314.広がる動揺
オラッ、出てこいジルバギアス!
コソコソ逃げ隠れしてんじゃねえぞッ! 惰弱な真似して恥ずかしくないのか!
『そのノリ、いつまで続けるんじゃ?』
うん、ぼちぼち飽きてきた。
――どうも、トリトス公国に入るなり、妙なことになっちまった勇者アレックスにして魔王子ジルバギアスです。
現在、俺とレイラは、交代要員が来て門番から解放された例のやつれ気味な神官とともに、街中で聖検査して回っている。
ここまで、レイラはガッツリ飛行してきたから、宿屋で休ませてあげたかったんだけどなぁ。万が一、俺がいないところで検査されてしまったらヤバいので、今は俺と一緒に行動するのが一番だ。
「そっちは、休まなくていいのか? 随分と疲れて見えるが」
街の雑踏を行きながら、俺は神官の男に声をかける。
「構わない。さっきも言ったが緊急事態だからな、のんびりしている暇はない」
……熱心なことで。
「せめて、この街の安全だけは確保しておきたいんだ」
真剣な表情でそう言われてしまったら、俺としてはうなずく他なかった。
「そうか……だけど、それなら手分けした方が効率いいんじゃないかな。案内してくれるのはありがたいんだが」
俺はやんわりと別行動を提案する。ぶっちゃけ今は、聖教会関係者とあんまり一緒にいたくねえんだ……レイラの件もあるが、俺の所属とか出身地とか、踏み込んだ話をされたらボロが出かねない。
「一理ある。しかし私が担当しているこの区画は、人手不足のせいで他より手薄なんだ。それに、別々に行動して同一人物を何度も検査してしまったら、効率が悪い」
「……なるほど」
「加えて、万が一魔王子を炙り出してしまった場合、ひとりだと足止めすらできないかもしれん」
「ううん……そうかもな」
確かに、神官ひとりじゃ俺は止められないだろうさ……。
「そうだ、申し遅れたが、私はエドガーだ。よろしく」
ふと、思い出したように神官の男――エドガー。
「……俺はアレックス。こっちはレーライネだ、よろしく」
「よろしくお願いします」
お互い、名乗る感じになってしまった。この程度の自己紹介ならいいんだが、一番厄介なのは、作戦行動のために能力を確認する流れになることだ。俺の魔力が闇属性だって知られたら、めちゃくちゃ面倒だぞ……
「そこの人。悪いが、こちらに触れてもらえるか」
と、エドガーが、怪しげな男に声をかけて聖属性の光に触れるよう求める。
「ヒエッ。も、もちろんでさぁ」
「……よし。ご協力感謝する」
「とんでもねえ。お疲れさまです……」
銀色に輝きながら、潔白が証明されてホッとする男。
「――挙動不審な奴を重点的に攻めていく感じか」
「ああ。これが普通のスパイ探しなら、逆にすまし顔の奴を狙うんだが」
俺の独り言じみたつぶやきに、エドガーが淀みなく答える。
へえ。夜エルフの対処がよくわかってるな。
夜エルフたちは幼い頃から、騙し合いや演技を仕込まれている。だからちょっとやそっとのことでは感情が表に出ない。……何なら、人皮のマスクなんてモンまでつけてることもあるしな!
こんな往来で勇者や神官を見て、わかりやすく挙動不審になるはずがない。むしろ『素知らぬ顔をした奴』や『何も考えてなさそうな奴』が真に怪しい。
……のだが、それは夜エルフの話。
「魔王子ジルバギアス。魔族とはいえ王族だ、いくら巧妙に外見を取り繕ったところで、慣れぬ人間社会に放り込まれれば絶対にボロを出す。だから、今回に限って言えば、『怪しい奴ほど怪しい』」
うーん、その推測は非常に正しいんだよな……。
ジルバギアスの中身が、人族でさえなければ……。
「例のビラによるとジルバギアスは、人化できるホワイトドラゴンの女を連れているらしい」
怪しい人物がいないか視線を走らせていたエドガーが、不意に振り向いて言った。
たまたま視線が合ったレイラが、ビクッとする。
「……闇の輩のくせに、なぜホワイトドラゴンなのかは謎だが」
ただ単に話を振ってきただけのようで、すぐに前に向き直るエドガー。
「……なんでだろうな。欺瞞情報だったりして」
「いや、その線は薄いだろう」
俺の言葉を、顎を撫でながらエドガーは否定した。
「ビラをバラ撒いたのは、政争でジルバギアスに勝利した敵対者と予測されている。敗北者――ジルバギアスを徹底的に追い詰めるため、この件に関しては精確な情報を流している可能性が高い。つまり、同盟側を撹乱するメリットが薄いはずなんだ」
「…………」
「ん、どうした? 腹でも痛いのか」
「いや、……許せねえなという気持ちが高まってきただけさ」
そのビラとやら……なんか俺が一方的に負けたみたいなことにされてんの、普通に腹立つな!
ジルバギアスは!! 敗北者じゃねえ!!
エメルギアスぶち殺して自ら追放を選んだだけだっつの!! むしろ敗北者なのは向こうだろ、向こう!
『正体現したのぅ』
ムカつくもんは仕方ねえだろ!!
いや、それにしても予定がめちゃくちゃだなぁ、マジで。
『魔王子ジルバギアス追放、しかもドラゴンの機動力つき』なんて噂が広まったら、同盟圏のそこら中で闇の輩狩りが激化するぞ。
本来なら、歓迎すべきことなんだろうが――既存の諜報網についての情報が全部役立たずになったと考えていい。
俺としては、眠りこけた獲物を今まさに仕留めようとした矢先、大音を立てられてまんまと逃げられた狩人の気分だ。余計なことしやがってという気持ちが強い。
それもこれも……ビラをバラ撒いたクソバカアホ野郎のせいだ。
心当たりなんて、ひとりしかいない。
――ネフラディア。
最初は、イザニス族の仕業かとも思ったが、流石にここまでアホじゃねえだろ……氏族単位でこんなことやらかしたら、魔王がガチギレするぞ。
いや、個人のやらかしでも、ガチギレするだろうけど。
魔王城に戻ったら、ネフラディアの存在が抹消されてても俺は驚かない。
「許せない、か……痛いほどわかる」
エドガーが顔を歪め、歯を食いしばる。
「私の恩師も、同期の勇者も、…………知人の神官も、エヴァロティから生きて戻らなかった……」
…………。
「エヴァロティから脱出した者たちの話も聞いたが、みな一様に恐れをなしていた。神官と勇者の援護を受けた強固な戦列を、バターのように切り裂き、辺り一面を血の海に変える化け物、と。おびただしい数の戦士たちが奴に命を奪われた、と。そんな奴が同盟圏に潜伏? 許せるはずがない……!」
「…………」
「……彼ら、彼女らの無念を晴らしたい。私では、力不足かもしれんが……。ん、どうした? 頭でも痛いのか?」
「……いや」
俺は眉間を揉みほぐしていた手を離し、表情を切り替えた。
「……今ごろその魔王子は、どの面下げてほっつき歩いてんだろうな」
――そう思っただけさ。
†††
一方その頃、トリトス公国、前線にほど近いとある街にて。
(まずい! まずい! まずい!)
人族の商人『ハワード』になりすました夜エルフの諜報員は、商会支部でにこやかな表情を維持しつつも、内心は焦りに包まれていた。
この街は、どこぞのクソバカアホ魔族によりビラをバラ撒かれた、いわゆる
魔王子がどんな邪法を使って、隣人になりすましているかわからない。念には念を入れて、街を封鎖した上で虱潰しにする構えだ……!!
(クソがッ! せっかく築き上げた信頼関係も情報網も、全て水の泡だ!!)
当然ながら、巧妙に商人として溶け込んでいるハワードも、聖属性を浴びてしまえば1発でバレる。
(どうする……どうすればいい……!?)
いつもなら流麗な文字で書き上げてしまう書類も、このときばかりは手が止まって一向にはかどらない。
いかにこの事態をやり過ごすか。神官に賄賂を渡して、検査を免れる? 馬鹿な、自白するようなものだ。では、別の誰かに代わってもらう? これもダメだ、顔見知りが多すぎて逆に本人じゃないことがバレる。第一、代わってもらう相手に密告されたら終わりだ。
――ああ、これは、どうしようもないな。
諜報員として優秀なハワードは、自分がどうしようもなく、『詰んでいる』ということを理解していた。
「ハワードさん、そろそろ仕事上がりですよ。どうですか、このあと酒場にでも」
と、同僚のひとりが声をかけてきた。
ふと窓の外を見れば、すっかり暗くなっていて、商会支部にもほとんど人が残っていなかった。
「……ああ、それが、まだちょっと片付いてない書類があって……」
ハワードは、「たはは……」と頭をかきながら、情けなく笑った。
「そんなの、明日でいいじゃないですか」
「いや、明日は例の検査があるでしょう? 先方のためにも、早めに仕上げておきたいんですよ」
「真面目だなぁ……」
「――あ、もしよかったら、ちょっと手伝ってもらえませんか」
にっこりと、人好きのする笑みを浮かべる。
「資料室で、ちょっと探したい記録があるんです。手伝ってもらえたら、今日の飲みは私が持ちますよ」
「おっ、そいつはありがたい! 任せてくださいよ!」
腕まくりして、どんと胸を叩く同僚。
他の職員たちが帰宅していくのを尻目に、ふたりで資料室に向かう――
ハワードは、『詰んでいる』。
現状の身分と情報網の維持は不可能、そう結論を出した。
ならば。
諜報員として、なすべきことは。
「えーと、2年前の醸造所との取引記録ですか?」
「そうなんですよ、それがさっき探したら見当たらなくって……」
「おっかしいなぁ、この辺りにあるはずですけど……」
薄暗い資料室の中、ガサゴソと書類棚を漁る同僚。
「……あ、あった! なんだ、すぐ見つかったじゃないですかハワードさ――」
振り返ろうとする同僚の首に、スッと腕を回したハワードは。
まるで、能面のような無表情で。
「こッ」
腕輪に仕込んでいた毒針を、その首筋にするりと差し込んだ。
「あッ……か、ッ……」
ファイルを取り落し、痙攣しながら泡を吹いて倒れる同僚。自らの服のボタンを外しながら、ハワードは耳を澄ます。
……よし。他の職員の気配はない。
事切れた同僚を担いで廊下に出たハワードは、素早く資料室から倉庫へ走る。備蓄されていたランプの油を床にぶちまけ、同僚の服を剥ぎ取って着用、逆に自分の服や装身具を持たせた。
幸い、この人族は自分と背格好が非常に似ている。そして、『ハワード』が常に持ち歩いていた、『恋人の形見のペンダント』を持たせておけば――
「……よし」
ハワードは念入りに、廊下や資料室などにも油を撒き、火をつけた。
諜報員としてなすべきこと。
――それは自身の痕跡の隠滅だ。
結果的に同僚と自分のふたりが失踪することになるので、あくまで時間稼ぎにしかならないが、数日間は捜査を混乱させられるはず。
これから、火災に周囲の注意が引きつけられている間に、自宅に駆けて機密資料を処分する。さらに、夜が更けてから壁を越えて、市外に脱出。
(そのあとは……クソッ、手紙は使えないし……こんな状況じゃ、国境は警備が厳しすぎる……)
前線に近いが、近すぎるからこそ身動きが取りづらい。
(今は他と合流するしかないか……!)
充分に火が燃え広がるのを見届けてから、ハワードはひらりと最上階の窓から身を躍らせ、隣の建物に乗り移った。
そうして、火事の野次馬の声を背後に、そのまま屋根を駆けていく。
ハワードの姿は、夜の闇に飲み込まれ、消え去った。
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