436.情報開示


 どうも、カェムランの街に到着して翌日の勇者アレックスです。


 昨日は、吸血鬼被害者マーティン(仮名)の遺族を探し出して、少し時間を置いてから遺書が届くように手配した。


 マーティンの記憶はかなりの部分が失われていたので、家族はおろか、自分の本名さえ思い出せない状態だったが――そこそこの規模の商会で、経営が苦しく、船ごと行方不明になった商人、という条件で探したら無事見つけられた。


 こんな悲惨な境遇の人、何人もいて堪るかって話だけどな……何人いてもおかしくないのが、ここらの情勢なんだよなぁ。クソ吸血鬼どものせいで……灰にしてやったけど……。


 ともあれ、吸血鬼被害者たちの遺書もだいたい捌けてきた。そろそろアウリトス湖での休暇も終わりかな――なんて考えていた矢先。


「――大変だ! 帝国が攻め込んできたぞ!!」


 酒場で朝飯食ってたら、とんでもないニュースが飛び込んできた。まさに、寝耳に水。いわく、カェムランの北部の街から今朝早馬が届いたとらしい。国境で軍事演習を行っていた帝国軍が、そのまま公国内に侵攻してきたそうだ。


「戦争……ですか? 人間同士で? なんで??」


 レイラが理解不能という顔をしていた。俺とバルバラも同じ気持ちだ。こんなの、ドラゴンじゃなくても意味わかんねえよ!


「ふざけんな……!」


 この!


 ただでさえ同盟が苦しいときに!!


 人間同士で争ってる場合じゃねえだろ!!!


 いったい何を考えてるんだ帝国は!? 怒りのあまり、思わず木のスプーンを強く握りすぎて折ってしまった。


『もともと、キナ臭いとは噂に聞いておったがのぅ……』


 だからって、いきなり侵攻とかそんなのアリか!? しかも、話半分に聞いても、ちょっとやそっとの規模じゃなく万単位の軍勢だ。今の公国にどうにかできる戦力があるのか……!?


 ただ、速報でわかっていたのは逆にそれくらいで、帝国がどんな大義名分を掲げて宣戦布告してきたのか、とか、そのあたりは不明だった。


「聖教会で詳しく話を聞くか」


 俺は朝食を素早くかき込み、レイラには宿屋での留守番を任せて、カェムランの聖教会に向かう。


「帝国が!? なんでそんな急に!?」

「カェムランは大丈夫なのか……!?」

「ここの港が目当てだろ絶対!!」


 帝国襲来の報に、街は半ばパニックに陥りつつあった。カェムランは、街の規模としてはそこそこだが、公国西南端の要衝と言っていい港町だ。そして帝国が侵攻してきた国境からそれほど離れていない。このまま帝国軍が南下して占領を試みる可能性は非常に高かった。


「おい! 食糧を売ってくれ!」

「てめぇ帝国商人だろ! おい、どうなってやがるんだ!」

「ひぇぇ! 私は何も! 何も知りません!!」


 商店に客が詰めかけたり、商人が詰め寄られたりと、戦場じみた空気が漂い始めている。……レイラには留守を任せておいてよかった。こんな緊迫した情勢で聖教会に近づいたら、どこから聖銀呪が飛んでくるかわかんねえ。



 ――そして聖教会にたどり着く前に、俺はご隠居一行と出くわした。



「あ、ご隠居様!」

「うむ。大変なことになった」


 俺が声をかけると、かつてないくらい険しい顔をしていたご隠居は、こちらを見て答えつつも足は止めなかった。


 どこに向かってるんだろう。足早に迷いなく進んでいく様から、確たる目的があることは窺える。ご隠居の立ち位置を考えると、侵攻に関して何らかの行動に出るはずだ。詳しい情報が欲しいなら、聖教会よりご隠居についていくべきか?


 ただ、ご隠居はもちろん、シュケンやカークも緊迫した空気を漂わせており、声をかけづらい雰囲気だ。ジゼルの姿は見当たらないし、ヒェンは……うーん。そもそも親切に教えてくれそうなタチじゃない。


「なあハンス、どこに向かってるんだ?」


 必然、気軽に話しかけられるのは、やっぱコイツだ。(肉体)年齢も近いし、船で芸術談義とかお悩み相談とかしてけっこう仲良くなったし。


「カェムランの領主の屋敷です。おそらく最も正確な情報が入っているはず」


 ハンスは強張った顔で、しかし親切に教えてくれた。


「なるほど、領主の屋敷か……」


 一般人はおいそれと立ち入れないが、ご隠居一行なら話は別だろう。情報共有か、あるいは公都へ詳細情報を運ぶためか。カェムランは帝国の侵攻地に近いし、情報をかき集められるだけ集めて、急いで公都に戻るつもりなのかもしれない。


「俺もついていっても?」

「ええ、むしろ心強い。聖教会の方と、何らかの連携が取れるかもしれませんし」

「……そうだな」


 うなずきつつも、俺は……前世を思い出していた。


 人族国家間の紛争は、俺の現役時代にも、ごくごく稀にあった。本当に小競り合い程度のもので、今回の侵攻とは比べ物にならないほど小さな規模だったけど。


 聖教会は、即時停戦を呼びかけつつ、基本は不干渉というスタンスだったのだ。


 明らかに非がある方に抗議したり、被害者側に手厚い医療支援をしたりということはあったが。武力介入して、戦争そのものを無理やり止めるなんて芸当は……しなかったし、できなかった。


 医療支援でもギリギリだってのに、そんなところに戦力を割く余裕はねえんだ。


 だからこそ、腹立たしい。


 大軍勢で攻め込んできたってことは、皇帝ないし帝国の高官が計画して実行したってことだろ? 何を考えてやがる……!!




「――領主への取次を願いたい」


 と、俺が怒りに燃えてドカドカ歩いているうちに、領主の館についていた。門番の兵士にご隠居が声をかける。


「あ? なんだジジイ、領主様はご多忙だ! 帰れ!」


 が、ピリピリした雰囲気の門番は、取り付く島もない。


「おいアンタ! 言葉には気をつけた方がいいぜ」


 俺は思わず口を挟む。


「あ? なんだお前は」

「通りすがりの勇者さ。この爺さんは一般人じゃない」

「何を――」


 怪訝そうな、あるいは面倒くさそうな顔をする門番だったが、ご隠居が動く。



 おもむろに、首元からチェーンに繋がれたペンダントを出したかと思うと、それを掲げ、魔力を注ぎ込む――



 ドゥッ、と強烈な波動。空中に、湖と山を模したハミルトン公国の紋章が、赤い炎の魔力で描き出される。



 うおっすっげ! 想像の50倍くらいド派手だ!? ってか何だこの魔法具!? ただならぬオーラを感じるんですけど、かなりの貴重品では!? そして公王の特使ってこんなデカデカと公国の紋章振りかざせるの!?



「うおおァッ!? こっ、この紋章は……ペンダントは……ッッ!!」


 門番も目を見開いて空を見上げ、腰を抜かさんばかりに驚愕していた。


「控えよ! この御方をどなたと心得る!!」


 いつもの軟派な空気はどこへやら、まるで騎士みたいに忠義に溢れた顔でシュケンが門番を一喝する。


「そうだそうだ!」


 言ってやれー! 俺は合いの手を入れる。この、職務には忠実そうだが、身のほど知らずな門番に思い知らせてやれ!


「こちらにおわすは、先の公王陛下――グラハム公であらせられるぞ!」


 クワッ、と鬼のように恐ろしげな顔で、カークが厳かに宣言ッ!


「そうだぞ! グラハム公――えっ」



 えっ。



 …………え?



 聞き間違い、かな?



「いかにも。余が、グラハム=ミトハン=コモン=ハミルトンである」



 ペンダントをしまいながら。



 まるで王様みたいな風格を漂わせるご隠居が。



 聞き間違いの余地がないくらい、ハッキリと名乗りを上げた。




 ――はあああああああああ!?!?!?




 王様!? ウッソだろ!?




 なんで王族がこんなとこいるんだよ!! おかしいだろ!!!!


















『いやお主も魔王子じゃろ』

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