260.敵対の意志
「ホワイトドラゴンで火を放ちやがったな。……目撃者がいるぞ」
鬼の首を取ったように言う緑カスに、しかし俺は平然としていた。
まったく、想定通りだったからだ。
俺に対して嫌がらせした自覚があるなら、当然、報復の可能性も考えているはず。日頃からイザニス領上空をレイラで行き来している俺と、突然の山火事を結びつけるくらいのことはするだろう。少しは回る頭があるなら。
というか、たとえ俺が関与していなかったとしても、このタイミングで発生した山火事は俺のせいにされていた可能性が高い。むしろ、いちゃもんつけてこなかったら肩透かしを食うところだった。
「ほほう、目撃者ですか」
俺は眉を跳ね上げて、いかにも心外そうな顔をしてみせる。
『ま、十中八九ブラフじゃろうな』
アンテが鼻で笑った。山に火を放ったのは事実だが、レイラが飛び回りながらこれみよがしにブレスを撒き散らしたわけではない。
鬱蒼と生い茂る森の中に着陸しては、アンテが禁忌の魔法で【隠密を禁忌とし】、周囲の状況を探りながらことに及んだのだ。
……森の中、小動物はもとより地中の虫とかも一斉に這い出てきて、ちょっとした地獄絵図だったが……それはいいとして、いずれにせよ、火を付ける瞬間は近隣住民にはまず目撃されていない。
「ああそうだ。森の中で狩りをしていた連中が、ホワイトドラゴンで火を放ち、飛び去るお前をしかと見ていたぞ」
が、「お前の仕業だろ!」と詰め寄るだけでは説得力がないので、そういうことにしたのだろう。
「それが事実であれば由々しき事態ですね」
俺はひょいと肩をすくめた。
「ですが身に覚えがありませんな。見間違いでは?」
ぶっちゃけ目撃証言はほとんど意味がない。俺と緑はともに侯爵、木っ端はいくらでも動員できるし、魔力強者ゆえ、呪詛を放てば格下の言動も多少は操れる。
仮に今この瞬間、緑が
権力者が都合のいい証人を用意する、なんてのは同盟圏でも日常茶飯事だが、魔力強者同士で同じことをするとさらに泥沼化する。だからってワケじゃないが、埒が明かないから、結局は武力闘争に行き着いちゃうんだよな魔族は。
「白々しい――」
「――由々しき事態といえば、イザニス族について面白い証言がありましたよ」
緑がそれ以上何かを言う前に、俺は畳み掛けるようにして獰猛に笑う。
「なんでも、デフテロス県で大規模な山狩りをされたとか? 挙げ句、エヴァロティ自治区に多数の魔獣を追いやったとか。……いい迷惑ですよ、やってくれたなァこのクソ野郎」
フードファイターがピタッと食事の手を止めた。ギギギと音がしそうなぎこちない動きで、隣の緑を凝視する。
「――――」
緑は緑で、俺が突然暴言を吐いたので意表を突かれている。いつも兄姉に対して、丁寧な口調を心がけていたのはこういうときのためだ。
ちなみに、この段階で部屋にいるのは俺たち3名のみ。アイオギアスはまだ来ていないし、ダイアギアスは前線なので今日はお休み。
「……あら、何事?」
そして、ちょうどルビーフィアが眠り姫を抱えて入ってきた。険悪な空気を即座に察して、面白がるように頬をほころばせている。
「ああ、姉上。このトンチキ野郎がいきなりいちゃもんをつけてきましてね」
俺は嘆かわしいとばかりに芝居がかった仕草で言う。
「あはっ」
滅多とない俺の荒っぽい言葉遣いに、火種を見出して楽しげに目を輝かせるルビーフィア。
「むにゃ……」
いつものように椅子に座らされた眠り姫――トパーズィアが、やおら薄目を開いて俺を見てきたが、すぐに興味を失って、再びすぴすぴと寝息を立て始めた。
コイツが能動的に起き出したのはこれが初めてだったので、ちょっとびっくりしてしまったが、気を取り直して猿芝居を続ける。
「狭い領地もロクに管理しきれていないくせに、山火事まで俺の仕業などと抜かしてきやがりまして」
「うふっ、あははっ、それは災難ね」
暗にイザニス族の領地が自治区に吸い取られたことを揶揄しながら言うと、ルビーフィアは笑いをこらえきれない様子で相槌を打った。いつもバカ丁寧に振る舞っていた俺が、敵意と悪意丸出しにしているのがおかしくてたまらないのだろう。
「コイツが火を放ったんだ、言いがかりではない! 目撃者もいるし、ウチの領地を飛び去って山火事が発生したのは、動かしがたい事実だ!」
「落ち着けよ。俺の配下に知識の悪魔がいる。デフテロス王国のあらゆる記録も読み尽くしているはずだ……過去、夏の猛暑でどれだけ山火事が自然発生したか、あとで資料を送ってやるよ」
口調を荒げる緑に、冷笑を返しながら俺は言う。
ちなみにソフィアにはもう確認済みだ。デフテロス王国では規模も被害もまちまちだが、数十年に1回は山火事が発生していたことが判明している。15年前くらいに小火騒ぎが起きたのが最後のようだ。前回から間隔はあまり空いてないが多少のブレはあってもおかしくないよなぁ?
「散々農地を欲しがってたみたいだが、森が焼けたのもいい機会じゃないか? 一族総出で耕したらどうだ」
さらなる俺の煽りにルビーフィアは爆笑するし、緑は額に青筋を立てているし、フードファイターは口をパクパクさせているしで、カオスだった。ちなみに眠り姫は我関せずと寝ている。
「……む。どうした」
そしてアイオギアスの登場だ。笑うルビーフィアに険しい顔のエメルギアス、ただならぬ空気はどんなに鈍い者でも悟るだろう。
俺は腕組みしたまま、斜に構えて長兄を見やった。
「兄上、部下のしつけがなってないんじゃないですかねぇ」
「何……?」
「イザニス領の山火事の原因が俺だとほざきやがりまして」
アイオギアスの無感情な目が、緑野郎をひたと見据える。
「厚かましくも、自治区に大量の魔獣を流し込んでおきながらこの言いようですよ。ほとほと迷惑しているんですが?」
「それこそ言いがかりだ……!」
緑野郎は俺を睨みながら、唸るように言った。
「迷惑などと被害者ヅラを……魔族に怯えた雑魚が、人族の消えた土地に逃げ出しただけのことだ!」
「普通の獣ならわかるが、肉食の魔獣が森の奥深くから獲物のいない土地にわざわざ出てくるものかよ……!」
今までは怒ってるフリだったが、ここからは俺もキレる。
「貴様らイザニス族が大規模な山狩りを行ったことは掴んでいる! 他ならぬデフテロス県の住民どもが、『危険な魔獣が減ったおかげで狩りがしやすくなった』と喜んでいたからな……!」
ちなみにエンマ情報だ。街あるところには物流あり、物流あるところには骸骨馬車あり。俺が情報収集を頼んだら、二つ返事で色々と探ってくれたよ。一般市民の会話を盗み聞きする程度だから、簡単だったと言っていたな。
イザニス領を出入りする夜エルフも多いので、その筋からでも確認は容易だ。
「貴様らがわざと自治区へ魔獣を追い立てたのか……それとも、一族揃いも揃って、アスラベアのようなデカブツさえ逃がす程度のヘボ狩人だったかのどちらか、だな。いや、後者の可能性もあるか。失念していた」
俺はせせら笑った。わざとやったと認めるのか、それとも一族もろとも間抜け認定されるのか、どっちがいい?
「…………」
緑カスは頬をピクピクと痙攣させている。
「……魔獣の氾濫に大規模な山火事、旧デフテロス西部は何かと祟るようだな」
と、アイオギアスが微笑みを浮かべ、やんわりと割り込んできた。
「エメルギアス、領地が荒れて心穏やかでいられないのはわかるが、少し頭に血が上りすぎているのではないか?」
ははは、と笑いながらエメルギアスの頭をポンポンと叩くアイオギアス。
「ジルバギアス、お前も堪忍してやってくれ。自治区の荒廃は嘆かわしいことだ、魔王国の次代を担う者としても思うところはある。何か有効な手立てはないか、また場を改めて語り合わないか?」
あ、コイツ、魔獣の氾濫も山火事もまとめてなぁなぁにしつつ、ちゃっかり自分は良い顔しようとしてやがる。
「ふぅむ。……兄上がそこまで仰るならば。しかし、根も葉もない言いがかりをつけられた身としては、憤懣やるかたなしといったところですがね」
「はは、それはそうだろうな。……エメルギアス」
「…………」
緑カスは、ぎりぎりと歯を食いしばって俺を睨んでいた。
「
あくまでも穏やかに、アイオギアスは促す。だが、緑野郎の肩に置かれた手は、指が肉に食い込まんばかりだった。
「……すまなかっ、た」
絞り出すように、緑。
…………。
俺はちょっと迷っていた。
「聞こえないなー?」みたいなノリでさらに煽るか否か。
流石に大人気なさ過ぎるか……いや……
冷静に考えたら俺、6歳じゃん。
「うーん? 声が小さくて何言ってるかわかりませんねー」
俺は耳に手を当てて、困り顔を作ってみせた。
「……ッすまなかった!!」
めっちゃ耳がビリビリするほどに大声で言う緑。やればできるじゃんよ。
「ふむ。……謝罪を受け入れましょう、
俺はにっこりと笑って――緑カスを睨んだ。
ちょっと謝ったくらいで許すかよ。魔獣のせいで現時点で7人死んでる。おやじはテメェに殺された、おふくろも死んだ。クレアも、テメェのせいで、あんなことになっちまった。
いずれ必ず、その薄汚え命で償わせてやる……! 一族諸共だ……!!
――互いに狂気さえ滲ませて睨み合うジルバギアスとエメルギアス、それはとても和解の光景には見えなかった――
「……そうだ、語り合うといえば」
俺は気を取り直して、きゃるんと笑顔になりルビーフィアを見やった。
「ルビー姉さまとも、これまであまりいい機会がありませんでしたね。今度お茶でもどうです?」
突然だがあからさまな俺の誘いに、つまらなさそうな顔で状況を見守っていたルビーフィアが、パァッと明るい笑みを浮かべた。花開くような――いや、違うな、もっと獰猛だ。パッと炎が燃え上がるような笑みを。
「ええ、もちろんいいわよ」
ルビーフィアは、アイオギアスに意味深な目を向けながら即諾。
「あたしも、あなたと話してみたいと常々思ってたの」
それに対し、アイオギアスは愛想のいい笑みを強張らせていた。
「うむ、揃っているな……どうした?」
と、ここでようやく魔王が姿を現した。
妙な雰囲気を察して、怪訝な顔をしている。
「いいえ、何も。父上」
俺はニコニコ笑顔で魔王を出迎えた。
「
――ルビーフィアはニヤニヤしているし、アイオギアス陣営は渋い顔だし、何よりエメルギアスは鬱血したようなどす黒い顔色だし。
それでも俺がそう言い切って、他が口を挟まないので、魔王は「ふむ。そうか」とあえてそれ以上の追求はしなかった。
そんなわけで、食事会は始まった。
いやー! なんでだろうなー! 今日は、いつもより一段と飯が美味かった。
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