のボン=デージで正装した緑カスが、早めに席についていた。腕組みしてカタカタと足を揺すっているせいで、隣のフードファイターが前菜を食べながら、鬱陶しそうな顔を見せている。
「テメェ、やりやがったな」
険しい顔で、唸るように緑カス。
「はて、何のことでしょう」
俺は「?」という顔で、唇を尖らせて小首をかしげてみせた。
「とぼけんじゃねえ……! ウチの領地の山火事だ!」
ダンッ! とテーブルを叩いた緑カスは――
「ホワイトドラゴンで火を放ちやがったな。……目撃者がいるぞ」
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