516.半端な凡才
――俺の熱烈な説明により、ガディンゴたちも【欠陥品】の有用性はある程度わかってくれたようだ。
「ところで、この魔法具に呼び名ってないんですか?」
「欠陥品に名前なんてつけるわけねェだろ」
俺の質問に対し、ガディンゴの答えはにべもなかった。
「そもそも、魔法具ってほど大それたモンでもないしな……しかし名前がねェと不便なのは確かか」
ふーむ、としばし考えたガディンゴは、
「……【フラグミニス】でいいか。古い言葉で『欠陥、欠けたもの』という意味だ」
どうせ使うときは欠けて砕けるしちょうどいいだろ、と肩をすくめる。
「太陽の光の欠片、って考えるとぴったりな名前だと思います」
いささか投げやりな命名だったが、レイラの感想を聞いて「ほう」と興味深げに表情を改めたガディンゴは、しげしげと手の中のクリスタルの欠片を眺めた。
「……そうだな。そう考えると悪くねェや」
――具体的な今後の取引だが、とりあえず俺が手持ちの現金でいくつかをサンプルとして購入することにした。
あとはこのサンプルを聖教会に持っていけば、説明するまでもなく価値をわかってもらえるだろう。
『しかし、今のお主が聖教会にヴァンパイアハンターとして接触し、堂々と売り込みをかけるのは危険じゃろ。どうするつもりなんじゃ』
う~ん、ここはリリアナたちに任せるしかないかなぁ。
人の流入が激しく、それでいて平和だったアウリトス湖一帯は、ナァナァな雰囲気で俺の正体も誤魔化せてたけど――最前線に近いここらは人の出入りもしっかり管理されてそうだし、下手に接触したらボロが出かねない。
その点、オーダジュは身分がしっかりしていて、いざというときは聖教会の上層部にも話を通しやすい。「旅の途中でガディンゴに出会ってこの魔法具を見出した」という形で説明すれば、あとはトントン拍子で進むんじゃないかな。
――ガディンゴは『失敗作が思ったより売れそうで嬉しい』くらいに考えてそうだけど、多分そういう規模で収まる話じゃない。
俺が正真正銘のヴァンパイアハンターだったら、こんな前線近くの国じゃなくて、無理やり聖教国にまで引っ張っていきたいくらいだよ。知識と技術の保全のために!
「しかしガディンゴの『それ』が売れるわけか」
「何がウケるかわかんないもんだなぁ」
「やっぱり人族はいいお客さんだからな……」
他のドワーフたちも呑気にこんなことを話してる有様だ。もともとドワーフ社会でも浮いていたせいもあるんだろうが、人族からも離れて暮らしてるから、色んな感覚がズレてるっぽいな……
「ドワーフって、何でも自分たちで作ってそうな気がしますけど、今さら人族から何を買うんですか? 欲しいものなんてあるんですか?」
と、レイラが不思議そうに尋ねる。
レイラさん、好奇心旺盛なのはいいことですけど、なんか他人事感出ちゃってますよー! 今のアナタは人族の魔法使いですからねー!
「そりゃ大抵のもんはドワーフ族も作ってるけどさ」
「全部が全部、ドワーフ内で行き渡るほど数は多くないし……」
「材料とか食い物とか、人族から買うモンは山ほどあるぜ!」
「もちろん酒もなァ!」
ガディンゴが付け足した一言に、「違いねえ!」と全員が笑う。
「アレクサさんは、イケる口かい?」
「……呑めますけど、今は遠慮しておきます」
クイッとグラスを傾ける仕草をするステッチンに、俺は苦笑して首を横に振った。
「いつ吸血鬼が現れるかわかりませんし、仲間もまだ外に出てますからね……」
「それもそうだ。まあ私たちもほどほどにしておくべきだろうね」
呑むのは確定してんだ? まあ呑むと決めたらドワーフは呑むよな。
あれよあれよという間に、みながグラスや酒瓶を持ち寄り、のんびりとした飲み会が始まった。俺たちはもちろん酒は遠慮したが、ツマミなどはありがたくいただくことにする。ちょうど小腹が減ってたので助かるぜ。
『しかしドワーフの飲み会、魔王城ではあんまり見ない光景じゃったのぅ』
鍛冶仕事の対価のひとつが、酒であったことは想像に難くない。ただまぁ、仕事中に呑まないくらいの分別は一人前の職人ならみな持ってるんだろう。
それに、魔族が近くにいたら酒なんて不味くて呑めたもんじゃないさ……
「アレクサさん、もしよかったら、オレたちの発明も見てくれねえか?」
「なんか役に立つものがあるかもしれないし」
「売れるならそれはそれで嬉しいしなぁ」
酒を酌み交わして上機嫌になった――あるいは少し気が大きくなったドワーフたちが、そんなことを頼んでくる。
「……ああ、もちろん。じゃんじゃん見せてくださいよ」
ガディンゴとかいうヤバすぎる前例が出来ちまったせいで、見ないわけにはいかなくなった……!!
「これは? 見事な木彫りの人形ですが」
「魔除けのお守りさ」
「どの程度の効果が?」
「さあ……?」
……ヘレーナに調べてもらったらカスみたいな効果しかなかった。ないよりマシだが地味にデカくて邪魔なのでボツ!
「これは……懐中時計ですね」
「ああ! ゼンマイじゃなくて魔力で動く!」
「ほほう……でもお高いんでしょう?」
「まあ魔石がそれなりに。でもただの時計じゃないんだ。時間を設定しておけば物凄く熱くなる機能がある!」
「…………何のためにですか?」
「例えば朝早くに時間を設定して、これを懐に入れたまま眠れば、熱くて目が覚めるって寸法だ」
試してみたら普通に火傷しそうなくらい熱かった上、加熱機能のせいでバカみたいに魔力を食うようなのでボツ!
普通に、高熱じゃなくて、音とか鳴らして時間を報せたらいいんじゃないか……って提案したけど、懐中時計にベルや鈴をつけたらクソダサいし、懐に入れると音がくぐもって響かないので加熱にしたらしい。懐に入れなきゃダメなんか?
まあ、あれだけ熱くなっても壊れない時計ってのも逆に凄い気がしたけどな……俺はいらねえや。
「釣竿ですか」
「はい。最高傑作のひとつですよ」
「とても頑丈、とか?」
「頑丈と言うと少し語弊がありますねこちらは少量の魔法銀を配合してまして従来の金属製品から隔絶した粘りとしなりを実現しておりさらに魔力の通りもよいことから様々な魔法付与も可能な逸品となってるんですこちらの釣竿に関しましてはここ一帯の沼地に生息する極めて珍しいサラサライサラマンダーを強烈に惹きつけてほぼ確実に釣り上げられるというエンチャントが――」
なんか……すごい釣竿だということはわかったが、サラサライサラマンダーとか特に興味がなかったのでご遠慮。
ただ金属なのにしなりがすごかったので、「この技術を応用したら凄い何かが作れるのでは?」と尋ねたら「釣り以外興味無いんで……」と別人みたいにスンッとした顔で言われた。
ただ、まあ、釣竿の質は確かに素晴らしかったので、もし俺が釣りを趣味にするならこの人に道具一式を頼みたいな、とは思った。
そんな日がくればの話だが。
「いやーなかなかうまいこといかないもんだな」
「やっぱり商売は難しい……」
「【フラグミニス】がイケるなら、俺だって! と思ったんだがなぁ」
いやなんで自分はイケると思ったんだよ。需要の緊急性が違うだろ緊急性が。とはいえ、口ぶりの割にあまり残念そうな様子は見せず、マイペースにちまちまと酒を嗜むドワーフたち。
「そういや、ベルトルトはどうだ? アイツの研究も勇者さんなら……」
「ああ、確かに……勇者さんならちょうどいいかもなぁ」
「誰か呼んでくるか?」
「うーん……」
……なんだこの空気。なんでみんな微妙に気まずそうなんだよ。
ってかこの場にいない住人がもうひとりいるわけか? ベルトルト――なんというか、らしくない名前だな。
「やれやれ、私が行ってこようか」
誰も動かないのを見て取り、小さく溜息をついたステッチンが、グラスを置いて席を立つ。ダイニングから通路を進んで奥の突き当たりの部屋――ノックし、わずかに開いた扉の隙間から、煌々とした灯りが漏れ出していた。
これは、炉の炎か?
「…………」
スンッ、と鼻を鳴らしたヘレーナが嫌そうな顔をするのが見えた。俺も遅れて気づいたが、なんか変な薬品みたいな匂いがする。
「アレクサさん、もうひとり、お話を聞いてあげてくれませんか。少し――変わり者ですが、彼も色々と研究してるんで」
「はぁ……」
どんな変わり者が出てくるんだ……? と身構える俺だったが。
「…………」
……なるほど。
確かに、彼は、変わり者だった。俺が咄嗟に思い出したのは、つい昼間に出会った獣人村の村長・モフスキンだ。
狼獣人とは思えないずんぐりむっくりな魔力強者が出てきたときは、みなで困惑したものだったが。
今、まさに、それと同じ感覚に襲われていた。――ただし、全く逆の方向性で。
『魔力が弱々しい上に……』
その男は、痩身長躯だった。
黒髪で、ひげを長く伸ばしているが、ひげモジャというほどではない。額が広く、団子鼻で、目は小さいがぎょろぎょろと眼光鋭い。どうやら筋肉がつきにくい体質と見え、その腕から肩にかけてはよく鍛えられているようだったが、筋張ってゴツゴツとしていた。色白な肌も相まって不健康な印象を受ける。
「こ、こ……こんばんは……」
煤けた緑色のエプロンを揺らし、テーブルの近くまでひょこひょこと歩いてきた男は、愛想笑いの仕方を忘れてしまったかのように顔をひきつらせてから、挨拶した。
「こんばんは。勇者のアレクサです。……あなたは?」
「ベ……ベルトルト、といいます。はじ、初めまして……」
ぎこちなく歯を剥き出しにして、それきりベルトルトという男は黙ってしまった。せわしなく動く目が、俺とレイラとヘレーナを見比べている。
「あの、何か、研究されているとのことで」
俺は彼の緊張をほぐそうと、柔らかい笑みと声色を意識しながら話しかける。
「俺はヴァンパイアハンターなんですが、先ほどガディンゴさんの発明品に感銘を受けまして。他にも何か聖教会に、ひいては人類のために役立つものがないかと……皆さんの研究や発明品を見せていただいているところだったんです」
「な、なるほど。あ、そそそれなら、ぼくも……あるかもしれません。取ってきますちょっとまってて」
トタトタと慌てた足取りで、自室へ引き換えしていくベルトルト。バタムッ! と扉が勢いよく閉じられた。
「……彼は」
俺は、ステッチンに目を向けた。
あのベルトルトという男。
ドワーフ族にしては背が高すぎるし、細すぎる。
それでいて魔力は弱すぎるし、そもそも名前が。
ドワーフ族らしい無骨さが全く――ない。
至って、普通の名前。
「もしかして……ドワーフ族と、人族の……?」
俺の推測に、ステッチンはクイッとグラスの酒を流し込んでから、曖昧な顔のまま無言でうなずいた。
そうか……やはりか……初めて見たな。人族は、ドワーフやエルフとも子を為せるとは、話には聞いたことがあったが……
「おっおまっ、お待たせしました」
と、再び部屋の扉が開いて、ベルトルトが飛び出してくる。
「あ、慌てなくても大丈夫ですよ」
壺を抱えていて、いかにも危なっかしく走ってくるもんだから、俺は椅子から腰を浮かして制した。しかしベルトルトは、そのままの足取りでこちらへ。幸い転んだりはしなかった……
「その壺が、あなたの研究なんですか?」
「…………い、いいえ」
コトン、と壺をテーブルに起きながら、ベルトルトは首を振った。
すぅっと深呼吸して、俺の目を見つめてくる。自分の胸のあたりをさすったベルトルトは、少しは緊張がほぐれたようだ。
「研究は、この、壺の中身です。……この間、かなりいいものができました」
「それは――?」
「【火魔法が使えるようになる薬】です」
「……は?」
あまりに突拍子もない話に、思わず素の声が出ちまった。
火魔法? どういうことだ?
魔法薬が壺の中にあるにしては……こう、神秘的な、魔法の気配というか、そんなものは微塵も感じないんだが……アンテ、どうだ?
『何もない』
アンテもまた、平坦な声で答えた。
『おおよそ魔力的な何かというものは、この壺の中には存在せんが……』
ふむ?
「ぼ、ぼくは――火魔法が、つ、使えません」
ギュッと壺を抱きしめたベルトルトが、絞り出すように言った。
俺は――衝撃を受けた。この、周囲の異端者のドワーフたちと比べてもなお、ベルトルトが何らかの劣等感を抱えているであろうことは、話を聞く前から容易に想像がついていたのだが。
魔力の強さとか、見た目とか、そういう問題ではなかった。
火魔法が使えない? 火属性の魔力を持たないってことか?
それは――つまり――
「となると……鍛冶魔法は……?」
俺が恐る恐る尋ねると、ベルトルトは再び顔をひきつらせた。悲しいことに、それが皮肉な笑みであることはすぐにわかってしまった。
「使え、ません。ぼくは……どちらかというと、人族に近いです……」
……本人から聞くと、また違った重みがあるな……。
それにしても、ドワーフの血を引きながら、火魔法も鍛冶魔法も使えないなんて。いったい……どれだけ、ドワーフ社会で肩身が狭い思いをしなければならないのか。
ちょっと、想像がつかなかった。
と、同時に、【火魔法を使えるようになる薬】とやらが、ますます気になる。
「鍛冶は……嫌いじゃ、ないんですよ。鉄を打ってる間は、気持ちが落ち着くので。でも、やっぱり、火魔法が使えないから、高い温度の火を出せなくて、炉が。不便で困ってたんです。ホントは、諦めてたんですけど。でも」
ベルトルトがチラッと隣のガディンゴを見やった。
「ガディンゴさんは、土属性で、光を操ってやるって、頑張ってて。僕も色々、真似することに、したんです。土魔法は、ちょっと使えるんで。これでも」
……その努力の結晶が、壺の中身だと?
「火を、操れるようになりたかったんです。……結局、操ることは、まだまだ全然、出来てません。でも、普通より『強い火』は出せるようになりました」
密閉してあった壺のフタを、キュポッと取り外すベルトルト。
中に入っていたのは――なんてことはない。
「色々混ぜて、みました。火に関係がありそうなモノ、よく燃えそうなモノ――炭とか、カラシとか、硫黄とか、硝石とか」
ただの黒い、粉? だった。
「これ、物凄くよく燃えるん、ですよ。び、びっくりするくらいに。魔法みたいに」
どこかうっとりとした目つきで、ベルトルトは。
「【火魔法を使えるようになる薬】」
歌うように言った。
「――【火薬】と名付けました」
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