244.第5魔王子
「何やってんのよあんた……」
ヤヴカに血を与えていると、背後からちょっと引き気味な声。
振り返ると、相変わらずのボン=デージ・スタイルに身を包んだスピネズィアことフードファイターが、りんごをしゃくしゃくかじりながら呆れ顔をしていた。
「ああ、姉上。いらっしゃったんですね」
サウロエ族の軍団がエヴァロティに寄って帰るという先触れはあったし、王国東部の捕虜の受け渡しなども進められているが、肝心のスピネズィアがなかなか姿を現さないから、暇すぎてもう鍛錬してたんだよな。
そしたら、ヤヴカをはじめ吸血鬼たちがウヨウヨと血を啜りに来て――といういつもの流れだ。
「あへぁ……」
地面には美女とオッサン吸血鬼がだらしない顔で転がり、ちょっとだけ耐性がついてひっくり返らなくなったヤヴカが、それでも恍惚の表情を晒してよだれを垂らしている。
「その……それは、何」
「餌付け……ですかね」
俺がそう答えると、ずかずかと歩み寄ってきたスピネズィアが、小声で「吸血鬼に魔族の血なんて与えてどうすんのよ」と詰問してきた。
「連中に血の味を教え込むつもりなの?」
「そうです」
「は?」
あっけらかんと首肯する俺に、意表を突かれるスピネズィア。ここでの俺の言動はどうせ探りを入れられたらすぐにバレるし、誤魔化しはなしでいくぜ。
「俺の血は大変美味らしく、連中にとっては、人族や獣人族の血が不味く感じられて仕方がないのだとか。そのおかげで自治区民を前にしても冷静さを保つことができ、うっかり吸い殺す不幸な事故を防げるんです」
「へぇ……あんたの血、そんなに美味しいの?」
真顔で俺を見つめてくるフードファイター……
「吸血鬼にとって、という意味ですよ?」
「……わかってるわよ、冗談よ」
お前が言うと洒落にならねえんだよ!
「……ともあれ、いくらでも出せる血を褒美にくれてやるだけで、コイツら死ぬほどよく働くんですよ。安いものでしょう?」
近ごろは夜間警備だけじゃなく、瓦礫の片付けまで率先してやり始めた。連中怪力だからな、やる気さえあれば力仕事にも使えるんだわ。すべては俺の血欲しさに!
「それにしても、連中が魔族を標的にし始めたらどうすんの」
「叩き潰しますが? あの程度の雑魚、襲ってきても怖くも何ともないでしょう」
俺は転がってビクンビクンする吸血鬼どもを、顎でしゃくってみせた。ヤヴカだけは子爵だけあってそこそこの魔力だが、他は騎士~準男爵級の雑魚ばかりだ。
「まあ……それはそうだけど」
スピネズィアもうなずく。これでも伯爵級、今この場で連中に襲われても、片手で撃退できるほどの実力差がある。
……一般人族にとっては、この程度の吸血鬼でも脅威なんだけどな。魔族相手なら話は別だ。アレにやられるのは角も生えてない子どもくらいのもんだろう。そして、俺の血が美味いのは、強大な魔力を誇る上位魔族だから。
血の味を求めるなら、上位魔族を襲わねばならないわけで――いくら連中が束になろうと手痛い損害は覚悟しなければならないし、何よりバレたらヤバいのでおいそれとは手が出せない。
魔族の支配が盤石なうちは、な。……仮にそれでも連中が暴走して、(俺以外の)魔族が犠牲になろうと知ったこっちゃないし。
「心配せずとも連中は、自治区からはもう離れませんよ」
今のところは。
「……それならいいか」
最終的に、取るに足らないと判断したのだろう。スピネズィアは冷たい目で吸血鬼どもを見やりながら納得した。
「それにしても、随分激しい訓練してるのね。話には聞いてたけど」
血まみれの俺を改めてじろじろと見つめながらスピネズィア。近くにはお行儀よくおすわりしているリリアナと、俺のためにタオルなどを用意しているレイラ(メイドのすがた)。ほぼ無限の癒やしの力を前提に、死合じみた実戦形式の訓練を毎日してる奴なんて、多分魔王国で俺しかいない。
「相手はあの人族?」
業物の剣を鞘に収めて待機するヴィロッサに、視線を転じるスピネズィア。
「ええ、まあ」
「人族相手にそんなボロボロにされてんの?」
おや……? 知らないのか?
「ああ見えて剣聖ですよ」
「へえ」
一礼するヴィロッサを、スピネズィアはしげしげと観察する。
「剣聖相手に稽古とは、肝が据わってるわね。人質でも取ってんの?」
「そんなとこですね」
知らないならわざわざ教えてやるほどでもないな、人化した夜エルフだって。エヴァロティに詰めてる獣人の多くは白虎族、夜エルフはシダール派、悪魔兵もレイジュ族の使い魔で、俺の身内ばかりだ。
前線から戻った直後だし、ロクに探りも入れられてないのかな。そのうちバレるんだろうが、逆にバレたタイミングから向こうの耳の早さもある程度は推察できるか。
「でも、あんたの手駒に夜エルフの剣聖もいるって話じゃなかった?」
心なしかジト目で俺を見ながら、突っ込んでくるスピネズィア。おやおや。
「なんだ、ご存知なんじゃないですか」
俺が目配せすると、ヴィロッサが人化を解除し夜エルフの姿に戻った。
「食えねーやつ……可愛げがないわねー」
スピネズィアは呆れたように言いながら、りんごを種やヘタごとガリガリと丸かじりしていく。
「姉上に食われるのは御免ですからね」
そういうお前こそ、最初のボロボロ呼ばわりは挑発で、こっちの口の軽さを試してんじゃねーか。可愛げがないのはお互い様だろ。
「で、何の用です?」
単刀直入に俺は切り返した。捕虜の受け渡しは必要として、わざわざスピネズィアまで俺に会いに来たってのは、用事があってのことだろ。まさか、ただ世間話に来たわけじゃあるまい?
「別にこれといった用があるわけじゃないわ。親睦を深めに来ただけよ」
ホントかー?
愛想笑いを浮かべる俺だったが、目に猜疑の色が出てしまったらしい。気まずげに肩をすくめたスピネズィアが、従者の獣人から新たにクッキーの詰め合わせを受け取りながら――
「……あんたも食べる?」
などと差し出してきた。
「!? 何が目的なんですか!?」
思わず動揺して声が上擦ってしまった。あのフードファイターが他者に食物を分け与えるだと……!?
「何よ、あたしだって分け与えたりくらいはするわよ!」
憮然とするスピネズィアだが、その割には背後の従者も驚愕してんぞ! 俺の視線でそれを察したか、振り向いたスピネズィアが「なーにあんたまで驚いてんのよ!」と叱責する。
「いやだって、この間まで姫様、おれたちの糧食まで食っちまう勢いだったじゃないですかぁ!」
「黙りなさい! 全身丸刈りにするわよ!」
「そんな横暴な!」
随分と獣人の従者とも仲良いじゃん……そして王城の窓からポークンがヒョコッと顔を出した。お前じゃねえ座ってろ。
「はぁ。まあ、ボン=デージ・スタイルのおかげで、食欲が制御できるようになったのは本当よ。前までは……ちょっと我慢ができなかったし」
ちょっと、というか……常に何かを口に詰め込んでて、会話すらままならなかったというか……
「……ホントに、今回はあんたと親睦を深めに来ただけなのよ」
もぐもぐとクッキーを頬張りながら、困ったような顔をするスピネズィア。
うーん?
『なんか、自分の意志じゃないみたいな雰囲気じゃのぅ……』
それなー。アイオギアスの差し金か? ジルバギアスの情報を探ってこいとでも言われたのか? しかし探りを入れるにしても、人選どうなんだコレ……
訝しんでいると、スピネズィアがぱちんと指を鳴らして、防音の結界を張った。
「あんた、何か困ってることとかない?」
引きつった愛想笑いで尋ねてくるスピネズィア。
いや直球ゥ――!
人選どうにかしろよアイオギアス! 絶対向いてねえってコイツ!!
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