499.価値観の違い
※庭の木を切り倒していたら更新が遅れました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「なんてことを!」
「確かに物理的干渉力についてはお尋ねしましたが、何もこんな大木を傷つける必要はないでしょうに……!」
『すいません……』
しゅんと小さくなるアーサーをよそに、オーダジュがフンッと気合を入れ、太い幹を軽々と持ち上げた。高齢の森エルフは見た目とは裏腹に、魔力がよく練り上げられていて、若者よりむしろ身体強化に優れている。
「むむ……切断面が滑らかなのが不幸中の幸いですな。恐るべき切れ味……」
よっこいせ、と幹を切断面に合わせて支えるオーダジュ。さらにヘレーナが歌を口ずさみながら、魔法の水を生み出して木の根に注いでいく。
「~~~♪」
そこへ、ヘレーナに合わせてハミングしたリリアナが、幹に触れて光を注ぎ込む。『うおっ』『まぶしッ』と半ば本能的に、ヴァンパイアハンター組の数名が光を恐れて距離を取った。
「ふぅ……これでよし」
くっついた大木を前に、満足げなオーダジュ。
見事なもんだ。目を凝らしてみても、樹皮に傷跡ひとつ見当たらない。倒れた勢いで一部の枝がバキバキになっていたが、リリアナの癒やしの力を注がれ、むしろ切断前より青々と葉が茂っているように見える。人の手足も内臓も完璧に修復できるリリアナには、木を接ぐことなんて朝飯前なんだろう。
「あなたたちには悲鳴が聞こえないからいいんでしょうけど、この子たちもちゃんと生きてるんですからね」
幹をナデナデしながら、メッと怖い顔をするヘレーナ。
「まあまあ、取り返しがつくことだったから、そんなに目くじらを立てなくてもいいじゃない」
リリアナがやんわりとした口調でなだめてから、フッと遠い目をした。
「……嫌がらせのためだけに、森を丸々ひとつ目の前で焼き払われるのに比べたら、このくらいどうってことないわよ……」
「あなた、そんなことまでされたの!? 許せないわね……!」
「おのれ夜堕ちども! 骨の髄まで陽光に晒してくれるわ!!」
どうやら『夜エルフがリリアナに嫌がらせした』という意味で解釈したらしく、目を血走らせて怒り狂うヘレーナとオーダジュ。
「「…………」」
俺とレイラは顔を見合わせ、どちらからともなく気まずげに目を逸らした。
イザニス族……エヴァロティ自治区……魔獣の流入……山火事……
ウッ頭が……
「……アレク殿? まさか――」
『森エルフには木々の悲鳴が聞こえるのか』
何やら察したオーダジュが追求しかけたとき、黙って聞いていたレキサー司教が口を挟む。
『私は職業柄、長らく森エルフとも行動を共にしてきたのだが、そういう話は全く聞かなかったな……』
「ん~……正直、個人差はあるわ」
レキサー司教の訝しむような言葉に、ヘレーナが渋い顔をした。
「草花の歌がはっきり聴こえるほどに同調できる者もいれば、ぼんやりとしかわからない者もいるし、まるでピンとこない者もいるし……。もしくは単に慣れたか、言っても仕方ないから言わなかっただけなのか」
同盟が他種族の寄合所帯である以上、お互いにある程度の敬意と妥協は必須だからな……かつて血で血を洗う戦争をしていた森エルフとドワーフでさえ、今は手を取り合ってるくらいだ。
「我らエルフ族も、かつては、氏族によって自然に対する考え方がまちまちでした。どのように自然を敬うか。どのように自然と接するか。それらは各々に任され、何物にもとらわれず、個々人が自由に振る舞うことこそが、真に尊い『自然』だと考えておったのです……」
遠い遠い昔を振り返るように、オーダジュが目を細めながら語る。
『その考え方は素晴らしく聞こえるが、今はそうではない、と?』
興味深げなレキサー司教。
「ええ。なぜならば、ヘレーナが言っておった通り、エルフの中には草花の声に耳を傾けず、どころか見向きもせず、平気な顔で森を荒らす者もおりました。もちろん、当時のエルフたちもいい顔はせなんだが……自分たちの森が荒らされない限りは、と自由にさせておったのです」
皮肉な、乾いた笑み。
「そして、斯様な連中をのさばらせた結果……『夜堕ち』どもが生まれた」
好き勝手やってた奴らの末裔が、夜エルフってことか……。
ちなみに、森エルフの前で『夜エルフ』という呼び名を出すと、彼らは著しく気分を害するので注意が必要だ。森エルフたちは、夜堕ちどもと同じ『エルフ族』でくくられるのが我慢ならない。もはや奴らはかつての同胞などではなく、絶滅させるべき不倶戴天の敵なのだ……
「まあ、他者への思いやりに欠けるロクでなしどもの子孫です。今の醜き有様も納得でしょうな。我らが先祖も、森からの追放などという甘い処分ではなく、ひと思いに滅ぼしてしまえばよかったものを……」
嘆息するオーダジュ。
もしも夜エルフが絶滅させられていたら……魔王国は、全く違う形態になっていたかもしれないな。
え、てか、諜報網もない上に、国家運営に携わる役人もごっそりいないわけだろ。貴族階級としての魔族の暮らしを支える、上級使用人もほとんどいない。
……どんなことになってたのか、想像もつかねえや……
もしかしたら、今ほどにはスムーズに魔王国も肥大化できなくて、
俺の故郷も……まだ、滅んではいなかったかも……
…………いや、考えても詮無きことだな。
「話が逸れましたな。今でも草花の声が全く聞こえない子は生まれることがありますが、聖大樹連合の方針として、同じ過ちを繰り返さぬよう、幼い頃より自然の尊さを説くようにしております。……ワシらのような古の血を濃く受け継ぐ者……言ってしまえばハイエルフの血が濃い者は、大地や草花との親和性も高いんですがのぅ」
『ふむ。私の同僚は、おそらくあなた方に近い存在だったと思われるので、我々を慮って口には出さなかっただけなのかもしれないな……。人族や獣人族の生活圏で活動することが多かったので』
「ほほう、同僚……そういえば、自己紹介の途中でしたな。これは失礼」
自己紹介の流れが戻ってきた。
いい感じに森焼きの件はスルーされたな。助かった……!
「森が焼かれた話はまたあとで聞くとして……」
助かってなかった……!
『申し遅れた。私はレキサー=マーディハント司教。ヴァンパイアハンターだ』
堂々と名乗るレキサー司教。かつて、彼のトレードマークであった赤黒いロングコートは、今や霊体で輪郭だけが再現され銀色に光り輝き、見る影もない……
「「ヴァンパイアハンター……」」
そしてなぜか、森エルフ組が顔を見合わせた。
「となると……まさか、あなたが言う森エルフって『イェセラ』って名前……?」
『なんと。ご存知だったか』
驚くレキサー司教ら、ヴァンパイアハンター組。
――視界の端で、レイラがぎゅっと拳を握りしめるのがわかった。
イェセラ。ヴァンパイアハンターの森エルフ。500年前から妹の仇たる吸血鬼を追い回していた執念の女。
カェムランでは、毒を受けた
まさか、イェセラとリリアナたちは知り合いだったんだろうか。
ハイエルフの血統だったなら……ああ、だとしたら、オーダジュとヘレーナが俺を敵視するのもやむなし――
「私たち、カェムランに立ち寄ったから……」
「彼女は、あなた方の仇を討つと、心に誓ったようでした」
ヘレーナが沈痛の面持ちになり、オーダジュがチラッと俺を横目で見ながら、神妙な顔で言う。
その口ぶりからして、生きていたのか……!?
「ルージャッカ、でしたかの。獣人の男とともに、魔王子ジルバギアスを必ずや見つけ出してみせる、と……豪語しておりました」
『『…………』』
しんみりするヴァンパイアハンターたち。彼らの視線が痛い。
俺は手で顔を覆いそうになったが、その資格はないと思ったので、気をつけの姿勢を維持した。
それにしても……ルージャッカも。
彼の嗅覚は脅威だ。レイラに大地を焼いてもらったけど、果たして『俺』の痕跡は消し切れたんだろうか……
「あ、そういえばアレク」
リリアナがふと思い出したように、不意に俺を見た。
「アレクは現地で戦死したことになってたわよ」
え? なんで?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます