286.投げられた


 ――最初に気づいたのはレイラだった。夜空の飛行物体に。


 続いて、俺が接近する魔力を感知。外に出れば、ドラゴンが4頭、砦の前に着地しようとしているところだった。


 ひらりと鞍から降り立つは、緑髪の魔族――


 エメルギアス=イザニス。


 蛇革のボン=デージ・スタイルの上に骨製の鎧を身に着け、しかも手にはドワーフの魔法の槍を握っている。


 顔には、蛇の鱗を思わせる痣。しかも瞳孔が縦長になっていた。まるで化け物だ、魔族というよりもはや魔獣に近い。


 …………。


 なんかバカみてえに魔力強くなってねえか……? 俺よりデカくね?


 なあ、アンテ。


『――魔力のあり方が以前とまるで異なる。おそらく悪魔の権能を限界以上まで受け入れおったな』


 冷静に分析するアンテ。


『半ば我らの同類と化しておる。定命の身でありながら、よくもまぁ元の人格を保ったまま動けるもんじゃ』


 そういや、魔界を再訪して体調を崩したらしい、という話は聞いていたな。前回の食事会も欠席したし、てっきりバツが悪くて引きこもってんのかと思ったが。


 体調不良なんてとんでもない。


 なんだこの魔力、普通に大公級じゃねえか。これアイオギアスとどっちが強い?


『かろうじて、アイオギアスの方が上じゃの』


 ……アンテ、お前に預けてた分。


『全部戻せば、今のお主はアイオギアスとどっこいじゃ』


 つまり俺の本来の魔力は、緑野郎とほぼ同格かよ。わかってはいたが……初陣から戻って以来、大して力を稼げてないしな、俺は。


 この緑野郎ほど劇的には。クソ、本当にいったいどんな手を使いやがった。


 しかも向こうはほぼフル装備。一方俺は、服の下のボン=デージと、アダマスか。バルバラが言ってた通り、白竜の鱗鎧シンディカイオスも装備してくりゃ良かった。


「穏やかではありませんね、兄上」


 ともあれ、声をかける。


「――何用で?」


 ロクな用事じゃねえのは火を見るより明らかだが。


「お前が研究している成果を、差し出してもらおう」


 いつもより少し高めの、しかし相変わらずザラついた声でエメルギアスは言う。


「は?」


 高圧的な言葉に、思わず素で返してしまった。


 ……死霊術研究の成果を? エンマへの対抗策を? なぜ? ……いや、そもそもどうやって研究内容を知った? まさか魔王がバラした? なぜ? だがそれにしてもコイツが欲しがる意味がわからない。


「もちろん、タダでとは言わん。大人しく成果を差し出せば、お前はオレ様の下で重用してやろう」


 ……???


 何言ってんだこいつ。ツッコミどころが多すぎて困惑する。というか、交渉の体をなしてない。


 ……いや、交渉するつもりなんて、ハナからないのか。俺が歯向かうことを期待するような、陰湿で粘着質な眼差し。


 引き連れた部下たちの緊張の面持ちと、遠巻きに見守るドラゴンたちを見るに――なるほど、最初から喧嘩売る気満々ってか。



 これが以前までのクソ緑野郎なら、鼻で笑ってピシャリと扉を閉め、話を打ち切るところだが。



 とぐろを巻く大蛇……いや、竜巻のような魔力。



 もはや無視はできない。



「どうする? ここで魔生を終えるか、オレ様の部下として長生きするか……」


 フフフ、と笑うエメルギアスは、己の言葉に酔っているような雰囲気もあった。


 なんとなく心当たりがある。大量に魔力を得たときの、あの全能感。ひょっとするとコイツ、アレに溺れてるんじゃないか? ここまで魔力が育ってから、さほど時間が経っていない……? 急激に成長した?


「父上は、このことをご存知で?」


 だがそれには触れず、俺は魔王の存在を思い出させて様子を見る。


「お怒りにはなるだろうな」


 半笑いのまま、エメルギアスは平然と答えた。


「しかしここに父上はいない。お前に手を出せば処罰は下るだろうが、前例からしてせいぜい謹慎だ」


 ペナルティを受けても構わんと開き直ったか。


「もっとも、お前を殺せばもっと重い処分が下るだろう……オレとしても、殺しまではしたくない。あまり抵抗しないでくれると助かるのだが……」


 ゾワッ、と毒々しい魔力の風が押し寄せた。


 怖気が走るような殺意が込められている。


 俺の髪が逆立った。



 ――歓喜に。



 これは、明確な恫喝だ。とうとう一線を超えやがったな。



 ありがたいことに向こうから。ハハ。思ったより早かったなぁ……



 



 向こうが殴りかかってきたなら、迎撃する大義名分が立つ。


 忘れもしない。燃え盛る村。ゴブリンに群がられるクレア。オヤジの首を槍に突き刺して高笑いするクソ野郎、俺を抱きかかえて走るおふくろ、その背中に突き立った無数の夜エルフの矢――


 記憶が風化して擦り切れてしまっても、この情景だけは決して忘れない。


 何度夢にみたことか……! 何度うなされたことか……!


 全身の血が沸騰するようだった。反対に頭は冷え切っていき、このをどう活用するか、最適解を探り始める。


「逃げ場はないぞ」


 周囲に視線を走らせる俺を、せせら笑うエメルギアス。


 ちげーよ、どうやったらテメェを一番ブチ殺しやすいか考えてんだ。連れてきたのは部下6名にドラゴン4頭。粒ぞろいだな、子爵から伯爵級ってとこか。敵の戦力はそれだけのように見えるが……他の手下が、砦の周辺に潜んでいたら厄介だ。


 今のエメルギアスは、魔力面だけでもかなりの強敵と言える。こちらも相応に手札を切らねばならない以上、外でやりあえば何者かに目撃されかねない――


「ひとつお聞きしますが、兄上」


 瞬間的に考えをまとめ、俺はにこやかな笑みを浮かべながら、問うた。


「研究成果とはおっしゃるが、どのようなものを想定しておいでで?」


 物怖じしない俺に鼻白んだか、エメルギアスが笑みを引っ込めて目を細める。


「アンデッドと組んだ高速通信技術だ。我らイザニス族の地位を脅かしかねん」


 ……ははぁ、合点がいった。どうやら日刊エヴァロティがバレたらしいな。確かにアレは、イザニス族の強みを打ち消しかねないシロモノだ。


 俺がアレを試験運用していると勘違いしたなら――こんな暴挙に手下どもがついてきたワケも、一応は納得できる。


 バカだな。コイツら本当にバカだな。


『こちらが魔王にさえ伏せているとも知らずにのぅ……』


 魔王国が運用し始めたら強力すぎるから、ってのが主な理由だが、期せずして俺はイザニス族の地位も守ってるわけだ。笑えてくるぜ。


「はっはっはっはっは……!」


 俺は、剣の柄から手を離し、本当に愉快でたまらないとばかりに笑ってみせた。


「残念ながら、不幸な行き違いがあるようですね、兄上」


 それに対し、エメルギアスは目を細めたまま、じっとりと俺を観察している。


「俺が研究しているのは、全く別のものですよ。話すよりも見た方が早いでしょう、立ち話もなんですし、中へどうぞ」


 俺は何事もなかったかのように、気負わず砦の扉を開け、中に入るよう促した。



 ――入ってすぐの広間。



 バルバラと、竜形態のレイラが待ち構えるキルゾーンへ。



 ドラゴンたちの飛来に気づいた時点で、彼女らは臨戦態勢に入っていた。リリアナは念のため、少し奥へ下がってもらっている。



 砦周辺に他の手下が潜んでいた場合を考慮すると、視線を遮断できる中へ誘い込むのが最善だ。



 無論、この場には他の目撃者もいる。イザニス族の部下に、ドラゴンたち。



 だけど問題ねえ。全員残らず殺し尽くす……!!



 腰のアダマスがカタカタと震える――




 瞬間。




 背後で、エメルギアスの魔力が膨れ上がった。




「【細切れアネモス・に散れトゥロヴィロス】」




 ――風の刃の嵐が、砦の内部に吹き荒れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る