309.初めての街
どうも、魔王子ジルバギアスあらため、勇者アレックスです。
勇者、アレックスです……!
森で一夜を明かし、日の出とともに起きた。不思議な感覚だよ。ヴィロッサを騙し討ちした直後だってのに、俺はぐっすりと眠れた――魔王城にはない安らぎが、この地にはあった。
夜明けとともに、近くに潜ませていたヴィロッサのアンデッドも灰になっていた。これ死体の処分クッソ楽だな。今後もきっと役に立つ――
「それじゃあ、行こうか」
「はいっ」
当初の予定通り、例のヴィロッサ馴染みの集落に向かう。
荷物が多すぎて心配していたが、今の俺は割と最盛期に近い肉体で、かつそこそこ魔力もあるので問題なく持ち運べた。やはり魔力……魔力は全てを解決する! 諸悪の根源でもあるけど。
最初はレイラも「わたしも持ちます!」って張り切ってたんだが、ドラゴンのノリで運ぼうとしたらすぐバテてしまって、「こんなはずでは……」とショックを受けていた。人族は非力だからね……。
いずれにせよ、万が一のときは、レイラが所持品や服をかなぐり捨てて竜化しなければならないので、俺が荷物を全部持っといた方がいいという結論に至った。
てくてくと長閑な平野を歩いていく。
「のんびりしたもんだなぁ」
「そうですねぇ」
徒歩って、こんなにゆっくりしたものだったんだなぁ。このところ、長距離移動ではレイラの飛行に頼りっぱなしだったから、久しく忘れていたぜ。
何者にも脅かされず、おひさまの下をのんびりと歩く。晩夏の風、土と草の匂い。用事がなければ、そのへんの原っぱに寝転んで日向ぼっこしたいくらいだ。
野営場所から件の集落まで、だいたいの方向に目星はつけておいたので、迷うこともなく到着。
「なんだ、あんたがたテオドールの知り合いかい?」
「そうさ。かれこれ数年の付き合いになるかな」
ブドウ園とワイン造りで賑わう集落を訪ねた。住民は普通の人族たちで、割とよそ者にも愛想がいい。ちなみに『テオドール』というのはヴィロッサの偽名だ。商会の用心棒という肩書で、ちょくちょくここに滞在していたらしい。
「あんたがたはどこから来たんだい?」
「前線から。こう見えて勇者でね」
「ははぁー、これはまた。ご苦労さんです」
さて。
ひょっとするとこの集落に、ヴィロッサの仲間がいるかもしれないと身構えていたが、そんなことはなく。住民たちと軽く雑談してひと休憩してから、俺たちは最寄りの街、スグサールへ向かった。
街の入り口には、当然のように検問が敷かれていたが、聖属性を見せて突破。俺はもちろん、レイラもノーチェックで街に入れた。
『まさか魔王子とドラゴンが人になりすましてるとは思わんじゃろうからの……』
現役時代の俺でも、さすがにそれは想定しないなぁー。というか人化の魔法がインチキすぎるんだよな……聖属性使えて人の姿をしてたら、そりゃ普通は勇者だと思うだろうさ。俺の正体を見破れないのは当然だし、勇者同伴のいたいけな
――ちなみに、人化すると魔力が弱体化するが、俺の場合は能力面でひとつだけ利点もある。
それは聖属性でダメージを受けなくなることだ。
例の、闇の魔力で層を作って保護する技を使わずとも、人化すると聖属性が全く害をなさなくなる。死霊術研究所で聖属性の特訓をしていたとき、偶然発見した。
『まあ考えてみれば当たり前よな』
アンテいわく。
『お主は人族の魂を持つゆえ、魔族に生まれ変わってもなお聖属性を使えた。ただし肉体は魔族なので、聖属性に焼かれる。……では、人化したお主はどうか?』
――人族の魂を宿した、人族の肉体を持つヒト。
『つまり人族じゃろ』
そう、聖属性の加害条件から完全に外れるのだ。
逆に、ドラゴンや夜エルフ――レイラやヴィロッサは、魂が『人類の敵』判定なので人化しても聖属性に焼かれてしまう。ヴィロッサが過去に正体を暴かれてピンチに陥ったのも、それが原因だ。
「わぁ……」
多くの人族や獣人族で賑わうスグサールの街並みに、レイラは目を輝かせてキョロキョロしている。
小規模だけどいい街だ。街を取り囲む石壁にはしっかりとした護りの魔法が込められているし、道も清潔でゴミや汚物も放置されていない。住民のモラルが保たれている証拠。広場では市場が開かれていたようだが、もう日が傾いてるのでみんな片付けを始めているな。
俺にとっては泣きたくなるくらい『普通』な光景だが、きっとレイラの目には全てが新鮮なんだろう。ただ、そのせいでどこか浮世離れした雰囲気をまとっているというか……けっこう目立っている。
しかしそれを指摘したところで萎縮させてしまうだけだし、見る者が見れば、俗世に不慣れなことはすぐにバレてしまう。どうせそのうち慣れていくだろうし、今の俺にできるのは――
「あれはパン屋だな。文字が読めない人のためにもわかりやすく絵の看板がついてるだろう? あっちは鍛冶屋かな」
「ハンマーの絵がついてますね!」
「で、向こうが雑貨屋と。あとで寄ってみよう」
「楽しみですっ」
こうしてにこやかに話していれば、教導院や神殿から出てきたばかりの、箱入り娘に見えなくないかもしれない。
万が一レイラの正体がバレてしまったとしても、まあ、そこまで致命的なことにはならないと踏んでいる。『彼女は魔王城強襲作戦にも協力してくれた、ホワイトドラゴンの娘さんなんだ。こんなご時世だから俺が護衛についている』とでも言えば乗り切れるはずだ。
ホワイトドラゴンがもっと人類の味方として認識されれば、レイラへの聖属性の加害もなくなるかもしれないが……ドラゴン全体が種族としては敵対的だから、厳しいかもな。
なにはともあれ、スグサールの街には、1日とどまるつもりだ。
……つまり、1日でここに潜む夜エルフの工作員を発見し、排除し、明日の朝には何食わぬ顔で出ていく……
普通に考えれば無理難題なんだが、俺の場合は話が別だ。
「失礼、『コルテラ商会』はどこかな?」
「あの立派な建物だよ」
「ありがとう」
住民に道を尋ねて、大通りに面したとある商会へ向かう。
数カ国に販路を広げるコルテラ商会――夜エルフ諜報網の傀儡組織だ。
割とまっとうな商会として活動しており、従業員たちも、夜エルフの手先という自覚はない。商会として品物を捌き、金を貸し、その過程で現地住民や為政者から情報を吸い上げ、内部に巣食う夜エルフたちが分析し魔王国へ流す――
「こんにちは。何か御用で?」
商会の館を訪ねると、入り口の用心棒に止められた。いかにもな強面な人族と、顔に傷のある狼人族の男。体格は立派だが、重心が定まっていないというか、小突けば普通に転がせそうだな。
「知り合いの『テオドール』って奴に頼まれてな。『イクセル』さんにこの手紙を渡してくれるかい?」
俺は懐から、封蝋した手紙を取り出した。
――夜エルフの工作員が、聖属性のあぶり出しをどのようにして回避するか。
最も確実な方法は、『あぶり出し』の必要がないくらい、その土地に溶け込んでしまうことだ。警戒が薄いうちに入り込み、周囲と信頼関係を築いてしまう。大商会の商人として、職人として、あるいは用心棒として――
この街の夜エルフ工作員も、10年以上も前から『イクセル』と名乗り、コルテラ商会の商人として活動しているらしい。もちろん、同盟圏に潜入したのは、それよりさらに前の話だ。夜エルフは曲がりなりにも長命種、人族よりはるかに長いスパンでことを運ぶ……。
ヴィロッサも、10年単位で潜入を繰り返していたそうだからな。敵ながらハードな任務と言わざるを得ない。
まあ。
それも今日で、終わりだが。
「テオドールの旦那か。久々に聞いたな」
年かさの用心棒の男が、強面を少し緩める。
「旦那は元気にしてんのかい?」
――俺は一瞬、言葉に詰まった。
「……ああ。剣の冴えがすごかったよ」
服の下、胸元でロケットペンダントが揺れる――
「あの人、つええもんなぁ。元気そうで何よりだよ。ところで、イクセルさんなら中にいるけど、会ってくかい?」
「いや、俺は手紙を頼まれただけだから、これを渡してくれたらいいよ」
「そうか。それじゃあたしかに預かった」
俺は用心棒に手紙を渡して、さっさと退散した。
あの手紙の封蝋はカラスの紋章。ヴィロッサがいつも使っていたものだ。
文面は何気ない近況報告と見せかけて、一定間隔で符牒が仕込んである。
筆跡がヴィロッサと違うことは向こうも気づくだろうが、関係ない。
魔力で、『ジルバギアス=レイジュ』とサインしておいたからだ。
夜エルフなら気づくはず――
そして符牒が通じれば、商人『イクセル』は。
今夜、ヴィロッサが定宿としていた宿屋に姿を現すだろう。
――そこで仕留め、さらなる情報を抜き出す。
死人にも口はあるからな。
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