437.帝国の野望


 どうも、これまで気さくに接してた老人がまさかの前公王だったと知って、衝撃を受けまくってる勇者アレックスです。


 死ぬほどびっくりしたが、色々聞いたり騒いだりできない雰囲気だったので、俺は何食わぬ顔を維持しつつ、みなと一緒にカェムラン領主の館に招き入れられた。


 こういうとき、平静を装うのは得意だぜ。


 魔王城じゃバレたら即死って状況が日常茶飯事だったからなァ!


『顔、強張っとる強張っとる』


 うるせェ! こちとら通りすがりの勇者だぞ、身近に元国王なんていたら動揺するのが普通だろうがよォ!


 正直、ただ公王家の紋章の魔法具を見せられたくらいじゃ半信半疑だったんだが、ここの領主と面会したら「ややっ、あなた様は……!」とか領主が驚愕して跪き始めたので、もうダメだった。確定です。


 なぁんでこんなとこで、前公王がドサ回りしてんだよ~!


 百歩譲って、王族の端くれがお忍びで~とかならわかるけど、元国家元首でしかも高齢のお爺ちゃんがこんなとこいちゃダメでしょ! 体に障っちゃうよ!


『現場主義なんじゃろ』


 限度ってもんがあるだろ。




「――陛下、実は先ほど、より詳しい情報が届きました。それと……帝国の宣戦布告と申しますか、声明のようなものも……」


 当初の目論見通り、領主には最新の情報が入ってきていた。


 帝国軍はおよそ1万6千から2万の大軍。補給部隊をあわせればもっと増える可能性もあるようだ。伝統的な歩兵の他、騎兵と多数の魔法使いも確認されている。


 さらに、どうやら皇帝本人まで前線に出張ってきているらしい……!


 なんだ? このあたりの国家元首はみな現場主義なのか? 大国の皇帝が侵略戦争で直々に出征とかにわかに信じがたいんだが、すぐ隣に前公王までいるから否定はできねえ……


『魔王子もおるしのぅ』


 あんまり言ってたら、さらに王子だの姫だのが集結しそうだからやめてくれ。


 ――それはさておき、帝国軍。公国側の国境の砦を難なく制圧し、カェムラン北部の街ソクフォルも陥落させたとのこと。


「ソクフォルの防衛戦力の一部は脱出に成功した、とも聞きますが、本人たちと連絡は取れておらず、詳細は不明です。帝国軍は周辺集落の占領にかかっているようですが……」


 言葉を詰まらせた領主が、チラッとヒェンを見る。


「……猫系獣人の住民が、魔王の手先とされて処刑されているという話も」


 なんだって……。


 俺は――絶句した。ヒェンも全身の毛を逆立て、ぎりぎりと手を握りしめている。小刻みな震えは、今すぐにでも帝国軍に殴り込みに行こうとする体を、必死に意思の力で抑えているかのようだった。


 バカな。帝国には人族至上主義の傾向があるとは聞いていたが、まさかそれほどとは!


 同盟圏の猫系獣人たちは、魔王国とは何の関わりもないのに! 他ならぬ夜エルフ諜報網をギタギタにした俺が言うんだから間違いない! 夜エルフどもは人族に対する工作に注力していて、獣人族にまでは手出しをする余裕がなかった……!


 それに、だ。もとを辿れば、猫系獣人が魔王国陣営についたのは、大陸西部の人族国家群が彼らを弾圧していたせいだ。


 また、その愚行を繰り返そうってのか!? 人族と融和して、平穏に暮らしていた獣人たちを敵と決めつけて殺戮する? そんなこと……許されるかよ、ただ人族ってだけで侵略して殺戮して回る魔族と一緒じゃねえか!


 それに、そんなことをしていたら、同盟圏の猫系獣人たちを本当に『敵』に回してしまう。ただでさえ同盟は危ういってのに……いい加減にしろよ……ッッ!



「……カイザーン帝は、」


 深呼吸して、グラハム公が口を開く。


「此度の侵攻について、なんと?」

「こちらが、ソクフォルから帝国使節により届けられた書状です。向こうの言い分が書いております……」


 領主がうやうやしく、丸められた羊皮紙を差し出した。



 広げ、目を通すグラハム公。



「『――余、皇帝リーケン=ホッシュトルン=リョード=カイザーンは、ここにハミルトン公爵領の帝国再編入を宣言す』」



 おっとぉ……のっけからキツい先制パンチ来たな。


 公国ではなく公爵領。もはや国として認めすらしない、と。



「『魔族を称する蛮族により、人類の生存圏が侵食され二百余年。汎人類同盟は度重なる敗戦にて機能不全に陥り、国家が互いに醜く責任を押し付け合うだけの烏合の衆と化し、腐敗の温床に成り果てた。また、美辞麗句を並べ立て寄付を募る聖教会は、人類の守護者の任を果たすこともなく、口だけの詐欺師に堕し、寄生虫のように同盟から甘い汁をすすり続けている……』」



 ……はァ?


 なんだァ? てめェ……



「『余はこれを強く憂うものである。帝国はもはや同盟に頼らず、独力で蛮族征伐を遂行せんとす。カイザーン帝国こそが人類の希望であり、魔族に対する唯一の最前線たりうる。ゆえに全ての人類は、帝国に協力すべきである。


 にもかかわらず、公国は戦略物資の供給を拒み、魔王国の手先たる猫系獣人をはびこらせ、湖賊や無法者を跋扈させ、悪政により人民を苦しめている。帝国のみならず近隣諸国にまで被害をもたらす愚行。全ては、自称公王オラニオの責である。


 もはやハミルトン公国に、国家を名乗る資格はあらず。カイザーン帝の名においてオラニオ公より、公爵領を召し上げる。旧ハミルトン公国人、現ハミルトン公爵領民は速やかに帝国に恭順すべし。余は、帝国は諸君らを温かく迎え入れるものである。


 しかしながら、恭順を拒み、帝国に弓を引く者はその限りではない。人類のために立つ帝国への反逆は、すなわち人類への反逆であり、裏切りである。斯様な不届き者は、人類の敵として、一切の例外なく征伐されるであろう……』」



 もはや、グラハム公はその声だけでなく、書状を握る手までをもワナワナと震わせていた。温厚な好々爺は見る影もなく、赤黒く染まった額には青筋が浮いている。


 シュケンも、カークも、そしておそらく俺も同じだった。ヒェンはずっと唸りを上げているし、領主も頬を痙攣させていたし、大人しそうなハンスでさえ肩を震わせていた。



 形容しがたい怒りが、部屋の中に満ちていく。



 皇帝だか何だか知らねえが……ふざけやがって……ッッ!


 現実を知らないのか!? 同盟が、聖教会が、どれだけ苦しみ血を流し、死力を尽くしながら魔王国と戦ってきたと思っている!?


 それを……虚仮にしやがって! 魔族を征伐するだと!? 帝国独力で!?



 やれるもんならやってみろってんだ!!!



 これまでロクに前線で戦いもしてねえ、後方でぬくぬくしてただけの、ただデカいだけの国がよォ!!



 テメェらが何万の軍勢を出したところで、魔王たったひとりに焼き尽くされて終わりだぞ!? わかってんのか!?



『わかっておらんのじゃろう』


 アンテが、冷めきった声でつぶやいた。


 …………まあ、そうだろうな。


 これまで何度も、同盟圏後方で見てきた光景。


 夜エルフどもの工作の成果。奴らがせっせと撒いた種――魔王国の過小評価と、同盟・聖教会への悪評が、最悪の形で芽吹いたらしい……



「その他に、何か、気になることなどは」


 もう一度深呼吸をして、色々飲み込んだグラハム公が、静かに問う。


「気になることといえば……国境から逃げてきた者の証言ですが、帝国軍の中には、銀色の、まるで聖属性の魔力を使う者たちがいた、と……」


 !?


 領主の、ちょっと控えめな追加情報に俺は目を剥いた。


「……馬鹿な!? 聖教会が、こんな帝国に協力するなんてあり得ない!」

「ああ、えーと、貴殿は勇者か?」

「あっ、……ハイ。グラハム陛下の旅に同道する栄誉に浴しております」


 思わず口調を荒らげたら、領主に問い返されてしまったので、咄嗟に聖銀呪を見せながら答えた。


 冷静に考えたら、俺って勢いでそのままついてきただけだから、場違いっていうかクッソ浮いてるんだよな立ち位置的に……


 聖教会のいち勇者が、領主と前公王の面会の場にいるのがおかしいんだ。アーサーやこの街の司教でさえいないってのに。


 だから、『旅の仲間です』って顔で押し切るぜ……!


 それはそれとして、帝国軍の聖属性だ! どうなってやがる?


「私としては、聖教会の帝国支部が協力している可能性は極めて低いと見ている」


 領主は俺に向き直って、あごを撫でながら言った。


「というのも、すでに占領されたソクフォルの街からの避難民が、街の聖教会が襲撃され破壊されたとも証言しているからだ」

「はァ!?」


 俺はさらに目を剥いた。ウッソだろ帝国、魔王国のみならず、聖教とまで戦争するつもりか!?


「おそらく帝国が推し進めてきた、光刃教とかいう国教が絡んでいるのではなかろうか……光刃教の勇者か、神官か……」


 光刃教。


 名前は聞いたことあるし、帝国内の聖教会と軋轢が生まれているって情報も掴んではいたが……


 えっ、光刃教の勇者? …………まさか。


『成人の儀を模倣し、勇者となるべき人材を国軍に取り込んだか……』


 アンテの考えも、俺と同じようだった。



 ………………許せねえ。



 人類の敵と戦い、人類を守るために!



 勇者は、その力を目覚めさせるんだ!!



 それを! よりによって!! 人類同士の無駄な争いに投入するだと!?



『おそらく投入された当の本人たちは、それが人類のためと信じ切っておるんじゃろうなぁ』



 さっきの皇帝の布告とやらも、『人類のため』とやたら強調していたのは、そういうことか……



 何が、『聖教会は口だけの詐欺師に堕し』だ! 詐欺師はテメェじゃねえか!!



 いったい……いったいどこまで、虚仮にすれば気が済む!?



 ふッざけんじゃ、ねえぞォ――――ッッッ!!!



「君っ! おっ落ち着きたまえ!」


 と、慌て顔の領主に声をかけられて、俺はハッと我に返る。


 気づけば、めらめらと燃え盛る銀色の魔力が全身から噴き出していた。


「……失礼」


 肩から意図的に力を抜く。あっぶねえ。闇色に染まってなくてよかった。


「陛下。いかがいたしましょう」


 領主が今度はグラハム公に向き直る。


「……うむ。このふざけた書状を見るに、帝国はやる気だ。この期に及んで、交渉の余地はなし。すぐさま公都に遣いを、そして――」


 そこまで言って、グラハム公の言葉が途切れる。


「……陛下?」

「……ぅぅッ」


 目を強くつぶり、頭に手を当てたグラハム公は。



 そのまま、呻きながら床に倒れ込んだ。



「陛下!?」



 シュケンとカークが慌てて駆け寄るが。



「ぐぅぅ~……ぐぅぅ~……」



 いびきをかき始めたグラハム公に、俺は顔からの血の気が引くのを感じた。



 ヤバい! 経験豊富な戦士なら、戦場で一度や二度は見たことがある!



 頭の中の血管が切れたやつだコレ!!



「……癒者ーッ! 癒者を呼べーッ!」



 領主の悲鳴に、俺は部屋の窓をぶち破って飛び降り、聖教会へひた走った。

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