261.仲良し親子
「――と、いうわけでした」
俺はガハハと笑いながら、プラティに事の顛末を話した。
「次にネフラディアと会うのが楽しみだわ」
扇子で口元を隠すのも忘れて、ワハハと豪快に笑いながらプラティ。
「あの女に会うのが楽しみに思えたのは、これが初めてね」
が、その眼光の鋭さたるや、毒蛇を噛み千切らんとする猛獣のごとしだった。
わぁ物騒。まあ40年近いマウント取りで、恨み骨髄に達してるから仕方ないね。緑もそうだが自分で蒔いた種、身から出た錆……
食事会のあと、いつもは一番に退出していくアイオギアスだが、今日は笑顔のまま緑・フードファイターとともに部屋に残っていた。俺はさっさとお暇したので、その後どんな会話がなされたかは知らないが……想像はつく。
緑の(魔族基準では)あんなしょうもない嫌がらせのせいで、俺がルビー派閥に流れたら大迷惑だからな。緑はこってりと絞られたことだろう……
ああ、しかも山火事。見方によっては、俺とルビーフィアが既に組んでいるようにも見えなくもないのか。そりゃあ派閥の長としては怒り心頭だろうな……
「実に気分がいいわね」
俺がアイオギアスにボコられる緑を想像して溜飲を下げていると、同じように清々しい顔で扇子を扇いでいたプラティが、突然立ち上がった。
「そうだ、鍛錬でもしましょう」
めちゃくちゃ血が滾ってんじゃん、蛮族かよ……
「そうですね」
とはいえ俺としても否やはなかったので、二つ返事で立ち上がるのだった。
『すっかり蛮族化しておるではないか……』
いやぁ、もう慣れちゃった。
というわけで、意気揚々と練兵場に出て、実戦形式の訓練と洒落込む。
相変わらずプラティとの手合わせも続けているが、このごろはより一層、白熱した互角の戦いが続くようになっている。互角というか、決着が着かないというべきか。
俺が素で侯爵級になったこともあり、【名乗り】さえ使えば俺とプラティの魔力はほぼ同格だ。大公妃のプラティの方がまだ若干格上だが、互いに生半可な呪詛は通らない。
なので、槍で骨肉を削る争いをしつつ、全力で魔法抵抗を高めながら、全力を込めた転置呪その他の呪詛をバンバン叩きつけ合うことになる。魔法抵抗の低い獣人が間に割って入ろうものなら、槍で切り刻まれる前に呪詛でズタボロになりそうだ。
物理と魔法を高次元で融合させた戦闘――しかもプラティは背中の腕まで解禁した多槍流。俺は全身傷だらけの血まみれ、槍と剣槍が轟音とともに火花を散らし、空間が歪んで見えるほどに濃厚な呪詛と呪詛がぶつかり合う。
俺とプラティが訓練し始めたら、野次馬たちが遠巻きに集まり、比較されることを嫌った魔族の戦士たちがすごすごと退散するほどだ。
リリアナのおかげで、致命傷さえ許容した死合を体力が尽きるまで続けられる。俺とプラティは、おそらく今この瞬間、世界で一番高度な鍛錬を積んでいると自信を持って断言できた。
「腕を上げたわね……」
血まみれの汗まみれで、一旦生傷をリセットして、水分補給しながらプラティが唸るように言う。
「母上こそ、日を追うごとに手強くなってません……?」
肩で息をする俺も、水を噛みしめるように飲みながら、まるで苦言を呈するかのように言った。紛れもない本心からの言葉だ。俺が剣槍殺法で圧せていたのは遠い昔の話で、最近はより一層洗練されてきた多槍流と、背中の腕を自在に操る鉄壁の防御に苦戦を強いられている。
こうした訓練でも、俺が失血で音を上げることが多い。
「当たり前よ。そうそうやられはしないわ」
フフッ……と髪をかきあげながら笑うプラティ。
『というか、この女、出会ったときより魔力が育ってきとるのぅ……』
マジ? 大公妃にしてまだ伸びてんのかよ……
『これだけお主を切り刻んで、苦痛の呪いを流し込んどるわけじゃから、【嗜虐】の本領発揮じゃろうて』
権能がモリモリってわけか……息子で実践していい権能じゃねえだろ。
「でもね。わたしとこれだけ打ち合えてるあなたがおかしいのよ。レイジュ領でも、ここまでやり合えるのは族長か、ジークヴァルトくらいのものなんだから」
末恐ろしいなんてものじゃないわ……と真顔になるプラティ。
「これで身体が育ちきったらどうなることか……」
ちなみに、プラティの方が俺より背が高い。俺の身体も成長を続けているが、まだ人族の16歳くらいの見た目だからな。
「…………あなたが息子じゃなかったら、嫉妬していたところよ」
割とガチっぽい雰囲気で、しかし隠しきれない誇らしさも滲ませながら、プラティは告げる。
「…………」
いくら魔界で時を過ごしたからといって、額面6歳でこの戦闘力は異常だろう。
その上、訓練ではプラティが優勢に見えるが――プラティは2つの血統魔法と悪魔の魔法まで解禁しているのに対し、俺は【制約】の魔法を使っていない。
プラティが手札を全て曝け出しているのに対し、俺はまだ1枚切り札を残しているのだ。
息子でなければ嫉妬していた、というのは嘘偽りない本心なのだろう。
「母上のおかげですよ」
俺は朝焼けに染まりつつある空を見上げながら、そう答えた。
こちらも、嘘偽りない言葉だった。
生まれ変わった直後の俺は、ただ剣を振り回すことしか知らない、叩き上げの勇者だった。
そこへ
その過程で少なからず、人族を犠牲にすることになったのは、今でも許し難い。
だがたった6年という歳月で、俺がここまで研ぎ澄まされたのは、間違いなくプラティが惜しみなく与えてくれた教育環境のおかげだ――
とん、と頭に柔らかい感触。
見れば、プラティが微笑みながら、俺の頭を撫でていた。
「あなたは自慢の息子よ」
――常日頃から、他の魔王の妻と火花を散らしている大公妃とは思えぬほど、あたたかな笑みだった。
「…………」
俺は、どうしていいかわからなくて、困ったように笑うことしかできなかった。
それは、息子が照れて、はにかんでいるようにしか見えなかったかもしれない。
だけど本当に、どうしたらいいのかわからなかったのだ。
頭を撫でるプラティの手が――心地よく感じられて。
俺には、わからなかったのだ……
†††
そして――そんなジルバギアスとプラティフィアの姿を、城からジッと見下ろす者がいた。
顔に青あざを作った、第4魔王子エメルギアスであった。
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