246.単刀直入?
「――それって、父上からもらった砦が関係してたりする?」
アウロラ砦に関しては、さすがにそろそろバレそうだなとは思っていた。
コルヴト族が改築に関わっているし、第2魔王子ルビーフィアも当然、その動きは把握しているだろう。当のコルヴト族の眠り姫ことトパーズィアと、色事とボン=デージ・スタイルにしか興味がないダイアギアスはどうか知らないけど。
第1魔王子アイオギアス派閥も、ようやく察知したってことか。スピネズィアがこうして探りを入れてきたのも、それがきっかけかな。
「……直接は関係ないですね」
あの研究所には、直接の関係はない。現時点では。
死霊術の手札は一応、伏せておく。魔王は知ってるしいずれ周囲にもバレるだろうが、そのタイミングは遅ければ遅いほどいい。できる限りもったいぶって、せいぜい無駄に探りを入れたり、あれこれ憶測してもらったりしよう。要は囮だ。
「っていうか、あの砦なんなのよー。あたしだって父上から、そこまでデカい贈り物されたことないんだけど?」
若干のやっかみを隠さずに、唇を尖らせるスピネズィア。
「借り受けてるだけですよ。俺のものではありません」
「何に使ってるの?」
「……うーん」
俺はこれみよがしに言い淀む。
防音の結界はすでに張ってあるが――魔力強者ゆえ、部屋ごと包み込むほど広範囲なのが災いして、スピネズィアの従者はもちろん俺のメイドたちも範囲内にいる。
なので、俺はテーブルにそっと指を押し付け、魔力を流し込んだ。
テーブルの上を這う魔力が、魔族文字を描く。
『機密性の高い、とある国家事業に関連する研究を行っています』
『詳しくは父上の許可がなければ話しません』
魔力強者にしか読み取れぬ文字――
っつーわけで、魔王に投げちゃえ。魔王が許可を出すならそれはそれでよし。だが俺の予想では、十中八九、言葉を濁すと思う。死霊術という俺の手札を明かすことになるし、何よりエンマ対策ってのが極めてセンシティブだから。
「…………」
スピネズィアは、穴が空くほど魔力の文字を凝視している。まともなオツムなら、そろそろ文面も覚えただろってところで解除。
頭痛を堪えるように、眉間をもみほぐしながら、フルーツタルトをもぐもぐするスピネズィア。
「あたしも王族なんだけど?」
そのままの顔で、俺に尋ねてくる。機密性がなんぼのもんじゃい、と。
「ならば、父上からお声がかかることもあるでしょう」
俺が微笑みながらそう返すと、むむ……と眉をひそめる。
ちなみにスピネズィアは、光以外のすべての属性を持つ多才な魔法使いだそうだ。【狩猟域】も組み合わせれば、通常の属性魔法に対して無慈悲なまでの防御力を誇るとかなんとか。
ただし、純闇属性じゃないと使いこなせない死霊術の分野では、適性があるとは言い難い。
「……あんた6歳よね?」
父上は何を考えて6歳児に任せたの……とでも言いたげに、スピネズィアが唸る。
「現世では、そうですね」
魔界での失踪期間を匂わせつつ俺は答える。現世ってか今世だが。
「……あたしも魔界を放浪でもしてこようかしら」
「止めはしませんが」
「…………」
しばし見つめ合う。気負わず、視線を逸らさない俺に対し、スピネズィアはどうにも落ち着きがなく、山城を前に攻めあぐねる軍団長のようでもあった。
「もうちょっと教えてくれたら、エンチャントの件、考えてあげてもいいけど」
「そう言われてペラペラと話しだす人物、信頼に足ると思います?」
「思わなぁい……」
だろー?
「エンチャント、本当に直接は関係しないんですよ。そもそも関係するかどうかさえわからないんで、まず手元で色々と試してみたいんです」
仮に――【狩猟域】エンチャントに高度な魔法的干渉の遮断が可能だったなら。
そしてそれが確認できたなら、
大規模な結界にエンマを誘い込んで、霊界に逃げ込めなくした上で討滅することも可能になるかも……
いやでも冷静に考えたら、結界が外部からの干渉を遮断したところで、結界内部で霊界の門を開いたら普通に逃げられちゃうんじゃないか? この世界の繋がりを根幹から断てるのか? それも含めて要検証だな……
ともかく。
「関係するとわかれば……そのときは、個人的に、改めてお話できるかと」
派閥に関係なく、国家プロジェクトに貢献したいとは思わんか? そのための招待状になるかもしれないぞー?
「ふーん……」
口元に手を添えつつも、スピネズィアは興味を隠しきれない目をしている。
「じゃあ、それまでは貸しひとつってことで」
「お近づきの印では?」
自分でそう言ってただろ。「ぐにゅ」とスピネズィアが、喉に食べ物を詰まらせたような声を漏らす。甘かろうぜ。
「魚が食いつく寸前に、釣り竿を引っ張り上げるのは悪手ですよ姉上……」
「あんた、釣りなんてしたことあるの?」
「……いえ、ないですけど」
今世では。
「知ったようなこと言うじゃない……でもまあ、そうね。いいでしょう。一族の血統魔法をエンチャントした容器、用意してあげるわ。小さくていいのよね、これくらいでも?」
仕方がないとばかりに嘆息して、指で丸を作ってみせるスピネズィア。ペンダントくらいの大きさだな、クレアの
「大変ありがたいです、姉上」
まだ口約束だから、そこまでハッキリとは礼を言わない。
「じゃあ――最後に教えて」
話は終わりかと思いきや、スピネズィアは真面目な顔で身を乗り出した。
「この件、コルヴト族やギガムント族は関わってる?」
トパーズィアとダイアギアスの一族が? ……ああ、それが
「心配せずとも、ルビーフィア姉さまとは直接お茶すらしたことがありませんよ。
向こうの派閥と手を組んでるワケじゃねーから安心してくれ。
「……そう」
肩の力を抜いて、椅子の背もたれに身を預けるスピネズィア。心なしか、ホッとしたような顔をしている――
が、不意に、ジジ……と腹のファスナーを下ろした。
「――お腹すいた!!」
ええ……。
そんな、「ひと仕事終えた」感を出されましても……
慣れた様子で、まったく動じることなく、追加の食料を手配しに部屋を出ていく、スピネズィアの従者たち。
まだ食うのかよ、とビビる俺側のメイドたち。
そんなわけで俺は、念願の、魔力を遮断する容器を手配するに至った。
……エヴァロティ王城の、若干の備蓄を代償に。
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