308.悪あがき
「――おやめください、ネフラディア様!!」
魔王城。狩衣を身にまとい、鞄を抱えて、憤然と居住区を出ていこうとするネフラディアに、イザニス派の夜エルフたちが追いすがる。
「どうか! どうかご再考を……!」
「うるさい!」
すがりつく夜エルフたちを力任せに弾き飛ばすネフラディア。
「何卒! 思い留まられてください、伏してお願い申し上げます……!」
老いた夜エルフが眼前にひれ伏すも、ネフラディアは眉根を吊り上げる。
「元はと言えば、お前たちのせいだろうが! 退け!」
かつてなく口調が粗雑になっているネフラディアだが、エメルギアスが死んでからというもの、散々だった。
まず、大公妃から伯爵に格下げになった。なんと3段階も! 魔力が大幅に弱体化したせいもあるが、エメルギアスのやらかしに対する責任を取らされたのだ。
ジルバギアスへの沙汰に怒り狂うレイジュ族の猛抗議と、これ以上一族に被害が及ぶことを避けたいイザニス族の思惑を、魔王が捌いた形になる。
『伯爵ぅ? その魔力では子爵がせいぜいでは?』
などとプラティフィアに嘲笑され、ネフラディアとしては怒り心頭だったが、それほど魔力が弱まってしまったのは事実なので、言い返すこともできず。
(――ああ、もう全てが苛立たしい! あの
息子を失い、魔力を失い、爵位すら失ったネフラディアは、この時点である種無敵のヒトと化していた。もはや、何をやらかそうとも失うものがないので怖くない。
ドロドロとした怨念が、行き場を求めてネフラディアの中で渦巻いていた。
なので――感情のままに、動くことにした。憎きプラティフィアに、憎きジルバギアスに、目にものを見せてやる! 最大限に足を引っ張ってやる……!
「退け! これ以上邪魔立てすれば殺す!」
携帯魔法槍で威嚇し、つきまとう夜エルフどもを蹴散らして飛竜発着場に向かう。赤銅色の鱗を持つ飛竜が、ネフラディアを待っていた。
「ドウゾ……」
乗りやすいよう、身をかがめるブロンズドラゴン。
エメルギアスの件で4頭も犠牲になってしまったため、イザニス族と関係が深いグリーンドラゴンは、ネフラディアの要請に応えなくなってしまった。
まったく、空飛ぶトカゲの分際で腹立たしいことだ。ネフラディアは自力で飛竜を用意せざるを得なかった。ドラゴンとしての格はそれほど高くないが、乗り心地がとてもよいと評判のブロンズドラゴンを雇ったのだ。
爵位を下げられ、給金も減らされることが確定しているネフラディアにとっては、これでも手痛い出費だったが……
――後悔はしていない。
「行け! 国境へ!」
「カシコマリマシタ……」
金属が軋むような声で言葉少なに答え、ドラゴンが飛び立つ。
東へ。目指すは国境、最前線。
(フン……たしかに、乗り心地はまあまあね……)
見てくれは悪いが、揺れも少ないし快適だ。ひとまずブロンズドラゴンの飛行には満足しつつ、飛び続ける。以前であれば風の魔法でさらに飛行を補助していたのだろうが、今の魔力では……
「グギギ……」
歯を食い縛りすぎて、顎や額に青筋が浮いている。もはや正気の顔をしていないネフラディアであった――
飛ぶこと数時間、イザニス領デフテロス飛び地で一旦休息し、夜が明けても飛び続けて最前線へ到着した。
「くふ、ふ、ふ……!!」
同盟圏に侵入。白昼堂々、人族の街の上空まで向かう。突然のドラゴンの飛来に、眼下で下等種どもが騒然としているのが見えた。
「あははっ、あははははははっっ!!」
ネフラディアはドラゴンを旋回させながら、ここまで大事に抱えてきた鞄の中身をぶちまける。
ひらひらと落下していくのは――大量のビラだ。
ホブゴブリンどもを動員して作らせたもので、『政争に破れた第7魔王子ジルバギアスが魔王国を追放され、ホワイトドラゴンで同盟圏の各地を転々としながら隠れ住んでいる』という旨の文章が、人族文字で書かれている。
最前線の街にこれをばら撒けば、野焼きのように、同盟圏中に情報が広がっていくことだろう。信憑性については疑問視されるかもしれないが、魔族がいつも内輪揉めしていることは周知の事実で、魔王子間の抗争が激しいことも知れ渡っている。
追放された王子をさらに追い詰めたい勢力の仕業である、という妥当性が見出されれば、同盟は動くだろう。いくら手練の諜報員をお供につれていようと、ドラゴンの機動力があろうと、各地で魔王子狩りが始まれば、ジルバギアスは確実に追い詰められていく……!!
が。
そんなことをされたら堪ったもんじゃないのが、夜エルフたちだ。ジルバギアス目当ての闇の輩狩りが激化すれば、すでに潜入している工作員までとばっちりを受けてしまう。
イザニス派の夜エルフたちは、ネフラディアの奇妙な動き(ホブゴブリンを雇ったこと)からその企みを寸前で察知し、どうにか思い留まらせようとしたが――結果はご覧の有様だ。
「あはははは!! 聖教会に追われて、どれだけ生き延びられるか見ものだわねえ、ジルバギアス! そしてプラティフィア……お前の息子も無様に死ぬのよ! あはっあっはっはっは……!!」
人族どもがビラを手に取るのを眺めながら、哄笑するネフラディア。
そんな彼女の下、ブロンズドラゴンが「ヤベー奴と関わり合いになっちまった」という顔をしていたが、すぐに「俺は何も見てないし聞いていない……」と虚無の表情に切り替えた。
翼を翻し、ブロンズドラゴンはいそいそと魔王国へ引き返していく――
「あっはっはっは! あはははは――ッッ!」
タガが外れたような笑い声だけが、蒼天にいつまでも響き渡っていた……。
†††
――とある人族の街。
規模はそこそこだが、四方を石壁に囲まれた石造りの街だ。街道もしっかり整備されており、ちらほら商隊や近隣住民、森エルフの旅団の姿もある。
つまり、通行人や訪問客もそこそこいるというわけだ。
街の門番たちは、油断なく目を光らせている。人族の衛兵に、犬獣人の狩人、さらに闇の輩あぶり出し要員の勇者・神官というオーソドックスな組み合わせ。
と、街道の果てから、ふたりの若者が歩いてくるのが見えた。
ひとりは、日に焼けた茶髪の青年。もうひとりは色白な銀髪のうら若い少女。
少女はほとんど手ぶらだが、青年はびっくりするほど大荷物を抱えていた。それでも足取りはしっかりしたもので、かなり鍛えられているのが遠目にもわかる。
「見ない顔だな」
通行人に紛れて街に入ろうとするふたりを、門番は当然のように呼び止めた。
「念のため、こちらに触れていただきたい」
待機していた神官が、ふわりと銀色の光を生み出す。聖属性の輝き――
「ああ、ご苦労さま」
しかし青年はにっこりと微笑んで、自らの手にポッと銀色の光を宿してみせた。
「なんだ、同輩か」
神官が肩の力を抜いて、自らの聖属性を吹き散らす。
「道理で魔力が強そうな感じがすると思ったんだ。……神官か?」
「いや、勇者さ」
ぽん、とベルトを揺らしながら答える青年。その腰には、誇らしげに光り輝く聖剣が吊り下げられていた。ちなみに少女の方は、護身用と思しき立派な刺突剣を下げている。
「久々の長期休暇なんだ。何年ぶりかなぁ……」
青年がふと遠い目をした。明るく振る舞いながらも、その目に仄暗い感情が宿り、殺伐とした空気を漂わせる。
「…………」
門番たちは、その『本物』の空気に気圧された。
神官もまた、頭が下がる思いだった。彼はこの街の聖教会の人員で、長年街の門で闇の輩のあぶり出しに貢献しているものの、対魔王戦線には数えるほどしか従軍したことがないのだ。
(こんなにも年若いというのに……)
『同輩』などと、おこがましいことを言ってしまった。この立ち居振る舞い、よほどの修羅場をくぐり抜けてきたに違いない……
「お二人は、どうしてこの街に?」
気を取り直し、規則に従って聞き取りを続ける神官。
「旅の途中で立ち寄っただけさ、1日くらいとどまろうと思ってる。そのあとは北上して、トリトス公国に向かう予定だ」
「……休暇じゃなかったのか?」
トリトス公国。アレーナ王国が陥落してしまえば、次の最前線になるのではないかともっぱら噂の小国だ。
「もしかしたら、知り合いがいるかもしれないんだ。正確には、知り合いの嫁さんと娘さんが、さ……」
青年がまた、仄暗く微笑んだ。
「そ、そうか……なるほどな……」
神官は、もうこれ以上立ち入った話をするのはやめようと思った。
「一応、名前を聞かせてもらっても?」
「アレックスだ。こっちはレーライネ」
「アレックスに、レーライネ、と……ご協力に感謝する」
記帳を終えた神官は、一歩下がってふたりに道を譲った。
「スグサールの街へようこそ! 特に何もない街だが、くつろいで行ってくれ」
「ありがとう。光の神々のご加護があらんことを」
ふたりは愛想よく笑って、そのまま何事もなく、街に入っていくのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます