245.互いの強み


 練兵場で、しかも俺が血まみれのままってのもなんなので、(こっそり自治区民の治療も終わらせてから)城内で改めてスピネズィアをもてなした。


「はむっ、もぐっ、むぐっ」


 ……一応、歓待の用意はしてたんだが、フードファイターの胃袋を満足させられるかは未知数だ。


 自治区民の食糧まで食い尽くさないでくれよ頼むぜ……と願っていたが、さすがの配慮と言うべきか、スピネズィアは自前の食糧を色々と持ち込んできた。


『――最初は食べるのに集中するから』


 そう言ってボン=デージの腹のファスナーを下ろしたスピネズィアは、フードファイターの本領を発揮。


 俺を堂々と待たせながら、食うわ食うわ。


「あむっ、もぐもぐっ、ごきゅ」


 従者がローストビーフを切り分ける先から、またたく間に口の中へと消えていく。


「もう直接かじった方が早いのでは……」


 揶揄ではなく本心から俺がつぶやくと、「何よ失礼ね」と言わんばかりにジロッと見つめ返された。


 うん……食べる量と速度が尋常じゃないだけで、所作はキレイなんだよな所作は。育ちはちゃんとお姫様ってか。


 どうせ300年くらい前まで、洞窟で地べたに座って、肉にかじりついてた蛮族だったのにな……


『それにしても、凄まじい食べっぷりじゃの』


 そうだな。必死感がすごい。さっき俺にクッキーを差し出してきた余裕はいったいどこに消えちまったんだ。


 相変わらず、見ているだけでお腹いっぱいなスピネズィアの食事風景を、テーブルの対面から観察し続けることしばし。


「ふぅ……」


 俺が用意した分に加え、持参した食料品までまるっと食べきって、ぽっこりお腹を抱えたスピネズィアがようやく一息ついた。


 そして、みるみるその腹が凹んでいく……普通に不気味だな……


「このボン=デージ・スタイルのおかげで、好きなタイミングで食欲を抑えられるようになったんだけど、反動があるのよねぇ……」


 そんな代償があるのか。というか、さっきの落ち着きと、今しがたの必死感の落差はそれが原因か。


「どうにかひと心地ついたわ」


 腹のファスナーを半分くらい閉めながら、デザートのクッキーをぽりぽりとかじるスピネズィア。


 俺も同じものをいただいているが、ふむ、さすがはフードファイターだけあって、いい菓子職人を連れているようだ。美味い。職人の種族は何なんだろう……


「わふわふ!」


 ちなみに俺の足元では、リリアナもお食事中だ。野菜や果物の盛り合わせを完食してご満悦だったが、今は俺を見上げて目を輝かせている。


「クッキー食べるか?」

「わん!」


 俺が口元にクッキーを運んであげると、嬉しそうにポリポリとかじるリリアナ。


 基本、菜食主義で野菜や果物を好む森エルフたちだが、リリアナは――少なくとも犬化する前は――お菓子も大好きだった。森から出てきたばかりのころは、同盟圏の一般的な食事文化にも馴染みがなかったんだが。


 俺が、ひょんなことでクッキーを食べさせたら、それ以来ハマっちまったようだ。森を破壊しかねない畑作(小麦)と、火を使う(薪木を消費する)料理やお菓子は、森エルフたちはあんまりいい顔をしない。そしてリリアナも例外ではなかったが、甘味には逆らえなかったようで……


「わふっわふっ」


 俺が差し出すクッキーをもきゅもきゅと頬張るリリアナは、しかし、そんな事情なんてもう忘れ去ってしまったかのように、ただただ幸せを噛み締めている……


「なんというか……あんたなりに可愛がってるってのは本当なのね」


 ふと顔を上げると、テーブルの向こうで、スピネズィアが興味深げに俺を観察していた。


「そう見えますか?」

「少なくとも、ハイエルフの自我を破壊した鬼畜野郎とは思えない、慈愛の笑みだったわね」


 ぬぅーん。


 完全に無意識だったわ……それを言われるとキツいっていうか、もっとゲスな顔を意識した方が良かったかな。よし。


「ククク……高貴なハイエルフともあろう者が、我が足元で今はこのような無様な姿を晒していると思うと、たぎるものが――」

「わふん!」

「あ、もう1枚食べる? はい、あーん」

「はふはふ」

「ふふ……」


 俺が思わず和んでいると、スピネズィアが頭痛を堪えるように額を押さえていた。


「ん、いかがなさいました姉上」

「いや、別に……」


 かぶりを振ったスピネズィアは、気を取り直して、ちょっと悪ぶった笑顔でこちらを見つめてくる。


「いったいどんな権能なら、そんなふうに器用に自我を破壊できるのかしらね」


 まるで独り言のように、それでいてからかうように――


 俺の権能が知りたいってか? 教えてあげなーい。


「…………」


 俺はリリアナの頭を撫でながら、毒にも薬にもならない笑みを浮かべ、何も答えなかった。


「まぁ、あんたのことだから、こっちの意図なんてわかってるんだろうけどさー」


 もぐ……と何事もなかったかのように、いちごタルトを頬張りながら。


「それでも、つなぎは作っておきたい、ってのはあたし個人の考えなのよねー」


 ふむ。アイオギアスの差し金なのはほぼ確定。それはそれとして、俺とはある程度は親密になっておいた方が得、と考えている。あるいは、と考えている。たとえ将来的に敵対しかねないとしても。


「いいんじゃないですか? せっかくの姉弟なんですし」


 と、俺が笑顔で答えると、スピネズィアはジト目になった。


「と、いってもお互い有意義に情報交換しましょ、と提案したところで話にならないじゃない」

「まあそれはそうですが」


 俺にあんまり得がねえ。


「そこで、さっきの話に戻るんだけど」


 ティーカップに手を伸ばし、喉を潤したスピネズィアは、


「お近づきの印ってわけじゃないけど、あんたに何か、トラブルなり要望なりがあるなら、あたしが一肌脱ぐって言ってんのよ。できる範囲でね」


 ……『俺が何を望むか』によって、見えてくるものもあるってことか。まあ、それを考え分析するのは、きっとアイオギアスなんだろうけどな。


「ふむ……」


 少し、頭を巡らせる。


 悪くはないか。俺の、本当に知られて致命的な情報は正体にまつわるアレコレだけで、死霊術やアンテの権能(【制約】の悪魔)などの手札は、知られたところでそれほど不利にはならない。最終的に、魔力を育て上げれば魔王以外はなぎ倒せるはず。


 にしても、じっくり考え込んでも、スピネズィアが【名乗り】と【狩猟域】しか持たないってことが、はっきりわかってんのは楽だな。ゴリラシアの【炯眼】みたいにギョッとさせられるのは御免だ。


『アレは肝が冷えておったのー』


 さすがになー。あのあと、ソフィアに判明している限りの魔族の血統魔法について教えてもらったけど、マイナーなものや部族の口が堅いものまでは網羅しきれていないからな……


 ともあれ。


 渡りに船とまでは言わないが、俺も個人的に、サウロエ族の魔法には興味がある。


「ときに姉上。【狩猟域】って物品への付与エンチャントは可能なんですか?」


 俺が尋ねると――


「ふふーん。どうでしょうねー?」


 意地の悪い顔で頬杖を突きながら、はぐらかすスピネズィア。


 …………。


 俺は茶を飲み干し、席を立った。


「それでは、姉上もお忙しいでしょうし、今日はこのへんで――」

「わー! わかったわかった! できるわよ! 一部の上級者だけだけどね!」


 この姉、雑魚すぎる……! 最初からそう言えばいいんだよそう言えば!



狩猟域ヴェナンディ・アレア】――サウロエ族の血統魔法。



 たしか、『術者が望む様々な効果を実現する結界』って話だったな。ひとたび展開すると自由に動かせず、魔族らしからぬ消極的な戦法しか取れない魔法だが、応用力は群を抜くと上位魔族間では評価が高い。


 ……ひとつ、考えていることがある。


 クレアについてだ。


 ここ数日、ずっと図書室に引きこもって本を読んでいる。俺が自治区民の治療を始めたことも掴んでいるだろうに、魔力を分けてあげるときも、それについて何も言及せず、ただ飄々としていた。


 可能であれば。


 彼女を味方に引き込みたい。


 不可能であれば……


 情報を抜き出すくらいのことは、したい。しなければならない。


 エンマの側近のひとりである彼女は、地下宮殿の裏側も知り尽くしているだろう。それはエンマ攻略のヒントになる――が、いずれにせよ、クレアの魂をどう扱うにしても、エンマの監視と干渉があらゆる意味で邪魔になる。


 俺とアンテが知恵を絞って、色々と死霊術の研究・対策も進めているが――何せ、相手には100年以上のアドバンテージがある。早々に追いつけるはずもない。


 だが、基本原理として、死霊術とは魂に働きかける魔法であり、現世で魔力の手が届かない場所にある霊魂に、遠距離から干渉するには、必ず霊界を中継しなければならない。


 つまり、霊界と物質界のつながりを完全に遮断できれば――魔力の干渉を、完全にシャットアウトするような仕組みさえあれば。


 どんな死霊術的な仕込みがあろうと、それは機能しない。


 そして、死霊術に依らない呪詛の類は、今の俺の魔力と禁忌の魔法をもってすれば対処可能だ。


 様々な効果を実現できるという【狩猟域】も、対抗策の候補として有力視していたが、エンチャント可能ならば話が早い。



「個人的に欲しいものがありましてね」



 俺は、あくまでついでのような、軽いノリで話を切り出した。



「小さくても構いません、手のひらサイズでも」



 むしろそっちの方が、持ち運びしやすいから助かる。



「内部と外部で、魔力の干渉を完全に遮断できる容器とかって、作れません?」



 スピネズィアは、ゆっくりと、目をしばたいた。



「できなくはないけど」



 何やら思案しながら――その目は、俺を見つめているようで、同時に俺の背後を見透かすようで……



「それって、父上からもらった砦が関係してたりする?」



 ……おっと、そっちに来たか。

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