515.異端者たち

※大変長らくお待たせいたしました……! 4巻の原稿一段落です! これまでの3冊でやむなくスキップしたイベントを回収しつつ、5万文字ほど新規エピソードも書き下ろしました!『エヴァロティ攻防戦が始まる前の、束の間の平穏――ただし、魔王子としての。』といった感じの内容です。待ちに待ったキズーナ実装(輝竜先生に描いて頂く禁忌)、そして氷獄男裸祭り(輝竜先生に描いて頂く禁忌)などもありますので、どうぞご期待ください……!


そんなわけでWEB版もぼちぼち再開します。


【前回のあらすじ】

獣人になりたいドワーフ村長のもふもふ村を後にして、爆速で吸血鬼を狩りまくっていたアレクたちだったが、あまりの強行軍に一部メンバーは疲労を隠せなかった。日が暮れてしまったこともあり、小さな集落で一夜の宿を求めるアレクたち。そんな彼らを招き入れたのは、両腕がクリスタル製のドワーフだった。

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「俺様ァ細工師でな。こいつも自慢の逸品よ……!」


 あまりに透明度が高く、一瞬、肘から先がないのかと思ってしまった。ランプの光を受けて、時折キラッと輝きを放つ透明な腕。カチャカチャと音を立てる、ドワーフらしからぬ繊細な細指。


「あら……一応、私は上位の治癒も使えるけど、治してあげましょうか?」

「ああん!?」


 ヘレーナが控えめに申し出たが、細工師はありがたがるどころか、クワッと目を見開き眉を吊り上げた。


「ふざけんじゃねェぞ! せっかく換えたってェのに、また元の腕を生やされてたまるかってんだ!」

「ええ……」


 遠慮どころか怒りまでぶつけられてヘレーナは絶句している。欠損の治癒とか前線じゃ泣いてありがたがられるから、ここまで拒絶されるのは想定外だったんだろう。


 ……ただ、俺は何となくこうなる気はしてたよ。


 だって『自慢の逸品』って言ってたもんこの人。


「俺様ァな、自分で切り落としたんだよォ! 俺様のクソッタレな腕をよォ!」


 キマりきった目で細工師が叫ぶ。


「な、なんでそんなことを!」

「見ろォこれを!!」


 信じられないとばかりにうろたえるヘレーナ。細工師はドンッ! と俺たちの前に一歩踏み出して、足を見せつけてきた。


「かわいいサンダルですね」

「おう、ダチが作ってくれてよ、履き心地も最高で――ってチゲぇ、指だ指!」


 レイラの素朴なコメントにニッコリする細工師だったが、クワッとした表情を取り戻し、足の指をわしゃわしゃと蠢かせる。


 ……めっちゃ太い指だな。小指でも俺の親指2本分はありそう。


「俺様ァ細工師だ。細工ってことは細けェ加工をバンバンやるわけだ。わかるか? 手元が見えなきゃ始まんねェんだよ! だが、俺様の腕は……手は! 馬鹿みてェに指が太かったんだよォ!」


 カチャカチャカチャ――ッとクリスタルの細指を誇示するように動かす細工師。


「それで頭にきたんで切り落とした、と……!?」

「おう。お陰でめちゃくちゃスッキリしたぜ。指は細い! 透明だから邪魔にもなりずれェ! 俺様の技術の粋を尽くした逸品だ、器用さも問題ねェ! どころか、自前の腕より器用なくらいだ……」


 ランプの灯りに両腕をかざしながら、惚れ惚れとする細工師。


『なんというか、ドワーフらしいやつじゃのぅ』


 いや流石にここまで突き抜けた奴は初めて見たよ……


「逆に不便なこととかないんですか? 濡れたものを掴もうとしたら滑っちゃったりとか……」

「うっ……鋭いな嬢ちゃん」


 興味津々なレイラの問いに細工師がたじろぐ。


「確かに洗い物とかはやりづれェ。一応、洗い物用に防水加工した革の指先をつけた腕も作ったんだが、その度に付け替えるのが面倒くさすぎてな……。あと強い衝撃を与え続けたら割れたり欠けたりしちまうから、鍛冶はできなくなっちまった」


 ダメじゃん!!!!


 もしも治癒よりコストが安いなら、前線で手足を失った将兵のために腕を振るってもらえないか依頼しようかと思ってたけど耐久性ないのはダメだ!! 欠損したままよりはマシだろうけど!!


「おーいガディンゴ、お客さんなんだろう? いつまでも立ち話ってのは、どうかと思うな」


 と、玄関の奥、突き当たりのハシゴからするするとドワーフがひとり下りてきた。ひげもじゃだが目がくりくりとしていて、どこか愛嬌のあるドワーフだ。ちなみに彼も右手がクリスタル製だった。


「ヴァンパイアハンターさんなんだっけ。お疲れのようじゃないか、お茶でも淹れてあげたらどうだい」

「俺様が淹れるの下手なこと知ってて言ってるよな? お前がやってくれよ」

「一応、きみの家だから。家主を立てるべきかと思ったのさ」

「へんっ、今更なんでィ」


 軽口を叩き合うあたり、気心が知れた仲なのが伝わってくる。と、お目々くりくりドワーフが俺たちを見てにっこりと笑った。


「やあ。申し遅れたね。私はステッチン。この両腕クリスタル野郎はガディンゴっていうんだ。今は皆が集まって手狭な上に、とっちらかって小汚い家だけど、ゆっくりしていってよ」

「おい人様の家にその言い方はねェだろうがよォ!」


 あとから来たお目々くりくりがステッチン、義肢の細工師がガディンゴか。


「お邪魔します。俺は勇者アレクサです。彼女は魔法使いのレイラ、こちらは森エルフのヘレーナ……すいません、あとからさらにふたり合流すると思います」

「大丈夫大丈夫、3人も5人も変わんないから。遠慮しないでいいよ」

「だからなんでお前が家主ヅラしてんだよォ~!」


 俺たちはパッと見で5人に見えるからな……実際は悪魔2体に加えてゴーストまでたくさんいるんだけど。


 それから中に案内されて、茶などをご馳走になった。ステッチンとガディンゴ以外にも、何人かドワーフが集まっていて思い思いに工作したり酒を飲んだりしているようだ。


 近隣で吸血鬼が出没していると聞き、念のため一箇所に集まって身を守っているんだとか……


「――なるほど、普段は皆さんで、こちらの村で暮らしてるわけなんですね」

「村ってほどデカくないけどね、地図にも載ってないし。ドワーフの爪弾き者が群れて無聊を慰め合ってるだけさ」


 ニコニコしながら辛辣なことを言うステッチンに、ガディンゴをはじめ他のドワーフたちも、苦笑するやら苦虫を潰したような顔をするやら。


「私は刺繍が大好きで、この右腕もガディンゴに特注してもらったんだ。流石に切り落としたわけじゃなく、事故でぶっ潰れたからそのついでって感じだけどね」


 ステッチンの義肢は、パッと見は普通の腕だが、縫い物モードに変形して凄まじい速さで針を動かせるらしい。


 自慢の作品をいくつか見せてもらったが、気が遠くなるほど細かい図柄にカラフルな色糸が刺してあり、山々や花畑、ドワーフの街? と思しき風景から、デフォルメされた子どもたちが遊ぶ光景など、絵画では出せない独特の味わい深さがある作品ばかりで、それは見事なものだった。


「俺は釣りが趣味でな。釣竿や仕掛けが入用なら任せてくれよ」

「オレは時計職人さ! この家にあるやつはぜーんぶ俺が作ったんだ!」

「ぼくは、うーん、森エルフの前で言うのもなんだけど、木彫りが好きでねぇ。いやほんとごめんって、そんな顔しないでくれよ! 好きなんだから仕方ないだろ!」


 やいのやいのと集まって、それぞれの作品を見せてくれる。どれもこれも素晴らしいもので、感嘆に値したが――俺はふと彼らの共通点に気づいた。


「ああ、そうさ」


 俺の表情から察したか、ステッチンがひょいと肩をすくめる。


「――私たちはみんな、鍛冶が好きじゃなくてねえ」


 ステッチンの言葉に、はしゃぎっぷりはどこへやら、少し気まずそうな顔をするドワーフたち。


『ドワーフの爪弾き者』と言っていたのは、つまりそういうことなんだろう。魔王城の工房でのドワーフたちの振る舞いを見ていただけでも、わかる。


 ドワーフと言えば鍛冶! 鍛冶と言えば武具!


 素晴らしい武具を打ててこそ一人前のドワーフ!!


 ――それが彼らの価値観だ。他の細工や工芸が軽んじられているわけではないが、『鍛冶ができた上で、他のものにも手を出す』という風潮があるのは否めない。


 クセモーヌとか、革細工の腕前は認められてたけど、鍛冶はからっきしだったからか表には出させてもらえていなかったもんなぁ……俺の【キズーナ】のリクエストに応えられるのが彼女しかいなかったことと、クセモーヌが聖匠マエストロ級の腕を持っていたことから、仕方なくその名が挙げられてたけど。


 裏を返せば、クセモーヌが聖匠ほどにずば抜けていなかったら、あのまま日の目を見なかった可能性もあるわけで……



 おそらくここにいるドワーフたちは、の集まりなんだろう。



『モフスキンとかいうキグルミドワーフもきっとそうなんじゃろな……』


 ああ……そうかもな。変わったドワーフばかりだなって思ってたけど、偶然じゃなくて必然だったんだ。


 いわゆる『まともなドワーフ』はドワーフの鉱山街か、大都市の工房か、前線にしかいない――こんな辺境や田舎に隠れ住んでいるようなドワーフは、ドワーフ社会に馴染めなかった者ばかり、ってことか……


「そういえばちょっと不思議なんだけど、私たちが訪ねてきたときの『光』」


 と、気まずくなりかけたムードを払拭するためか、ヘレーナが話題を変えた。


「あれって何だったの? 光魔法か魔導具かと思ったんだけど、あなたたちの中に光属性の持ち主っぽい人、いないわよね……? というかドワーフで光属性持ちなんてそもそも聞いたことがないし」


 てっきり神官か人族の魔法使いでもいるのかと思ってた、とヘレーナ。


 ドワーフは光と闇の神々をどちらもふんわりと敬っているが、光と闇の魔力の持ち主はさっぱり生まれてこないらしい。


 おそらく、メインの信仰は火と大地そのものにあるせいだろう。代わりと言っちゃなんだが、ドワーフはみな必ず、火と土属性持ちで生まれてくる。だからこそ鍛冶に高い適性があるわけだ。


 ――で、そう考えると、確かに俺たちが訪問したときに浴びせられた、あの眩しい光ってなんだったんだろう。


「あ、それわたしも思ったんですよね」


 ヘレーナにレイラも相槌を打つ。


「なんだか……まるで、おひさまの光みたいだって感じたんです」

「ほほぅ……」


 レイラの感想に、ドワーフたちが感心したような声を上げた。


 みなが、渋い顔をしているガディンゴに目を向ける。


「ガディンゴ、こちらのお嬢さんはわかってくれているみたいだぞ」

「オレたちにゃわかんねぇこだわりだったが、よかったじゃねえか」

「――よくねェ! 所詮は失敗作だ……ッッ!」


 椅子に座りながら地団駄を踏み、頭を抱えるガディンゴ。


「……失敗作、というのは?」

「ああ、彼はね……、……いや。作品のことは、流石に他人が口出しすべきじゃないなぁ」


 代わって解説しかけたステッチンが、くいくいと眉を動かしてガディンゴに説明を促す。


「……ちと待ってろ」


 席を立ち、奥の部屋に何かを取りに行くガディンゴ。


 しばらくして、その手に――クリスタル製のロウソク? 燭台? のようなものを持って戻ってきた。



「――俺様には夢がある」



 テーブルに燭台を置いて、重々しく話し始めた。


「俺様ァ最高の細工師だ。いつか、ドワーフ王の宮殿に飾られるような、最高のシャンデリアを作るのが夢なんだ」


 ほう、シャンデリアか。


 金属製のものもあるけど、クリスタル細工のものが一番派手で高級だろうな。


「最高のシャンデリアとは何か――俺様は考えた。ところでよォ、ロウソクって優雅さに欠けると思わねェか? 俺様ァ炉の火も嫌いじゃねェが、灯りとしての火はあんまり好きじゃねェんだ。明るさが安定しねェし、煙も出るし、何より色! ステッチンだって、ロウソクの火だと糸の色合いがわかんねェっていつもボヤいてやがる」

「まあ自然光には敵わないよねえ。灯りは火の色が混じっちゃうから、似た色の違いがよくわかんなくてさ……」

「ってなワケで、俺様ァ自然の、おひさまの光が至高にして究極だと思うわけだ」

「ドワーフにここまで賛成できるのは初めてだわ」

「素晴らしいです。異論の余地がありません」


 ヘレーナとレイラがぱちぱちと拍手している。火があんまり好きじゃない自然派の森エルフ&おひさま属性のドラゴン。


 俺もぱちぱちと拍手した。


『闇属性の権化の魔族がなんかしとるのぅ』


 シャーーーーッッ!(威嚇)


「っつーことで、俺様ァ自然光を放つシャンデリアを作ろうと……作ろうと……しているんだが……」


 ジトッとした目で、テーブルの上の燭台を見つめるガディンゴ。


「……それが、試作品?」

「失敗作だ」


 忸怩たる顔で。


「俺様の理想は、『自然光にしばらく当てておけばその光を吸収して、夜になったら勝手に光り続ける』シャンデリアだったんだ」


 …………無理では?


「そんなことが可能なの……? あなた、光属性持ちじゃないんでしょ……?」

「ああ。魔術的なアプローチは諦めた。だがな、たとえ光属性を持たずとも」


 ガディンゴは、義肢をひらひらと動かしてみせた。



 ランプの灯りに、クリスタルがきらめく――



「よく磨かれたクリスタルは、光を反射する。つまりよォ、


 ヘレーナも、レイラも、絶句している。もちろん、俺もだ。


「で……まァ、考え方としては悪くなかったし、どうにかこうにか、効率はクソ悪ィが、光を貯め込んでおくようなモンはできたんだ。ただ……その光を、取り出すことができねェ!」


 もはや、テーブルの上の燭台を睨みつけながら、クリスタルの腕でガシガシと髪を掻きむしるガディンゴ。


「結局、壊すことでしか……叩き割ることでしか光らねェ上に、貯め込んだ光を一気に放出しちまう! とんだお笑い草だ! 王に献上するなんて夢のまた夢! 叩き壊さないと使えないシャンデリアなんてどこにある!? しかも光るのはほんの一瞬! 話にならねえ欠陥品だよ!!」


 腹立たしげに、堪忍袋の緒が切れたとばかりにガディンゴは乱暴に燭台を倒す。


 ロウソクを模したクリスタル細工がパリンッ! と砕け――


 カッ! と俺たちの目を、まばゆい光が焼いた。



 



「クソ――ッッこっから何をどうやったらいいんだ畜生め――ッッ!」

「ははは……まあこんなわけで、ガディンゴはこの頃、常に七転八倒してるってワケさ。それでも一応光ではあるわけだし、魔除けくらいにはなるかなって使わせてもらってるんだけど」

「そ……その、細工なんですが……」


 俺は、口の中がカラカラに乾いているのを感じた。


「作成には、どの程度の労力と費用を要するんですか……?」

「あァ!? 知らねーよそんなもん、1時間に2~3本ってとこだろ。材料は透明度が高ェクリスタルがありゃ上等だ」

「貯め込んだ光を放出するのに、つまり、叩き割るのに何か特殊な技術とかいりますか……?」

「バカにしてんのか! 叩き割るなんてガキでもできるに決まってんだろ!」



 つまり1日単位でそこそこ量産できて、



 そんな特殊な材料使ってるわけでもなく、



 使用者は一切の魔力を使わずに太陽光を放てる。



 ほほー。なるほどね。


「なるほど。なーるほど、なるほど、なるほど」


 うんうんとうなずいた俺は、



「あるだけ売ってくれ!!!! 今すぐに!! いや、聖教会に卸してくれ! 言い値で買う!! お願いしますッッッッ!!!!」



 な――――にが欠陥品だコラァ!!!! ふざけんじゃねえぞ!!



「はぁ?」


 しかしガディンゴはぽかんとしていた。


「なん……こんなもん、価値あるのか?」

「当たり前でしょう! 歴史に名を残す発明ですよコレは!」


 たとえ使い捨てでも太陽光を好きなタイミングで放てる魔導具に価値がねーわけねえだろうがよ!!


 ってか本人はともかく周りはわかれよ! 現に俺たちに対して照射するって応用してたじゃねえか!!


 ……と思ったが、ステッチンをはじめ、他のドワーフたちもポヤッとしていた。


「わかるでしょそんくらい!? これがどれだけの価値を秘めているか!」

「いやだって……なぁ? お前さん勇者だろ? 聖属性なんて使えるわけだし。そこの嬢ちゃんも、エルフの姉ちゃんも……」


 ガディンゴはキョトンとした顔で。



「――光なんて誰でも出せるじゃねえか」



 …………。



 このッッ……魔力強者どもがァ――ッッッ!



は出来ても!」



 俺は声の限り叫んだ。



は出来ねえんだよォ――ッッ!!」



 つくづく、今のこの瞬間。



 リリアナもといレキサー司教たちが帰ってきてなくてよかった。



 ……たぶん、今の聞いてたら化けて出てたと思う。

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