285.そして賽は


 ――夜空をドラゴンたちが羽ばたいていく。


 先頭は、馴染みのグリーンドラゴンを駆るエメルギアス。ボン=デージ・スタイルの上に骨鎧をまとい、魔法の槍を携えた実戦さながらの重装備だ。


 その後ろには3頭のドラゴンが続き、それぞれ2名ずつイザニス族の戦士を乗せている。エメルギアス自身を含めて、計7名の魔族戦士。


 ドラゴンは基本的に魔族同士の争いには関わり合いにならないが、ジルバギアスの従えるホワイトドラゴンを考慮すれば、4頭のドラゴンも一応戦力と言えるか。


 ――そう、戦力。


 エメルギアスは、ジルバギアスと事を構えるつもりでいた。目的は、高速通信技術の詳細を明らかにし、可能であれば手中に収めること。


 あの末弟が素直に言うことを聞くはずもなく、激しく抵抗するだろう。


 その過程で力も奪い取る……!


(アイツは今、砦にいるはずだ)


 エメルギアスが把握している限り、末弟は愛妾たちを連れてアウロラ砦に向かっていたはず。


 マトモな教育を受けられなかったとはいえ、ホワイトドラゴンの族長の娘に、自我を破壊されたとはいえ、ハイエルフの聖女。加えてジルバギアス。個々の潜在能力は脅威で、以前の自分なら厳しい戦いを強いられただろうが――


『今のきみなら、大丈夫でシょうね』


 ジーリアが含み笑いしながらささやいた。


 先ほど、母の魔力を奪ったおかげで、ジルバギアスはもはや格下となった。魔法戦なら負けはしない。ジルバギアスは名乗りで魔力を強化するだろうが、それはこちらとて同じ……!


 ちら、と背後を振り返れば、ヒスィズィアら部下たちの強張った顔が目に入った。ドラゴンたちも、心なしか羽ばたきに勢いがないように感じられる。


 部下たちは魔王子間抗争に加担することへの緊張。ドラゴンたちは、単に「厄介事に巻き込まれちまったなぁ」とでも言いたげな様子だった。


 基本的に、エメルギアスが単独で全ての汚名をかぶるつもりでいる。


 ドラゴンも部下たちも、命じられたことなので仕方がない、と。


(直接闘争の禁を破り、父上も関わってる事業に横槍を入れるわけだ。相応の処罰は下るだろうが――)


 せいぜい謹慎だろう。過去の例を鑑みるに自室に30~40年といったところか。末弟をうっかり殺してしまうと、もっと長引きかねないので、限界まで力を搾り取って生かして終わらせるのが理想的だ。


 普通の魔族なら、30年も40年も戦場に出られないのは致命的かつ苦痛でならないだろうが、エメルギアスはここしばらくの引きこもり生活で、魔力を育てるのに何も苦労しないことがわかった。


 父を羨むだけでも魔力が育つし、軟禁生活が始まれば、自由に暮らしている魔王城の住民たちを羨んで少しずつ魔力を奪い取れるだろう。気づかれない程度に、しかし着実に……


(あの末弟の魔力まで奪えば、オレはクソ兄貴を超えることになる)


 アイオギアスさえ、素の魔力で上回れるようになる。そこからさらに成長すれば、次期魔王も夢ではない。


 謹慎明けに戦場に出れば、圧倒的な戦果をあげられるはず。大公位も楽々手に入るだろう。


 唯一まずいのは、自分の謹慎中に父が倒れ、魔王継承戦が始まってしまうことだが――あの生命力にあふれる父が、30年やそこらで倒れるとは思えない。


『ソシてきみは最強の魔王に至り、ソれでもなお成長は止まらない』


 ジーリアが言った。


『なゼなら、全ての魔族がきみの強大な力を羨むから。私はソれをも糧とする。想像シてごらんなさい、みんながきみに嫉妬と羨望の眼差シを向けてくるの……』


 みんなが――あの鼻持ちにならない長兄も、烈火のごとき長姉も、スかした態度で余裕ぶる次兄も、もちろんクソ生意気な末弟も――自分を嫉妬する。


 エメルギアスは魔王位継承戦において、慈悲深く兄弟姉妹を生かしておくだろう。単に殺すより、生かして力を奪い、無力感と絶望を味合わせた方が効率がいいし、何より――



 心地よい。



 常に、周囲を羨んでばかりいた自分が、とうとう嫉妬される側に回る――ゾクゾクと、全身が鳥肌立つほどに、甘美な感覚だった。エメルギアスはすぐさま思考を打ち切る、その想像はあまりに強烈過ぎたからだ。


 今はまだそのときではない。悦に入って渇望を失うべきではない。勝利の美酒が、その盃が手に入るまでは、こらえなければ――


『ウフフ、真面目ね。ソれがきみのイイところでもあるのだけど』


 自分を包み込むジーリアが、背後から抱きついてくるような感覚。


『ソんなきみと一緒に、私はもっと強くなる。……ねぇ、私たち、本当に最高のパートナーだと思わない?』

「……そうだな」


 認めざるを得ない。


 ジーリアは、エメルギアスにとって最高のパートナーだ。


『ウフフ……』


 愉快そうに彼女は笑う。



 そして――見えてきた。



「アウロラ砦……!」



 ぐんぐんと近づく――砦の入り口には、人影も。



「さすがに気づくか」



 エメルギアスは、獲物を前にした蛇のように舌なめずりした。



 視線を感じる。こちらを見ている。



 腰の剣の柄に手を置き、険しい表情を浮かべた末弟――



 第7魔王子ジルバギアスの赤い瞳と、真っ向から視線がぶつかりあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る