287.大激突


「――若!? あまりにご無体では!?」


 容赦なく背後から魔法を叩き込んだエメルギアスに、ヒスィズィアがぎょっとして上擦った声を漏らした。


「馬鹿。あれだけ挑発されて笑って済ませるようなタマかよ、アイツが」


 対するエメルギアスは、吐き捨てるように。


「あの目は絶対に、ロクでもねェことを企んでいた。オレにはわかる!」

「し、しかし……」

「制圧するぞ、各自続け。ドラゴンは周辺を警戒、ひとりも逃がすな!」


 槍を構えて砦に押し入っていくエメルギアス。部下たちも顔を見合わせて、それに続いた。自然とエメルギアスを中心とした隊形を組む。


 砦の中は――真っ暗だ。


 いくら夜目が利く魔族でも、光源がなければ何も見えない。部下のひとりが、つむじ風にくるまれた火球をフワッと浮かべた。



 ぼんやりと照らし出される広間ホール――想像以上に、開けた空間。



 かちゃ、かちゃ、と。



 硬質な足音。イザニス族の戦士たちは身構える。やがて火球が照らす範囲に、白銀の人影が踏み込んできた。


「なんだ……?」

「アンデッド……?」


 それは、表面に白銀の鱗をびっしりと貼り付け、仮面をつけた剣士のような姿の、悪趣味なアンデッドだった。そこそこの魔力量だが動きはいかにもぎこちなく、下手くそな操り人形みたいだ。今にも転びそうになりながら、ゆっくりと一歩ずつ、近づいてくる。


「フン、人形か……【裂けよスパシモ】」


 一瞥して鼻を鳴らしたエメルギアスは、風の刃を放って警戒を続けようとした。



 が。



『――人形?』



 そいつは、笑った。



『確かめてみな』



 白銀の姿がブレる。風の刃をかいくぐり加速。



 



「なっ――」


 ビヒュッ、カ、カァンッと快音が響き渡り、エメルギアスの前に立つ戦士ふたりが兜ごと頭を撃ち抜かれ、崩れ落ちる。即死。


「馬鹿なッ……剣聖ッ!??」


 魔族たちの顔が驚愕に歪む。それでも、いち早く我に返ったヒスィズィアが槍を突き込むが、跳ね馬のように宙を舞った剣聖は、天井に着地。


 加速度と重力が釣り合った一瞬、ぎり……と足元の石材がきしむ。


(――シャル)


 バルバラは思い出す。女神官――シャルロッテのことを。最愛の人の首を抱えて、泣き崩れていた姿が蘇る。


 魔王子コイツがやったんだ。コイツが……!!


 仮面越しに睨みつける、その憎々しい顔。


『――死ねェ!!』


 ドンッと爆発的加速。天井を蹴り、エメルギアスの額を撃ち抜かんと、流星のように舞い降りる。


「【我が名はエメルギアス=イザニス!】」


 魔王子の魔力が膨れ上がった。


「【細切れアネモス・に散れトゥロヴィロス】」


 回避不能な無数の風の刃。しかしバルバラも魔力を放出し抵抗する。屋内でボディを吹き飛ばすほどの突風は生み出せず、風の刃も竜の鱗にかすり傷をつけるのみ――


 それでも、たしかに一撃を加えたエメルギアスは、不敵に笑う。


「【――献上せよ】」


 さらに毒々しい魔力がバルバラへ絡みついた。急激に突進の勢いが減衰していく。反対に、かのように、不自然に加速したエメルギアスが槍を突き込んできた。


『くっ――』


 刺突剣と槍が打ち合わされ、ギィンッと広間に火花が散る。


 ごっそりと魔力を削られ、不利を悟ったバルバラは撤退を選択。身を翻し、暗闇に溶け込むようにして下がっていった。


「な、何なんだアレは……!?」


 隣の仲間が瞬殺され動揺するイザニス族の戦士、エメルギアスも険しい顔で剣聖が消えた暗闇を睨み続けているが、そのときヒスィズィアがピクッと何かに気づく。



 暗闇の奥で――巨大な何かが蠢いた!



「若、危ない!」



 ぽっ、と灯る光。



「――ガアアアアアァァァァァァッッ!」



 轟音。咆哮。広間の奥に身を潜めていた白竜が、ここに来て竜の吐息ブレスを解き放つ。


「――【安息套レクイエスカ!!】」


 エメルギアスの前に飛び出たヒスィズィアが、一陣の黒い風をまとう。もうひとつの血統魔法。闇の糸を織り上げたような魔力の外套。


 それを掲げ、エメルギアスをかばうように立ちふさがる。


「ぐぅぅぅ――ッッ!」


 ジャッ、と闇の衣が白熱するが、かろうじて光のブレスを相殺する。背後のエメルギアスも無事、しかし周囲の他3名の戦士たちはそうもいかなかった。


「ぎゃあああぁぁッッ!」

「うわああああッッ!」

「ぐぁァァッッ!」


 一瞬にして青肌が焼け焦げ、赤熱した鎧や武具に悶え苦しみながら倒れ伏す。被害は甚大、のみならず、真っ暗な閉所で太陽の如き輝きを浴びたせいで、視界が――




「【我が名はジルバギアス=レイジュ】」




 ゆらりと。




 突如として噴き上がる莫大な魔力。


 近い! ブレスに紛れて距離を詰めたか!


 おそらくは隠蔽の魔法、しかし【名乗り】によって破られた――


「そこかァ!」


 視界は不完全ながら、魔力で位置を探知したエメルギアスも魔力をみなぎらせる。


 が。




「【魔王国第7魔王子――】」




 末弟の【名乗り】は、終わらない。




「【――不屈の聖炎。勇者アレクサンドルなり!】」




 ズオッ、と突風が押し寄せたような錯覚。


 空気が灼けるように熱い、それでいて骨身が凍るほど冷え切っていく――


 混じりけのない殺意。弟の存在感が、噴火のように爆発する。


「なっ――」


 なんだこの魔法は!? 勇者!?


 いや――それよりもこの魔力はいったい!?


 明らかに自分より大きい、なぜだ、何が起きた――!?



「【目覚めろ、アダマス】」



 ギィンッ、と暗闇に銀色の刃が浮かび上がった。近い! すぐそこまで――



「【聖なる輝きよヒ・イェリ・ランプスィ この手に来たれスト・ヒェリ・モ】」



 ――視界が銀色に染まった。



 そしてようやく気づいた 暗闇だと思っていたのは――



 末弟が噴き上げる、闇の魔力であったことに。



 それが。



 今や。



 銀色に揺らめき、荒れ狂う。



 まるで――闇というよりは、銀色の炎――



 戦場で幾度となく目にした、人族の勇者のような姿!



「なん……ッなんだ貴様ァァァッ!?」



 迎撃の構えを取りながらも、血走った目で叫ぶエメルギアス。



「【防御を禁忌とす!!】」



 燐光を散らす闇の魔力が、エメルギアスを捉えた。



 ――制定。



 ガギンッ、とエメルギアスの肉体が硬直する。



「――死ぃぃねェェァァァァッッ!!」



 光り輝く刃。真の姿を取り戻した聖剣が――





 エメルギアスの首めがけて、振り下ろされた。


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